登山中に滑落事故で頭を打った俺は、漆黒の髪を持つウマ娘と『お友だち』に助けられて奇妙な世界に迷い込んだのだけど、これからどう生きればいいんでしょう?   作:たたたった

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一等星は揺らがない

「なぁ……なんでコイツらは食べ物を私たちに渡そうとしてくるんだ?さっきから、屋台の黒い影が食い物を持って誘ってきやがるんだが……」

「黄泉戸喫ってやつだろうな……大方、俺たちにあの世の食い物を食わして……こちらに取り込もうってんだろ。まぁ、これは吉報ではあるんだが」

「何言ってやがる!化け物が私たちを取り込もうってのに……ッ!それのどこが吉報なんだよ?!それに言ってる傍からそんなヤベェもんを受け取るんじゃねぇ……ッ!」

 

 祭りの音頭が聞こえる方に歩みを進めながら、屋台通りに蠢く黒い影たちから俺は食べ物を受け取った。それはなんの変哲もないリンゴ飴、艶やかな水飴がリンゴに塗られて甘い香りが漂うそれは一見すると無害を装うが、とんでもない毒リンゴである。

 シリウスシンボリは信じられないモノを見るような目で俺を見るが、ここで生き抜く為には冷静さを保つことが大事だと俺はレクチャーを始める。

 

「化け物が俺たちに食い物を渡そうと誘ってくるってことは、つまりはまだあの世に取り込まれていないってことだ。それに黄泉戸喫は食わない限りは害はない、向こうが無理やり食わせようとしない辺りは……こちらの食べるという意志が重要なんだろう」

「だからって、わざわざんなもの受け取る必要はないだろ!?」

 

 俺は手に持ったリンゴ飴を子供らしき小さな影に渡してその子の頭を撫でる。こういう異常な事態に巻き込まれたら落ち着くことこそが大事なのだが、初めて経験するであろう心霊体験にシリウスシンボリは怯えきっていた。

 

 一番ヤバい事態はパニックを起こした、シリウスシンボリがこの世界で迷子になることなんだが……うむ、年長者として動じない態度で落ち着かせないとなぁ……。

 

 下手を踏んだらあの世に取り込まれかねない状況で、俺は大人として子供を守らなければいけない。ウマ娘であるシリウスシンボリがもしパニックを起こして、何処かに走り去ってしまったら追い付くことは不可能だ。

 明らかに掛かり気味のシリウスシンボリの手綱を強く握って俺は先導を始めた。

 

「まずこれから俺がしようとすることを話すからよく聞くんだ」

「あ、あぁ……」

 

 屋台通りの通行人である黒い影たちは何も仕掛けては来ないが、屋台の店主である黒い影たちはこちらを取り込もうと手招きしている。流石は黄泉の食べ物と言ったところか、生者の俺たちからすれば、とてつもなく屋台の食べ物が美味しそうにみえる。

 その匂いに心が惹かれそうになっているシリウスシンボリは伸びそうになる手を抑える為に俺の左腕を両手で抱きしめる。

 

「『祭り』の語源は『祀り』……つまりはこの祭りは神を慰めるか、祈りを捧げる儀式みたいなもんだ……そこまでは理解出来るな?」

「それでこれから……どうしようってんだ……」

「こんな不思議な『祀り』の空間が存在するなら、祀られている神様が必ずいるはずだ……俺たちはこれからその神様に会って現世に帰してくれるように頼むんだよ」

「―――――――ッ!?」

 

 シリウスシンボリは絶句していた。それは当然である、当たり前の日常を生きていたウマ娘が突然『このよではないばしょ』に迷い込んだと思ったら、今度は神様という超常の存在に直談判しにいくハメになるのだから。

 本当に神様がこの場所に居るかは俺も分からないが、ほぼ確実にそれに近い存在がいることを気配で確かに感じている。

 

 俺を招き入れた張本人が素直に帰してくれるとは思わないが、それでも巻き込まれたシリウスシンボリってウマ娘だけは帰さないと。街中で聞こえた祭囃子の音からして、霊感の高いヒトを誘っているから目的は贄か供物か……どっちにしろシリウスシンボリは無関係なはずだ。

 

 夜空は晴れているのに星の輝きはない。そして徐々に濃くなる酒の匂いは目的の存在が近くにいることを示して、より豪華絢爛に煌めく提灯群は真昼のように屋台通りを照らしていた。

 ドンドコドンドコ、と太鼓の音は大きくなり、影たちは浮足立っている。それに反比例するように頭が何処までも冷えていく俺と、完全にウマ耳がへたり込んだシリウスシンボリはもう前すら向くことなく、固く目を瞑ったまま俺の腕にしがみ付くままに歩く。

