登山中に滑落事故で頭を打った俺は、漆黒の髪を持つウマ娘と『お友だち』に助けられて奇妙な世界に迷い込んだのだけど、これからどう生きればいいんでしょう? 作:たたたった
「付き合わせて悪いなシリウス。どうしても調べておきたい本があるんだ」
「別に構わないぜ。しかし、図書館で何を調べるんだ?」
病院から出た俺たちは『トレーナー』としてシリウスに付き合う前に、後回しになっていた重要なことを思い出して道行くついでに近場の図書館を訪れることにした。
「ここら辺の山に関する伝承を少しな……おい、嫌そうな顔をするなって」
「いや、最近の私の周りでオカルト的な事件ばかりでアレルギーが出てきちまった……山の伝承ってことは、また神様か妖怪とかそういう魑魅魍魎の類の話か?」
「いや、稀人……つまり異界からの来訪者についての情報が欲しくてな」
「私にとっちゃ、どっちも変わらない気がするんだが……」
シリウスは最近の出来事のせいでオカルト関係が苦手になっているようだった。渋い表情で腕を組んでいる彼女は、面倒そうな顔を見せているがウマ耳がへたり込んでしまっているので内心の恐怖がよく表れている。
そんなシリウスの姿を見て俺はふと気付く。
ん?そしたら俺はシリウスが嫌いな種類の存在になるのか……?まだ話してはいないが俺は異世界からの訪問者だし、ある意味では魑魅魍魎の化け物と変わらない異端か?あー……そのことを話したら面倒になりそうだし黙っておくか。
俺はまだシリウスに自分が異世界から訪れた異世界人であることを話していない。というより、話す機会もなかっただけであるので折を見て話そうと思うのだが、今のシリウスの反応を見るに後日にした方が良さそうであった。
そしてシリウスを連れて、図書館の郷土史に関する本棚と蔵書から山の伝承に関わるモノを片っ端から取り出してテーブルに乗せる。単純にこの地域の歴史を記した本から、祭りや神事に関わる本、そして本命の地域の山岳信仰に関わる本を並べる。
「稀人、異界、マヨイガと異世界に関わる伝承があったら俺に教えてくれ」
「ったく、こんなこと調べてトレーナーに何の関係があるんだか……これが終わったらビリヤードに付き合ってもらうからな」
「ビリヤードか……二ヶ月ぶりだが、俺は結構強いぞ?」
なにせ大学時代から万札を賭けてゲームを楽しんでいたのだ。よく遊ぶ仲間たちは賭け事が大好きで、勝負となれば必ず金を賭けていた。だからなのか俺たちは遊びに関しては常に全力だったので、大抵の勝負事には強くなり技術も磨きが掛かっている。
「ほぅ……そりゃ楽しみだぜ。その自信あり気な表情――腕前を見せてもらうからな」
「遊びに常に本気だった俺たちの青春時代の集大成だから……期待しておけよ」
不敵に笑うシリウスには悪いが、たかが学生如きが俺に敵うとは思えなかった。ビリヤードはウマ娘の腕力など関係ない純粋な技術勝負。こちとら万札が行き交う鉄火場で鍛え上げられた腕なのだ、身体能力による差があろうと負ける気がしない。
俺たちは郷土史の資料に目を通すが、挑発的な視線をたまに寄越しながらも恐ろしい速度で本の中身を捌いていくシリウスはニヤリと笑っている。
「マスワリは当然出来んだろうな?」
「最高記録なら4連続だな。相手がミスしなければ、もっと行けたがな」
ナインボールにおいて、相手に順番を回さずにゲームを終えることをブレイク・ラン・アウトと言う。それをマスワリと呼び、つまりはパーフェクトゲームを互いに達成させてどちらかがミスるまで続けるという、対人戦というよりも自分の技術と精神力を試される熟練したプレイヤー同士だとたまに起きる状態だ。
「こっちも4連続だな。相手に恵まれれば私ももっと上を目指せたんだが……な。対人戦じゃなけりゃ、いくらでも記録は伸ばせるだろうがゲームってのは相手が居てこそだ」
「同感だ。ソロのナインボールでマスワリを何回続けても、失敗できないというプレッシャーがなければ記録としては自慢にならないからな」
「勝負にはプレッシャーがなくちゃな。なら賭けようぜ」
「いいぞ、何を賭けるんだ――――――んっ?」
賭けるという言葉に俺が視線を上げると、シリウスは指先をピンッ!とこちらに伸ばして俺の鼻先を突く。そして御馳走を前にした犬のように唇を舐め回して獰猛に笑い。
「勝ったら……トレーナー、アンタをもらうぜ」
「俺はモノではないが、その場合はシリウスが負けたらお前は俺の……なんだこれ?」
シリウスの言葉に答える前に、自分が調べていた本の山に関する伝承の部分が破り捨てられていることに気付く。前後のページ数からして僅か2ページであるが何者かが明確な意図をもって破いていた。
「シリウス……話の途中で悪いが、山に関する伝承の部分を全て洗ってくれ」
「…………?ん、どうした……山の伝承に何が――――破られているな」
残された本の全てを急いで調べたところ、見事に山に関する伝承の部分は全ての本のページで破り捨てられていた。試しに郷土史に関わる関係のなさそうなものでも、必ずと言っていい程にある部分ではページが破られている。
それはまるで何者かが知られたくない情報を隠蔽するかのように、それでいてその隠蔽の仕方があまりにも乱暴で、まるで見られたくないから無理やり隠すかのような杜撰さで――
「子供がやったみたいだが……やっといて罪悪感に駆られたのか、拙い文字でメッセージを残すとか何がしたいんだか……どうしたシリウス?」
「んっ?あぁ……この文字と言うか、こんな風に喋るやつが居てな……でも記録じゃ、このメッセージが書かれたのは12年も前だから無関係だと思うのだが……」
――シリウスが本の最後のページに貼られた破損記録の日付のスタンプを確認して呟くので、俺は破かれている本のページの部分に書かれているメッセージを見て。
「『謝罪ッ!こうしなければならないのだ!』か……12年も昔じゃ、俺とは完全に無関係だよな……全く、子供のイタズラなのか知らないが、調べ物をするこっちの身にもなって欲しいもんだ」
「他の図書館でも本はあるがそっちで探すか?」
「いや、今回はもういいや。それより気分転換に玉突きに行こうか」
「そうだな、なんか気味が悪い。私の行きつけのビリヤード店があるからそこで勝負と行こうじゃねぇか……ッ!」
調べ物をする気分でもなくなったので、図書館の司書さんに一応は本の破損を伝えて、シリウスとともに図書館を後にして行きつけのビリヤード店へと向かうことにした。その道中で勝負に何を賭けるかシリウスと話題にしながら、ふと視線を感じて駐車場に顔を向ける。
「どうした?トレーナー?」
「いや、なんでもない。どうやら俺の気のせいみたいだ」
黒塗りのハイヤーから視線を感じた気がするのだが、スモークガラスの向こう側に小さな人影が見えるだけで、ただ通りすがりの人たちに視線を向けているだけだと思い直して再び歩き出すのだった。