午後のトラト通り。そこの治安悪化の主要因となっている、修繕費の問題で老朽化の末に廃棄された大規模集合住宅の中庭には、天頂の吹き抜けから注がれる陽光を一身に浴びた賞金首のケンケルが、長椅子に座って悠然と待ち構えている。
ケンケルはふと顔を上げて、発見率を上げるために俺が頼んで狼面を改めて装着してもらって遭遇時に携帯していた椅子も抱えさせたポーネゥを発見すると、
何分ケンケルが取り逃しただかで殺害対象としている男をそのまま手元に抱えているので、ポーネゥの目撃情報をそれとなく電網上に上げるなどして、ケンケルをこの人気が少ない廃集合住宅に呼び寄せる事は実に簡単だった。
「ああ居た、狼の〈振手〉っ! 逃げたから仕事を終えた後に一度拠点に戻って休んでから探していたんだよ家具異端くん。――ん、そこの左右の攻性咒式士は人でも雇ったのかな?」
背後にいる俺達を見て、どこにそんな財力があったのかと不思議そうに首を傾げる賞金首。どうやら自分の凄惨な行いで市警から殺害許可付きの賞金が懸かっていると欠片にも思っていないようだ。
「そ、そうだ! 狂った異端家具審問官のお前を止めるためにガユスさんとギギナさんに協力してもらったんだケンケル!」
「狂っている? 家具達を暗黒改造して殺し合わせていたお前達が、ではなくて? あと二人とも、雇われ咒式士の常として了解してるだろうけど、狼面の殺害を阻むなら殺させてもらうよ」
「ギギナのお仲間たちの集団精神病、の範囲を軽く突き抜けた異常者だな。三十八人も殺しておいて何を言う」
俺はここまでの手配額に達した賞金首にありがちなケンケルの異常性にうんざりしてぼやく。ケンケルの発言の裏には、大量殺人を含めた自分の行いを正当化する熱量の狂信が秘められていた。
「矜持を大事にするというあの猟奇殺人者にしては骨肉椅子の一つも現場に残さなかった事で薄々予想していたが、やはりメルグクスではないのだな。その服装は異端家具審問官だと見るが、なぜあそこまで無意味で破滅的な虐殺を行った。異端家具審問官といえど、無抵抗な者も混じったあの数の家具異端を私刑に処すのは明らかに与えられた審問権の適用範囲外だろう」
ギギナが出したのは、家具愛好家にして人体家具を愛好する事で悪名高いザッハドの使徒の名前だ。〈闇の家具会〉からもとっくに追放されて、今目の前にいるケンケルと同じく家具愛好家の世界以外からも追手がかかっているような殺人者だと、いつもギギナが繰り出す家具話の合間で聞いた覚えがある。
「メルグクス、だと? この僕、ケンケル・メロべヌスをあんな殺人者と一瞬でも混同するな! 指先が模倣で起こした所業だけでもああも悍ましかったというのに……!」
ギギナが投げかけた疑問を拾ったケンケルは、含まれている単語を聞くと途端に激高して、どこからか巨大な獲物を構えた。あまりの大きさにドラッケン族でもないのに屠竜刀の使い手かと最初に思ったが、ケンケルと名乗った賞金首の手にある武器は更に巨大で、なおかつ立体的な造形をしている。驚くべきことにそれはさっきまでケンケルが腰掛けていた家具――長椅子だった。
「――はぁ?」
「魔杖長椅子〈連座するラゲニエ〉、遠目で見て真逆と思っていたが、現にそうやって構えたという事はイェム・アダーの孫弟子であるソパンが作成した魔杖家具群の一つだな? 魔杖家具は家具史において拭いがたい汚名を残した〈家具裁判〉のネルザノンに様式単位で焼き殺された家具たちの一つだと文献で知っていたが、まさか異端家具審問官の手に現存していたとは」
