登山中に滑落事故で頭を打った俺は、漆黒の髪を持つウマ娘と『お友だち』に助けられて奇妙な世界に迷い込んだのだけど、これからどう生きればいいんでしょう?   作:たたたった

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流星のウマ娘の見舞いの品と物の怪。

「どんなに夜更かししても、仕事行く時間になると自然と目覚めちゃうのって、悲しいけど社会人の性なのよね……」

 

 朝、ホテルのベッドで目覚めた俺はデジタル時計に視線を向けると、ピッタリと六時を示していることに苦笑するしかない。異世界生活三日目、もう会社にも出社しなくていい身の上であるのだが身に着いた習慣からは抜け出せないようだ。

 

『おはようございます』

「おはよう……って、本当にお前は何処に隠れてるんだよ……部屋の隅々まで探しても見つからないって別の意味で怖いんだけど!」

『ひみつ』

「まぁ、もういいや。何が目的で部屋に憑いてるか知らんが静かにしてろよ」

 

 そしてホテルの部屋に憑いている幽霊らしき存在に挨拶をしてベッドから起き上がる。気配もオーラすらも完璧に隠蔽する謎の存在については、もう別に害がないから放置しているし、視線を感じることにも慣れた。

 夜中の二時までアクション映画を部屋に居る『ナニカ』とぶっ続けで観賞し、駄弁りながら酒を飲んで過ごしていた訳であるのが影響して、鏡を見れば僅かに目に隈が出来ている。

 

「とりあえず飯食ったら風呂入ってリフレッシュするか……」

 

 ホテルの朝食ビュッフェは代金に含まれているので無料。俺はホテル着のままに、眠たい頭を引き摺ってゾンビのように食堂で朝食を済ませて風呂に入る。そして部屋の『ナニカ』にもプライバシーというモノが理解出来るのか視線を感じないので、ゆっくりと肩まで浸かりこれからの予定を思い出す。

 

「テンポイントを見舞いに行って……今度こそは図書館で郷土史から異世界転移の原因となる伝承か何かを探し出し……山に行って当時の状況を確認……それから昼飯を食ったら映画館に行くか……四時にはマンハッタンカフェとレッスン……あとは飲み屋にでも行ってみるかなぁ……昨日は怖くて飲むどころじゃなかったし」

 

 昇る蒸気に息を吹きかけながら昨日の出来事を思い出す。

 それは間違って入ってしまった『ウマ娘専用』の飲み屋。ヒトより遥かに身体能力が高いウマ娘の女性たちがお酒で酔っ払い加減も知らずに暴れまわるという凄まじい光景が鮮明に脳裏に浮かんでくる。

 

「知らずに入ったとはいえ、あれは本当に死ぬかと思った……」

 

 壁中に衝撃吸収用のクッションが張られて、酔っぱらったウマ娘たちが枕投げをするかのように飲み仲間たちをぶん投げる、壁にドロップキックをして衝撃音が響き渡り、ビール瓶やコップを力加減を間違えて粉砕するウマ娘たちの痴態に、恐怖で俺は心臓が止まりそうになったものだ。

 ましてや、酔った妙齢のウマ娘からすれば間違えて入った年若いヒトの男など格好の的。踵を返して逃げ出そうとする俺を無理やり酒の席に着かせては、グラスにビールを注ぐのだが、ちょっと力んだだけでビール瓶は破裂して酔っ払いたちは爆笑し、俺は顔が凍り付く。

 

「これは割れても手が切れないガラスだから平気……じゃねぇよッ!そんな軽いノリで瓶を粉砕する手で俺の頭を撫でるなんて……本当に死ぬかと思ったわ!」

 

 やだ、若いー!と黄色い声で頭を撫で回し、肩を組む酔っぱらったOLのウマ娘たち。ぶんぶんと凄まじい力で振り回されながら、目の前で儚くその役目を果たし終えて砕け散ったコップやビール瓶は数秒後の未来の俺を暗示しているようで気が気でなかった。

 OLウマ娘が腕をギュッ、と抱きしめるだけで、俺の心臓はキュッ!と高鳴る。こっちを見ろーと、甘い声で頭を掴まれて曲げられればコキッ!と変な音が首筋から聞こえる。そしてOLウマ娘たちが奪い合うように四肢を引っ張った時には、脳内で牛裂きの刑という単語が過ぎった。

 

――それはまるで幼子が壊れやすい玩具を乱暴に扱うかのような所業。

 

 幸いにして俺の手足と首が曲がっちゃいけない方向に向いてしまう前に、店員さんが俺を店の外に出してくれたから助かったが、俺はそこで初めてウマ娘という存在の圧倒的な肉体格差というものを改めて身をもって思い知らされた。

 

「そりゃアクション俳優もほとんどがウマ娘になるわなぁ……」

 

 アクション映画を観て、男性的な立ち位置にウマ娘が収まってるのも納得がいく。なにせどんなに強面でマッチョな男だろうと、ウマ娘からすれば幼稚園児が精一杯虚勢を張ってるとしか思えない程に生物として格が違うのだ。

