家具の宿業   作:サカバリ

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 激突。轟音。破砕。

 

 青銅の刃が内外に生えた騒々しい見た目の大棚は、総鉄仕様で簡潔な作りの重椅子による直上からの打撃に耐えきれず棚板を何枚も砕かれており、果てには脚の一脚を砕かれもはや棚としての直立が不可能となって絶命していた。

 

「これは……私が苦労して手に入れたゴルマデク君の勝ちですな」

「いやはや、私の保有するモナフ社の量産家具の魔改造品、ドロンク程度の男では、れっきとした家具職人の手による一品を相手にするにはとてもとても」

 

 そんな凄絶な家具同士の異種決闘が行われた場所は〈闇の家具会〉が管理する、家具武闘の地下会場が一つ。異端家具審問官からの執拗な追跡を逃れるために無数の隠蔽処理が施されていった結果、光源の確保も最低限に留めている暗い一室だ。

 

 そんなエリダナでも郊外寄りで寂れたドレスコン地区の廃ビル地下に設置された暗室には、大別して二種の暗黒家具愛好家がいた。

 

「――ほら狼の〈振手〉よ。次は椅子対椅子の決闘だ。この会場に私が預けている暗黒家具の中でも最強美麗のモチョラネフを出しなさい」

 

「ですが、エネム・モガモットの真作であるモチョラネフには借金で首の回らなくなったエネム自身の手で暗黒家具へと改造手術を施されてもなお美しい娘です、無骨さが取り柄のゴルマデク程度に二日連続の登板をさせて下手に傷めさせる必要は――」

 

「出せと言っているだろう! 美しさ? 家具武闘に使う暗黒家具に美しさなど所詮は副次的な価値だ! 〈振手〉ごときが私のような最多額出資者に口答えするんじゃない! 〈闇の家具会〉でも下っ端だろうがお前達のような〈振手〉は!」

 

 〈闇の家具会〉に多額の出資をして参加させる自分の暗黒家具をこの会場に持ち寄って来た家具武闘の観戦者と、家具武闘を公平かつ円滑に進めるための〈振手〉である。

 

 なによりも家具の強度と戦闘性能を重視する〈闇の家具会〉が、所有する家具の強力さを見せつけるために闇で執り行う家具武闘には、家具を握る者の体格や筋肉量、技術の差といった椅子以外の要素を不純な物とみなし極力廃していく事を求められる風潮があり、その風潮を実現していくために家具武闘の会場に〈闇の家具会〉から派遣されているのが、今は椅子を握り壊れた棚を握っている、部屋の中心で黒衣を身に纏い家具以上に目立たないように努めて直立不動にしている二人のような〈振手〉だった。

 

 そして仮面を装着して表情を見せない二人の内の片側の〈振手〉、狼面を装着した男が数打ちではない暗黒家具に対し、重篤な損壊が避けられない次の家具武闘に持ち出す事を躊躇いの言葉を吐いたことで、所有者の老人に叱咤を受けていた。

 

「おい狼よ。椅子の所有者に口答えなどせずに、さっさとモチョラネフの娘を出しておけ。会場には出場する暗黒家具の大事に対してはすぐ事に当たれるように、闇家具医者も付けているんだ。家具武闘の結果、多少の怪我があろうとそう心配する必要は無い。それに家具七将軍の一人、〈棚将軍〉ロンズリート様の一人息子であるロ・モポロ殿のように、暗黒家具として他の家具とぶつかり合い壊れ修復される過程の中で磨かれる美しさだってあるさ」

 

「あ、ああ……。そうだな、すまない虎。そしてすいません出資者様」

 

「ふん、解ればよろしい」

 

 虎面を装着したもう一人の〈振手〉が、出資者に無駄な反論をした狼面を装着している方の同僚を諭し、言われた狼面もすぐに受け入れてモチョラネフの所有者に頭を下げる。

 