なぜ咒式戦闘の初手に椅子を持ち出すのかと俺が戸惑いの声を漏らしていると、ギギナの感心した語りで判明したのはラゲニエという銘と魔杖長椅子という、当然今までに聞いたことがないケンケルの獲物の種別。
目にして耳にした俺自身の正気を疑ってが明かされたラゲニエの造形をよく観察すると、長椅子としての精緻な装飾の中に演算宝珠や機関部、弾倉までもがちゃんと配置されて、本当に長椅子に魔杖剣として咒式発動を補助するための構成要素がキッチリ完備されていやがった。
そして知覚眼鏡で計測してみた所によると長椅子であるラゲニエの全長は二〇八四ミリメルトルで、なんらかの咒合金であるらしい背凭れの刃はそこから肘置きの幅の分減じて一九七九ミリメルトル。当然だが柄と分割する作りで司法を誤魔化している全長が一八四一ミリメルトルで刀身が一〇七一ミリメルトルのネレトーなど目ではないぐらいの、魔杖剣としては完全に違法な規格だろう。取り調べた警察も武器ではなく魔杖剣刀身の密輸ではないかと困惑するだろうが。
「失礼で雑な認定でただの雇われかと思ってたけど、右に立っている咒式剣士はラゲニエの価値が理解できる家具愛好家みたいだね?――こいつが僕の手に渡ったのは少々経緯があって、僕の父はネルザノンの割と大事にされていた配下で、その信頼を利用して家具裁判行きになるはずだった異端家具を何個も信頼できる家具収集家に横流しが出来ていたんだ。自分のお眼鏡に叶わない椅子は容赦なく焼いていたし、信頼されすぎて最後には当時の異端家具審問官筆頭だったロロディの猛攻に追い詰められたネルザノンの自決まで無理やり付き合わされて死んだけど」
ラゲニエは父が手元に抱えていた唯一の椅子なんだ、とケンケルは自慢気に語る。
「まあそれはいいとして。とっととその〈振手〉の身柄と最後の暗黒家具のモチョラネフを僕に渡してくれないかな。一旦は逃げられたのに予想よりも随分早く見つかって気分がいいから、今なら家具異端に騙された身として左右とも見逃してあげるよ?」
「異端家具審問官について調べておいたんだが、要するに業界の自治団体で国から認められた正式な警察権など欠片も無いだろうが、賞金首。一夜で三十八人殺しを繰り広げた今のお前の首に何万イェンの賞金が懸けられていると思っている。手元に相応の札も抱えてない、ただ異常なだけの異常者の交渉など知るかよ」
続く傲慢な発言に付き合いきれなくなり、俺はケンケルに真っ向からとなる否定の言葉を叩きつける。
「はっ、後悔するなよ眼鏡っ!」
高圧的な交渉が早期に破綻した事でさっそくポーネゥを抱えた椅子ごと殺そうと長椅子の凶器を振りかぶるケンケルに、俺は異常性から薄々察して語りながら紡いでいた〈
頭のおかしさとは別として、やはり目の前の異端家具審問官には大半が咒式士の四十人弱の集団を虐殺に至らしめられる確かな力量がありそうだ。
「ぐらああああっ」
一応咒式士とは言え虚弱なポーネゥに阻むように立ち塞がったギギナが、右から吠声と共に襲来する背凭刃を屈んで回避。蹴りでケンケルの足を砕こうとするが、ケンケルが手先で長椅子を回転させて直下に振り下ろしてきたので迫る背凭刃から地を蹴って離脱。立ち上がって拳打を叩き込もうとしたその瞬間、ギギナはなぜか停止し、敵の目の前で棒立ちになる。
「おいギギナ! ちゃんと屠竜刀を出して戦えっ!」
俺はなぜか勝手に窮地に陥ってるギギナの先に慌てて割り込む。ギギナは回避ばかりで屠竜刀を抜いてすら居なかった。
