アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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9.準備

 

 

 

「確かにいるな……」

 

 

 ガゼフは声を潜めて、窓の外を睨んだ。

 見れば、魔法詠唱者(マジックキャスター)らしい格好をした男達が、天使を従えて周囲に配置されている。

 

 

「一体彼らは何者なのでしょう」

 

 

 モモンガが訝しんで問う。ガゼフは油断なく外を見やりながら、それに応えた。

 

 

「これだけの魔法詠唱者(マジックキャスター)を揃えられるのは、スレイン法国……それも、神官長直轄の特殊工作部隊、六色聖典のいずれかだろう」

 

「では先程、村を襲った人達は……」

 

「装備は帝国のものだったが、どうやらスレイン法国の偽装だったようだな」

 

「なるほど……しかしこの村にそんな価値があるのでしょうか」

 

「人類至上主義を掲げ、他種族を排斥する法国にとってアルベド殿は討伐の対象……とはいえ、つい先程この地に転移してきた貴女が目的という線はほぼほぼないだろう。……つまり、答えは一つだな」

 

 

 スレイン法国の話はモモンガもカルネ村の人間から聞いている。

 人類の守り手として、他種族狩りを長年に渡り続けている国家だと。人類こそ至上、他種族は殲滅すべしという理念を掲げているとも。つまり、異形種のモモンガにとって絶対に関わりあいになってはいけない国だ。村民にも口酸っぱく注意されたから、並べられた国名の中でも特に印象に残っている。

 

 

「なぜ人類の守り手が、戦士長様を……?」

 

「国対国の問題というのは我々の想像している以上に複雑なものということらしい。本当に困ったものだ。スレイン法国にまで狙われているとは」

 

 

 外をみるモモンガの目が細ばんだ。あれは……あの魔法詠唱者(マジックキャスター)達が従えているのは、ユグドラシルで馴染みがあるモンスターの炎の上位天使(アークエンジェルフレイム)だ。

 

 

(なぜユグドラシルと同じモンスターがこの世界に……?)

 

 

 思案に埋没しそうになるモモンガの意識を掬うように、ガゼフが声を掛けた。彼はまっすぐな顔をして、モモンガの金色の瞳を射貫いている。腹の中で何か覚悟が決まったような面構えだと、モモンガは思った。

 

 

「アルベド殿。貴女を私以上の強者と見込んで頼みたい。わがままを言うようだが、この村が襲われたらもう一度だけ守ってやってほしい。今差し出せるものはないが……何卒、なにと──」

 

 

 頭を下げるガゼフの肩に、モモンガの硝子の様な手が置かれる。ハッと見上げる彼に、モモンガは首を横へ振った。

 

 

「そこまでされる必要はありません。村人は必ず私が護りましょう」

 

 

 そう言われ、ガゼフの顔が遅れて喜色ばんだ。

 なんというか、憂いや迷いが晴れた様な清々しい顔だった。

 

 

「ならば、後顧の憂いなし。私は前のみを見て進ませていただこう」

 

「……私に一緒に戦おうとは言われないのですか」

 

「可憐な女性を戦わせるわけにはいかない……と格好つけたいところだが、相手は法国だ。万が一アルベド殿が俺達と一緒に戦ってる姿を上層部に報告されれば、奴らは貴女の命を狙うようになるだろう。それに……」

 

 

 続けようとして、ガゼフは口を噤む。言いにくいのだろう。モモンガはその気持ちを酌み取って、彼のセリフを継投した。

 

 

「異形種の私と王国戦士長が手を取り合っているのを知られたらマズイ、ということですね。王国(なか)にも、法国(そと)にも」

 

「……すまんな。そういうことだ」

 

 

 ガゼフは重い面持ちで頷いた。モモンガのことを異形種と呼ぶのが躊躇われたのだ。法国は勿論、王国にも差別的な目はある。人類の敵と手を組む姿を今見られるのは少々まずい。ガゼフ自体が非難されるのはまだいい。しかしその悪評は、彼が仕える王にまで及んでしまう。それだけは避けねばならないことだ。

 

 

「ならば、その剣を見せていただけますか」

 

「え? あぁ……」

 

 

 代わりに、といった風にモモンガが壁に立てかけてあった剣に指を差すと、ガゼフは訝しみながらそれを渡した。受け取ったモモンガが剣を鞘から引き抜いて鑑定してみると、装備のあまりの貧弱具合に顔を引き攣らせた。

 

 

(……うわ、しょぼ。この人一応、国の戦士長なんだよな? なんでこんな見窄らしい装備しか持ってないんだ)

 

 

 モモンガから言わせてみればただのナマクラだ。何の魔法(バフ)も付与されてない剣なんて、もはや鋼の延べ棒とそう変わらない。こんな装備で大丈夫なわけがないし、問題大ありだ。流石にこんな装備でガゼフを戦地へ送りだすことは憚られる。

 

 モモンガは手を虚空(アイテムボックス)に突っ込むと、一振りのブルークリスタルメタルの長剣を取り出した。その挙動に、ガゼフは目をまんまるにして驚いた。

 

 

「そ、その剣今どこから……」

 

不死の炎(アンダイイング・フレイム)

 

 