 そして見えてくるのは祭りでよく見る櫓。そこには太鼓の音に合わせてバチを叩く黒い影たちに、周囲を囲み踊る黒い影に――――そして神殿と思わしき壇上の舞台に神様は座していた。

 

 こっちを見て手招きしているな……顔は面布で覆われて見えないがウマ娘の神様か。白い……芦毛か?どっちにしろ誘われている以上は行くしかないな……。

 

「シリウスシンボリ……神様がこちらを見てるから顔をあげろ。あっちは神様かそれに類する何かである以上は絶対に無礼を働いて怒らせるようなことはするな……それと名前は聞かれるまで絶対に答えるな。そして相手が名を名乗っても……頭に入れるな聞き流せ」

「あ……あぁ、だけど……なんで聞き流すんだ……?」

「互いに名を名乗り、その存在を認識してしまうと縁が結ばれる。こんなヤバい空間に連れ込むような神様との縁なんて悪縁以外の何物でもない……シリウスシンボリ、話は俺が付ける……君は絶対に何があっても俺が現実に帰してやるから信頼して――俺の半歩後ろに居ろ」

「……ッ!っ~~ッ!あ、あぁ!!」

 

 これから先はどう転ぶかは分からない。相手の目的は不明、ただ霊感のあるヒトを誘ってはこの空間に取り込もうとする以上はロクでもない存在なのは確かだ。だが、幸いなことに相手はこちらと話し合いをするつもりはあるので交渉の余地がある。

 祭り櫓の会場は静まり返っていた。蠢く影たちはただ静かに俺たちを見つめ、そして人混みは割れて、葦毛色のウマ娘の神様のいる壇上の舞台への道は開かれた。

 もうやるかやらないかではない、やるしかないという状況に覚悟を決め――

 

「行くぞ!」

 

――子供の前で大人の怯え竦む姿を見せないように自分自身に発破をかけるように声をあげた。

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

『君は絶対に何があっても俺が現実に帰してやるから信頼して――俺の半歩後ろに居ろ』

 

 私よりも遥かに力が劣る癖に一丁前な台詞を吐く男の言葉に、初めて異性としてヒトの男を見てしまった。普段からこういうキザな台詞を吐いているが、いざ自分が言われる側に回るとこうまで心を動かされるのかと予期しない感情に動揺する。

 

 なぁ……私はアンタを信頼して良いんだよな……?本当にこんなイカれた状況から私を救いだしくれるのか?信じてもいいのか?なんでそんなに自分を強く保っていられるんだよ……。

 

 まるで悪夢のような祭りの舞台は鎮まり返り、蠢く黒い影の化け物たちは海を割るかのように、神様と呼ばれる存在が座する壇上へと道を開いている。

 怖くて堪らない、普段から私はウマ娘の中でも自信家で強気な方だと自負していたが目の前の異常な状況を前にしてその自信も失いつつあった。だがそれでも私が完全に折れずに居られたのは隣に遠野が居るからだ。

 

「行くぞ!」

 

 歳だってそんなに大きな差がある訳でもない若いヒトの男。身嗜みを完璧にトレーナースーツを着た遠野は大きな声で、私の不安を吹き飛ばすように気合の入った一喝で面布で顔を覆った神様の下へと歩みを進める。

 その一歩は一歩は堂々と、不安も恐怖も滲まない固く決意の宿った瞳と表情で腕にしがみ付く私を連れて壇上へと上がっていく。

 

「ヒトとウマ娘とは……呼んだのはそっちのヒトの筈であるがの」

 

 彼岸花をあしらった黒い着物を着たウマ娘の神様は興味深そうに私たちを観察する。そして遠野はすぐさまに身を正して正座をして頭を下げるので、私はそれに倣って半歩後ろで同じように頭を下げる。

 私は怖かった。目の前のウマ娘の神様から感じる圧力は決してウマ娘が出せるものではない本物の圧力。そんな存在を前にして、自ら頭を垂れて視線を外す行為はまるで首を差し出しているかのようで微かに身体が震える。

 

「我の名は■■■■■命。ヒトの子よ名を述べよ」

「姓は遠野、名は国男。遠野国男でございます」

 

 遠野が自身の名を名乗ったことに驚いて私は思わず顔を上げてしまいそうになるのを堪える。あれ程までに名乗ることの危険性を説いていながらも、何の躊躇いもなく滑らかに自身の名を告げた。

