アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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16.brave heart

 

 

 

 

 青い星の一部が、煌々と燃えている。

 

 紅蓮に呑まれ、溶かされ、破壊の限りを尽くされた地上を望みながら、モモンガは拳を握り込んだ。地平線の彼方、見えるどこまでもが、この世の地獄と化していた。

 

 周囲一帯の国を滅ぼすというキュアイーリムの言葉に偽りはなかった。

 

 評議国や王国に続き、帝国、法国、聖王国、竜王国までもがかの邪悪竜によって溶岩の海に変えられてしまっていたのだ。その地に息づく人々や文明、想いまでも、その全てが踏みにじられた事実に対し、モモンガは無力感と怒りとをその胸のうちに巡らせている。

 

 

「キュアイーリム……」

 

 

 ぽつりとその忌々しい名を零し、モモンガは手を振るう。

 その手には、黄金に輝くスタッフが握られた。

 

『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』

 

 彼の……鈴木悟の人生を可視化したその杖を握り、モモンガは更に上空に君臨する悪しき影を睨みつける。

 

 キュアイーリムはまだそこにいた。

 自らが滅ぼした世界の光景に満足を得ているかの様に、不遜として星空の中を揺蕩っている。

 

 やがて奴はモモンガの存在に気が付くと、ほうと声を漏らした。

 まだ壊れていないオモチャを見つけた様にも、呆れた様にも聞こえる声だった。

 

 

「まだ生きていたのか、愚物にも劣る汚物よ。いや、復活したというのが正しいか? まさか、折角生き返ったのにまだ我に歯向かう気でいるのか。ガタガタと震えて、世界の隅で惨めに生きていればよいものを」

 

「歯向かうさ。お前には、俺の大事なもの達を返してもらわなきゃいけないからな」

 

「フハハハ。威勢はいい。だが、今のお前に何ができるというのだ。お前の大事な人形達は我の胎の中。まともな装備も勝算もなく、お前の様な蟻が一匹足元でのたうち回ったところで何になる」

 

 

 痛々しいまでの事実が、モモンガに突き刺さる。

 今纏っているのはアルベドの初期装備の白いドレスに過ぎない。装備と呼べるものは今握っている『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』だけ。しかしやらなければならない。ギルドの長として。そして、彼らの支配者として。そして……虚構であったとしてもこの世界の英雄として。

 

 

「……」

 

 

 目を閉じる。

 そうするとパンドラの言葉が蘇り、彼の心に勇気を齎した。

 

 

 ──モモンガ様、お忘れなきよう。貴方は至高の四十一人の纏め役にして、この『アインズ・ウール・ゴウン』の玉座に座られる方なのです。貴方がやると思ったなら、それはきっと成し遂げられる。貴方がここへ帰還なされたということは、つまりそういうことなのです。

 

 

(やると思ったなら、成し遂げられる……)

 

 

 この世界は現実だ。

 夢物語の様に、ピンチのときに怒りによって覚醒することなんて有り得ない。

 

 それでも、モモンガはやらなければならない。

 まるで夢物語の様な、物語を紡がなければならない。

 

 

「さぁ来い鈴木悟。最後まで足掻き、そして我を愉しませてみせろ」

 

 

 キュアイーリムはニタリと笑むと、その口腔から何千、何万もの漆黒の餓鬼を吐きこぼした。視界いっぱいに広がる黒い絨毯は悍ましく蠢き、そして生者たるモモンガの命に群がるべく、何万もの亡者達が飛来してきた。

 

 わざわざ直接手を下すまでもない。

 そう言ったキュアイーリムの慢心が、見て取れる。

 

 

「なめるなよ……!」

 

 

 モモンガは眉を顰めると、黄金のスタッフを振りかざす。

 

 

魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)・『核爆発(ニュークリア・ブラスト)』!」

 

 

 モモンガが扱える最大の効果範囲の魔法が、解き放たれた。

 視界が白い閃光に染まる。核爆発と称される魔法に誇張はない。夜に昼を齎すほどの光量と大熱波が、キュアイーリムとモモンガの狭間で生み出された。

 

 

「ほう」

 

 

 キュアイーリムは僅かに関心の色を示したが、それだけだ。

 先の魔法は結局、何万もの手下の数割を減らしたに過ぎない。大爆発を免れた餓鬼達は、生理的嫌悪を刺激する絶叫をあげながら、モモンガのもとへと殺到していく。

 

 

「『完全なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)……!』」

 

 

 しかしそれはモモンガも織り込み済みだ。

 彼は周囲数キロに渡る餓鬼達の幕を睨みながら、切り札となり得る魔法を紡いだ。

 

 瞬間、訪れる万能感。

 レベル二百の純然たる戦士が、ここに顕現され──モモンガは胸元に挟みこんでいた一本の木の棒をへし折った。

 

 

(たっちさん、貴方の力を貸してください……!)

