登山中に滑落事故で頭を打った俺は、漆黒の髪を持つウマ娘と『お友だち』に助けられて奇妙な世界に迷い込んだのだけど、これからどう生きればいいんでしょう? 作:たたたった
「うむ!やはり寿司はマグロに限るなッ!ほら、国男も遠慮せずに食べるのだッ!特にこの店のマグロは産地直送で鮮度が良く――――んっ~~ッ!美味ッ!」
赤身、上マグロ、炙りマグロ、漬けマグロ、中トロ、大トロとテーブル席でマグロ祭りを始めるやよいは豪快に寿司を食べ始める。箸に摘んだ握りに醤油を少しだけ浸けて口に運び、舌に伝わる感触に目を輝かせる姿はとても微笑ましく尊いものに俺は感じた。
やよいがさっきからマグロしか食ってねぇ……ッ!いや、好みのモノをたくさん食べたい年頃なのだろうから良いとして……しかしなんで帽子をさっきから脱がないのだろうか?
「なぁ、やよ――――」
「どうした、国男?」
「いや、やっぱりなんでもない……それにしてもマグロが好きなんだな」
「うむっ!マグロこそが寿司の王様であるッ!この赤く艶やかな切り身の美しさと、舌で感じる味わいの深さはとてもわたしの好みであるのだッ!」
やよいは食事中でも帽子を脱がなかった。つばの広い帽子を被ったままでは食べにくいと思い、最初はそれを指摘しようとしたのだが、もしかしたらセンシティブな問題を頭髪に抱えてる可能性を考慮して言葉が出掛かる寸前で会話を逸らした。
もしこれで帽子を脱いだやよいの頭髪が、パワハラヒーローによって毛根が死滅しかかったCEOのようになっていたら俺は絶対に言葉に詰まるし、せっかくの御馳走を前にして瞳を輝かせるやよいを曇らせたくはないのだ。
「ほら、わたしだけを見てないで国男も食べるのだッ!この特上握りの大トロなど美味であるッ!口を開いて……ほら、あーん」
そんな不埒なことを考えていると、やよいは箸に摘まんだ寿司をこちらに伸ばして食べさせようとしてくる。まるで親鳥が雛鳥に餌を与えるが如く、甲斐甲斐しくも使命感に燃えている姿は――――
「やよい……人目を考えような。うん、流石に少女に食事の世話をさせるのは色々と体面というか世間体がマズいのではないかな?」
「論破ッ!そもそも国男はこの世界の人間ではないのだから、世間体も問題ないだろうッ?!」
「客観的に絵面がマズいんだよ!少女に寿司を食べさせて貰うとかどんだ――んぐっ!」
「杞憂ッ!わたしが国男に寿司を食べさせたいのだから、この気持ちは素直に受け取るのだッ!」
――開いた口に特上大トロをねじ込まれた俺は、そのまま咀嚼をして寿司を味わう。これは確かにやよいの言うようにとても美味しいと味わっていると、やよいはとても嬉しそうな表情で俺を見ていた。
「ほら、美味であろう?先ほど、わたしがが片方を食べたのだから……お互いに特上握りの大トロの味を共有したのであるッ!これで一つ積み重ねが生まれたのだぞ!」
「積み重ね……?」
「痛感ッ!わたしたちにはあまりにも積み重ねがなさすぎるのだッ!どれだけわたしが国男を知っていようとも、今の国男はわたしのことを知らないッ!だからこそ、お互いの事を深く知るべく、こういう小さな二人だけの思い出を積み重ねていきたいッ!」
「積み重ねか……俺とやよいの過去?いや、俺にとっての未来ではどんな積み重ねが俺たちに起こったのかな?」
「ふむ……そうだな……ふむ――――ッ!?ふむ……うむ……むっ~~ッ!!」
その俺の言葉にやよいは真剣な表情で顎に手を当てて考え込み、ちらっ、ちらっ、とこちらを何度か視線を送った後に慌てて目を伏せて顔を赤らめるので、全身から嫌な汗が滝のように流れでる。
何もしてないよな……?何もしてないよな……未来の俺?!なぜ、やよいはそんな視線を向ける?!悶える!?待て待て待て――――時期を考えればまだ幼女……おい、オイオイオイッ!本当に大丈夫なんだよな?!