 狼面と虎面、彼ら二人の〈振手〉は〈闇の家具会〉所属の正統な〈振手〉として認定されるために二人で厳しい〈振手〉育成過程と死者すら珍しくない最終試練ををくぐり抜けて来ている。この会場には最終試練の合格から続いて〈振手〉の技量の統一を望む家具武闘の世界における風潮を反映し二人組で派遣されており、両者の間は親友と言い切れる深い親交があった。

 

「では先手! ゴルマデク! 後手! モチョラネフ!」

 

 出資者と〈振手〉の口論が終わるまで待っていたこの度の家具武闘で司会を務める男が、よく通る声をもって巨体の新人を盛大に殺戮した王者に挑戦する、次なる暗黒家具の名前を堂々紹介。

 

 司会にゴルマデクと呼ばれた総鉄の雄椅子と、モチョラネフと呼ばれた椅子装甲の精緻な花嫁衣装を着込んだ雌椅子が、二人の〈振手〉の手で家具武闘総則で定められた家具武闘場の印が刻まれた開始位置に立たされる。

 

「いざ尋常に――」

 

「――頼もう」

 

 そして次には家具武闘の開始宣言を司会が盛大に行おうとした、まさにその時だった。

 会場の隅に備え付けられていた観戦者が入退室するための今は施錠済みのはずの扉が、一人の男の手によって勢いよく開け放たれていた。

 開いたままにされた扉からは通路の電灯の光が入り込み、会場に意図して演出されていた不気味さがあっさり霧散する。

 

 あまりにも見事な――少し滞っていた家具武闘の進行をまたも阻むという意味において――途中入室だった。

 

「ここが〈闇の家具会〉エリウス郡支部で運営されている家具武闘の会場で間違いはないかな?」

 

 そして割り込みをしかけた当の男は、空気をいたずらに乱した乱入者にぎょろりと目を向けていく会場の家具愛好家たちの中を、特に萎縮するでもなくまっすぐとゆっくりと会場の中心となる家具武闘の台に近寄ろうと歩いていく。

 

 型破りでは済まない家具武闘の進行を今度は明確に邪魔するその蛮行にしかし家具愛好家の誰も阻害ができず、最終的には男は家具武闘の舞台を真後ろにして、司会と実況者の間に割り込むように〈闇の家具会〉の出資者たちに目を向けていた。

 

「うん、一部は戦わせられる家具の勝敗を賭けて金銭すら積み上げている程度の低い観戦者に、見るも無惨な対家具戦闘のためだけの野蛮な改造を施された暗黒家具たち。ここが家具武闘の会場なのは間違いないようだね」

 

 一人で一方的に確認をし、一人で勝手に結論づけ、口から出るのは会場全体に喧嘩を売るような発言。ここまで明確な意思をもって家具武闘の進行を邪魔する青年程度の若さの男を家具愛好家たちがさっさと護衛を動かして殴り倒して物理的に排除しようとしない理由は単純だ。

 

 男が着る礼服の上下と顔と頭髪を万遍なく彩った緋色――血が連想させる蛮行が悍ましすぎたからである。

 

 近年になって更なる過激化が進む暗黒家具武闘において〈振手〉や舞台に近寄りすぎた観戦者が家具同士の激突の流れ弾で負傷や大出血に至るのはそう珍しいことではないが、男の全身を染める新鮮な血の滴り具合は一人の人間から全てを絞りきってもまだ足りなそうな()()()()だった。事前に保管していたものを入室前に振りかけたのではない事を示す細かい肉片も、衣服には少なくない量が貼り付いてしまっている。

 

 男がこの会場に来るまでのそう長くない間隔で、派手な殺人を済ませてこの会場に踏み込んで来ているというのは明白だった。

 

「ええと、そこの真っ赤なお兄さんは遅れて観戦し始めた感じなのかな? 〈闇の家具会〉の支援者登録を新規にしたいなら紹介状を見せに玄関の受付に戻って――ぁ」

 