 そして名を聞いたことに満足そうな神様の息遣いが聞こえる。そして視線は私の方へと突き刺さるのを感じて、全身が粟立つのを感じながら――

 

「そこのウマ娘……ウマソウルを述べよ」

「わっ、わたしのウマソウルは――――」

「目的は俺だろう?わざわざ興味もないウマ娘をいじめて楽しいのか?」

「ほぅ、我に意見をするか」

 

――震える声で名を名乗る寸前で遠野が割り込んで来た。その言葉には険があり、正座を止めて胡坐を掻き始めた。そんな遠野の姿に■■■■■命は愉快そうな声をあげて、興味は私から遠野に戻る。

 

「そっちは中々に嗜虐的な神様のようだから、こっちは遠慮なく言いたい事を言わせてもらうぜ。俺たちを現世に帰せ。贄だか供物だか何だか目的は知らないが……こっちはいい迷惑なんだよ」

 

 無礼千万、アイツならそう断じるような言葉遣いで神様を見ている。背中からでは表情は見えないが怒気を放ち、あれ程までに無礼を働いて怒らせるなと言った言葉は一体なんだったのだろうか。

 だが、そんな遠野の態度に機嫌を悪くすることなく面布で覆った神様はくつくつと笑い。

 

「帰せか……神である我にそう命じるとは豪胆であるな。ならば帰してやろう――」

 

 その意外な言葉に私は思わず顔を上げると、遠野の言った嗜虐的な性格の意味を理解する。

 

「――しかし招いておいて、もてなしの一つもせぬのは神として非常に心苦しい。ここはお主たちに一杯酒を振るまおうではないか! まさか飲めぬと申せぬよな? 神の振るまう酒であるのだぞ?」

 

 その言葉と共に目の前に置かれるのは朱色の盃に満たされる透明な酒。それは遠野の目の前にも置かれていて、最悪の言葉が私の脳裏を過ぎった。

 

 黄泉戸喫……私が黄泉の物を食べれば、この世に戻ることは出来なくなる……だが、これを飲まないことを神様は絶対に許さない……何が、帰してやろうだ……ッ! どっちにしろこれを口にすれば戻ることは出来なくなるだろうが……ッ!

 

 腸が煮えくり返るような思いを抱きながらも、私は目の前の神様に反抗する気にはなれなかった。それは彼我の実力差、存在の格、この悪神にとっては私たちの命を奪うことなど戯れでしかなく、ただ楽しむ為だけに弄んでいるのだ。

 ギリッ……ッ!と下唇から血を滲むのを感じながら、飲むことも逆らう事も出来ない屈辱に震えていると悪神は上機嫌そうにこちらを見つめて、遠野の方を見ると困惑とも言える感情がその態度から表れていた。

 

「ほぉ!神の振る舞う酒とはこれほどの名酒、いや神酒はございませんな!どれ一口……いや、美味い!ならばもう一口頂きましょうか……ッ!」

「なっ……あっ!や、やめ……それは――――」

 

 遠野は目の前の酒を呷り美味いと叫ぶと、そのまま私の目の前に置かれた盃にも手を伸ばして飲み干してしまう。これには流石の悪神も予想外であったのか呆気に取られていることをいいことに畳みかけるように言葉を続ける。

 

「御もてなしを頂きましてありがとうございます!それでは俺たちは現世に帰るとしましょうか!」

「ふむ、そうきたか……まぁよい、そのウマ娘が生涯に後悔を抱いて生きるのも面白い。ならば帰るとよい……帰れるのならな」

 

 ふっ……ッ!とまるで蝋燭の火を消すかの如く、悪神が息を吐いた瞬間に周囲は暗闇に包まれて遠くの方にトンネルの明かりのような光が見える。私は何が起こったのか分からずパニックになりかけると――

 

「これで帰れるぞ。あの光は現世だ……あそこまで歩けば元の世界だ」

「あっ……ああぁ……ッ!でもアンタは酒を飲んだんじゃ……ッ!」

「あぁ、飲んだな。でも心配するな……出口まで一緒に行ってやる」

 

――手を掴んだのは遠野だった。暗闇に包まれた空間の中で互いの輪郭はハッキリと見え、そして酒を飲んでしまった遠野は覚悟を決めた表情でこちらを見る。

 

 それは今生の別れを予感させるような諦観の顔。私がグズグズと何も決められずに立ち止まっていたのに、遠野は躊躇いもなく私の為に決して口にしてはいけない黄泉戸喫の禁忌を犯した。

