家具の宿業   作:サカバリ

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「家具に性欲を覚える自称収集家の準〈長命竜(アルター)〉、毛繕いしレブゲノルによる求愛という名の家具強姦殺人がカロンル市で行われた件だが――」「異端家具審問部で目をつけていたエリダナの暗黒家具武闘の会場で〈闇の家具会〉の支援者が持ち寄った暗黒家具ごと殺戮される凄惨な事件が発生したが。これは椅子改造咒式の使い手であり臀部を司るザッハドの使徒〈墓座りメルグクス〉の犯行と疑われ――」「昨年度に昇格した異端家具審問官の経歴について――」「ゴーゼス経済特別区の内部に存在が疑われている闇の椅子臓器移植市場についての報告を読みましたけど――」「〈炎の家具〉ならいくつか抱えている実行部隊の内の二つを殲滅されて半活動休止状態に陥っていると聞いたが――」

 

 エリダナ南部コヘート区トリントビルの、〈家具の会〉の手で三層ほどまとめて借り上げられている内の中階。

 階で言うと二十四階ほどの高さに位置するその会議室では、〈家具の会〉の毎週の定例会から派生した隔月の特別会議として、エリウス郡における家具愛好家の中でも同時に高位咒式士としての資格を有しているという自己申告があった者たちによる家具に咒式の暴力が絡んだ事例についての情報交換が行われていた。

 

 異端家具審問官のように集めた情報を持って直接取り締まりや討伐に向かおうとする集まりでこそないが、高位咒式士として耳元に流入してきやすい家具と咒式が絡んだ事件にまつわる情報を共有し、家具に関連した凶悪犯罪や〈異貌のものども〉の襲来に備えようという会合である。

 まとまった情報は後で〈家具の会〉の上層部に伝えられて有効活用される手はずになっていた。

 

 目的はあくまで報告なので毎回特定の議題が登る定例会のように、話題が加熱しての誰かが憤激するような事もなく会議は順調に進行していき、開会から一時間ほど経ってそろそろ終わりを迎えようとしていた。

 

「――では〈家具真教〉と彼らから更に分派した邪教徒共の黒社会との繋がりについての疑惑に対する私の報告をもって、これにて会議終了とさせていただきます」

 

 覆面の進行役の締めの言葉を持って、覆面の参加者たちが一礼。会議の最中に座っていた娘や息子を抱えていく参加者が居る中で、屠竜刀を背負っているのが目立つ、椅子に座らずに一時間もの間直立し会議に参加し続けていた竜の覆面の参加者――ギギナは会議の進行役をしていた狒々の覆面に話しかけられていた。

 

「あの、ギギナさん」

 

「モーラスか。どうした?」

 

 高位咒式士の集まりなので覆面を被っていても正体は獲物でだいたい知れ渡っているとはいえど、さっきまで覆面で会議をしていた参加者に対し堂々と本名で話しかけた覆面の名前はモーラス。

 

 主にエリダナ地下迷宮を潜っている妙齢の女樹斧士で、主要な収集対象としている家具は〈異貌のものども〉が作成した原始家具。椅子を触媒に禍つ式を呼び出して四次元世界の椅子について聞き出そうと、ある高名な数法系咒式士に熱烈に押し掛けて、召喚の過程で椅子を犠牲にしてしまう事を諭されて結局は諦めた事すらある家具愛好家の中の変人である。

 

 元ベロニアス商会の研究者で、研究資金の流用で家具研究をしていたことから失職。そこから並み以上の咒力がある上に女性としてはかなり恵まれていた体格もあったので攻性咒式士に転向したというそこそこ異色の経歴の持ち主だ。

 

 保有している家具で最も高名なのは〈古き巨人(エルノム)〉の遺跡で見つけた巨大な椅子。エリダナ地下迷宮の奥深くで発見されたその椅子は造形のシンプルさに反し、たとえ建築をいくつも行なっていても呪力の高さから一般的な様式の家具を必要としないとされていた咒式椅子文化分類学の定説を跳ね返す、高い文化的価値を有してもいる。

 

