登山中に滑落事故で頭を打った俺は、漆黒の髪を持つウマ娘と『お友だち』に助けられて奇妙な世界に迷い込んだのだけど、これからどう生きればいいんでしょう?   作:たたたった

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一等星の祝福

「異世界から来たってのは本当なのか、トレーナー?」

「あぁ、本当だぞ。稀山での滑落事故から気が付いたらこの世界に居た。証拠としてお札やスマホの写真を見せただろう?」

 

 トレセン学園の理事長が去ってすぐにゲームを再開した俺たちであるが、メンタルが万全ではなくなった俺はブレイクショットでミスをしてシリウスに敗北を喫することとなった。

 そして賭けの景品である俺の『秘密』をシリウスは望み、休憩室のテーブルに座り全てを明かす事態となったのだが、彼女にとっては想定外な俺の『秘密』だったのか、俺の世界の紙幣やスマホの中の写真を見て頭を抱えてしまう。

 シリウスにとっては俺の『秘密』もそこまで大したものではないだろうと、高を括っていたのだろうが流石に異世界漂流者となると現実を受け止めきれないようだ。

 

「神様に幽霊と続いて異世界人か……全く、私の周囲はオカルトのトンデモが現実になって笑うしかねぇぜ……」

 

 ったく、なんでこんな目に遭うのかねぇ、と呆れたように首を振るシリウスはもう随分と鍛えられている。最初の頃は怪異と見るとウマ耳をヘタレさせていたのに、今ではもう日常の一部として認識しているようだ。

 俺はそんなシリウスの成長に感動していると、彼女はふと何を思ったのか顎に手を当てて首を傾げる。

 

「しかしトレーナーは何処で理事長と知り合ったんだ?あのご執心具合からして、相当に深い関係になるほどの何かがあったんだろ?」

「俺にも分からない……分かっているのは12年前に俺は理事長と出会って、ああなってしまうほどの関係を結んだことくらいだ」

「は?何を言ってるんだ?トレーナーがこの世界に来たのはつい最近なんだろ?」

「いや、どうやら近い将来で俺は過去にタイムトラベルしてしまうらしい」

 

 神様、幽霊、異世界人の次はトドメとばかりにタイムトラベルが現実に起きるという事実に、シリウスの頭が理解を拒んだのか呆けた表情でフリーズしている。頭に疑問符すら浮かばないレベルで、本当に俺の言葉の意味を咀嚼出来ないようだ。

 

 あっ、シリウスがとうとうキャパシティーを超えて宇宙猫になった。

 

 驚いたような表情で口をポカンと開け、そしてウマ耳はピンッ!と立ったままに微動だにしない背景に宇宙が浮かんだようなシリウスの姿は、ちょっと間の抜けた感じがして可愛い。だが、このまま放置しておくと何時間でもそのポーズのままに動かない気がしたので会話を続ける。

 

「どの時点でタイムトラベルが発生するかは明らかではないが、俺は過去にタイムトラベルをするのは確定事項らしい。まぁ、未来の俺の情報だからどこまでが確かかは分からないが、あのメッセージ通りならば――――しばらく過去で暮らすことになる」

「は?えっ……あっ、ちょっと待てよ……そのしばらくってどれくらいなんだ?」

「12年前に俺と関わりを持った人ならばその答えは知っているが、過去の出来事を変えたくないのか情報を渋ってるからなぁ……今のところは全てを知ってそうなのは理事長だと睨んでいるのだが……まぁ、どっちにしろ一瞬で帰ってくることになるはずだが」

「んっ……?過去でしばらく過ごすのに何で一瞬で帰ってくるんだ……?」

 

 どうやら俺とシリウスの間には認識の齟齬があるらしい。というよりも、俺は既に未来の俺からのメッセージの中で映画を通してヒントを貰っているので、このタイムトラベルは俺の体感時間上では数か月になるかも知れないが、この時間軸では一瞬の出来事であるはずだ。

 再び宇宙猫になるシリウスに俺は壁の黒板を通して図解で説明してやることにした。

 