 家具武闘の実況を担当する男が、乱入者の異常性はただの悪趣味な仮装だと無理矢理に飲み込んで優しく新しい客になる人間に対応しようと、男に近寄って話しかける。だが実況の男は自分もまだ市井の家具愛好家だった昔に受けた家具武闘の観戦のために義務付けられた〈闇の家具会〉への支援者登録手続きの流れを最後まで説明する事ができず、横から胴体を両断されて立ちながらに落下した。

 

「なっ、なん?」

 

 好意を殺意で返された事に素朴な疑問を浮かべながら、断面から血に臓器を零して程なく実況者は絶命。

 

「僕の名はケンケル。この度〈家具の会〉異端家具審問部のエリウス郡支部から派遣された異端家具審問官だ。この地下会場で何度も執り行われてきた無理矢理に家具同士で戦わせる事を強要する家具武闘、それの運営に関わる〈闇の家具会〉の構成員と多額のイェンを収めてまで自らの愛する家具をそんな場所に送り出す後援者、親の裏切りで無垢な家具たちに施されてしまった残酷な暗黒改造の数々――今回はそれらの呪わしい所業と人と家具、纏めて『家具異端』だとの正式認定が下ることが〈家具の会〉の名において決定したので、上級異端家具審問官であるこの僕が直々に粛清しに来た次第だよ。この狭い部屋で醜く生き足掻いてまだ暗黒改造を施されていないような家具を汚し傷つけるような真似は選ばないで、首を差し出してさっさと死を選んでくれると嬉しいね」

 

 血塗れ装束での入室で死を予感させ、今さっき実際の死を見せつけたケンケルは、切断して床に落とした実況者の上半身を荒く踏んで更に身体を血で汚しながら、この場に居る〈闇の家具会〉と組織に献金を行ってこの場に集った後ろ暗い家具愛好家の全員に淡々と死刑宣告の言葉を飛ばす。

 

 〈闇の家具会〉と長きに渡り対立する〈家具の会〉が保有する、家具犯罪者に対しての組織武力である異端家具審問官。

 

 残酷な家具殺人者や卑劣な家具誘拐犯を捕らえたり、禁じられた家具武闘を取り締まるために世界各地の〈家具の会〉異端審問部から派遣され、抵抗する家具犯罪者当人や彼らが雇った傭兵と苛酷に戦う事を繰り返す、時に失命も珍しくない苛酷な職業にして、〈闇の家具会〉に属していたり後ろ暗い関わりのある家具愛好家にとっての悪夢。

 

 その中でも数多の家具犯罪者を捕らえて高位咒式士に匹敵する戦闘能力を示して認定される高位異端家具審問官が、ケンケルと名乗って証明となる赤椅子に二重円の高位異端家具審問官の紋章を見せた男の職業だった。

 

「異端家具審問官、それも上級だ!」「審問官対策のために警備の咒式士は黒社会の連中から雇い入れて、受付業務を兼ねさせる形で上に待機させていたはずだろう、あいつらはどうした!?」「いや、たとえ逃亡されてもこっちに連絡が入る仕組みを構築していたはずで――」

 

 死刑を下された家具愛好家の内、遅れて厳重な警備を突破された事を理解して激しく動揺した最寄りの三者が、胴から両断された実況者に次ぐ形で首から上をほとんど同時の三連続で消失させられ、まだ生きた心臓で周囲に血を吹き出しながらバランスを失い転倒。

 

「家具を愛さない程度の低い者など家具施設の警備に使っていちゃあダメだね。防音があるから気づいていなかったみたいだけど、彼らは家具に対して真摯じゃないから気の緩みで派手に騒いで、事前に他の家具異端から拷問で割っておいた大体の場所からすぐに特定できたし、二人ぐらい切った所でこれは勝てない相手と判断したのか背中を向けて逃げ始めてたよ。まあ騒ぎが何らかの形でお前ら異端の家具愛好家どもに伝わってると面倒だから、建物の外に出ていく前に全員殺したけど」

 

