Skyrim DLC第4弾「Goblin Slayer」 作:Paarthurnax
その話を知ったのは、
皆で勝利の祝杯を挙げた後、宿へと戻り就寝しようとした時のことだった。
「――あなた宛に届いてましたよ」
受付嬢から渡されたのは、一通の白い封筒。
「……?ありがとうございます」
お礼を言いつつ封筒を受け取る。裏返して差出人を見ると、私は目を見張った。
そこに書かれていたのは、賢者の学院の卒業生であり、私の友人でもある女性の名前。卒業後は学院に残って、講師の補佐として後進の育成に当たっているはずなのだけれど……。
(何かあったのかしら?)
流石にその場で開封するのは憚られた為、皆と別れてから部屋に戻り、ペーパーナイフで封を切る。中には手紙が入っていた。便箋を開くと、そこには懐かしい友人の筆跡でこう記されていた。
『拝啓 親愛なる友人へ 先ずは、貴女の無事を祝う言葉を。本当に良かったわ』
冒険初日の顛末を聞き、彼女は心底安堵した様子だった。あの日、私がゴブリンに襲われて重傷を負ったことは、彼女の耳にも入っていたらしい。
私の身を案じる言葉が続き、その後には本題となる内容が綴られていた。
「………え」
読み始めた瞬間、思わず声を漏らす。
そこに記された文面。それは、到底許容できるものではなかった。
「何これ!?どういうことなの!」
怒りに任せて、机の上に拳を叩き付ける。
感じるのは鈍い痛み。しかし、そんなものはどうでもいい。
「こんなの、おかしいじゃない!どうして、あの子が……」
彼女が送ってきた内容。それによれば、女魔術師がゴブリンに殺されかけた出来事が、学院中の噂になっているというのだ。
ゴブリンを侮り、油断し、挙句の果てに返り討ちに遭った。その報せが発端となったらしく、今では学院中に広まっているようだ。
それだけならまだいい。あの日の失態は、確かに私のミスだ。自分が招いた結果だと言えるだろう。
たとえどんなに非難されたとしても、甘んじて受け入れなければならない。それは仕方ないと思うし、覚悟もしている。
ただ、一つだけ。どうしても納得できないことがあった。
「なんで……、あの子まで……」
でも、だからといって、それが何故、彼女の弟を誹謗中傷することにまで発展するのだろう。
最弱の怪物である『ゴブリン』。それにすら勝てぬ無能な姉を持つ哀れな少年。
彼女の弟は、学院内でそのような扱いを受けているのだという。生徒だけでなく、一部の教師からも嘲笑されているとか。
「ふざけ…てる。いくらなんでも、ひどすぎるよ……」
弟を庇って、彼女は学院で必死に弁明を続けているそうだ。
だが、噂というのはそう簡単には消えてくれないもので、なかなか思うようにいかないのだとか。
手紙の終わりには、その謝罪の言葉と共に、どうか力になって欲しいと懇願する文章が添えられていた。
「……」
私は椅子に座り込み、天井を仰ぐ。
自分がゴブリンに負けたせいで、学院での弟の立場が悪くなっている。
自分の不甲斐なさのせいで、友が苦境に立たされている。
自分の愚かさが、大切な人たちに迷惑を掛けてしまっている。
「は、ははっ……。ほんと、最悪だわ……」
手紙を読み終えた私は、乾いた笑いを浮かべた。
頬を一筋の涙が流れ落ちる。拭う気力さえ湧かなかった。
「ごめんなさい……。本当に、ごめんね……」
手紙を手に、ただひたすらに懺悔を繰り返す。
後悔したところで意味はないと分かっていても、それでも考えずにはいられなかった。
(あのとき、私が油断なんてしなければ――)
もっと上手くやれたんじゃないか。そもそも、冒険者になる道を選ばなければよかったのではないか。
そんなことを延々と考えてしまう。答えなど出るはずもないのに。
正直、もう何もかも投げ出して逃げ出したかった。
「私なんかいなければ……。ううん、違う」
私よりも、弟の方こそ辛い思いをしているに違いない。
弟は何も悪くないのに、姉の失敗のせいで学院の恥晒しと罵られる日々を送っている。それに比べて、自分はのうのうと安全な場所で暮らしているのだ。
弟は一体何を思っているだろうか。きっと私に対して、強い恨みを抱いているはずだ。
「……私が、どうにかしないと」
弟の為にも、今ここで逃げてはいけない。そんなことをすれば、ますます弟の立場を悪化させることになる。
弟にこれ以上の苦しみを与えたくない。その為には、私が行動を起こすしかないんだ。