 

 

 コンプライアンス・ウィズ・ロー。

 ワールドチャンピオンにしか装備ができない純白の鎧が、モモンガの身を護るべく纏われた。即時換装を可能とするこの課金アイテムは復活の指輪と同様に、パンドラが最後に主人に託したものでもあった。

 

 真紅の外套をたなびかせ、モモンガは吠える。

 その手には『たっち・みー』が愛用していた剣と盾が握られ、スタッフは彼に追従する様にふわりと傍を漂っている。

 

 

「行くぞ!」

 

 

 言うや否や。

 モモンガは音速を達成する程の飛行で、餓鬼の群れの中に飛び勇んだ。

 

 剣を握り──……横一閃。

 次元を切断し、世界にバグを齎す程の絶技が、餓鬼達を飲み込んでいく。塵一つとて残さない。ただの一閃で、数万もの餓鬼達が世界の裂け目に呑まれた。

 

 

「フハハ! 面白い! だが、その程度では我に近づくことすら敵わんぞ! さぁ踊れ! 我を愉しませろ!」

 

 

 しかし、それほどのモモンガとて今のキュアイーリムには嘲りの対象だ。奴は更に数億の餓鬼共をその皮膚から生み出すと、高笑いを上げながらそれらをモモンガへと差し向けた。

 

 

(キリがない……! せめて、せめて、奴に近づく事さえできれば……!)

 

 

 数千、数万の邪悪を切り払いながら、モモンガは苦虫を噛み潰した。

 このままではジリ貧もいいところだろう。救いは餓鬼共の一体一体が然程強いわけではないというところだ。せめて……せめてヘイトを分散できたならば、突破口は開けるはずなのに──という、モモンガの願いに応えたのは、想定外の人物だった。

 

 

(何だ……!?)

 

 

 彼の意図していないところで、謎の大爆発が巻き起こる。

 それも数回、連鎖するように、モモンガの視界いっぱいに広がる餓鬼達を広範囲に渡って滅ぼした。

 

 

「モモン! 勝算はあるんだろうね!」

 

 

 聞いたことのある声。

 振り向くと、白金の鎧を纏った戦士が……複数体、浮かんでいた。

 

 

「ツアー!」

 

 

 モモンガは弾んだ声を上げながらも、群がる餓鬼達を切り払った。

 今までツアーはどこにいたというのか。しかしそんなことは問題ではない。彼なら、僅かでもこれらのヘイトを買ってくれることだろう。

 

 

「ツアー! ほんの一瞬でいい! お……私が、あのクソッタレに近づく為にこの雑魚達を引きつけてください!」

 

「分かった……! 頼んだよ、モモン!」

 

「ええ!」

 

 

 一瞬のうちに意図を把握したツアーは、空っぽの白金戦士二体を魚雷の様に餓鬼の群れに突っ込ませた。そして、巻き起こる大爆発。ほんの一瞬だけ、餓鬼達で形成された漆黒の大幕に突破口ができた瞬間だった。モモンガはそれを見逃さない。彼は黒翼を外套の下から大きく伸ばすと、戦闘機以上の超高速飛行でキュアイーリム目掛けて飛んでいく。

 

 だが、穴はすぐに塞がれた。

 餓鬼達は、モモンガに群がるべく両手を伸ばして接近してくる。数万、数億の質量は伊達ではない。辺り一帯の視界は既に闇一色に飲み込まれた。

 

 

「邪魔だ!」

 

 

 振り払うように、剣を横に薙ぐ。

 すると、視界は一瞬で晴れた。

 

 怨敵の憎たらしい顔は、目の前だ。

 

 

「キュアイーリム!!!」

 

「フハハ……見事だ。しかし、近づいたところで一体どうしようというんだ?」

 

