登山中に滑落事故で頭を打った俺は、漆黒の髪を持つウマ娘と『お友だち』に助けられて奇妙な世界に迷い込んだのだけど、これからどう生きればいいんでしょう?   作:たたたった

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一等星のウマ娘と『トレーナー』

「本当に、本当にその契約書にサインしちまうのか……ッ!このシリウスシンボリの専属のトレーナーになれるって言うのに……やめろッ!頼む……ッ!頼むからその契約書にはサインをしないでくれぇ――ッ!」

 

 『お友だち』に取り押さえられたシリウスシンボリは目の前で行われようとしている、マンハッタンカフェとの『個人トレーナー契約』の書類に名前を書こうとする俺に向けて血を吐くかのような叫びで訴える。

 その必死さたるや、まるで目の前で両親が連れていかれる子供のように悲壮な表情と深い絶望に染まっているので俺はペンを持つ手が思わず止まってしまう。

 

 書きづらい……ッ!これの規約に目を通してはいるが、複数のウマ娘との掛け持ちを禁止している訳じゃないし……そもそも形だけの『個人トレーナー契約書』にそんなマジになってるのが怖いんだけど!?実はこれには裏があったりしない……?

 

「どうしたんですか……?早く私の『トレーナー』としての契約書にサインをお願いします……大丈夫です……形、そうただの形だけですから……ふふっ」

「やめろ!頼むからそれだけはやめてくれ!これは私とアンタだけの特別なモノにしたいんだ……ッ!私だけの『トレーナー』になってくれよぉ……頼むよ……」

 

 契約書の裏を捲り、実は追加で怪しげな規約がないかを確認していると肩にずっしりと重みを乗せるかのように手を置くマンハッタンカフェは、『お友だち』に拘束をされているシリウスシンボリを見ながら囁いてくる。

 『特別』は渡さない、と地の底から響くような声音で、契約書にサインするまでは決して席を立たせるつもりのないマンハッタンカフェに冷や汗を掻きつつ――

 

「抱き枕ぁ……遠野さんの抱き枕がいっぱいです……ふへへ、これは観賞用……これは保存用……これは実用に……あっ、これは私が枕の中に入る用にぃ……」

「こんな状況で幸せそうなテンポイントめ……お前を恨むぞ……」

「うへへ……そんな照れくさい台詞を言わないでェ……」

 

――取り押さえられているシリウスシンボリの隣で、幸せそうに眠るテンポイントは呑気に寝言を呟いている。どんな場面でも平和な彼女はある意味では無敵なのかも知れないが、枕の中に入るという狂気の寝言には戦慄せざるを得ない。

 

 そしてまるで捨てられる子犬のように縋るように潤んだ瞳で見つめるシリウスシンボリに対して何故か罪悪感に苛まれながらも、それでも俺はそのままマンハッタンカフェとの『個人トレーナー契約書』にサインをした。

 

「ふふっ、これでアナタは私の『トレーナー』ですよ……ね」

「あぁぁぁああぁ――――!!私とアイツだけの関係が…………」

 

 熱の籠った息を吐くマンハッタンカフェは満足そうな表情で契約書を大切そうにバッグの中に仕舞い、そしてシリウスシンボリは大切なモノが砕けたかのように悔恨の涙を流していた。

 

 いや……本当にただの形だけの契約書なのに……って、ちょっ――ッ!?

 

 それはまさに一瞬の出来事であった。

 『お友だち』が用は済んだのでシリウスシンボリを解放すると同時に、まるで拘束されていた間の行き場のなかった力を爆発させるかの如く、凄まじい速度で席を立ちあがった彼女はそのまま俺を身体を担ぎ上げて抱き枕のように抱き着く。

 

「どうやら私の『トレーナー』には、ちょっと躾がいるみてぇだな……ッ! おい! マンハッタンカフェ! 先に契約したのはこっちである以上は――――今日は私のモノだ……ッ!」

「えっ……あっ……?シリウス先輩?」

 

 突如として敵愾心を露わに睨みつけるシリウスシンボリの姿に、流石のマンハッタンカフェもやりすぎたと思ったのか困惑が隠せない。そして抱き着かれている俺も完全に形振り構ってられない状態のシリウスシンボリの締め上げをくらいながらも――

 

 テンポイントといい……ウマ娘って抱き枕のように抱きしめる行為が好きなのかな?美少女に抱きしめられるって嬉しいシチュエーションに見えても……ウマ娘の膂力だと完全に拷問だよコレ……ッ!