「――――簡潔に言うと、今の時間軸では過去の出来事は既に起きたことであって……たとえ、向こうで何か月単位で過ごそうとも、再び元の時間軸に戻れば俺の主観では長期間の過去への滞在になるが、シリウスの主観ではほぼ一瞬の出来事で終わる訳だ」

「なるほど……時間軸は一本の線である以上はそうなるのか」

 

 やはりシリウスは地頭が良いのか、簡単な図面での解説でも一瞬で理解してくれた。

 だが実際には俺の身に起こるタイムトラベルには不確定要素が多すぎるので、結局のところは体験しなければ分からないことを付け加えて説明していると――

 

「つまりグダグダと私たちで話し合っても埒があかねぇから、この話題は打ち切りにするぞ。もうトレーナーの『秘密』は十分に聞いたし、休憩も取れたことだからゲーム再開だ!」

「そうだな、こればっかりは実際に体験しなくちゃ分からん問題だしな」

 

――面倒な話題はさっさと切り上げてシリウスはよしっ!と言う声とともに立ち上がると、大きく背を伸ばして竹を割ったように快活に笑う。

 

 今が楽しくて仕方がない、まさにそう言う言葉が似合うシリウスの笑みは真っ直ぐに俺へと向けられて、まるで遊園地で親を急かす子供のように俺の腕を掴んでビリヤード台へと引っ張るシリウスは心底楽しそうである。

 

「しっかし、私の周囲は本当に面白くなってきたじゃねぇか……ッ!神様はもう御免だが、『お友だち』に異世界人に時間旅行と――ハハッ!まるで物語の世界の住人になったような気分だぜ!」

「まさに青春の絶頂期って感じで羨ましいよ、シリウス」

「クッハッハッハッハ!そんなに羨ましいなら、私の幸せをトレーナーに分けてやるよ!一緒に居れば、私たちは最高だ……ッ!もうずっと傍に居たいくらいだぜ!なぁ、だから本当に私たちは――――――一緒にならないか?」

 

 華咲くような笑みから一転して、僅かな静寂の間の後に真剣な表情で告白するシリウスに対して俺はその頭を撫でてやりながら本心から答える。

 

「お前が大人になったらな。そういう感情は大切に温めて形になってから向き合った方が良いぞ…………まだお互いのことを知らないのだから」

「…………なら、互いのことをもっと知ったら私の思いに応えてくれるのか?」

 

 即答しない俺に少しだけふてくされるシリウスは、ずいっと前に一歩進んで俺の目と鼻の先でそれでも攻める。お互いのことで視界が埋まるほどの距離、そして生暖かい吐息が掛かるほど近くで、そのシリウスの瞳は俺の心の奥を見通そうとするかのように見つめる。

 僅かに早まる呼吸、ブレる瞳はそれでも俺を離さないままに、答えを聞くまで絶対に逃がさないというプレッシャーの中で俺は――

 

「その恋は徒花で終わるかも知れないぞ?俺がこの世界に突然来てしまったように……ある日、ふとした瞬間に元の世界に帰るかも知れないぞ?」

「ハッ!私が徒花に終わるかも知れない恋だからと知って――――臆すると思ってるのか?欲しいモノには貪欲に真っ直ぐに突き進むのが、シリウスシンボリ様だぜ?失うことが怖くて手を出せないようなウマ娘だと思うなよ?」

 

――そう忠告するが、一等星は決して揺るがなかった。瞳の輝きはギラギラと鋭さを増し、狙った獲物の喉笛にいつでも噛みつけるように俺を壁際まで追い詰める。

 

「逃げんなよ、トレーナー」

 

 だがそれでもシリウスは決して一線は超えない。これだけ俺を壁際に追い詰めても指の一本も触れずにギリギリの所で踏みとどまっている。あくまでも俺の意思を尊重し、そして求められることを望んでいるシリウスは答えを待っていた。

 互いの鼻先が付きそうな程の距離で、ほんの少し頭を動かせば唇が触れてしまうだろう。

 

「言葉はいらねぇ……応えてくれるだけで良い――――嫌なら私を突き飛ばせ」

 

 強引でワイルドな告白方法に俺はどうすれば良いか悩んでいた。

 今のシリウスを相手には本気で拒絶する勢いで突き飛ばさなければ動かないだろう。それをしてしまえばシリウスの心に深い傷が残るのは明白であるが、もし応えてしまえば俺は超えてはいけない一線を超えることとなる。