「ッ~~~~!!これは国男とわたしの因果に影響が出るかも知れないので……素晴らしき関係であったとしか言えないのだッ!まさに天晴ッ!わたしたちは最良のパートナーであったのであるッ!」
「幼女と最良のパートナー……?えっ、なにそれこわい」
過去を思い出しているのか、やよいはギュッと両の掌を握り首筋を上に向けて悶えている。まさに最高、絶頂と言った言葉の体現であるかのように、はたまたはワサビの効き過ぎで堪えているかのような絶妙な表情はひたすらに俺の恐怖を煽る。
何が一番怖いかと言うと、やよいのした経験は起きてしまったことであり、つまりは取り返しのつかないことを既に未来で俺はやらかしているのだ。
幼女に俺は一体何をしたんだ……? 完全に修復不可能な程に男性観を破壊し尽くされているぞ……これ責任取らないといけないのか? 未来の俺がしたことは、過去の俺が責任を取らないといけないのか?!
時間軸の異なる自分自身ははたして同一であるといえるのか、という時間旅行モノのテーマになりそうな命題を前にして俺は頭を抱える。これが単なる一目惚れのような外見だけで判断されるならば、いくらでも価値観の是正は出来るのだが――
「わたしは国男の全てを知っている。家族、友人、仕事、趣味、食べ物の好み、性格、好きなモノ、嫌いなモノの全てを知っているのだッ!わたしはだからこそ、国男の人となりも行動も全て見た上で決断したのだッ!これを受け取り、過去から戻ってきたら開けて欲しい――――そして返事を聞かせてくれたまえッ!」
「この箱……えっ、ちょっと待って……これってこんや――」
「黙秘ッ!もし中身をどうしても知りたいのならば開け給えッ!だが、その場合はわたしは手段など問わずに行動に出るから覚悟をするようにッ!」
「分かった……過去から帰ったら開けてみるよ」
――目が本気になったやよいを止めることなど出来なかった。外堀を凄まじい勢いで埋めていき、退路も補給線すら断ったあとに俺に有無を言わせぬ選択肢を突き付けてくる。
それは小さなブルーのリングケース。一目で高級なブランド物であると分かる装飾に、金字で彫られた蹄鉄のマークは誰がどう見ても中身が何であるかを思い当たるであろう。
これが本物の獲物を逃がさない狩人の行動力……流石はその年齢で理事長になるほどの実力者だな……ッ!
シリウスシンボリの行動が児戯であると思える程に、トレセン学園の理事長であるやよいの行動は電光石火の勢いであった。隙を与えない、選択肢を狭める、この先に誰かが俺にアプローチをしてこようとも先約があるという状況、詰将棋のように淡々とであるが確実に俺を手籠めにしようと動いている。
「わたしはもう我慢などしないのだッ!二度と奪わせたり、失ったりなどさせぬからなッ!」
略奪ッ! と書かれた扇子をビシッとこちらに向けて宣言する。欲しいヒトは全力で手に入れるという熱意と執着を宿した瞳は真っ直ぐにこちらを射抜きながらドスッという勢いで椅子に座った瞬間――
――不釣り合いなピンクの玩具の指輪を通した銀のネックレスが一瞬だけ垣間見えた。
「爽快ッ!この十数年に溜めに溜めた感情の発露はなんと心地よいのであろうッ!いつもより寿司が美味しく感じるのであるッ!」
やよいはとてもスッキリした表情でマグロを食べ始める。それはとても美味しそうで、瑞々しい新鮮な赤身と白米の握りを口に運びながらも視線はこちらから外さずにテーブルに置かれたリングケースを受け取るのを待っている。
受け取らなきゃ……ダメだよな。12年もの間、ずっと俺を待ち続けてきたやよいの思いを無下にすることは俺には出来ない。過去で何が起きたにしろ、この少女の思いは本物であるのだから。
「予言ッ!国男が過去から現代に戻って来た後、必ずわたしの下に来るのであるッ!」