 語りながら鮮やかに三人の殺害を成した凶器は三人は座れそうな横幅で、肘掛けの獣化途中の人狼を模した精緻な彫刻の造形も気品があふれた見事な椅子――長椅子(ベンチ)だ。長椅子の右後脚を握って縦に構える事で家具愛好家たちに向けられた長椅子の背凭れは、鋭く磨き上げられてもはや肉厚な長刀と同然であり、〈闇の家具会〉支援者三人の首程度の障害を難なく断ち切る事を可能としている。

 

「くそっ、家具使いの狂気の異端家具審問官、ケンケルめっ!」「家具を凶器に人を殺める貴様に何の罪も糾弾される謂れはない!!」「上級異端家具審問官だろうとこの場には俺たち支援者の護衛と、腕が立つ支援者本人で下位と中位の咒式士が合計で二十一人いる! 簡単に勝てるものかよっ」「高位咒式士並みの力量がある上級認定が下った異端家具審問官とはいえど、特級異端家具審問官のような努力と才能を積み上げてなお人が到達できるかどうかの領域ではないんだっ、囲んで圧殺しろっ!」

 

 追加の三人の死で〈闇の家具会〉を支援する家具愛好家達は逃亡は不可能と察し、決死の表情で会場の咒式戦闘能力を有する者たちで長椅子という異常な凶器を構えて瞬く間に四人を殺害したケンケルを包囲しにかかる。

 

 前衛咒式士を前方に、後ろに後衛咒式士を配置する対人においては過剰なまでの基礎的な円形の包囲布陣が、ケンケルが何をするでもなく構えている間の十数秒で完成した。この規模の咒式士の集団としては数法系や重力系の咒式士こそ惜しくも場に居ないが、急場で構築したとしてはまあまあ理想的な布陣と言えるだろう。

 

「あはは。家具を歪めて家具同士で殺し合わせている残虐なお前たちが僕に殺人程度で説教するのか? それに、そのようにこの世に生まれ落ちた家具が機能として人を殺めている事に、僕はなんの痛痒も感じないね。今現在だって七都市同盟の一部の州では電気椅子での処刑が継続されているし、彼ら彼女らの仕事ぶりは今僕が握っているラゲニエ君と同様に美しいよ?」

 

「ごちゃごちゃ言ってる間に殺せぇっ! ――んぎゃっ?」

 力量で場当たり的に指揮官に選ばれたモチョラネフの所有者の護衛が、ケンケルの握る長椅子ラゲニエによる()()で顔面を粉砕された事をなし崩しの合図に、戦闘が開始。室内における護衛や護身用途で持ち込んだ魔杖剣なので構えている種別としては長短の魔杖剣を中心に、魔杖短槍や魔杖槌を構えた前衛咒式士が大将首狙いで露骨な動きをしたケンケルに殺到。生体強化系統の咒式で脚力を強化した剛剣士や〈電加(ゴイル)〉の電磁加速をその身に載せた雷槍士による第一陣がまず着弾し、遅れて〈増錬成(ベベリス)〉の咒式でケンケルの振るう長大な長椅子よりも更に巨大化している重機鎚士(じゅうきついし)の魔杖鎚が、高位咒式士としてケンケルが保有すると予想される奇手ごと何もかも無情に叩き潰しにいく。

 

「ふざけた長椅子使いが、何でこんなに強い!? ――ろぺあっ!」

 だがケンケルはその程度の場当たり的な集団が成した、簡易な連携程度では止まらない。長椅子という異形だがとにかく巨大な獲物は巧みに動いて突進してきた咒式士の軌道上に置かれて、咒式士自身の猛烈な勢いを利用してぶった切っていっては咒式士の左右や上下を後ろに流していくし、いくら長大といえど〈増錬成(ベベリス)〉で巨大化した魔杖鎚には大きさで敗北しているラゲニエが、ケンケル自身の剛力を伝えて巨大魔杖鎚を押し返して弾き飛ばし、質量を増大させた獲物を満足に扱えなかった重機鎚士は無様に床に転倒。間髪をいれず放たれた高速の踏み込みが重機鎚士の胸板を陥没させる。

 