「魔杖家具といえど立派に家具。眼鏡置きが仕組んだ悪辣な誘導の結果でもなく私の意思で家具を故意に殺害し、はたしてこの後に私は平気な顔でヒルルカに座れるのか……?」
「殺されては物理的に座れないだろうが剣振り機っ!」
苦悩しているギギナを尻目に、向かってくるケンケルにまず〈
「とりあえずそれ以上賞金首が振ってるあのゲテモノの椅子に罪を重ねさせないとか適当な理由付けて倒して、後で好きなように理由づけしてろ!」
「そうだな……ぬうっ!」
俺の雑な説得の末にようやく屠竜刀を抜いたギギナと交代し、なんとか咒式士の獲物として超絶な重量のラゲニエが俺に叩きつけられる前にネレトーに防がせる。
やはり屠竜刀の刃は椅子に立てられないのか腹で防御する形になっているが、ギギナの筋力量ならばあれ程の重量の獲物を運用する高位の咒式士とはいえど、押し返されてしまうような状況は考えられないので一先ず安心だろう。
そして前衛と後衛を相手にする状況は、前後で前衛が挟撃してくるよりもずっと覆すのが難しい。
「終わりだっ! プラズマで蒸発しろ!」
ギギナとケンケルが長椅子と屠竜刀で拮抗している隙を狙って、俺は決定打になりうる電磁雷撃系第五階位〈
連携が染み付いたギギナは屠竜刀を巧みに動かしてラゲニエを握るケンケルの平衡を崩してから退避、まで綺麗に達成した所で俺は、自分の足元で床から迫り出すように椅子が出現しようとしているのに気がつく。
そして背凭は完全に出現し、座面が今生成されようとしている玉座の如き造形の椅子が一緒に身に纏うのは呪印組成式の光。
「ははっ、来たなっ、死ねっ!」
俺が放つ咒式からの退避でギギナから自由になった事で、余裕ができたケンケルに必殺咒式の発動を許していた!
「避けてろ間抜け眼鏡!」
「ぐおっ!」
俺の全身を拘束するための鉄鎖が構築されていく最中、ケンケルの狙いに気づいたギギナによる迅速で強烈な蹴りでこちらの肋骨を折られながら、効果の詳細は不明だがとにかく決まれば次の動きで死ぬのが確定している玉座への厳重拘束からの緊急回避が辛うじて成功。
誰も玉座上に収めないままケンケルの謎の咒式は次の段階に移行し、空の玉座が火炎を吹き散らしながら上空に猛烈な勢いで上昇。狭い中庭の吹き抜け、天頂までの経路を精緻に疾走していく。ついでに蹴りの急制動で俺の制御を外れた〈
「化学錬成系第六階位、〈
咒式剣士の骨を折る強烈な蹴りで無様に転がりながらも、俺はその大空へ向けて飛翔する椅子を構築するという特異な咒式効果を観察していて見覚えがあった。
ヘロデルと学生時代に禁忌咒式を再現しようと奔走したときに出てきた選択肢の一つにあったが、禁忌指定の理由がかなり特殊だったので、再現しても俺たちの実力は示せないと活動の序盤で除外した攻性咒式。
「なんだその咒式は」
威力を抑えられいて、なお蹴り折られた肋骨を胚胎律動癒(モラツクス)の咒式で修復されながら、俺はギギナが効果の全容を把握していない非常に奇抜な咒式を解説していく。
「対象を椅子に拘束して固形燃料の噴射で一気に直上――対流圏まで飛ばす、同系統の第三階位の〈
「大掛かりだが随分と遠回しな咒式だな。拘束にあたって椅子という形式を採用しているのは褒めても良い咒式構築だが」
手短に話した概要に理解示しつつ、予想通りギギナは家具成分にきっちり反応してくる。
「単に上昇時の投影面積を着席姿勢を強いることで減らして安定化を図っているのが理由だがな。そしてこの咒式の問題点は、昇天した時に対象が丈夫な咒式士で意識が明瞭な状態で生存していても、対流圏に無防備に侵入した事で領空を侵されたと判断して怒り狂った飛竜どもに椅子に拘束した対象を嬲り殺させる事が可能なこと」
