登山中に滑落事故で頭を打った俺は、漆黒の髪を持つウマ娘と『お友だち』に助けられて奇妙な世界に迷い込んだのだけど、これからどう生きればいいんでしょう? 作:たたたった
「昼間から飲むビールは最高だぜ」
俺は初夏の日差しが降り注ぐ雑居ビルの屋上にあるビアガーデンで、ソーセージにポテトに唐揚げと油物をテーブルに並べて飲んでいた。まだ午後4時という時間帯であり、空席が目立つテーブルの隅の方で一人青い空を眺める。
社会人としてのスーツを着た状態での酒飲みはどこか後ろめたさを感じながらも、マンハッタンカフェとシリウスのやり取りを考えると飲まずにはいられない。
「当人抜きの話し合いって大抵は上手くいかないんだけどなぁ……でも、これは彼女たちの問題である以上は俺が間に入るのは許さない感じだったし……仕方ないか」
本日二本目のビールジョッキを呷りながら、シリウスの一件を電話でマンハッタンカフェに伝えたことを酔いの回った頭で思い出しながらパンにウインナーを挟んで口に運ぶ。ほどよくスパイスの効いたケチャップにマスタードの香りは鼻腔を擽り、歯ごたえのあるソーセージとパンの柔らかな感触と滲む甘さとソースの辛さはとても美味しい。
――ピロン!
「おっ……?シリウスから連絡が来たな。私たちは仲良くやってるから心配するなか……背景が施工中のビルの鉄骨の見えない場所じゃなかったら俺は一安心だったんだがな……」
ウマラインの通知には、シリウスシンボリとマンハッタンカフェが2人仲良く笑みを浮かべて自撮りしている写真が写っているのだが、この露骨に仲良くしてますアピールの写真に似つかわしくない施工中のビルの背景がとてつもなく俺の不安を煽る。
まさか殴り合いとかしないよな……?いや、そもそもマンハッタンカフェには『お友だち』が居るから、物理的な話し合いになったらシリウスに勝ち目はないが……それにマンハッタンカフェはそんなことをするウマ娘ではないから大丈夫なはずだ……。
事前の両者を交えた電話によって、『個人トレーナー』としての俺の扱いに対する相談を2人はこの施工中のビルの中で話し合っているはずだ。互いにトレーナーとしての俺になにを求めるのか、超えてはいけない一線についての線引きについて、両者納得するまで膝付き合わせているのだろうが、途中でリアルファイトに発展しないか心配でたまらない。
そもそも俺にウマ娘のトレーナーとしての技量はないので、一体どのような取り決めをするのか一切謎であるし、こういうことは『個人トレーナー』の俺を含めて話し合うのが筋であるはずが、シリウスもマンハッタンカフェも断固反対した。
心配だなぁ……個人トレーナーとしての仕事なんて全く知らない俺が出しゃばっていい問題なのかも分からないから――――あっ!ちょうど良い相談相手がいるじゃないか!
俺はスマホの連絡先に『秋川やよい』の項目がいつの間にか入っていた。本当に何故かは知らないが、どのようなトリックを用いたのか手持ちのスマホの全てに『秋川やよい』に関する、プライベートの電話番号にSNSの全てがインストールされている。
それを最初に発見した時は背筋が凍ったものだが、トレセン学園理事長という数多のウマ娘たちやトレーナーを導いた超一流の指導者であれば、この状況に対する答えを持っているはずだと電話番号をタップする。
――――ちなみにメモ欄には『渇望!国男が私を求めることを望むっ!』と書かれているので、いきなり不躾であるが電話しても問題ないだろう。
「国男!わたしとトレセン学園で働く気になったのだなっ!」
そして電話のコールが鳴った瞬間に秋川やよいは電話に出た。俺は用件を切りだそうとするよりも、夕暮れの鋼の騎士よりも速い刹那の見斬りに言葉を失っていた。ワンコールが終わるどころか、繋がって0.1秒で電話に出たとしか思えない速度に背筋が冷たくなる。
そしていつの間に俺がトレセン学園に就職することが大前提のように話しかけてくるので、掛かるやよいを落ち着かせるように静かな声音で話をする。
「いえ、今回はその件ではなく……お時間がありまし――――」
「余暇ッ!今のわたしは暇であるっ!時間はたっぷりとあるので、電話ではなくお互いに顔を合わせて回転寿司で話をしようじゃないかッ!」
なぜ回転寿司?こういうのは喫茶店とかの場所じゃないのかな……?それともウマ娘の居る世界では本格的に食事をしながら話すのが通例なのだろうか?
