アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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8.融解

 

 

 

 

 

 村々で虐殺行為を繰り返している帝国騎士を討伐する……という仕事がなくなった王国戦士団は、カルネ村に未だ転がっている遺体を、村民と一緒になって弔うこととなった。それはモモンガへ働いた非礼への罪滅ぼしという側面もある。

 

 遺体を運び出し、土葬し、簡素ではあるが墓石を建てる。それらの一連に労働力が増えたことは嬉しいが、村民達の兵士達への風当たりは最初は強かった。彼らが敬愛して止まない女神(モモンガ)に剣を向けた相手をなぜ歓迎できようか。それが王国戦士長であれ、だ。

 

 カルネ村の村民は兵士達を叱責した。それからアルベドという女神が如何に女神であるかを、嫌になるほど言って聞かせた。鬼人の如き強さもそうだが、『困っている人がいたら、助けるのは当たり前』という深海よりも深い慈悲をもった精神性の女性であるということを。身振り手振りを交えて語る彼らの姿は、やはり敬虔な信徒に近いだろう。

 

 カルネ村の人間から聞かされる女神伝説に、兵士達は自分達のしでかしたことを猛省した。ガゼフに諭された以上に、自分達が救わなければならなかった民達の声が心に響いたのもある。

 

 その後、あの時剣を抜いた兵士達が頭を並べ、改めてモモンガへ謝罪を告げにいくと、彼は本当に何でもないというようにケロリと兵士達の過ちを許した。私は気にしていませんよ、あなた達はあなた達の仕事を立派に務めただけですよね? と、優しい声音で、あの女神の様なデフォルトの微笑で。

 

 その場にいた兵士達は皆、爪先から頭の先まで真っ赤になるのを自覚した。そしてカルネ村の人間が口々に言っていた『アルベド様は女神だ』という発言の意味を、真に理解する。常軌を逸した美貌だということはひと目見ただけで知っていた。しかし異形種だからという色眼鏡が取れた状態で、自分達の非をあそこまで優しく美しい微笑みで許されると、惚れない男などいない。なんか近づくとすごい良い匂いするし。谷間も見えるし。

 

 まあ実際は兵士達(かとうせいぶつ)にさして興味がもてない悪魔が真顔で彼らの粗相を許したというだけの話なのだが、内面と外面のギャップが凄まじいことになっていた。気を抜くとあの微笑みを作るのが主な原因な気もする。モモンガも罪な女(?)だった。

 

 そんなこんなで険悪な対面を果たした王国戦士団は、いつの間にかモモンガの魅力に篭絡されていた。ちなみに村民の刷り込みもあり、モモンガは異形種の中でも天使にあたる種族だと勘違いされることと相成る。本人はまあそれでいいやと、流しておくこととした。悪魔(サキュバス)と訂正するのも面倒だし、更に面倒なことになりそうだし。

 

 

「お前らな……」

 

 

 いつの間にか骨抜きになっている部下達に苦い笑みを浮かべ、ガゼフは後頭部をがしがしと掻いた。遠くで、瓦礫を運び出している兵士が小さく手を振っている。ガゼフの横にいるモモンガが微笑みを返すと、さっきの兵士は小躍りした後、他の兵士に頭を叩かれていた。

 

 

「王国の戦士の方々は賑やかな方が多いのですね」

 

「普段は自慢の奴らなんだが……」

 

 

 言葉を続けようとして、ガゼフは大きく息を吐いた。普段の自慢の奴らの姿は、今は見る影もない。

 

 

「腑抜けたところを見せて申し訳ない」

 

「いえ、構いません。兵士が腑抜けられる時間があるというのは、それだけ今は平和ということですから」

 

 

 モモンガは暮れかけの西日を受けながら、微笑んでいる。そんな横顔を見て、ガゼフはほんの僅かに心奪われていた。容姿に関しては『黄金』と称される第三王女ラナーの右に出る者はいないと思っていたが、それは間違いだったことを思い知らされる。ガゼフは少しの時間だけ部下のように腑抜けていた自分に気がつくと、彼の内の邪気を払うように咳払いをしてモモンガに向き直った。

 

 

「何度も重ねてにはなるが、本当にこの村を救って頂き、アルベド殿には感謝している」

 

「いえいえ。私は当然のことをしたまでですから」

 

「『困っている人がいたら、助けるのは当たり前』……か」

 

「戦士長様も実践されていることではないですか」

 

「……どうかな。私もそうしたくても二の足を踏むことは多い。戦士長という立場にありながら……戦士長という立場が故に柵に囚われ、剣を抜けなかったことが何度もある。私は……いや俺は、アルベド殿に心から感服している。困っている人がいても何の見返りも求めず手を差し伸べるというのは簡単な様で、この世界で生きるには最も難しいことのひとつだろう」

 

 

 ガゼフは目を細めて、自分を戒める様にそう言った。握り拳が震えたのが見える。モモンガは高潔なガゼフの心持ちに触れ、僅かな罪悪感が芽生えた。

 

 

(俺がカルネ村を救ったのは、別に善意でもなんでもない。ただ魔法やスキルの実験がしたかったから……たっち・みーさんの言葉があったから……。こう持ち上げられてばかりだと少し心苦しいな)

 

 

 モモンガは、苦い笑みで応えた。

 

 

「……私は人より少しばかり力があるから自由に振舞えるだけです。『困っている人がいたら、助けるのは当たり前』なんて言ってますが、きっと自分の身が危険になればすぐ逃げてしまうでしょう。本当にすごいのは、自分が死ぬかもしれないのに人の為に剣を抜くことができる戦士長様や、兵士様方ですよ」

 

「いや俺達は、王に仕える戦士として当たり前のことをやっているだけで……」

 

 

 なんとなく照れくさそうに頬を掻くガゼフに、モモンガは小さく笑った。

 

 

「な、なぜ笑う……」

 

「ほら、自分で今仰ったじゃないですか」

 

「何を」

 

「王国戦士として当たり前のことをやっている、と。『困っている人がいたら、助けるのは当たり前』……実践されているじゃないですか」

 

 

 言われたガゼフは目を丸くすると、分かりやすく相好を崩した。

 

 

「……全く、貴女という人には敵いそうもないな。会って間もないカルネ村の人間や王国戦士(あいつら)が、貴女を好きなわけだ」

 

「……戦士長様は私のことは好きではないのですか?」

 

 

 きょとんと聞くモモンガに、ガゼフは思いっきりむせた。これは何というか、モモンガのちょっとした悪戯心。ユグドラシルに人生の全てを注ぎ込んだダメ人間の自分と真反対の、人間の鑑みたいな彼をちょっとからかってみたくなっただけだ。

 

 モモンガはくすくすと笑いながら、未だにむせているガゼフの肩をポンと叩いた。

 

 

「冗談ですよ」

 

「……お転婆な女神もいたものだな」

 

 

 ガゼフの皮肉に、モモンガは悪戯成功と笑んだ。

 

 何となく、二人はこの会話で打ち解けた様な気がしている。お互いの性格や人となりも、なんとなく分かった。特にガゼフは、種族の差異による壁など、実際は大したものではないのだと、己の中の価値観が少し変わったように思えた。

 

 そんな二人の和やかな時間は終わりを迎える。

 慌ただしく駆けてきた一人の兵士が、息を切らして報告を告げる。

 

 

「戦士長! 周囲に複数の人影! 村を囲むような形で、接近しつつあります!」

 

 

 モモンガとガゼフは顔を見合わせると、互いに頷きあった。

 

 

 

 

 


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