登山中に滑落事故で頭を打った俺は、漆黒の髪を持つウマ娘と『お友だち』に助けられて奇妙な世界に迷い込んだのだけど、これからどう生きればいいんでしょう? 作:たたたった
「三か月間も意識不明だったのに、よく医者は許可したよなぁ……」
三女神病院に併設された運動場。主な目的はヒトより高い運動強度を求めるウマ娘たちのリハビリ施設なのか、入院患者用の運動着に着替えている患者たちがコースを走っていた。
本人たちにとっては軽い運動なのだろうが、俺の世界ならば間違いなく人類最速の男よりも速い速度で駆け抜けるウマ娘たちの中にテンポイントを見つける。
「朝から元気だな……おっ、こっちに気付いた」
運動場の端のベンチに座りながら、コースを走るウマ娘たちを見物しているとテンポイントはこちらに気付いて駆けてくる。その走りには淀みはなく、本当に下半身不随で三か月も意識が不明だったのかと思う程に綺麗なフォームであることに感心していると――
「遠野さん!今日もお見舞いに来てくれたんですね!」
「うぉ……ッ!そりゃ、来るに決まってるだろ……というか抱き着くな!」
「拒否ッ!せっかく遠野さんを捕まえたのですから、今度は逃がしませんよッ!」
――明るい栗毛色のテンポイントは、その汗に塗れた運動着のままに抱き着いてくる。それはまるでじゃれつく子犬のような無邪気さであるのだが、ガッチリホールドするテンポイントの腕には洒落にならない程に力が込められていた。
「むむっ?この私に抵抗しようだなんて無駄なことですよ、遠野さん!大人しく私の抱き枕になって……なっ!?ぐっぐぎぃ……ウマ娘である私が力で負けるなん……てッ!」
「バ鹿め!いくらウマ娘だろうと、三か月のブランクもあれば俺でもイケる!日頃から健康の為に鍛えているこの大人の肉体に勝てると思うなよ……ッ!」
だが所詮は病み上がり。三か月もベッドの上で眠っていれば、ウマ娘のテンポイントであろうともヒトの俺と力が拮抗する程には衰えていた。そのまま抱きしめる腕を振りほどき、まるで昨日の繰り返しのように手を組んで全力で押し合う。
そして互いに立ち上がり、股を大きく開いて額を擦り合わせる。
「ぬぉおぉぉぉぉぉ!ウマ娘のプライドとして……例え病み上がりのハンデがあろうとも……ッ!ヒトに力で負ける訳にはいきませんよ!勝負です!」
「望むところだ!それに純粋な力比べでテンポイントには負けるだろうが、こっちには重心の移動から力の受け流しまで……護身術で習った技があるぞ……ッ!」
無駄にテンションの高いテンポイントに乗せられて、運動場の片隅で力比べを始める俺たち。ルールなんてものはない、単純に互いに組んだ手で押し合い、額を突き合わせて闘志で燃え上がっているテンポイントに全力で立ち向かう。
完全にその場の勢いとノリで勝負をするハメになったが、思った以上に俺とテンポイントの腕力は拮抗していたので、勝負は長期戦となり組み合った状態で会話を続ける。
「脊椎の調子はどうだ……テンポイントッ!ぬぅ……ッ!」
「おかげさまで絶好調ですよ!精密検査の結果も問題なし!むしろ問題がなさ過ぎて、お医者さんからもっと私の身体を調べさせて……くれって!頼まれちゃうくらいです……ッ!」
「そいつは良かった……ッ!学園には復学出来そうか?!」
「そちらも問題ありませんね……ッ!というか本当に遠野さんはヒトですか!?いくら病み上がりとはいえ、ウマ娘に力比べで拮抗するなんて――ありえっ、きゃぁ!」
驚愕による一瞬の油断で足元が疎かになったテンポイントは、そのまま滑り地面に倒れそうになったので慌てて俺は背中を支える。なんだかダンスの一場面のように、片手を引いて背中に手を回すポーズのままに互いに見つめ合い。
「足元には気を付けろよ……ウマ娘だからこの程度じゃケガしないだろうが……あと汗くさいからさっさと離れろ」
「はい……支えてくれて――ちょっと待ったぁ!誰が汗くさいんですか?!確かに私は軽く運動して汗を掻いてますけどぉ……ッ!むしろ年頃な女の子の汗って良い匂いがするって聞きますよ!?」
「確かに甘い匂いはするが……それでも汗から発するものには違いないだろ?」
「むぐぐぐ……普通の男のヒトだったらもっと喜ぶと思います!遠野さんは変です!」
いや、百歩譲って内心では喜んだとしても、実際にそれを言葉や態度に表したら変態だろ……。
テンポイントは地団駄を踏みながら抗議するが、俺からしたらまだ高校生くらいの女子の匂いを嗅いで喜ぶ奴が居たら間違いなく変態だと思うし、テンポイントにそんな輩が付き纏っていたら全力で引き剥がすだろう。
そして俺もこれから用事があるので、渡すべきものを渡してさっさと帰ろうと小箱をポケットから取り出すと、駄々っ子のように暴れていたテンポイントは途端に固まって俺の手にある箱に釘付けになっている。
「まさか婚約指――」
「出会って二日もせずに指輪渡してくるバ鹿が何処にいるんだよ!ちょっと本気でテンポイントのことが心配になるぞ!そんなにチョロイと悪い男にコロッと騙されるからな……ッ!ほら、これだよ!」
「――――――――――ッ!?」
俺はそう叫びながら小箱を開ける。中にはウマ娘のウマ耳に付ける為の流星を模ったルビーの耳飾り、もちろんルビーは天然ものではない人工であるがその輝きは本物も偽物も変わらないだろう。
