登山中に滑落事故で頭を打った俺は、漆黒の髪を持つウマ娘と『お友だち』に助けられて奇妙な世界に迷い込んだのだけど、これからどう生きればいいんでしょう? 作:たたたった
「あの酒は黄泉戸喫じゃないってどういうことだよ?!」
「そのまんまの意味だ。あれは文字通りの神の酒であって、あの世の穢れた飲み物じゃなかった……つまり俺たちはあの神様に遊ばれてたんだろうな」
ステーキの香ばしい匂いが漂う中で、熱い鉄板の上で焼けるステーキを切り分けながら対面に座るシリウスシンボリにあの茶番の全貌を話すことにした。
ここは『ぎゅうぎゅうステーキ』という名の焼肉料理店。『このよではないばしょ』より帰って来た俺たちは時計を見れば正午を指していたこともあり、せっかく貴重な体験をしたのだからと食事に誘ったら乗り気で応じてくれた。
「神様のオーラも『よくないもの』のそれではなかったし、元から俺をあの世に連れて行こうなんて微塵も考えてなかったと思う」
「いや、待て!あの祭りに居た黒い影たちの食わせようとしてきた物は――」
「――あれは本物の黄泉戸喫だ。食ってたら俺たちはあの世行きは確実だったろうな……とはいえ、霊感があるヒトを誘い込んでいたのだから警戒して食わないことも計算尽くで、慌てふためく人草を観察して愉しんでたんだろう」
「ふっざけんじゃねぇぞ!?あのクソ神!私たちを玩具にして弄んでたっていうのかよ?!」
俺の言葉にシリウスシンボリは激怒して立ち上がる。巻き込まれたシリウスシンボリからしたら本当に命懸けの状況に神様の戯れで放り込まれた訳であるので、その怒りは正当であるのだが、どっちにしろ神様のやる行為に腹を立てても仕方ない。
それよりもアウトローな雰囲気を纏いながらも、紙エプロンをしっかりと着けて、綺麗に肉を切り分けているシリウスシンボリは実は育ちが良いのではと俺は睨む。
しかしデカいステーキだなぁ……ウマ娘の身体能力を考えたら当然とはいえ、ご飯とステーキを含めたら5キロ近くは食うことにならないか……?これであまり食欲ないってんだから恐れ入る……そりゃ食料品の値段が俺の世界より遥かに安い訳だ。
理不尽なる神様に対しての罵詈雑言をあげるシリウスシンボリを見ながら、俺はせっかく頼んだステーキが冷えないように食事を進める。300gで1000円という安さでありながらも味の品質も良く、やはり食事の水準は俺の世界より遥かに高い。
「それにアンタも何を呑気に食事なんてしてんだ!ついさっきまで、食ったらあの世に行くような食べ物をあんなに見てたのに……ちっとは怖くないのか?!」
「とくには……黄泉戸喫のオーラと気配はもう覚えたから安心して食えるぞ……シリウスシンボリも食えよ。せっかくの良い肉が冷めちまうぞ」
「チッ……ッ!確かに一理あるな…………なぁ、本当にこの肉は大丈夫なんだよな……?」
やはりまだ恐怖は残っているのか、シリウスシンボリは不安そうな瞳で目の前の肉を見ているので大丈夫だ、と頷くとそれで安心したのか、切り分けた肉を食べ始める。どうやら切り分けたまま食べずに放置していたのは、これがもし黄泉戸喫だったらという思いが心にあったからのようだった。
それでもどこか不安を隠せない表情であるので、俺はシリウスシンボリが切り分けた肉の一つにフォークを突き刺してそのまま口に放り込む。
「あっ……な、なにをやってんだよ……アンタ……ッ!」
「そんなマズそうに肉を食っちゃ、頂いた命に悪いだろ?だから、こうして俺がシリウスシンボリが食ってる肉が安全なモノと証明してやってんだ……それに万が一に黄泉戸喫だったとしても、一蓮托生だ……一緒にあの世でお前の恨み言を聞いてやるよ」
「っ~~!!言ってて恥ずかしくないのかよ!」
「これでお前の不安が吹き飛ぶなら、俺はいくらでも羞恥心を味わってやるぜ」
共感性羞恥ってやつだろうか、俺とシリウスシンボリは顔を赤くしてステーキを口に運ぶ。その姿にはもう先ほどの不安は覗かせずに、どこか恨めしそうにこちらを睨む姿に苦笑しながらお互いに食事を再開した。
そして食事の量的に俺の方が早く済み、食後のジュースを飲んでいると――
「なぁ、だったらなんで……私の分まで盃の酒を飲んだんだ?安全だって分かってたんだろ?」
「黄泉戸喫じゃないと分かってても神の酒だからな、もしもって時があるしそれに……」
「それに……?」
「未成年が飲酒しちゃマズいだろ?大人として子供に酒を飲ませようとするのを黙って見てられるかよ」