 

――万力のようにミチミチと抱きしめるシリウスシンボリに、やっぱりトップアスリートなのかと腕から伝わる鍛えられた筋肉の感触に感動すら覚える。そしてそんなシリウスシンボリが完全にキレてしまっている現状にもう笑うしかなかった。

 

 あまりの事態に虚を突かれて硬直するマンハッタンカフェと『お友だち』はどう動いていいか分からずに戸惑っている。そしてシリウスシンボリの視線は完全に据わり、不倶戴天の相手を睨むかのように視線をマンハッタンカフェに向け続ける。

 

「シリウスシンボリ……ほら、ここは病院だから静かにしよ――」

「シリウスって言え!いつまでも他人行儀にするな!アンタはもう私の『トレーナー』なんだからな……ッ!」

「分かった……『シリウス』」

「っ~~!もっとだ……ッ!もっと……もっと!私の名を呼んでくれ……ッ!」

 

 俺が真剣な瞳でシリウスに向かって呼びかけると、まるで悶絶するかのように身体を震わせて、ウマ耳と尻尾をブンブンと振って喜びを示す。黒茶色の前髪の一等星のような白い水玉のようなメッシュを撫でながら何度もシリウスの名を呼んでやる。

 

「シリウス……俺はシリウスシンボリの『トレーナー』だぞ?」

「あっ、あぁ……そうだ、アンタは私の『トレーナー』だ……頼む、もっと私の耳元に囁いてくれよ――――あっ……」

「なら、シリウスのメンタルの管理も俺がしっかりとやらないとな……ほら、そんなに眉間にシワが寄っちまったら可愛い顔が台無しだ……その勇ましい顔も嫌いじゃないがな」

 

 シリウスの険しい眉間を親指で優しく揉んでやる。グリグリとシリウスの心をほぐすように丹念に何度も強く押して回しながら、赤ら顔でされるがままの彼女のウマ耳にそっと耳打ちする為に顔を近付ける。

 

「シリウスが俺を独占しようってんなら……正々堂々とマンハッタンカフェに向いている俺の心を奪ってみろ。そんな敵愾心を露わにしてるだけじゃ俺は手に入らないぞ?」

「そ……それならッ!どうやったらアンタの心を――――ッ?!」

 

 ネットで見たイケメン女子のシリウスの普段の仕草を真似るように、俺はその唇に人差し指をくっつけて黙らせる。ひゅっ、と息を止めるシリウスの反応を見るに効果は抜群のようであるが俺の内心はそれどころではなかった。

 

 これめっちゃ恥ずかしいんだけど……学園で普段からこんなことをする胆力を持ってるシリウスは凄いなぁ……ある意味では勇者だわ。それにしても動画でまとめられる位にはたらしのテクニックを披露するくせにやられる側に回ると免疫が全くないのか……。

 

 トレセン学園に興味が湧いてネットで検索した時に見つけた『シリウスシンボリの誘惑集』なる、数多のたらしのテクニックをウマ娘たちに披露している姿を見た時は軽く引いたものだ。

 そして大抵の場合は、こういう立ち振る舞いをしている者ほどに立場が逆になると弱いのだ。普段から人に頼りにされ、癒している分だけに自分がその立場に甘んじることに強い抵抗を覚えてしまう。

 

――だからこそ、その立場に『甘えられる』状況に立たされるとシリウスの心の鎧は容易く解ける。

 

「さぁな?それを教えちまったら……つまらないだろ?これは『トレーナー』としてシリウスに出す宿題だ――――ほら、行くぞ」

「えっ、あっ、あ……どこに行くんだ……?」

 

 これが心が幼子になるというモノなのだろうか、すっかり借りてきた猫のように大人しくなったシリウスの頭を俺は笑って撫でながら挑発するような視線で年相応なその瞳を覗きこみ。

 

「『躾』をするんだろ?なら、俺がシリウスに飼いならされるかどうかで勝負と行こうじゃねぇか」

「なっ……ッ!まっ、待って……ッ!」

 

 背を向ける俺に慌てて付いてくるシリウスを背中で感じながら――

 

「『躾け』られているのは……どっちなんでしょうね……」

 

――心の底から呆れたような声音のマンハッタンカフェに対して、羞恥心で柱に頭を打ち付けたくなる衝動を抑えながらも『トレーナー』としてシリウスと接する一日が始まった。

 

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