アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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Prologue

 

 

 

 

 

「行っちまったなぁ……」

 

 

 ガガーランが、その言葉の感触を確かめる様に目を細めた。

 

 視線の先には、人ひとりの為に建立されたとは思えぬ程に大きな慰霊碑が佇んでいる。各国から送られた献花に囲まれ、まるで花園の様にさえ思える。今もなおここを訪問する人の足は絶えず、それぞれがそれぞれに花を捧げていく。

 

 世界を救った大英雄モモンは死んだ。

 遺体は光と消え、『蒼の薔薇』が彼女に託された蘇生アイテムも蘇生元の肉体がなければ復活は叶わなかった。

 

『カゲ』との決戦後、英雄を讃える慰霊碑はモモンが愛したエ・ランテルに大々的に建立され、各国の要人達が国を挙げて彼女の死を偲んだ。

 

 優しく、美しく、それでいて誰よりも強者であった英雄の死に、彼女と触れ合ったエ・ランテル──ひいてはリ・エスティーゼ王国全土の民達が、膝をついて悲しみに暮れたという。『漆黒の美姫』が命を散らして世界を守ったあの日は公式に祝日に制定され、毎年彼女に対する鎮魂祭が催されることだろう。

 

 モモンの英雄譚は今後脈々と受け継がれ、讃えられることは間違いない。今も街の広場では、彼女の歌や人形劇が盛んに行われている。

 

 さらりと吹いた柔らかな風が、ラキュースの横髪をさらう。彼女は金糸の様な髪を耳に引っ掛けて、慰霊碑を立ち尽くして見ていた。

 

 

「行っちゃったわね……イビルアイが抜けた穴は確かに大きいけれど、だからといって腐ってられないわ。あの子がいたからアダマンタイト級だったなんて、言われたくないもの」

 

「まあな。今度はモモンじゃなく、イビルアイがいなくても俺達がこの世界を守っていけるくらい……強くならなきゃいけねぇ」

 

 

 小さな子が、可愛らしい花をまた一輪慰霊碑に添えていく。『蒼の薔薇』の前を横切って、母親が彼女達に小さく頭を下げた。

 

 

「一回でいいから、抱きたかったな。いや……抱かれるのもアリか」

 

 

 しみじみとそう呟いたティアに、ガガーランが苦虫を潰した。

 

 

「お前はまたそういう……」

 

「まあそう言わないで、ガガーラン。彼女もきっと冗談を言ってしんみりした雰囲気を紛らわせたかったのよ。ね、そうよねティア」

 

「…………」

 

「助け船を出したんだから何とか言ってちょうだい……」

 

 

 ラキュースが呆れた様に溜息を零した。

 伏した目を上げて、慰霊碑を今一度見る。来訪客は、今なお大勢足を運んできていた。

 

 

「全く、あの人は。本当に大した英雄だわ……」

 

 

 ……空は晴天。

 モモンが守ったこの世界の空は、どこまでも平和そうな蒼が広がっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガタゴトと揺れながら、一台の馬車が平原を行く。

 手綱を握りながら、イビルアイはのんびりとした青空を仰いでいた。

 

 リ・エスティーゼ王国を発ってから丸三日が経過した。

 

 朴訥とした風景。不老不死の彼女には時間だけはある。足並みは緩い。王国で買った地図を広げ、彼女はこの馬車の座標をなんとなくここらへんかなとアタリをつけた。

 

 

(……蒼の薔薇のみんなは、元気にやっていけるだろうか)

 

 

 チーム脱退を通達された彼女達は吃驚した表情をしていたが、イビルアイのことを快く送り出してくれた。むしろ今までチームを引っ張ってきてくれた感謝さえ。

 

 これからは自分の人生を楽しく生きなさい、というラキュースの言葉が嬉しく、今思い出しても僅かにだが涙が滲み出してしまうほどだった。

 

 

「……あ」

 

 

 ぼんやりとそんなことを考えていると、視界の遥か先に目的地が見えてきた。

 