 

 小蠅一匹、顔の周りを飛んだところで何にもなりはしないだろう。

 しかしモモンガはその瞳に黄金の意思を燃やして、突貫する。

 

 

(何か狙いがあるというのか……? この全知全能の我に対して……? 烏滸がましい。神に対する我へのその不遜、叩き落としてくれるわ)

 

 

 目を僅かに細めて、キュアイーリムは不快感を露わにした。

 事実、モモンガ一人彼の前ではどうともならない。キュアイーリムはモモンガをその口で喰らおうとして──

 

 

 

「あああああああああああああッ!!!!!!」

 

 

 

 

 ──背中に、何かが小さく突き刺さった。

 

 痛みは伴わない。

 しかし、その不快感はキュアイーリムのヘイトを買うには十分だった。

 

 

(何だ……!?)

 

 

 背中に組み付いているのは、白く淡く輝く一人の少女──のエインヘリヤルだった。

 

『絶死絶命』

 アンティリーネは、喉奥から気炎を吐きながら、大鎌を邪悪竜の背中に突き刺している。

 

 

「我をイラつかせるな……人間!」

 

 

 身を僅かに捩る。

 それだけの動作で、アンティリーネのエインヘリヤルは消失した。

 

 しかしその一瞬があればいい。

 モモンガは、キュアイーリムの額に組み付いていた。

 

 

「くっ……我の体に触れようなど──」

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 振り払おうとするキュアイーリムにしがみつきながら、モモンガは握った剣を額に突き刺した。ダメージは望めない。蚊が人の皮膚を刺した程度だろう。だが、彼の狙いはそれではない。

 

 

「ぐ、お、まさか……!」

 

「俺の狙いは、ハナからこいつだ……!」

 

 

 額に埋まる七色の宝玉──『ティアーズ・オブ・ユグドラシル』

 世界級に関する全ての効果を跳ね上げることができる、ユグドラシル産の世界級アイテムを、モモンガはキュアイーリムの体から引き剥がした。

 

 ……だが。

 

 

「だから、どうしたというのだ! それを奪ったからとて、我が取り込んだ魂が還るわけではない! 我は我のまま、何の逆転も起こらぬぞ! 算段が甘かったな、鈴木悟!」

 

 

 ──……知ってるよ。

 

 モモンガは、そんなことは知っている。

 知っている、というよりも、今手にした世界級アイテムの効果に対しては何となく察しがついていた。これを切り取ったところで、直接問題の解決に至るわけではないだろうとも。

 

 

 ──でも、俺はさ……。

 

 

 モモンガは、キュアイーリムの額にそっと手を翳した。柔らかく、まるで慈しむ様に。

 

 

「鈴木悟、お前一体何を──」

 

 

 ──……できる様な気がしたんだ。だって、こんなバグみたいな体だろ……? だったら、お前からどんな影響を受けてたって、不思議じゃない。

 

 

 それは、もはや感覚。

 確証があるわけでもない。むしろできないほうが当たり前だろう。彼も先程まで、できるなんて思い至りもしなかった。

 

 でも、モモンガは、その時、何となくできる気がしたんだ。

 

 

(アインズ・ウール・ゴウンに不可能という文字はない。そうだろ? パンドラズ・アクター……!)

 

 

 

 

「あ、うあ、お前、な、何をして──!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「返してもらうぞキュアイーリム……俺の……俺達の、『アインズ・ウール・ゴウン(すべて)』を……ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 その時、モモンガの手の中に収まる七色の宝玉が、眩く輝き始めた。

 

 世界の果てまでもを飲み込むほどの光の奔流。

 周りに揺蕩う餓鬼達はその光によって消失し、世界全体は黄金に包まれた。

 

 キュアイーリムの巨大な体がボロボロと崩壊を始めていく。他者からの魂で強く見せているだけのメッキが剥がれ落ちていっているのだ。

 

 絶叫するキュアイーリムから力が抜けていき、その力はやがてモモンガの隅々へと行き渡っていく。

 

 

 それは、朽棺の竜王が生み出した始原の魔法たる『魂の強奪』に他ならない。

 

 キュアイーリムの力によって捻じ曲げられ、生み出されたアルベドとモモンガのバグの様なその肉体は、やがて黄金に輝き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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