 それが何を意味するのか、あの悪神の生涯に後悔を抱き続けろの意味が私に重く圧し掛かる。

 

「私の為に死ぬのか……?なんでだよ……私とアンタは出会ったばかりで互いに何も知らねぇのに……ッ!どうしてそんな簡単に誰かの為に命を捨てられるんだ!?」

「あれが最適解だったからだ……どっちにしろあの神様は俺を逃すつもりはなかった。ならば、犠牲を最低限に大人としての義務を果たすまでだ」

「義務ってなんだよ?!」

「子供を守って死ぬのは大人として最高にカッコいいだろ?」

 

 バ鹿だ。とんでもないバ鹿みたいな理由で、子供のように無邪気な笑みを浮かべて遠野は笑っていた。これから死ぬというのに、それでも自分のしたことの何の後悔も抱かずに、バ鹿みたいに笑って立ち止まる私の手を光の方へと引っ張る。

 

――だが、私は逆に遠野を引っ張り返して、そのまま勢いに任せて遠野を抱き上げる。

 

「ちょっと何をするつもりなのかな?!」

「うるせぇ……ッ!アンタは私に黙って抱かれてな……ッ!あの光の先に私がアンタを届けてやるよ……ッ!あぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!気味の悪い笑い声を上げんじゃねぇ!クソ神が!私のやりたいことは私が決めんだよ!」

 

 あの悪神の嘲笑の声が暗闇に響く。それはもう死神に魂を連れ去られることが確定したヒトをそれでも未練がましく捕まえて離さない愚者を見るかのように、闇の中で木霊する声なんて気にせずに――――――私は全力で駆けた。

 

 ぶっちぎってやる!絶対にぶっちぎってやる!こんなデカい借りを残したまま……コイツを死なせて堪るか……ッ!

 

 ヒトを抱えたまま走るなんて初めての経験で足がもつれるが、それでも私は私の出来る最大限の速度で光の先へと駆けていく。

 暗闇の先に見える一等星、目印はそれだけでも私には十分だった。抱えられた遠野はちょっと困ったような笑みを浮かべているので、私はこれ以上ない獰猛な笑みを浮かべて。

 

「貸し逃げなんてさせねぇよ……ッ!命を張ったアンタにドでかい借りを残したまんまなんて、私のプライドが許さねぇ……ッ!アンタは私の腕の中で大人しくシリウ――」

「――名前を言っちゃマズいから言うな!」

 

 ここまで来ても私のことを考える何処までもお人好しな遠野の言葉を無視して、全速力で駆けながらも肺に目一杯の空気を溜めて高らかに宣言する。

 

「シリウスシンボリだ!それが私の名だ!お前みたいなクソ神なんかに……ッ!コイツの命はやらねぇ……ッ!コイツは私のもんだ!貰ってくぜ――――うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「もう滅茶苦茶だぞ……ッ!面倒が増えたな全く!」

 

 遠野のヤケクソな叫びを聞きながら、人生でここまで爽快な気分はなかった。なぜなら――

 

「クッハッハッハッ!!どうだ!クソ神様すら、私の走りでぶっちぎってやったぜ!アンタの死の運命も何もかも……ッ!私が全部をすっ飛ばしてやったんだからな!!」

 

――見上げれば蒼穹の空にアスファルトの熱。周りにはコンクリートの建物にあの化け物たちとは違う、生きたヒトやウマ娘たちの好奇の視線の中で私は遠野を抱えたまま、道路の真ん中に立ち尽くして勝利宣言をしたのだから。

 

 暗闇のトンネルを潜り抜け、私のモノを抱いたままゴールに辿り着いて、車のクラクションが鳴り響く中で遠野を見て笑う。

 

「どうだ!私の走りは最高だっただろ!最後に一泡吹かせてやって最高の気分だぜ!おい、私に感謝しな!アンタの死を覆してやったんだからな!」

「あぁ……ありがとう。しかし最後にとんでもない爆弾を投げやがって……これからどう後始末を付けるつもりなんだよ」

「アンタが私のトレーナーになれば解決だろ!」

「俺、トレーナーじゃないんだけど……って、痛ぁ!」

 

 思わず力が抜けてそのまま地面に落とした遠野が背中が擦るのを見ながら――

 

「じゃあ、トレーナーの資格なんていらないな!アンタが私のトレーナーだ!」

「意味不明だよ!ちっとは落ち着け!シリウスシンボリ!」

 

――今度は私が私の名を呼ぶ遠野へと手を差し伸べるのだった。

 




(…………帰るプランあったんだけど、もう滅茶苦茶だよぉ!)
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