 ガゼフを無視してモモンガは魔法を唱えると、指先で剣の腹をゆったりとなぞっていく。すると、僅かに透ける刀身に、青白い炎の力が宿っていく。天使に純粋な物理攻撃は期待薄だ。こうして魔法効果を込めた武器でなければ、余程のレベル差がない限りはまともに戦うのも難しいだろう。

 

 

「……よし」

 

 

 魔法付与(エンチャント)の具合に頷いたモモンガは、長剣を鞘に納めるとそれをガゼフに押しつけた。

 

 

「これをあなたに預けます」

 

「アルベド殿。こ、これは……」

 

「奴らが従えているのは炎の上位天使(アークエンジェルフレイム)というモンスターです。魔法効果のある武器じゃなければ、有効なダメージは与えにくいでしょう。そちらの剣より、幾らかはマシに戦えるはずです」

 

「幾らかは、マシに……」

 

 

 見ただけでガゼフにも分かる。

 これはリ・エスティーゼ王国に伝わる五宝物と同等の価値がある代物だと。透き通るようなブルークリスタルメタルの剣身は芸術品のようで、神懸かっている。それに何でもないというように魔法付与を施したモモンガの姿にも舌を巻き、その底知れぬ力に背中が粟立つのを感じた。これほどの魔法を行使し、これほどの宝をホイと貸しつけられるこの方は一体何者なんだと、思わずにはいられない。

 

 しかし実際にはこのブルークリスタルメタルの剣は、モモンガにとってはアイテムボックスを謎に圧迫していた上級(ゴミ)アイテムに過ぎない。貸しつけるにしてもくれてやるにしても、何の痛痒もない代物に過ぎなかった。

 

 

「いいのか」

 

「いいですよ」

 

 

 こんな宝を貸していただいてもいいのか。

 使わないゴミだからいいですよ。

 

 両者の間に齟齬はあるが、ガゼフは有り難くそれを受け取った。

 

 

「この宝、必ずアルベド殿に返しにここへ帰ってくる」

 

「別にあげてもいいんですが……そうですね。必ず、帰ってきてください。それと、良かったらこちらもお持ちください」

 

 

 そう言って差し出されたのは、ガゼフにはただの木彫りの人形にしか見えないアイテムだった。効果も何も分からない。しかし彼は、なんの疑いもなくそれを受け取った。

 

 

「貴女からの品だ。有難く頂戴しよう」

 

 

 ガゼフは清々しい顔をしていた。

 これから命の奪い合いをしてくるのだというのに。

 

 しかしこれ以上の会話は貴重な時間をふいにするだけだ。彼は目礼だけして、立ち上がった。

 

 

「では」

 

「……ご武運を」

 

 

 それだけ言って、モモンガはガゼフの背を見送った。

 

 

「…………」

 

 

 シンとした静寂が、耳に痛い。モモンガは余計なお節介をしたかと半分後悔した。王国と法国の戦争に、自分の様な外来種が僅かでも力を貸したのは不味かったかと。

 

 部屋にはモモンガを残し……静寂と、ガゼフの残り香が漂っている。

 

 はっきり言ってガゼフは臭かった。

 汗と、男の臭い。それは彼に追従している兵士達にも同様のことが言えた。土に塗れ、風に吹かれ、彼らはお世辞にも綺麗とは言えない身なりをしていた。

 

 ……しかしモモンガはそんなガゼフ達を笑わない。顰めた面も見せることはない。

 

 いくつもの村々を回ってきたのだろう。その度に滅ぼされた村を見て、拳を震わせたのだろう。次の村には間に合う様にと、休む間も惜しんで馬を走らせたのだろう。

 

『困っている人がいたら、助けるのは当たり前』

 

 あの言葉を、汗を流し、命を賭し、己の垢を落とす間も惜しんで体現している気高い男達のあの臭いを、どうして笑えようか。

 

 王国戦士長という易々と人に頭を下げられない立場と察せられるガゼフが、モモンガに深々と頭を下げて感謝していた。一言一句、言葉の端に気持ちを乗せた感謝の言葉を送ってくれた。本当に出来た男だと、モモンガは思った。

 

 ガゼフが行っていることを自分はできるのだろうかと問いかければ、答えは否だ。モモンガがカルネ村を救ったことだって、自分が他者より強者という安全マージンを確保していたからこそできたことに過ぎない。所詮モモンガがやったことなんて英雄(たっち・みー)の真似事だ。おままごとだ。

 

 名前も知らない他者の為に、命を落とすかもしれない戦に身を投じるなんて、とても、とても……。

 

 今だってそうだ。

 スキルや魔法を行使し、隠密に特化すればガゼフ達に力を貸そうと思えば貸せた。なのに彼は自分の身が可愛くてそれを言わなかった。卑怯者と言われても仕方がない。未知数の敵と国の前に出るのは、モモンガには憚られた。

 

 だから敬意と好意をガゼフに持つ。たっち・みーに重なる英雄像を示してくれた彼に、モモンガは人として一定以上の尊敬の念を抱く。

 

 自分の持たない輝きを持つ者に、人は惹かれていく。

 

 自分の方が何倍も強いとか、比較にならないくらい強力なアイテムを持っているとか関係ない。(ガゼフ)は、モモンガがひっくり返っても勝つことができない本物の漢だ。

 

 

「……頑張れ、戦士長」

 

 

 遠隔視(リモートビューイング)の目を使いながら、モモンガは小さな拳をギュッと握り込んだ。

 

 

 

 

 

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