 

 そんな顔をするなよ……シリウス。

 

 俺がこの場をどう切り抜けるかを考えて行動を躊躇していると、シリウスの瞳には怯えへと不安の色が滲み始めた。それは幼子が自らの失敗を悟ったときに見せる表情のように、少しずつではあるが強気で自信に満ち溢れた顔からは恐怖の影が現れる。

 

 自分が強引に迫ったせいで、嫌われてしまったんじゃないかという不安。

 このまま拒絶されれば自分たちの関係が終わってしまう恐怖。

 今まで俺たちが築いてきた全てが終わってしまう絶望。

 

 今のシリウスの内面に渦巻く感情が表出するように、目に涙を溜めて唇が震え始めてウマ耳はへたりこむ。そして伝播する恐怖は全身に伝わり、激しい震えを見せ始めるので俺はとうとう見ていられなくなり――

 

「あっ…………」

「根負けだシリウス。いいかこれはあくまで一時的な措置であって、本当にシリウスの気持ちに応えた訳じゃない――――ただ、今のお前を見ていられなくなっただけだ」

「それって……つまり――――」

「――――シリウスの気持ちが本物か確かめるチャンスをやる。しばらく互いのことを深く知るために…………付き合ってやるよ」

 

――俺はシリウスの身体を抱きしめた。まるで極寒の中にいるかのように震えていたシリウスの身体は、まるで陽だまりの中にいるかのような安堵の吐息と歓喜の感情を全身から発露させながら俺の腕の中で鎮まる。

 

「言ったな……ッ!付き合うと言ったな……ッ!!なら今日から私たちは恋人だからな!?もう応えたんだから取り消しはなしだぞ!ハハハッ!やった……私はついにやったんだ……ッ!!心の底から求めていたモノが私を受け入れてくれた……ッ!あぁぁ゛ぁぁ゛……最高だ……こんな最高なことってあるのかよ……ッ!」

「本気で付き合う訳じゃないからな……あくまで俺が折れただけの一時的な――――ッ!」

 

 瞬間、唇に柔らかなものが触れたと思うと、シリウスは顔をそっと離してまるで凪いだ水面のような表情で小さく笑みを作りながら。

 

「なら、私が本気にさせてやる。たとえトレーナーにとっては恋人ごっこだろうと……私のことを本気で求めたくなっちまうほどに――――魅了して虜にしてやるからな」

 

 それは俺に対しての宣戦布告。そして今度はシリウスの方から俺を抱きしめながら、高鳴る鼓動をその身で感じて、ホールドされたまま身体をグルグルと他の客が見つめる中で回しながら高らかに幸せそうに笑う。

 

 なんかノリで他の客たちが拍手してるけど違うからな……ッ!これは告白成功した訳じゃなくて、あくまでも俺が根負けして一時的な恋人ごっ――――――――ッッ!!

 

 まるで遊園地のコーヒーカップで目を回すような酔いが支配する中で、突如として全身に怖気が走り、目まぐるしく変わる視界の中で暗い影がこちらを見ていた。

 

『…………抜け駆けなんて許さない』

 

 地の底から響くような負の感情を伴う低い声がビリヤード店に響き渡る。だが、周りのヒトたちは誰も影の声が届いていないので、幽霊か妖怪かそれらに類する存在はジッと俺たちを見つめていた。

 それはウマ娘の輪郭をした暗い闇。揺れる陽炎のように影が蠢き、まるで猫のような大きな金色の瞳の縦に割れた瞳孔が俺たちに焦点を合わせて――

 

『私の大切な『理解者』を奪わせませんからね……』

 

――そう囁くとともにウマ娘の輪郭をした闇は霧散して、残されたのは喜びに溢れたシリウスと祝福するビリヤード場の客、そして謎の存在が誰かを直感的に理解した俺は深く目を瞑り。

 

「解放されたらすぐに電話しなくちゃ……」

 

 この騒ぎが終わったら、すぐにでも誤解を解くためにマンハッタンカフェに電話をすることを決めるのだった。

 

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