1.始まりは突然に
ブランはある書類を見ながら小さくため息ついた。
(またなの……)
そこには反女神組織についての情報が書かれていた。最近、やたらと反女神組織についての報告が相次いでいる。
「どうしました? 浮かない顔して」
「クリスト……また反女神組織についてよ」
「はぁ……またですか」
お茶を用意しながら、クリストも溜息をつく。
「申し訳ないのだけど、またお願いできる?」
「勿論です。任せてください」
クリストは一礼して部屋を後にした。
(最近ずっとこればかりね……そろそろ休ませてあげたいのだけど……)
❅
「はぁ……大したこと無かったけど疲れたなぁ……」
反女神組織を鎮圧し、徒歩で教会に向かっている。
「おーい、そこのお嬢さん!」
「ん、私?」
「そう。あなた」
道中、クリストは紫髪の少女に声をかけられた。
「どうかしましたか?」
「えーっとね、実は路地裏に大事な書類を落としちゃって……路地裏って怖いじゃん? 取ってきてくれない?」
「まぁ……それだけなら全然大丈夫ですよ。任せてください」
クリストは刀の柄に手をかけながら路地裏に入る。確かにそこには、書類が入ってそうな大きな封筒が落ちている。それを拾うために路地裏の奥へ進む。
「これか……」
「ありましたか〜?」
後ろから少女の声が聞こえる。どうやら、クリストの後をつけてきたらしい。
「これでしょうか?」
「あ、それそれー。ありがとうございます〜」
「いえいえ、これくらい……」
「じゃ、おやすみなさい」
「え?」
直後、少女はクリストの口にハンカチを当てた。
(何これ!? なんか湿ってるし、なんでこの人…………………………)
クリストは程なくして意識を失った。力なく倒れるクリストを少女は抱き抱えた。
「よーし、上手くいきましたね。さて、持ち帰りますか〜」
少女はクリストのポシェットを地面に置くと、迷彩を使って姿を消し、クリストを連れ去った。
❅
「……電話にも出ないなんて」
「クリストさん、どうしたのでしょうか……」
ブランはクリストがなかなか帰って来ないことを心配して電話をかけた。しかし、一向に出る気配がない。
「仕方ない、最終手段ね。クリストの携帯の位置情報を使えば……」
ブランは自分の携帯電話にクリストの携帯電話の位置を表示させる。
「よし。フィナンシェ、少し出かけてくるから、ロムとラムの世話を頼むわ」
「わかりました。お任せ下さい」
ブランは駆け足で携帯に表示された位置に向かう。しかし、そこにあったのはクリストのポシェットだけだった。
「クリスト……?」
周りを見たが、クリストの……人の気配は無い。そろそろ日も沈む時間。路地裏は一足早く夜の闇に包まれる。
「クリスト……どこに……?」
❅
クリストは見知らぬ場所で目を覚ました。見知らぬ天井に、鉄格子が見える。ここが牢屋だというのを理解するのに時間はかからなかった。
「また牢屋……。てかなんで……?」
自分の体を確かめてみる。外傷は無い。体調におかしなところもない。拘束具は一つも付いていない。
「ここは一体……」
「あ、起きましたかぁ?」
「わっ……!」
突然声をかけられ、少し驚く。そして声の主を視界に捉えたクリストは更に驚く事になる。
(なんで……なんで私が立ってるの……?)
鉄格子の向こうに立っていたのは、自分と同じ声で、自分と同じく白髪でポニーテールの、自分と同じ和服を着た、自分と同じ水色のケープを羽織った少女だった。唯一、左目の色が紫なこと以外は全く同じ。そんな存在が目の前に居ることに、強い恐怖を覚える。
「そんなに怖がらないでよ? 私はあなたなんだから」
「……誰なの、君は」
「私? だから、私はあなただってば」
「つまらない冗談はよして!」
クリストはわけもわからず怒りの感情を目の前の存在にぶつける。
「冗談じゃないよ。事実だよ、じーじーつ」
「だったら……何が目的なの!?」
「えー言う必要無いよね?」
「お前……」
「まー大丈夫大丈夫。いずれわかるよ」
そう言って目の前のクリストは背を向ける。
「じゃーね。あ、ここ魔法使えないから、無駄な足掻きはやめときなよ〜」
そして牢屋の前から去っていった。クリストはどうしようもない不安と、何もすることが出来ない不甲斐なさを感じた。
「やぁ、どうだった? アレ」
入れ替わるように、紫髪の少女が鉄格子の前に現れた。丈の長い白衣を着ている。
「君……」
「そ、街中で助けてもらったね。アレ嘘だけど。私はトーシャ。よろしくね」
服装は変わっているが、間違いなく街であったあの少女だ。
「なんのつもりなの……」
「なんのつもりか……目的なら、私が反女神組織だって言えばわかるかな?」
「な……」
「まぁ、組織って言えるほどの規模じゃないけど。私と、あとはあなたのコピーだけだから」
「コピー……?」
「そうコピー。人体複製については初トライだったけど、かなりクオリティの高い複製体が出来上がったよ」