「せめてその長椅子ぐらい手から落と――ごうぇっ」

 次ぐ後衛咒式士のやられ方はもっと単純だ。ケンケルに寄るだけ死が確定している低位の前衛咒式士も混じった彼らは強酸に砲弾や投槍、高圧電流といった咒式をケンケルに一度も当てられないどころか、巧みな誘導で仲間や護衛対象を間抜けにも同士討ちするように仕向けられ、実力の差にすっかり動揺している所にケンケルが満面の笑みでラゲニエの背凭れの刃を構えて突進してきては生き残りの咒式士を横に縦に斜めに機敏に切断。

 

「はい全滅。失禁してるそこの笑える人とかも死んでねー」

 あっさりと中低位の攻性咒式士二十一人を全滅させたケンケルは、続いて護衛を失って戦う力もない無力な家具愛好家を無慈悲に掃討していく。攻性咒式士との圧倒的な実力差は丁寧に嬲るような残虐さすら浮かばず、後衛咒式士が放った咒式の余波に巻き込まれて数を減らしていた事もあって、〈闇の家具会〉の支援者とその護衛は数分であっさりと全滅した。

 

「おいケンケルとやら!」

 

 〈闇の家具会〉の構成員――あくまで戦わずに逃げ去ろうと足掻く司会や闇家具医者を追い殺していたケンケルの背中に、〈闇の家具会〉の構成員でも逃げずに棒立ちでいたために殺害を後回しにされていた虎面が声をかけた。

 

「異端家具審問官の権限で我らを処刑するのはまだいい。〈闇の家具会〉がしてきた悪行の報いとして受け入れよう。だがこれら暗黒家具をどうする!」

 

 虎面が指し示すのは、次なる挑戦者として控え室から先に出されている、刃が爪が牙が、装甲に射撃や噴射の機構が取り付けられた椅子に棚に机。家具武闘で相手を破壊して勝つために増設していった器官による破壊性能が、もはや座り収納し上に物を置く家具本来の機能よりも主体となった異形の改造が施された家具たちだ。

 

「無論全てを処刑するけど? 家具同士の闘争に最適化され、同族殺しの罪を孕んだ暗黒家具に未来はない。殺し灰や鉄に還してあげる事こそ慈悲だ」

 

「――そうか。ならばお前の処刑を認める事はできんな。いくぞゴルマデクっ!」

 

 家具武闘のいわば犠牲者である家具に対しての処分が処刑であるのは認められないと義憤を示し、純粋家具振手として体内内臓の魔杖剣で〈鋼剛鬼力膂法(バー・エルク)〉を発動する虎面。当然ケンケルはラゲニエを振るって今になっての抵抗を始めた虎面を両断しにかかるが、咒式で筋力を跳ね上げ肉体を膨れ上がらせた虎面はケンケルと身体能力で並び、握るゴルマデクを上手にラゲニエの座席部分と噛み合わせる事で、背凭れの刃が顔面へ到達するのを阻んだ。

 

「家具殺人者がっ! 家具対家具戦闘において〈振手〉に勝てると思うなよっ!」

「家具武闘の〈振手〉? そんなもの、定まった型に合せて家具を振るだけの、機械化可能な児戯だろうに、何を誇る所がある! 事故で出場する家具が意図せず怪我や死亡した時の責任者でしか無い愚図が、何を得意げに!」

 

 ケンケルは他の椅子を巧妙に噛み合わされたラゲニエを外してもう一度斬りかかろうとするが、虎面の巧みな椅子さばきで長椅子の力の方向を上手にずらされ、一向に噛み合わせられたゴルマデクを取り外せないでいた。時には小椅子対長机のような異形の対戦札が組まれる事も珍しくない家具武闘の世界に携わる職業人である〈振手〉として、虎面の家具対家具戦闘の技巧は相当に熟達しているのだ。特に構造としてはごく素直な四脚の長椅子程度、一度振るった経験のある椅子を自分の手に握れている状況ならば、このように簡単に動きを止められる。

 