「今回出された情報なんですが、私が円滑な進行のために事前に聞き取りしておいた物は予め洗ってみた所、やっぱり大半の情報の源泉は怪しく、家具愛好家ではない人間が爆笑ネタとして流してきたような虚飾混じり――ですが今回その中に珍しくその中に有力っぽい物がありました。元警察士の覆面が流していたドスレコン地区に設けられていた家具武闘の会場での虐殺は怪しいと睨んでいます。なので強者を求めるギギナさんには参考にしてもらったほうが良いかな、と」

 

「そうか。参考にしておこう」

 

 モーラスが進行役の権限で入手していた情報に、ギギナは把握の意を示す。これは、〈家具の会〉から実質的に個人依頼を引き受けたという事だ。職業である異端家具審問官のように明確な形の報酬は支払われず、会員同士の家具購入が拮抗した時に発生する暗の優先権などの曖昧な形をとるが、重度の家具愛好家であるギギナや高位咒式士にはそんな曖昧な権利でも欲しい物であったし、何よりも家具の敵と強者を兼ねている獲物は望む所であるからだ。

 

   ★

 

 屠竜刀が青蛇人の後頭部から下にかけて精緻に入刀。着込んだ鎧ごとざっくり胸板まで左右に割かれて、絶命した青蛇人は内部に収まっていた血と臓物を前方に零す。

 毒牙の噛みつきを必死に回避しつつ、ヨルガで迫る青蛇人の魔杖山刀を抑えて熱烈に鍔迫り合っていた俺は、ギギナのそんな一撃で俺たちが対処にあたっていた〈異貌のものども〉の群れの中では最後となる青蛇人の中でも精鋭であろう剣士が発揮する剛力から開放されると共に、赤いそれらを盛大に上半身に浴びるはめになっていた。

 

「ぬおっ、おま、ギギナ!」

 

 来ていた白い胴衣(ジャケット)が血のせいで下の襯衣(シャツ)を含めて緋色に染まる。髪も知覚眼鏡(クルークブリレ)も血で真っ赤になっていた。悪寒を感じこれは流石に振り落としたが、屠竜刀に半分切り離された青蛇人の心臓が綺麗に頭頂に乗るまでしていた。

 

「遅い。あの青蛇人が地上まで誘導して開放した大尖亀の対処に私はあたっていたが、死闘を経て大尖亀を討伐してなお軟弱ガユスがまだ敵を残していたので手伝ってやっただけだ。文句も何も無いだろう。それとも、衣服の汚れなどで若手咒式士のような惰弱な文句を吐く気かガユス?」

 

「いや、別に。蛇毒の心配とかも毒腺が主で血液ではほぼ無問題なのは知識で把握しているよ。ただ午後には先週からの浮気調査の続きで、人混みに紛れられそうな格好をしておく必要があったんだよ!」

 

 浮気調査で高級住宅街に紛れ込む用に、それなりに値の張る服に着替えたままで、道中で発生しているからと市から朝一番で飛んできた地下迷宮産の〈異貌のものども〉に対処する救援依頼に飛びつかなければよかった。

 事務所に戻って他の服に着替えてまた調査に向かえる距離ではないので、習得している洗浄咒式で荒っぽく洗うしかないが、地下迷宮で匂いで〈異貌のものども〉たちに追跡されるのを紡ぐために開発されたような荒っぽい咒式なので、衣服にはそれなりの負荷が残ってしまうだろう。

 

「そうか、それでは午後からは家具用の木材市を見に行く予定があるので私は抜ける」

 

 流石に血で視界を潰したままでは不都合なので知覚眼鏡を手持ちの綺麗な布で拭っていると、俺がついた悪態を軽く流すどころか屠竜刀を背に戻して去ろうとするギギナ。

 

「あっ、ギギナ! お前、性分的に浮気調査に付き合わないまでもこの後で役所に提出する報告の書類ぐらい――」

 

「敵は私が処理しておいたのだから書類は貴様が処理しろ。浮気調査とはいえ市への書類提出に時間の余裕はあるのだろう?」

 

「くっ……!」

 

 青蛇人の統率者を俺が引き受けて、他の青蛇人兵卒と使役する大尖亀との戦いはギギナを任せる形にしていたが、青蛇人に距離を詰められてから剣技の戦いに移行されてから攻防でかなり時間を費やされていた。さっくり処理して援護の咒式を放ちに向かうどころか、先に敵を全滅させたギギナに援護されてしまう始末だ。

