登山中に滑落事故で頭を打った俺は、漆黒の髪を持つウマ娘と『お友だち』に助けられて奇妙な世界に迷い込んだのだけど、これからどう生きればいいんでしょう? 作:たたたった
「マンハッタンカフェに迷惑掛けちゃったなぁ……」
俺は一人で夕暮れの土手沿いを歩いていた。先ほどまで公園で一緒にいたマンハッタンカフェとシリウスシンボリは『ウマーバックス』の一件がトレセン学園の生徒たちのSNSを通して広がり、その誤解を解くために奔走している。
マンハッタンカフェは騒がれても気にしないタイプだけど、シリウスシンボリはトレセン学園の問題児の取り纏め……無理やりキスしてきたのはアイツだが、写真だけ見れば互いの了承の上でしている風にしか見えないからな……まるで映画の叙述トリックみたいだ。
学園では超が付くほどの有名人らしいシリウスシンボリのキスショットだけならともかく、マンハッタンカフェともキスをしている瞬間がSNSで広がって、シリウスシンボリの取り巻きたちが勘違いして先走らないようにと、当事者の二人で抑えるつもりらしいのだが、あの決定的なキスショットの二枚を前にどう言い訳をするのか気になる。
今後の学園生活が懸かっているマンハッタンカフェとシリウスシンボリであるが、俺は国籍も住所もSNSの痕跡すらない現代の透明人間。この身一つで異世界に降り立った俺には失うモノなど一つもない為に、なんとも気楽な身の上である。
「あぁ……ッ!ボクの美しさを際立たせる金色の太陽よ!夕暮れの地平に沈む君は、なんと幻想的で儚さと哀愁を感じるのだろう!そしてこの逢魔が時の瞬きの煌めきだけならボクに匹敵しうる美しさ!さようなら、太陽!このボクとは暫しのお別れだね……だが、安心すると良い!例え月との逢瀬に君が嫉妬しようとも、陽が昇ればその輝きでボクを独占出来るのだから……ッ!はーっはっはっはっ!」
「夏場になると暑さで頭をやられる奴って居るよなぁ……ウマ娘のような体力お化けでも夏の日差しは堪えるのか……」
河川敷に視線を向ければ、王冠を頭に被ったウマ娘が夏の暑さに頭をやられてしまったのか、沈みゆく黄金色の太陽に向かって語りかけていた。完全にヤバいウマ娘である、ただでさえ身体能力がヒトよりも遥かに高い存在が正気を失っているなんて恐怖でしかない。
怖いから関わらないで……いや、本当に暑さで頭をやられているなら助けないとマズいよな……見た感じは、熱中症で意識が混濁しているようにも見えるし……スポーツドリンクでも渡してやるか。
懸命に太陽に月に嫉妬しないでくれと話しかけているウマ娘に、俺は内心の恐怖を隠しながらも接触することにした。これがただの狂人ではなく、本当に暑さで頭をやられているのならば早急に対処が必要だ。
「そこの君……その大丈夫かい?」
「おぉっ!……ボクの美しさに惹かれてとうとう我慢出来ずに話しかけてきたのだね!今日と言う日を感謝すると良い……ッ!このボク!世紀末覇王テイエムオペラオーという美しきウマ娘に出会った幸運と、これからの最良の日々が待っているだろう!」
「大丈夫のようですね……失礼しました」
「ちょっと待ちたまえ!ボクの写真を撮らないのかい?スマホの待ち受けにすれば、毎朝最初に見るのはお天気お姉さんでもっ!ニュースのレポーターでもないっ!このボクの美しき顔なのだよっ!最高の寝覚めとなるじゃないか……ッ!」
オカルトとは別のベクトルで怖ぇ!言葉が通じるのに会話が出来ない……この微妙な歯車の噛み合わなさ!何をどうしたら出会ったウマ娘の写真をスマホの待ち受けにするんだよ……ッ!
確かに目の前のテイエムオペラオーと名乗るウマ娘は中性的な美しさを持つ美少女である。明るい茶色の髪色にピンク色の王冠を乗っけて、イミテーションなのか宝石の散りばめられた耳飾りを両方のウマ耳に付けている。
だが、あまりにもアクが強すぎる。ここまでナルシストを極めて、太陽に話しかけるヤバいウマ娘なので俺は早々に逃げだそうとするが――
「待ちたまえ!君にはボクのオペラを観賞して欲しい!そしてよりボクの美しさを目に焼き付けて、その幸せを心に抱いて帰りたまえ!」
「オペラだ……と……?まさか舞台装置も楽団もなくやるつもりか?」
「そうさ!脚本も演出も主演もボク一人だけっ!見逃すのは勿体ないと思わないかい?」
「よし……それなら私にそのオペラを見せてくれ!言っておくが、演劇に関しては相当に厳しい審美眼を持っていると自負しているつもりだ。生半可なものを見せたら私は容赦なく酷評するからな」
――映画好きの定め。映画にミュージカルからオペラまで、幅広く演劇に関することには貪欲に観賞してきた俺を前にして一人オペラという高難易度の劇を行おうと言うのなら、その自信に溢れたテイエムオペラオーの歌劇を観てみたくなった。
「おやおや?君は中々に良い瞳の輝きを宿しているね……はっはっはっ! ここまでボクのオペラに真剣に期待を寄せると言うのならば、ボクは見事に応えてみせようじゃないか……ッ! 聞き給え! この世紀末覇王テイエムオペラオーの天上の歌を!」
「どっちかと言うと……『妖星』じゃないかな……?」