やよいの言葉に頭に疑問符が浮かぶが、異世界での常識やマナーに疎い俺はこういう場合は回転寿司などに誘うのが良いということを頭に留めて――
「分かりました。それでしたら待ち合わせの場所は何処にしましょう?」
「ウマ堂のビルの正面に車を回そうっ! こちらから出向くノで二十分程は待ってくれないだろうか!」
「…………………………………………………………………………はい」
――俺はそっと首を回して、ビルの屋上にデカデカと描かれているウマ堂というビルの名前の入った会社のマークを見ながら、しばらくの沈黙のあとに返事をする。何故、やよいが俺の居場所を知ってるのか問いただしたいのだが、藪蛇になったら怖いという思いとともに、相手は社会的な立場のある人物なのでスルーすることにした。
「あっ、すいません。今の私はビアガーデンで少々飲んでまして……酒の入った状態で会うのは失礼だと思うのでまた後日に――――」
「大丈夫であるッ! むしろ酒を飲んでいた方が話しやすいであろう! 確かにわたしは学園長として立場があるが、国男はなにも気にする必要はない! いや、お互いに腹を割って話すのであれば国男はもっと! もっと! 前後不覚になるまで飲んでもわたしは構わないッ!」
酒を口実にキャンセルを申し出ようとしたが見事に失敗し、むしろ前後不覚になるまで酔っぱらっても構わないと言われて貞操の危機すら感じてくる。そして自分から電話した手前、ここで無理に断るのは難しく俺は泣く泣く折れることにした。
「酒はほどほどにします。それにやよいさんは未成年ですので、私だけ酒を飲むというのも気が引けますしね……はい、では今から二十分後にビルの正面で会えるのを楽しみに待ってます」
「っ~~!!うむっ!身支度を整えてすぐに出発しようではないかっ!それで―――――このわたしでしかない解決できない相談事を聞かせてくれたまえっ!」
「…………やはりお気づきですか」
「わたしはトレセン学園の理事長であるぞッ! そして国男の一番の理解者であったのだから、何を悩み苦悩しているかなどお見通しであるッ!」
やはり外見は子供といえども、日本でも一大スポーツの根幹を支えるトレセン学園の学園長。その慧眼は僅かな会話ですら察して、ちょっと掛かり気味のところを除けば恐ろしい程に頭のキレる少女である。
あと最後に『一番の理解者であったのだから』と過去形で意味深なことを言うのはやめてほしい。なんだかとてつもなく気になるし、そして聞くと後戻り出来なくなりそうな話題は地雷にも程がある。
「ところで国男はウィスキーなどの度の強いお酒は大丈夫であるかっ!」
「えっ……はい。一応は飲めますが――」
「――なら、リムジンの中でとびきりに強いお酒を用意しておこう!」
――――いや、やっぱり成人男性をお持ち帰りしようとするやよいは、頭のネジがぶっ飛んでいるだけであると俺は再確認した。
「それではウマ寿司に行こうではないかっ!出発である、たづなッ!」
そして二十分後には、黒塗りのリムジンの後部座席にやよいと一緒に座っていた。正面には『ウマ魂』なるアルコール度の高いウィスキーに割った氷が置かれ、まるで俺が飲むことを前提にしているかのようにグラスが備えられている。
いや、飲まないからね!普通に考えて少女の前で自分だけ酒飲むとかダメ男にも程があるだろう!
良識と常識のある社会人ならば確実に飲まないし、俺のことを一番の理解者とやよい自身が評するならば、過去の俺はとんでもないクズであると認識されていることになる。そしてやよいは酒に手を付けない俺を不思議そうに見つめ。
「飲んでよいのだぞッ!さぁ、遠慮せずにグイッとボトルごと飲み干したまえ!」
「やめてください。急性アルコール中毒で死んでしまいます!」
上司に飲み会で酒を強要される部下のような会話をしたあとに、やよいは自然に腕を絡めて上目遣いでこちらを見やる。俺は唐突な凶行にビクッと震えてしまうが、そんな子猫のような反応が楽しいのかやよいはクスクスと笑い。
「はっはっはっ!まるで幼いわたしを見ているようであるぞ!あの頃は国男に対しても、このような態度で接していたのが懐かしい!」
「過去に関することは聞けませんが……俺は本当に手は出していませんよね?」
「残念ッ!一切そのようなことがなかったのが……心残りであるッ!」
「よかった……」
俺は過去に魔が差して幼女に手を出してしまったのではないかと、戦々恐々であったがどうやら俺は手は出していないらしい。というより、むしろ手を出されて欲しかったとボヤくやよいは本当にやめて欲しい。
今ですらギリギリの年齢差なのに、こんな会話を聞かれたら逮捕されちゃうよ!
少なくとも今のやよいは十代半ば程度であると睨むが、それでも二十代半ばの成人男性と一緒にいるのはあまりよろしくない。そんな気を知っているであろうやよいも、むしろこんな状況を楽しむように扇で口元を隠しながら笑みを浮かべて――
「いつでもわたしの下に来て良いのだからなッ!生活の保障をすると言うのに意固地にならなくともいいではないか!」
「こっちには成人男性のプライドがあるんだよぉ!」
「うむ!やっと昔の国男に戻ってくれたなッ!そんな大人としての仮面など脱いで、本当の国男の顔を見せてくれたまえ……!!」
――酒も入っていることもあり、自分を取り繕えなくなった俺はだんだんと地が出てくるのをやよいは喜ばしそうに受け入れて、ふとバックミラーに映る緑色の服を着たたづなという運転手は複雑そうな瞳でこちらと目があった。
「私が捨てたのに……今更ですよね……」
「えっ?」
その呟きの意味がなんだったのか、俺は皆目見当は付かなかったが、その意味の真意を知るやよいは、目を見開いて一瞬だけ強くたづなを睨んだことを俺は見逃さなかった。