「その〈振手〉に、どうやら拮抗させられてるようだが?」

「大道芸止まりでお前も俺を一向に攻められていないだろうが! 試合ではない戦いに時間切れはないし、こういう状況でトドメの咒式を飛ばせるお前のお仲間も、さっき僕が全滅させ終わってる! 僕を愚弄するのも大概にしろ!」

 

 虎面の挑発に、簡単に激高するケンケル。感情の昂りと合わさるように咒弾の薬莢が床に跳ねる音と、咒印組成式の光。現在行われている身体強化咒式や咒力をのせての身体強化があった上での椅子と椅子の振手の技量のぶつけ合いに唐突に持ち出された咒式に虎面が驚愕すると、ケンケルが紡ぎ終えたのは化学鋼製系第三階位、〈電氣座葬(エージ・ソ)〉の咒式。

 

「なっ」

 

 拘束電気処刑用の椅子を生成する家具咒式が虎面の足元から飛び出すように発動し、咒式による筋力強化で膨れ上がった四肢を鉄環で無理矢理に拘束。すぐさま鉄環から流れていく電流はあくまで鋼製系咒式の副次的な効果として流れるものなので電磁雷撃系第二階位の〈雷霆鞭(フユル・フー)〉も電圧は下がって数万ボルトル程度ではあるが、拘束の後に流される回避困難な電流なので、人体の回路を焼き失命に至らせるには十二分な電圧である。

 

 騙し討ちのように拘束と電撃を綺麗に食らってしまった虎面は、しかしそれでも自分が成すべき事を見失わなかった。

 

「くそっ、があああああああっ!」

 

 自分に死を悟った虎面は、感電で筋力を強張らせながらもゴルマデクをこれからの行いに巻き込まないために後ろに放り投げ、咒式生成された電気椅子の鉄輪拘束を引き千切って気力の直立。

 

 ケンケルは向かってくる虎面を阻むため、椅子への拘束が成立した時点で拘束から逃れていたラゲニエの背凭れの刃を向けて虎面に冷めた目で向けるが、虎面はそんな視線に構わずに背凭れの刃を自分という肉の塊に埋め込むように決死の突進。

 

 心臓を椅子で刺し貫かれながらも束縛に動こうとし、ケンケルに太い指がかかろうとする所まで足を進めた所で、足の動きが一気に鈍って次の瞬間には盛大に吐血して絶命する。

 

「ふんっ、僕が〈振手〉ごときに咒式を使わせられるとは……」

 

 相手の死を確認したケンケルは、電流が流れた直後に組み付いて来たので虎面の身体が固まって抜きにくくなったラゲニエを、強く振り回して固まった虎面自体を両断して束縛から開放する。電流で灼かれて盛大に蒸気が立ち昇る内臓を床にぶちまけさせ、武器が開放されたケンケルは首を振って残りの生存者を探す。一人として動く者は居ない。

 

「これにて今日の仕事は完了――じゃないぞ糞っ!」

 

 ケンケルは入室時に記憶していた〈闇の家具会〉構成員と支援者たちの総数と、今自分が大量生産した死体の数を照らし合わせていく中で、ズレが生じている事で自分の見落としに気がついて悪態をついた。

 入室時よりも一人分死体の数が足りないが、虎面には組を成していたもう一人の〈振手〉が居たはずだ。

 

「虎の方に挑発されて狼の方を逃がしたか……。ああ! しかも暗黒家具のモチョラネフを抱えられたままだ!」

 

 ケンケルはきっちり施錠された控え室の扉の隣を強く睨む。そこにはこの会場に家具を搬入するために使われる、侵入時に使った正規の扉よりも大きいが存在感としては密やかな裏口が、小さくではあるが確かに開いていた。通常の後援者は知らない主催者側の人間のみが知っている通路を使って、虎面が戦っている内に狼面はケンケルが構築した処刑場から抜け出したのだ。

 

「まあ仕方がない。また時間はかかるけど情報を集めて逃げた家具異端を追いかけるか……、と。その前にこの暗黒家具への異端審問だな」

 

 ケンケルはそう憂いてから、人間の次に処刑する暗黒家具の山に対して微笑しながら目を向けた。

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