「ふむ『妖精』か……それは幻想的で儚く美しいモノに例えるには最上であるが、ボクは『覇王』!その圧倒的な覇気と存在感で君の魂に轟きと喜びを与えよう!行くよ!」
「なら、歌ってみろ『覇王』!」
隣にテンションが高いテイエムオペラオーがいるとつられて、こっちもテンションが高くなってしまう。『ウマソン』という歌劇の物語をテイエムオペラオーが静かに歌い始めた。
――それは遥か数千年前、巨大な帝国の端で始まる亡国へと導く国崩しの陰謀を、一人のウマ娘が皇帝の下へと伝える為に帝国領土を駆け抜ける。それは灼熱の砂漠から始まり、暗い森の中を、豪雨の中を、荒れ狂う川すら超え、数多の刺客をすらも、その足で見事に乗り切り最後には帝都の皇帝へと伝えて、役割を終えたウマ娘はそのまま息を引き取り救国の英雄となって称えられた物語。
「灼熱の砂漠に灼ける足すら気にせずに私は走る――」
挫けぬ意思を持った力強い声音でテイエムオペラオーは歌う。暗い森の中の場面では、亡霊たちの怨念に纏わりつかれながらも揺るがない信念の籠った声音で、豪雨の中ではまるで本当に雷鳴の轟く音が聞こえているかのように時折耳を竦ませながら、荒れ狂う川では絞り出すような息をつかせぬ歌唱、数多の刺客に傷を付けられながらも、それでも折れぬ忠誠の心を瞳に宿し、そして最後には皇帝の前で国崩しの陰謀を伝えて息絶えて死ぬという悲劇で終わりと――
「だが、天はその美しき強いウマ娘を死なせるには惜しいと国葬の直前に私を蘇らせ――その奇跡を前にした皇帝はボクに帝位を譲り、その威光と美しさにより永遠に帝国を治めた覇王として語り継がれる――ふぅ……どうだったかい? ボクのオペラは?」
「最後が雑ぅ!思いっきりデウスエクスマキナじゃねぇか!なんで途中までは学生にしては良い線まで行ってたのに、最後の最後に悲劇をご都合主義で喜劇にすんだよ!」
「それはボクの物語だからさ!この主人公は実はボクっ!そしてそんなボクには悲劇が似合わない!だから、最後は天の神様がボクを蘇らせたのさ!」
――なるはずが、唐突に伏線もなくテイエムオペラオーは蘇って、ちゃっかり皇帝になって永遠に帝国を治めてハッピーエンドという展開をぶち込んで来たので俺は吼えたが、テイエムオペラオーは君は何を言ってるんだ、という表情で当然のようにデウスエクスマキナを肯定する。
「だって、ボクの物語だからさ!」
何度でも言わんとばかりにテイエムオペラオーは胸を張るので、俺は全力でツッコミに回る。
「最後の最後に一人称がボクに戻ってるし!どんだけ自分が大好きなんだよ!お前はアレだろ!毎日、鏡を見てはボクはなんて美しいのだろうと呟いてるだろ!」
「当然!このボクの美しさを前にしたら自画自賛もしたくなるのさ!なにせ、湖面に映るボクの姿に心を奪われるくらいだからね!」
「神話のナルキッソスかよ、お前!」
「なにっ!ボクは神話になっているのかい!?」
自分が神話になっていると本気で勘違いしているテイエムオペラオーは驚愕の顔で固まる。そしてここまで自己肯定の塊だといっそ清々しい。何者も突き抜けるところまで突き抜けると一角になるもので、演者としても劇の脚本も学生としてはテイエムオペラオーは頭一つ抜けていた。
だから俺は素直に『ウマソン』なるテイエムオペラオーのオペラを褒める。
「脚本と演者としてのレベルも頭一つ抜けている。演出に関しては舞台装置がないので評価は出来ないが、それでもラストを除き学生としては最良だ」
「はっはっはーっ!そうだろう!ボクは凄い!世紀末覇者テイエムオペラオーはこれからも大躍進を続けていくつもりさ!」
沈みゆく夕日を背に高らかに宣言するテイエムオペラオー。厳密にはオペラでは地の文の口上はなしではあるが、それを差し引いても十分な出来である。そして俺の賛辞が世辞でもないことを理解して更に上機嫌なテイオムオペラオーの背後で沈む、最後の一瞬の黄金の太陽の輝きを目にして――
「とても綺麗だ」
「なっ!ちょ、ちょっと待ちたまえよ、君!その言葉はダメだ!」
「ん? 美しいモノを綺麗と言っただけだろ……?何がダメなんだ?」
「っ~~!ボクはそういう率直な言葉は……もっと着飾った言葉でないと……恥ずかしい……」
――ゴールデンタイムの輝き。異世界でも変わらぬ光景に僅かな望郷の念を抱いて、心がどこか上の空でテイエムオペラオーが何を恥ずかしがっているのか気にすることも出来ずに、互いに黙ったまま夜の帳が静かに降りる中でスマホが震えて我に返る。
「そろそろトレセン学園の門限が近いんじゃないか?」
「あっ……あぁ!確かにそうだね!それではボクはこれで失礼するよ!また機会があったらボクのオペラを見に来るといい!こうして河川敷で歌っているからね……はーっはっはっはっ!」
いつもの調子に戻ったテイエムオペラオーを見送りながら、俺は震えたスマホの画面を見るとメッセージが一つだけ短く。
【まだ帰らないで】
デフォメルトされた黒猫のアイコンのマンハッタンカフェのメッセージは、端的であるがまるで今の俺の心の中を読んだかのように的確に心を射抜くのであった。