「一つの咒式士が抱えている一発芸としては社会的に強力にすぎるな」
「ああ。なんで無駄に竜族を刺激する危険性から起こす事象の単純さに反して特別条項で禁忌術式に認定されたはずだが、ケンケルは椅子要素に惹かれたのか知らんが習得していやがる」
長椅子という独特な獲物での攻防に、必殺の昇天咒式。数十人規模の虐殺という大惨事を引き起こしていた事から薄々理解していたが、ケンケルは見た目で芸人だと侮っていては確実に足元を掬われる高位咒式士だ。
「だが無数にある咒式の中ではそこまで特殊でもない。行くぞガユス」
咒弾を交換し終えたケンケルに放った〈
「咒式で椅子を構築して心理的な盾にする卑劣さを持たなかった事だけ感心しておこう」
覗いた鉄壁の裏に姿が見えていたのか右の壁がギギナの本気の蹴りで飛ばされ、ケンケルは突破された防御咒式を停止させる間もなく慌ててラゲニエにより迎撃。
「ぐあっ。だが――」
ケンケルは重量物の迎撃で姿勢を崩しそうになるも、瞬間的に紡いだ事で大幅減の威力となった〈
「ふ、僕から無防備に逃げたな。昇天しろ――くっ!」
ケンケルは続いて負傷した俺たちに必殺となる咒式を放とうとして、爆炎が晴れた先で一気に苦い顔をした。
俺とギギナは〈
古き巨人のような超巨大存在ならこの程度の咒式で引き起こした地面の崩れは無視できるだろうし、あくまで移動用途の〈
「があっ!」
動揺している間に俺が紡いで放った内の一本が着弾した〈
「負けるかよっ」
とうとう明確な欠損を追わせられたケンケルは、ラゲニエの右脚をしっかりと握り込み、ギギナを背凭れの大刃で叩き切ろうと平衡を多大に欠きながらも疾走。
「るおあああぁっ、らああああああああっ」
だがギギナに対してそういったまぐれ狙いの特攻は、哀れなほどに判断を間違っていた。
「甘い。独自性のある獲物を使いながら、その獲物での攻防をお前は余りに知らなすぎる」
ギギナを断たんと豪速で振り下ろされようとするラゲニエが、横から背凭れと座部の間にネレトーの刃を的確に差し込まれてあっけなく停止。そこからギギナが力を込めてのネレトーの回転と連動してラゲニエも動いていき、尖端での荒ぶりに持ち手とした外周部に立つケンケルでは対応できず、左足断面からの流血もあって手指を外して綺麗にすっ転ぶ。
そして巨大なそのままラゲニエは地面に押し立てられ、背凭刃が軌道上にあったケンケル自身の右足を膝下から見事に切断。
「おそらく構えからしてラゲニエの前に使っていたのは魔杖大剣。それをなまじ並み以上に扱えていたため、別種の獲物に変えても動きを類似武器の情報を漁るなどして最適化できなかった結果、こうやって自滅させられている」
「ぐぅうう……」
両の足を破壊されて、ケンケルは立つことも満足にできなくなっていた。そして精神的にもギギナがした指摘に答えられず、ただ唸るしかできなくなっている。
「観念しろ、賞金首ケンケル。地下家具武闘場の殺戮で、大量にあるだろう余罪を抜きにしても一級謀殺で死刑が確定だが、仮にも異端家具審問官とかいう秩序の組織に居た人間だろう。罪を償ってくれ」
「家具異端を粛清した事が罪など認め、ない!」
俺の投降の催促で、だがケンケルが浮かべたのは決死の表情だった。俺はケンケルが暴れるのを想定して決着用にマグナスで紡いでいた咒式を放とうとし、しかしケンケルが地面に足先を投げ出すように座っている構えから相手が実行しようとしている未来に気づいて咒式を停止させる。