「その自信は何処から来るのか気になるが……もし外しても恨むなよ?」
「はっはっはっ!国男がわたしを迎えに来ない筈がないであろう?」
「その絶対の自信が怖いのだが……まぁ、いいか」
まるで西から太陽が昇り、東に沈むという不変の真理を語るかのように『愉快ッ!』と書かれた扇子を仰ぎながら快活に笑う。俺はその根拠はなんなのか問いたい気分であったが藪蛇になるのは怖いので黙る。
「それでは国男?わたしに相談があるのであろう?食事をしながら、国男を悩ませる問題をわたしに話してくれたまえッ!」
「んっ?あぁ……ちょっとした悩みなのだが――――」
そして俺は食事を交えながら、マンハッタンカフェとシリウスシンボリの個人トレーナーの契約をしたことを話し始めることにした。
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「まぁ、そうなるよなぁ……。でもマンハッタンカフェとの関係だけは死活問題であるし……」
夕暮れの公園で、俺はベンチに座りながら酔いを醒ますように茜色の空を見上げていた。少年少女たちはまだ家に帰らないのか、子供の笑い声が響いている。そんな中で回転寿司屋で話したやよいの言葉を脳内で反芻する。
「制度の個人的な利用は看過できないか……本来なら、トレーナーが付かないウマ娘たちの為に用意された学園の苦肉の策だし――そりゃそうだよな」
在校生2000人。日本中からトップアスリートになるべく集められたトレセン学園の抱える問題の一つである、学生の数に対してトレーナーの不足から十分な指導が生徒全員に行き渡らないという不平等な現状。
元より東大以上に合格することが難しい中央トレーナーの資格は、その狭き門であるが故に生徒の数に対してトレーナーの絶対数が少ないのだ。そしてトレーナーのキャパシティから、必然的に受け持つ担当のウマ娘の数は限られて、芽の出ない、才能がないと見限られたウマ娘たちは落ちこぼれとして燻ることになる。
そんなウマ娘たちでもチャンスを与える為に、学園外でトレーニングを監督するトレーナーを雇う制度を専属のトレーナーが付いているウマ娘たちが利用するのは間違っているよなぁ……。
俺としては個人トレーナーに興味はない。マンハッタンカフェとの関係も個人的に続ければいいのだが、なぜかシリウスもマンハッタンカフェもトレーナーという立場をある種の神聖視をしているのか、その立場に俺を置きたがるのだから困りものだ。
しかし学園の理事長から直々に、メッ!された以上は、この個人トレーナー契約を破棄せざるを得ないのだが――
「よっしゃ!それじゃ、そろそろお開きとしようや!チビたちはお家に帰る時間やで!」
「え~~ッ!!もっと、タマ姉ちゃんと遊びたいよ!」
「だっはっは!いつでも遊んでやるさかい!また今度で堪忍してや!」
――芦毛色の長髪に赤と青のカラーリングの縞模様をした鉢巻のようなリボンを付けたウマ娘が、集まっている子供たちに家に帰るように諭すのを見て俺は戦慄する。
「逢魔が時……あぁ、もうなんでこんな時にまた変なのが現れるんだよ……ッ!」
集まる子供たちの中に一人だけ、顔に黒いノイズの走ったような男子の姿で『このよではないもの』が子供たちに紛れて、大阪弁のウマ娘に対して異常な執着とも言える質の悪いオーラを垂れ流しているのが見えた。
そして恐ろしいことに、諭されて帰る子供たちの中でその『このよではないもの』だけがその場に残り――
「どした?家に帰らへんのか?家族が心配する―――――へっ?」
「あっ」
――突如として生活音の一切が消えた公園の中、その静けさに耳鳴りのする異常な状況で俺と事態が飲み込めず呆ける大阪弁のウマ娘は『このよではないばしょ』という異界に囚われるのだった。