信じられない事を淡々と話す。しかし、実際にクリストの前にクリストが現れた。嘘は言っていないようだ。
「あれは……なんなの?」
「知りたい?」
「知りたい……」
「じゃあ教えてあげる」
(え、いいんだ……)
「あの複製体にはアンチクリスタルを埋め込んである。だからアレはアンチクリスタルの力を使えるんだ。まぁ、片目が変色したのは誤算だったけど……」
「アンチクリスタル……ってことは!?」
「後はわかるね?」
アンチクリスタル。シェアクリスタルの対となる存在らしく、シェアの力を打ち消す……らしい。クリストも詳しいことは分かってないが、アレが女神の天敵になりうる可能性があるという事はわかる。
「そんな……!」
「成果があったら教えてあげるよ」
トーシャはクリストに背を向けて去っていった。
「どうしよう……このままじゃ……」
今のクリストに外との連絡手段は無い。ただ、牢の中で黙っているしかなかった。
❅
一方、ルウィーの教会ではクリストの捜索が始まろうとしていた。
「携帯電話以外にクリストの位置を知らせる物はない。今は手当り次第に探すしかないわね……」
「お姉ちゃん、早く行こう! これから吹雪になるみたいだし、側近さん凍えちゃうよ!」
「側近さん、大丈夫かな……?(そわそわ)」
ブラン、ロム、ラムの三人も捜索に向かうところだった。身支度を整え、教会を出ようとすると、入り口の扉が外から開いた。
「あ、あれ?」
「側近さん?」
入ってきたのは見慣れた格好の少女だ。
「クリスト……無事だったのね」
「えぇ、無事ですよー」
(……?)
クリストは体についた雪を叩いて落とすと、ブランを見た。左目が紫色に変色している。
「その目は……どうしたの?」
「これですか? ここに来るまでにモンスターにやられちゃって……でも大したことないです。いずれ治ります」
「側近さん大丈夫なの?」
「私が治してあげよっか?」
「大丈夫です、へーきへーき」
(……何かしら、この違和感は)
目の前に居るのは確かにクリストだ。しかし、何故かブランは違和感を感じている。
「あなた……誰?」
ブランは思い切った質問をしてみた。クリストと共に、ロムとラムもブランの方を見る。
「お姉ちゃん?」
「何言ってるんですか?
「…………違う」
ブランの目付きが厳しくなる。
「クリストは私達の事を名前で呼ぶ。それに、クリストは他人を『あなた』って呼んだりしない。それに……」
ブランはクリストの腰を指さしながら更に続ける。
「モンスターに遭遇した後なら、腰に刀を差しているはずよ」
「もうしまってます」
「なら出してみなさい」
「それはー……」
「出してみろっつってんだ」
「お、お姉ちゃん……?」
「怖い……(びくびく)」
クリストは小さくため息をつくと、ブランを睨む。
「やっぱその場しのぎの演技じゃダメかぁ」
そう呟くと、クリストは二本の刀を出現させ、握った。血を浴びたような紅の刃の刀。
「側近……さん!?」
「ロム、ラム、離れろ! こいつはクリストじゃない!」
ブランは二人の前に立つと、振り下ろされた二本の刃をハンマーで受け止めた。
「ぐっ……」
「まさか女神の側近だったなんてね。おかげで楽に女神と接触できた!」
「てめぇ、クリストをどこにやった!?」
「それは言えないなぁ。言ったら怒られちゃう」
ブランは刀を弾き、クリストと距離をとる。
「まーでも安心しな。まだ生きてるから。それに、今日はただの下見にきただけだよ。本気でやり合うつもりは無い」
「そっちにその気がなくたっていい。どの道潰すだけだ」
「怖い怖い」
余裕がある様子のクリスト目掛けて攻撃を仕掛ける。しかし、ブランの攻撃は外れ、クリストの刃が体を掠める。その瞬間、ブランの体から力が抜けていくのを感じた。
(なんだ今の……力が抜けた……いや、削がれた……!?)
「わかった? 私はアンチクリスタル……だっけ? の力を使えるんだよ。守護女神なんてその気になれば容易く殺せるよ」
「こいつ……!」
「だからほら、出会ってすぐ死んだら面白くないじゃん? だから今日は見逃してあげるよ」
クリストは指を弾くと、いつの間にか消えていた。
「お姉ちゃん!」
「大丈夫……?」
ロムとラムがブランに駆け寄る。
「大丈夫よ。これくらい平気」
ブランは二人の頭を優しく撫でた。
「それより……面倒なものが現れたわね……」
誰にと言うわけでもなく呟く。アレの正体もまだ分からないが、アンチクリスタルの力を使えるなら守護女神にとって驚異となるのは確実。あれが反女神組織の仕業だとしたら、クリストはどこかの組織に囚われた事になる。
(早めに対策を練らないと……)
外はかなり荒れている。静かな教会内に響く風の音は、不安な気持ちを増幅させた。
前作でも牢屋入りしました。クリストは牢屋に縁があるのかもしれませんね