――そんな疑問を口にしたので俺は正直に答えると、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後に、肩を大きく震わせてシリウスシンボリは華を開くように笑った。
「クッハッハッハッ!アンタ……あんな状況で……クックッ……そんなこと気にしてたのかよ!あんだけ神様に無礼を働くなと言っておいて……アッハッハッハッ!やっぱりどっかぬけてるぞ……?しかしこれが私のトレーナーとは最高だな……ッ!」
「いや、俺はトレーナーになった覚えはないぞ!?そもそも資格すらないのに……本当に何を言ってんだお前……ッ?!」
シリウスシンボリはやたらと俺をトレーナーにさせたがっているが、こっちは天下御免の住所不定無職の二十代前半の男性である。スポーツ科学の知識など、せいぜい健康の為に励んでいる筋トレ程度であり、この世界ではトップアスリートのましてやウマ娘なる種族のトレーニング指導など素人には不可能だ。
それでもシリウスシンボリはこっちを射抜くように見つめ。
「アンタ……言ったよな、『責任取って詫びる』ってよ」
「うっ……いや、確かに詫びるとは言ったが、お前の選手生命たる大事なトレーナーの仕事を引き受けるなんて……詫びるどころか更に責任が増してるじゃねぇか!」
確かに『詫びる』とは言ったが、それは食事を奢るような軽い『詫び』であり、資格もないのにトレーナーと言う責任重大な仕事を任されるなど釣り合わない。俺はそう抗議をしようとしたら、シリウスシンボリは席を立ちあがって、そしてこちらの隣に座り俺のネクタイの胸倉を掴んで引き寄せる。
「シリウスシンボリ…………?」
互いの息が届く距離で、爛々と輝く瞳は獲物を見定めた肉食獣のように俺の瞳の奥を覗きこみ――
「下手したら死んでたかも知れない状況に巻き込んでおいて……まさか食事の一つや二つで終わらそうっていうんじゃねぇよなぁ……?」
「そう言われてもなぁ……今の俺に出来ることは――」
「――あんだろ?男の『責任』の取り方って奴がよぉ……ッ!ここまで私の心を揺さぶっておいて、食事を奢って……はい、さよならなんて……私が許さねぇぞ?だからな……アンタはわた、わたた……わたひぃのものになりゅぇ……ッ!」
――途中までは思わず息を飲む程の美しさに心を惹かれていたが、最後の最後でシリウスシンボリは羞恥心に負けてしまったのか、しどろもどろになりながら顔を赤くして視線を彷徨わせている。惜しかった、まさに渾身の決め台詞が噛んで自爆してしまうのは見ているこっちが恥ずかしくなる。
「あっ、ちがひゃ……ッ!まっ、待て!もう一度、もう一度言わせろ……ッ!次は必ず最後まで言うからよ……ッ!」
「言ってて恥ずかしいと思うなら言わなきゃ良いだろ……おい、無理すんなって。そんな慣れない口説き文句は言わないのが身の為だぞ……ほら、水を飲め」
手渡すグラスに入った水を飲み、気分を落ち着かせると再びネクタイの胸倉を掴んでさっきの失敗をなかったかのようにシリウスシンボリは表情を決めて俺の瞳を覗きこみ。
「アンタは私のモノに…………な、な、なっ――――」
「頑張れ!もう少しだ!ほら、いけ!いくんだ!」
やはり二度目となると意識し過ぎてしまい、瞳がグラグラと高速で揺れながら詰まる言葉を必死に引っ張りだそうとする。ここまで来ると、幼い子供の学芸会を見ているような気分で、頑張れ頑張れと心の中で応援するのだが――
「私のモノになれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ゴフッ……ッ!」
――店内中に響く渾身の叫び声とともに頭突きを食らった俺は、そのまま意識がノックダウンしそうになるのを何とか堪える。そして流石に頭突きをしてしまって頭が冷えたのか、冷静さを取り戻したシリウスシンボリは俺の肩を掴み揺らす。
「わ、悪い……ッ!おい、アンタ……大丈夫か?思いっきり頭突きをしちまって……あっ、店員!すまないが氷と袋を持ってきてくれないか!」
「頭がグラングランするけど平気だ……というか、どんな勢いで頭振ってんだ……首が捥げるかと思ったぞ……」
慌てて駆け付ける店員の持ってきた氷袋を額に乗せながら、事態が事態なのでシリウスシンボリの『お詫び』の件はうやむやになり、そのままグラグラと揺れる視界が収まるまで従業員用の部屋のソファで寝ることになった。
「なぁ、本当に病院に行かなくて良いのか……?ウマ娘の全力の頭突きだぞ?もし頭蓋骨にヒビでも入ってたら……」