 この戦果の偏りに俺が反論ができないでいると、ギギナは本当に抜け出しやがった。諦めるか迷っていると路地を横切ろうとする人影。激突。

 

「む」

 

 ギギナに向かって男が激突したが、鍛え上げられて柱のようになった体幹のギギナは微動だにしない。怪我の程度を一応確認した後でギギナはそのまま目的地の木材市だかに向かおうとするが、ぶつかった男がギギナに声をかけて呼び止める。

 

「そこの攻性咒式士さん! どうか助けてくれ! 俺はドスレコンの地下で〈振手〉をやっていたポーネゥなんだが、暗黒家具を産む家具武闘の興行に関わっているので家具異端だと一方的に認定されて、ひどく過激な異端家具審問官の男に追われて殺されそうなんだ!」

 

 男が口から出しているのは電網上で何かを受信したような全く理解不能な未知の単語の数々――ではない。意味こそ理解しがたいが、ギギナの口から一つの文字列として何度か耳にした覚えがある。ギギナの顔自体は知らないようだが、これは偶然に家具絡みの同類と遭遇した形か。

 

「〈振手〉――〈闇の家具会〉でも家具武闘に携わる下級構成員がそういう名前で呼ばれていたな。市井の家具愛好家として、家具武闘に携わるような輩は殺すべし」

「待てギギナ! お前らが精神病を発症しているのは勝手だが町中で無抵抗の状態の人間を堂々と殺すな! 通報されるし逮捕される!」

「ひぃぃっ!」

 

 俺は背から再度ネレトーを抜くギギナの前に、ヨルガを駆け寄って出して眼の前で殺人事件を発生させようとするのを制止。屠竜刀と魔杖剣の拮抗が俺が大幅に不利ながらも始まるが、何かに気がついたギギナが誅殺を邪魔する俺を切ろうとネレトーにかけていた力を緩めて背中に戻す。

 

 何に気がついたのか振り向いて視線の先を確認すると、そこには男が抱えている、ゴツゴツとした装甲板が何らかの意図を持って貼り付けられた、椅子と思わしき背凭が付いた四脚の台。恐らくだが、この椅子が無ければポーネゥと名乗った男はそのまま押し切って両断されていただろう。

 

「続けろ、男」

 

「俺だけならまだ諦められるが、ケンケルと名乗る異端家具審問官はこの美しいモチョラネフまで処刑すると言っているんだ! 市には既に通報をしたんだが、警察士だけであいつの凶行を止められるかどうか! 手元に払える金こそ無いが、協力してくれるなら金は後でどうにかして掻き集めて証文付きの返済計画を――」

 

「ふむ……」

 

 木材市に向けていた足先を戻し、なにやら興味を持ったギギナによる静かな催促で吐き出されるポーネゥの喚きに、俺は半信半疑で賞金首情報を携帯咒信機で検索。

 土地勘の薄さから先に他の賞金稼ぎに狩られてしまう可能性が大きいので旨味が少なく、余程の額の賞金が懸けられていないと通知からは除外するよう設定していたエリダナ市内でも郊外寄りの地区で行われた事件で認定された賞金首に、丁度それらしい日時と規模の事件を起こしているとの情報があった。

 それも、通知の線引設定額をギリギリで下回って見逃す所だった大物の。

 

「ドスレコン地区のビル地下で三十八名もの大虐殺――ギギナと同じような手合同士の無害な小競り合いとばかりと思っていたが、件の犯罪者は実際に昨晩大殺戮をやらかしていて、立派に賞金首の認定が降りているんだな。よし、ポーネゥ氏。俺たちがそいつの逮捕に協力してあげようじゃないか」

 

 午後から行う予定の浮気調査をどう短縮して誤魔化すかの算段を心中で付けながら、俺は大物の賞金首に対する情報を山盛りにして、こっちに間接的に大金を渡しに来ているポーネゥに微笑みかけた。

 

 ……甘い言葉を他人に吐くにしては降り注いだ青蛇人の血を眼鏡以外は一切拭っておらず非常に物騒な見た目になっているが、まあ大の男が相手だし細かい所は良いだろう。

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