 ──ローブル聖王国。

 

 種族が種族なだけあって今まで訪れたことはなかったが、未知の世界というだけで少しはワクワクしてしまう。これは恐らく、彼女が愛したモモンの影響もあるだろうか。

 

 

「見えてきましたよ」

 

 

 イビルアイがそう声を掛けると、彼女の隣に座る鉛色の全身鎧(フルプレート)の重戦士も気が付いたようだ。

 

 

「おお!ようやくですね」

 

「ええ。検閲が少し気掛かりですが……モモンさ──」

 

「あ、それなんですけどね。今後は名前を変えようかなと思って」

 

 

 兜を脱いだ重戦士の素顔が晒される。

 黄金比に模られた(かんばせ)に、白雪の様な肌。首の辺りまででばっさりと切り揃えられた髪は、濡れ羽色に輝いている。男装の麗人、とでも言うべきだろうか。無骨な鎧と相俟って、どちらかといえば絶世の美男子と捉える人間も多いだろう。

 

 イビルアイは数時間ぶりに見た重戦士の美貌に、まるで炸裂閃光弾を目の前で浴びたかのような表情をしていた。

 

 

「な、名前? 変えちゃうんですか?」

 

「ええ。あ、ほら。私って生きてると結構不味いじゃないですか。あんな大々的に慰霊碑まで建てられてるのに、実は復活してましたーなんて。どこで気取られるか分かったもんじゃないですし」

 

「まあ、確かに」

 

「それに、モモンって本当の名前じゃないんですよね」

 

「え?」

 

 

 イビルアイはおっかなびっくりといった様子で──モモンを見た。モモンはあっけらかんとした表情で、イビルアイは目を白黒させている。

 

 

「だから今度はモモンじゃなく……他の誰でもなく、自分として生きようと思うんです」

 

「本当の、自分……」

 

「だからイビルアイさん。私のことは今後はモモンではなく……サトルと呼んでください」

 

「サトル……それがモモンさんの、本当の名前なんですか?」

 

「ええ。嘘偽りない、私の……いや、俺の名前です」

 

 

 モモンは……サトルは、とても清々しい顔をしている様にイビルアイは思えた。そして同時に嬉しくも感じる。愛しい人の本当の名を、自分だけが知れたことに、イビルアイは名状しがたい喜びを感じて──

 

 

「わ、私もっ! 私もイビルアイって名前ではなくて──」

 

「でしょうね」

 

「──……あう。あの……私のことも、キーノと呼んでください」

 

「……キーノ。それがイビルアイさんの?」

 

「はい。私の本当の名前です」

 

「分かりました。キーノさん……いや、キーノ。これから、あらためてよろしくお願いしますね」

 

「……!! はいっ!!」

 

 

 馬車は行く。

 聖王国が見えてくる。

 

 キーノは、持たなくても別に良いゴーレム製の馬の手綱を今一度握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──……アルベドになったモモンガさんの一人旅はこれでお終い。

 

 

 

 今後の彼はモモンガではなく、モモンでもなく、アルベドを背負った自分でもなく、等身大のサトルとしての旅が始まっていく。きっとこれからもずっと、彼の……いや、彼らの旅は永く続いていくことだろう。

 

 未知の発見をして、新しい出会いがあり、美味しいものを食べて、過去のことを赤裸々に語り、キーノの好意に鈍感なへんてこな恋愛をしながら、サトルはこれからも生きていく。

 

 キーノちゃんとサトルさんの二人旅、なんて緩いタイトルでも銘打たれた穏やかな日々に、彼はきっと満足感を得ていくはずだ。

 

 

 

 

(聖王国産のご当地料理も楽しみだなぁ……)

 

 

 

 

 

 空には呑気な鳥が揺蕩っている。

 

 風が一陣、二人の間を横切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ご愛読いただきありがとうございました。
全ての読者様に感謝を。
補完を兼ねたざっくりとした後日談は投稿予定。
ここまで本作についてきてくれて本当にありがとうございました。

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