「いや、もう収まってきたぞ?コブも……恐ろしく早い速度で治ってるな……それに救急車まで呼ぶ騒ぎになったらシリウスシンボリだってマズいだろ?」
「それはそうだが……本当に大丈夫か?」
「あー……大丈夫だ」
ウマ娘がヒトに暴力事件を起こしたら罪が重くなるらしい。ましてや学園に在籍するシリウスシンボリが事故とはいえヒトを病院送りにしたら、悪い噂や停学等の処分が下される可能性もある。
そして不思議なことにウマ娘の全力を食らっても痛みはほとんど引いているので、俺としては事を大事にする必要性を感じなかった。
「本当にすまないことをした……ッ!頼むから……私を許してくれ……ッ!」
「いや、本当に気にしてないから……おい、泣くなよ……」
俺が考えている以上にウマ娘の暴力でヒトがケガをすることは一大事なのか、シリウスシンボリはソファで横になる俺の胸に縋って泣きついてくる。何故か脳裏には雨の中に捨てられる子犬が飼い主を見つめる光景が浮かびながらも、その背中を撫でて――
「許す……許すからこれ以上は泣かないでくれ。シリウスシンボリには泣いてる姿は似合わないぞ?もっと自信と強気に満ちたいつものお前に戻ってくれよ」
「…………あぁ、戻るよ。でも、今は……私のせいでこうなったのにどのツラ下げて頼むんだって思うだろが……しばらくはアンタの胸の上で泣かせてくれ……」
「好きなだけ泣けよ……今日は本当に色々あったからな……」
「グス……あぁ、本当にとんでもない一日だったよ……」
――すすり泣くシリウスシンボリが落ち着くまで、静かに語りかけながら、その黒い茶色の長髪を撫でながら落ち着くのを待つのだった。
「なぁ……スマホを持っていないって本当なのか?」
「んっ……あぁ、色々と事情があって作れないんだ、それがどうした?」
「いや、ちょっと用事を思い出した――――――すぐに戻るから待っててくれないか?」
「お店の人もしばらく安静にしていろって言うから、お言葉に甘えてしばらく横になっているよ」
シリウスシンボリは涙で腫らした目元を拭いながら、こちらを心配そうに見つめて何処かへと行ってしまう。俺は痛みも完全に引いて、マンハッタンカフェとの約束の時間まで2時間以上あるのでひと眠りすることにした。
マンハッタンカフェと『お友だち』に今日のことを話したいなぁ……きっとビックリするだろう。まさかいきなり神様とエンカウントしたんだから……あぁ、神様と言えば……名を名乗っちまったから縁が結ばれてそうで怖いな……となるとシリウスシンボリも……やっぱりスマホがないと不便だ……何とかして連絡用の携帯くらいは都合を付けて―――――――。
「……起きているか?」
「シリウスシンボリの気配で起きたよ……その紙袋はどうした?」
どうやらあれからしばらく眠っていたらしく、時計の針は2時30分を示していた。そして目が覚めれば、いつもの調子を取り戻したシリウスシンボリは不愛想に紙袋をずいっ、とこちらに押し付けてくる。
「今日はアンタに合わせる顔がねぇ……だから、いつでも良いから……もしまた私と話したいって思ったら……電話でもメールでも良い……ッ!好きな時に私に連絡を寄越してくれ!」
「だから、俺はスマホを持ってないって……おい、コレ!」
「それは好きに使ってくれ……ッ!これは詫びだ!ウマ娘がヒトにケガを負わしちまったんだから……気にせず受け取れよな!あとそのスマホの中には私の連絡先が入ってるから……じゃあな!」
「これは貰いものとして本当に貰っていいのだろうか……?」
まさに一瞬、俺に何かを言わせる暇すら与えず、渡したい物を渡したあとはすぐさまに消えてしまった。
そして紙袋を開ければ、この世界で使われている新品のスマホ。名義はおそらく俺ではなくシリウスシンボリ本人のものであるのだろうが、月々の支払いはどうすれば良いのかと悩みながらスマホを起動すると――
「ウマライン、ウマッター、ウマスタ……そして電話帳にシリウスシンボリが登録されてる……ちょっと怖くなって来たぞ……おい……」
――輝く一等星がスマホカバーに彩られる中で、その中身はシリウスシンボリの利用するSNSの全てが勝手に俺の名前で登録されていた。ウマラインにも、ウマッターにも、ウマスタにもフォロワーとしてシリウスシンボリの名前がある。
俺はこれをシリウスシンボリにすぐに返却しようと考えていたのだが、スマホの中身を見た後に考えが変わる。
怖い……こんな重い物をぶん投げてくるシリウスシンボリと会うのがめっちゃ怖ぇ!やっぱ要らないって連絡したら、俺は殺されるんじゃないのこれ……?