「〈
次の瞬間、ケンケルはギギナが挟み込んでいたネレトーを抜いたばかりのラゲニエの脚部を素早く握り、引き金を引いて発動した〈
「くっ、ここで逃げるかっ!」
紡いでいた決めの大技は、しかし直上に猛烈に上昇してしまった標的に当てられる物ではない。今薬室に投入されている咒弾に対して随分と低位階になってしまうが〈
「はははっ、覚えていろ――」
混合燃料で飛び立つ轟音が、上昇軌道の外周となる集合住宅の全部屋にくまなく響き渡る。〈
わざわざ咒弾を消費して殺す意味が見当たらなくなったからだ。
「ごひゅ」
はたしてそんな断末魔は幻聴か、吹き抜けからケンケルを収めた玉座が脱しようとしてした所で不意に激突。鈍い音が鳴った後、人間一人分の質量とはいえ、対流圏まで上昇させるに足る大燃料が密所で一気に炸裂。
集合住宅の上階を消し飛ばして全部屋の窓の生き残りが悉く粉砕され下方に降り注ぎ、恐らく初手で首を折られたケンケルは燃料爆発で遺体が四散し賞金の請求に必要な亡骸の所在が不安になる有様。最後には咒式無効果能力の作用か、煤に塗れて部品も幾つか欠損しているものの奇跡的に大まかには無事な長椅子が落下。
「……なんで爆死したんだケンケルは?」
唐突な相手の自滅に俺は疑問を吐く。上昇軌道の計算を失敗して雑な角度で上昇した結果、間抜けにも壁面に追突したにしては俺が観察した上昇への道筋は完璧な物だった。激突したように見えて燃料の制御に失敗したという可能性も、集合住宅から脱出する直前に炸裂するという都合の良さから考えにくい。
何がどうして天頂へ昇っていくはずのケンケルを阻んで爆死させたのか謎だった。
「ポーネゥのお陰、であろう」
落下してきたラゲニエを受け止めながらギギナが指摘する。ついでに椅子の脚には死ぬまで握っていたのかケンケルのものらしき右掌が残っていた。とりあえず賞金請求には問題なさそうだ。
「お、おれっ。とりあえず逃げられないようにしようと思って! 殺すつもりはなくて! 虎面の相棒のロメテオの仇なんか別に取るつもり無かったのに!」
集合住宅の中階の一室から不意に出てきて、中庭にいる俺たちに向かって身を乗り上げたポーネゥが、魔杖叉を握りながら自分の功績では無い旨を必死に主張する。魔杖叉を握っていない方の手が緩んで、咒弾の薬莢が足元に転がった。
「あー」
そんな哀れなまでに焦燥しているポーネゥの姿で俺はようやく気づいた。これはポーネゥの仕事だ。
自分を高速移動させている相手の軌道に重なるように〈
普通は初動を阻まれて止まった相手に容赦なく追撃の咒式が叩き込まれる形になるのだが、大量の固形燃料で天頂へと登ろうとしているケンケルに対してこの形の罠を張った今回は、そんな咒式を紡ぐまでもなく、ここまで凄惨な結果が生じていて、ポーネゥ自身も気が動転しているのだ。
とりあえず戦闘が始まったら巻き添えを喰らわないように、この廃集合住宅の適当な部屋に逃げておくようポーネゥには事前に伝えておいたが、ここまで的確な支援を挟んでくれるとは、実に望外の補助となった。
「ポーネゥ氏! とりあえず法的には気にしなくていい! ケンケルは立派な殺害許可まで降りた賞金首だし、一応だが禁忌咒式の使い手だ! あの爆死も、万が一取り沙汰されてもケンケル側事前の確認ミスの方に責任がいく筈!」
「そ、そうなんですか……?」
おれは混乱しているポーネゥを諌めにかかる。
並べた言葉の中で唯一の通り道を防がれれば光量の変化でケンケルも上空の異常に気がつくはずと思ったが、俺がケンケルに対しては外した〈