 最高時速70kmを超える脚力があれば銃が相手でも一瞬で距離が詰められ、車のドアを引き千切っては即席の盾にしたり、マンホールをアメリカのキャプテンのようにぶん投げる。俺の世界ならばアメコミ映画に分類される戦闘シーンも、この世界にとっては十分に現実的な場面なのである。

 

「要人警護もウマ娘ばかりだし……なんだか男女逆転世界に来た気分になるぞ」

 

 だからといって、ウマ娘たちは別に危険種族ではない。むしろ、それだけの肉体的、生物的な格差がありながらもヒトと平等に暮らしていける辺りは、肌の色や宗教で差別や迫害をする俺の世界の人間よりは遥かに温厚で平和的な種族だ。

 そしてこの世界のヒトも、自身より圧倒的な力を持つウマ娘を受け入れてる辺りが、俺の世界の人間より道徳観と倫理観が高いようだ。劣等感を覚えそうになる。

 

「よくやってけるよな……この世界。やっぱり根本的に本能の部分が違うのだろうか……」

 

 ほどよく湯船で世界について考察をしながら、朝っぱらから長風呂もアレなので湯から上がることにした。眠気はまだ残っているが、それでも意識がハッキリとして来たのでそのままドライヤーで髪を乾かして着替えを済ませる。

 

「時刻は七時半、ちょっと早いが散歩しながらテンポイントの見舞いに行くか」

 

 歩いて行けば一時間半程度の道のり。猛暑と呼ぶにはまだ早いこの時期に、俺はウマ娘のいる世界を物見遊山の気分でホテルからテンポイントの入院する病院までゆっくり散歩を始めることにした。

 

 

 

 

 

「走り競うのが本能なウマ娘たちにとっては、レースが最大の娯楽なんだなぁ……」

 

 商店街を歩きながら、店に貼られているウマ娘たちのポスターを見ながらそんなことを俺は呟く。駅前などの掲示板や新聞にも載ってるからにはよほどの有名人なのか、茶色のポニーテールのウマ娘や育ちの良さそうな葦毛の長髪のウマ娘がピックアップされている。

 

「それにしても走りにくそうな服をしてるよな……葦毛の子」

 

 ポニーテールの子は走りやすそうな服装であるのだが、葦毛の子はヒラヒラのドレスを着ているので、これで全力で走れるのか疑問に思う。

 

 マンハッタンカフェの話だと勝負服を着ると逆に走りが良くなるらしいけど……トレーナースーツのような高性能な服が量産品として売ってるくらいだから、個々の肉体に合わせた特注の服は潜在能力を引き出すのかな……?

 

 ぬいぐるみを胸に着けて走るウマ娘やゴスロリ服で走るウマ娘もいるので、ここは異世界だからと無理やりにでも納得させるしかない。だが、イミテーションであるのだろうが短剣や銃を装備してるのはちょっとどうかと本気で思う。

 

「そこはウマ娘たちの問題だから良いとして…………んっ?車のタイヤ?」

 

 そんなことを考えながらポスターを眺めていると、商店街を真っ直ぐに突っ切るようにして車のタイヤが転がってきていた。速度はゆっくりであるが倒れることもなく、最初はラジコンか何かの玩具と思っていたが、通り過ぎる直前でタイヤの側面を見た瞬間――

 

「………………………………………………………」

「………………………………………………………」

 

――本来ならば銀色のフレームがある軸の部分に巨大な目玉がくっ付いてたので、俺の思考はフリーズして固まる。そしてタイヤの目玉お化けの方も、俺が見えていることに気付いたのか転がるのをピタリと止めて視線を俺に向ける。

 

 沈黙が俺とタイヤの目玉お化けを包む。向こうは眼球だけなので感情が全く読めない。それでもつぶらな瞳でこちらをじっと見つめ続け、俺は初めて遭遇する人型ではない完全なる物の怪の類にどう反応したら良いか困っていた。

 そして互いにしばらく見つめ合い、通行人が地面を見つめる俺を不審げに見る中で先に動いたのはタイヤの目玉お化けだった。それはまるで目礼をするかのように視線を下げるので俺も反射的に頭を下げ。

 

「……………………………どうも」

「……………………………………」

 

 互いに挨拶を済ませると、そのまま用は済んだと言わんばかりに、コロコロとタイヤの目玉お化けは商店街の出口へと転がっていき、そのまま何処かへと消え去ってしまった。残された俺は謎の物の怪が完全に視界から去るまで見送った後――

 

「なんだあれ………………本当になんだあれ」

 

――幽霊もいるなら物の怪も居ても不思議ではないと知りながらも、この謎の邂逅を遂げた俺は頭の中が疑問符で埋まるのだが、今更ながらあのタイヤの目玉お化けより異世界人の俺の方が遥かに奇怪であることを思い出し。

 

「……………………………あとでマンハッタンカフェに聞こう」

 

 心の中は疑問とツッコミで溢れているが、アレをそのまま追い掛けるのも藪蛇になりそうで怖いので、俺は何も見なかった知らなかったのスタンスで思考を停止する。そしてそのまま何事もなかったように、テンポイントの見舞いの品を考えるが、やはりどうしてもタイヤの目玉お化けの事が脳裏に焼き付いて離れないのであった。

 

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