ふらりと立ち上がり、窓辺に立つ。
「待っててね……。絶対に、何とかしてみせるから」
弟の名誉を守る為に、今、私がすべきことは何か?考えるまでもないことだった。
私がゴブリンに負けたという汚名を払拭できればいいのだ。
ならば、取るべき手段は一つしか無い。
「私の手でゴブリンを…、あの怪物どもを殺す。一匹残らず、全部!」
この手でゴブリン共を皆殺しにする。
ゴブリンなんて弱い生き物は、私の敵ではないと証明するのだ。あの程度の怪物に後れを取るほど、私は弱くない。むしろ、相手にすらならないということを見せつけてやる。そうすれば、きっと弟への風当たりも和らいでくれるはずだ。
「…………ああ、そっか。簡単なことじゃない」
何故すぐに気付かなかったのだろう。こんなにも分かりやすい方法が、すぐ目の前にあったのに。
ゴブリンを殺して回ればいい。私の力を皆に見せつければ良い。
たったそれだけで全て解決する話ではないか。
「そうと決まれば、まずは準備をしなくちゃね……」
準備は入念に行わなければならない。
万全を期す必要がある。まずはゴブリンを殲滅する為の手段についてだ。
今の自分が行使できる攻撃魔術は『
あの時に不覚を取った要因、それは自分の使える魔術が全て、単体への攻撃に特化したものだったからだ。
もっと複数を巻き込めるような強力な術が使えれば、あんな醜態を晒さずに済んでいたはずなのに。
「そうよ……。あの時の屈辱を忘れないようにしなきゃ……」
あの日の出来事を思い出すだけで、胸の奥底にどす黒い感情が渦巻いてくる。
油断した自分に対する怒り。そして、奇襲を仕掛けてきたゴブリン達に対する憎しみ。その二つが混ざり合い、私の心を塗り潰していく。
忘れてはならない。決して、同じ轍を踏むことは許されない。もう二度と油断はしないと心に誓う。
今の自分が行使できる魔術は全て単体向けのものばかり。しかし、それでは話にならない。
もっと広範囲を薙ぎ払うことのできる手段が必要だ。
「やっぱり、あれが一番かな……」
思い浮かぶのは、
問題は、どうやって手に入れるかだが――
「……これだけあれば十分ね」
女魔術師は、机の上にある金貨の詰まった袋を手に取る。
牧場を守る戦いでギルドから提示された、ゴブリン一匹につき金貨一枚という報酬。数を数えるのが面倒ということで、結局皆で山分けして受け取ったものだ。更には、
明日になれば、折をみて道具屋に寄ろう。以前見かけたあの
それに込められている魔法の威力は、術師である自分が一番良く知っている。あれを使えば、ゴブリンが幾らいようが物の数ではない。その分法外な値段ではあるが……まあ問題ないだろう。
(でも……)
心にチクリとした痛みを覚える。この金貨は、みんなで勝ち取った大切なお金だ。いくら弟を助けるためとはいえ、私欲の為に使うことに抵抗がないと言えば嘘になる。
狂気に染まっていく思考の中、微かに残っていた理性が訴えかけてくる。
「大丈夫……。これでいいの……」
自分に言い聞かせるように呟く。
「私がやらないと……。弟のために、私が頑張らないといけないの……。だから、これは必要なことなのよ」
何度も、何度も繰り返す。
まるで暗示のように。自らにそう言い聞かせるかのように。
――そうだ。
――私は間違っていない。
――何もかも、弟の為なんだ。弟の名誉を取り戻す為に、こうするのが一番正しい方法なのだ。
心の中で反覆する言葉。それが次第に真実であるように思えてきて、いつしか違和感を覚えなくなっていた。
「待っていて、すぐに助けてあげるわ」
夜空に浮かぶ二つの月を見上げながら、女魔術師は決意を新たにする。
ゴブリンスレイヤーと行動を共にしていれば、ゴブリンを狩る機会など幾らでもある。
その時こそが、自分にとって最大の好機となるだろう。その日が来るまで、自分はいつも通りに振る舞えばいい。
「大丈夫よ……。きっと上手くはずなんだから……」
自分に言い聞かせるように、小さく声を出す。
(みんな、ごめんなさい。私には、他にどうしようもないの……)
心の中、仲間達に謝罪する。
完全に狂気に染まる、その一歩手前。
仲間たちに対する罪悪感の欠片が、彼女の精神をギリギリの状態に繋ぎ止めていた。
しかしそれも、ゴブリンを目の当たりにすれば、容易く崩壊してしまう程度の脆いものでしかなかった。
短いですが、閑話的な回想です。