俺たちと咒式戦闘を繰り広げて他にも派手な咒式が飛び交っていたせいもあってケンケルは死の瞬間まで気が付かなかったが、増えた光源で天井を塞がれた事をすっかり失念したまま〈
「これで今日二件目の仕事も終わりだ……」
中階の玄関前でへたり込むポーネゥと、ラゲニエの破損状況を執拗に確認しているギギナを順に見ながら、俺は二度の固形燃料の飛翔と数回の爆裂で荒れに荒れた中庭で一息をついた。
★
侵攻してきた青蛇人の討伐にまつわる役所への報告も、一旦寝かせていた浮気調査の依頼も証拠を揃えて依頼者の希望である離婚に十分足る程度に集めて送付しての一週間後、アシュレイ・ブフ&ソレル咒式士事務所の二階。
倉庫兼ギギナの家具部屋となっているこの階で、ヒルルカと並び合うように新たな椅子が一つ配置されていた。
「ギギナ、この椅子は?」
俺は緊張した表情で二人の間に立ち、二つの椅子のこれから永遠に生じない動きを今か今かと固く見守っているギギナに問うた。家具収集趣味は勝手だが、また事務所に増やされていくのは困る。
「ケンケルの暴虐と相方の死、その他手を汚した衝撃などで〈闇の家具会〉からの脱会と〈振手〉の引退を決めたポーネゥは故郷に戻って実家の椅子職人を継ぐらしいので、一人前になるまでの約束で娘のモチョラネフを預からせてもらった。折を見て自宅に持ち帰る。今はヒルルカの良き同性の友人となれるだろうと二人を会わせている所だ」
「そうか……。あの魔杖長椅子の方は? 破壊を気にしていたが」
とりあえず事務所の椅子の増殖は一時的なそうなので流す。家具絡みの事情は詳しくないが、賞金首情報を引っ提げて俺たちの目の前に出てきてくれたポーネゥの方も、立派に家業を継いで社会から逸脱せずにやっていけそうで喜ばしい。
「ラゲニエは分かる範囲で爆発で欠落した部品を掻き集めて〈家具の会〉に渡しておいた。本部の家具修復士の手でいずれ完璧に修復されるだろう。もっとも、収蔵品として飼い殺されるのがあの家具にとって良き未来かは解らぬがな」
ギギナは遠方を眼差して憂い顔。家具相手だが、何か思うことがるのだろう。
「おいギギナ。ケンケルを殺して支払われた報酬金が今朝に振り込まれたが、咒弾代を天引きするいつもの計算方法でいいよな?」
「ああそれかガユス――」
「待て、口から言う前に俺に自分で確認させろ! 衝撃は分散させたい!」
ギギナの声色に悪寒がし、素早く咒信機で口座を見ると今朝に満額が振り込まれていたはずのケンケル殺害賞金が一桁、いや二桁ほど明確に減っていた。そしてまだ咒弾の代金を引いていないのでこれからもっと悲惨になる。
「あのケンケルが家具武闘の会場で殺した家具の葬儀代と彼らの慰霊碑の建設費、それと暗黒家具への改造手術を受けさせられていたモチョラネフの家具整形の手術代に使ったが?」
「ギギナお前ーっ!」
金銭的衝撃は分散してくれなかった。涼しい顔で家具に使ったと宣言するギギナに俺は激怒する。しかも内容を鑑みるに、咒式具を無駄に買われた時のように現物が残る形ではないから、返還規則が効きすらしない!
「家具の葬儀代ってどういう事だよ。というか慰霊碑って正気か? 建設がまだならどうにかキャンセルで……ああもう建ってるんだなクソ、咒式時代の建築速度め!」
ギギナ暗殺計画の一九九號である「返し付き猛毒家具に座らせて苦悩の中毒死」の週内の実行を決意しながら、俺はなんとか咒式士の半日仕事として正当な額の利益を引きずり出そうと、浪費家のギギナへ詰め寄っていった。