この耳飾りを選んだ理由も百貨店の店員さんのお薦めだが、冷静に考えると人工とはいえ宝石のアクセサリーをプレゼントするのは何かが間違ってる気がしてきた。
――現にあれほどまでに騒がしかったテンポイントは茹でタコのように顔を真っ赤にして黙ってしまっている。
「あー……俺はよく知らないけど百貨店の店員さんのお薦めのままに買っただけで、他意はないぞ。うん、純粋な退院も近いから祝いの品みたいものだ」
「……………………………………………………」
「いや、俺が悪かった。いきなりアクセサリーとか渡されても……困るよな?ほら、テンポイントにも好みの形とかあるだろし……野郎が勝手に選んだものなん――」
ガッ!と慌てて小箱を引っ込めようとした俺の手をテンポイントは握る。それは先ほどまでの力比べが児戯にすら思える程の握力で、俯いて表情の見えないテンポイントは空いた片方の手で流星の耳飾りを手に取ると、そのまま俺の方に向け。
「私の耳に付けてください」
「えっ、俺はこれの付け方なんてよく知らないんだが――」
「早く、付けて……お願い」
「………………………分かったよ。うーん……こうやって付けるのか?」
お願いから懇願へ、そして有無を言わせぬ圧力を感じた俺がテンポイントに促されるままに彼女の右耳にルビー色の流星を付けると、ウマ耳はビクリと震えて顔をあげたテンポイントは穏やかな笑みで俺を見つめて。
「右のウマ耳に付けたんですね……唐突ですが、遠野さんってジンクスって信じます?」
「待て……もしかしてウマ耳に男が飾りを付けると――」
「はい。初恋のヒトに耳飾りを……それも右耳に付けられるのはとても縁起が良いんですよ? それも遠野さんはそんな知識もないのに、私の右のウマ耳に飾りをくれた……それって運命だと思いませんか?」
「おっと……ちょっと用事を思い出したから俺はもう帰るぞ。それじゃ、さよ――」
雰囲気がやばくなったら三十六計逃げるに如かず、明らかに運命というジンクスに心を囚われたテンポイントから俺は脱兎の如く逃げ出そうと踵を返して脇目も振らずに走りだすが――
「知ってますか、遠野さん?ウマ娘ってヒトよりも遥かに速いんですよ?」
――遠野国男はにげだした。しかし、まわりこまれてしまった!
巧みなステップで逃げる俺だが、残像だと言わんばかりの速度で前方にテンポイントが現れる。どうやら大魔王からは戦わずには逃げられないらしい。困った、ここにはノータイムでお注射してくれるお医者さんも看護師もいない。つまりは『掛かって』いるテンポイントを止めるには自力で『言いくるめ』て誤魔化すしかないのだ。
誰か助けてくれ!このままじゃ俺の貞操がマズい!
視線で助けを求めるが周辺のウマ娘もアベック共がイチャついていると言わんばかりにこちらを見つめるばかりで助けにならない。そしてジリジリと距離を詰めてくるテンポイントを相手に俺も一歩一歩と後ずさるのだが――
「抱きしめるだけです……抱きしめるだけですから……ッ!観念してください!」
「嘘吐け!どう考えても、その目はヤバい!ちょっと洒落にならないから!こういう場合も大抵は大人しか捕まらねぇんだよ!ストップ!ストップ!」
「そこまではしませんよ?!ちょっと抱きしめて、遠野さん成分を貰うだけですから……ッ!おっと、油断しましたね!とうっ――ッ!!」
「ぐぇ……ッ!」
――油断した。一瞬だけ素に戻ったテンポイントに気を緩めた瞬間に、コンマ数秒で距離を詰められて抱きしめられる。それも全力全開のホールドで胸に顔を埋めるテンポイントは今度こそは絶対に逃がさないと言う鋼の意思の下でそのまま抱き上げた。
「大好き抱き枕ゲットォォォォォ!このまま病室にお持ち帰りしますね!」
酔っ払いにお持ち帰りされるカーネルサンダーの気持ちがよく分かる程に、俺を抱えたままに病室へと連れて帰ろうとする。今のテンポイントには周りが見えていない。こんな大人を抱えて運ぶ姿がどれだけ奇異に思われようと、捕まえたヒトの男は逃さないと、独占欲を発揮するテンポイントに抱えられたままに運動場を出て行こうとすると――
にゃーん!にゃーん!にゃーん!にゃ―――。
ぷるるるるるるるるるるるるるるるる―――。
――ポケットの中の二台のスマホが同時に鳴り響く。一つはお揃いの着信音にとマンハッタンカフェの選んだ子猫の鳴き声と、シリウスシンボリの初期設定のままの電話の音。
「スマホが二台……?あっ……」
ここに来て俺たちは気付いてしまう。運動場のフェンスの向こう側で、見舞いの品とスマホを持ったマンハッタンカフェの姿とシリウスシンボリが猛犬のような瞳でこちらを威嚇している。
静と動。どちらも全く別のアプローチで凄まじい圧力を放つ二人に、テンポイントは泣きそうな顔でこちらを見つめて。
「助けてください……ッ!遠野さん!というかあのシリウスシンボリさんって遠野さんの知り合いだったのですか!?」
「知り合いと言うか……ストーカーかな……うん、落ち着いたからちょっとお茶しようか」
よぉ、やってるねぇ色男、と言わんばかりにダルがらみする『お友だち』が背後から現れて、肩を組まれたままに公開処刑の場へと向かわされるのだった。