すぐさまに返すのは嫌な予感しかしないので、俺はこの呪われたスマホを外せないままにポケットに入れる。とりあえず今のシリウスシンボリは『掛かって』いる。つまりはもう少し時間を置けば、冷静に話し合えると信じて俺は『ぎゅうぎゅうステーキ』の店員たちにお礼を言って店を出た。
外は夏場のむせ返るような熱気の中で、心は底冷えしながらも――
「そうだ……マンハッタンカフェ……マンハッタンカフェに会おう」
――俺はこれをどうしたらいいか分からずに、約束の時間より少し早いが『ウマーバックス』で癒しを求めてマンハッタンカフェと『お友だち』が来るのを待つことにした。
「こうして見ると……アナタは大人なんですね……ふふっ、なんだか不思議な気持ちです……」
「スーツは紳士の鎧だからね……着ると気が引き締まるんだ」
『ウマーバックス』でマンハッタンカフェと待ち合わせしていたのだが、約束の時間にやってきたマンハッタンカフェは最初は俺が誰か分からなかった。初めて見る社会人としての俺の姿に驚愕でポカンと口を開けるマンハッタンカフェは可愛く、我に返った彼女は恥ずかしそうに椅子に座り対面する。
どうやらここに来る前に買い物をしていたらしく、マンハッタンカフェは小さな紙袋をテーブルに乗せて、小さく笑みを見せる。
「実はアナタにプレゼントがあるんです……」
「それは嬉しいな……ッ!中身は何かな……?」
「ふふっ、それは開けてからのお楽しみですよ……」
それはリサイクルショップで買ってきたのか、小さな包みに入った長方形の箱を受け取り俺はなんでかデジャヴに襲われながらも蓋を開けると――
「これから夏合宿があるんです……それで、連絡が取れないのは不便だと思いまして……中古品ですけど……これさえあれば……私たちはいつでも連絡を取り合えます……」
「これってスマホ……?わぁ、黒猫のスマホカバーの柄が可愛いな!」
「それは私とお揃いです……そして使用料金は異世界人であるアナタでは払えないので……月末にお金を用意して頂ければ私の口座から代わりに引き落としがされます……これが男のプライドを傷付けない方法ですよね……?」
「ありがとう……マンハッタンカフェ。君は最高の俺の友達だよ」
――白いスマホカバーに描かれた小さな黒猫。それはマンハッタンカフェのスマホと同じ黒猫の柄で揃っていることもあり、お互いに少しだけ恥ずかしくなる。そして俺のことを考えて、月末の引き落としの前に俺が使用料を払うという配慮までしてくれて嬉しくて泣きそうだった。
「当然ですよ……だってアナタは私の最大の『理解者』なんですから……」
「そうだな……『お友だち』の件もあるし……それでちょっと困ったことがあって、マンハッタンカフェに相談したいんだが……」
「はい……なんでしょうか?」
「実は今日、シリウスシンボリってウマ娘に――」
――prrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr
それは最悪のタイミングだった。
俺のポケットの中からなるスマホの着信音にマンハッタンカフェの表情から笑みは消えて、『お友だち』は事と次第によってはお前をしめる、と首切りジェスチャーをされながらも『このよではないばしょ』ですら感じたことのない緊張感の中――
「シリウスシンボリってウマ娘にスマホを渡されたんだけど返した方が良いよね……?」
「…………………………………返すべきですね……絶対に」
――取り出した一等星に輝くスマホに対して、これまでに見たこともない冷徹な表情でマンハッタンカフェは見つめるのだった。