登山中に滑落事故で頭を打った俺は、漆黒の髪を持つウマ娘と『お友だち』に助けられて奇妙な世界に迷い込んだのだけど、これからどう生きればいいんでしょう?   作:たたたった

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白い稲妻と黄昏公園

「生命の営みの消えた静寂が支配する黄昏の公園か……」

 

 俺はベンチに座りながら目の前の光景に目を奪われていた。沈む夕暮れの光を浴びて黄金色に輝く遊具、木々の煌めき、金色の太陽の美しさ、そしてそれらが落とす闇よりも深い影のコントラストに息を飲む。

 輝きの背後に必ずある影のように、金色に照らされるモノが美しく煌めくほどに影はそれ以外の全てを飲み込むように広がっていた。

 

 俺は怪異に惹かれやすい体質っぽいのは薄々感じてたけど、だけどそれにしたってどんなペースでこんな異常事態に巻き込まれるんだよ……ッ!

 

 視線の先には大阪弁のウマ娘が異変を察知して軽くパニックを起こしていた。目の前から子供が消えたと思ったら、世界から一人取り残されたような事態に陥っているのだから当然かもしれないが、慌てて周囲を見回すウマ娘はすぐに俺の存在に気付く。

 

「なぁ、そこの兄ちゃん!何か変やないか?!」

 

 焦燥の表情から一転して、この状況が自分一人だけでないことを知った大阪弁のウマ娘はホッとした表情で近付いてくる。ウマ耳は完全にへたり込んでいるのが見えたので俺は安心させるように落ち着いた声音で――

 

「落ち着いて……大丈夫だ。とりあえずは自己紹介をしよう――俺は個人トレーナーをしている遠野国男だ」

「なんや、兄ちゃんはトレセン学園の関係者やないのか……ウチはタマモクロス。トレセン学園の見ての通りの学生や」

 

 ――とりあえずは自己紹介。『このよではないばしょ』の脱出方法は知っているが、まずは互いに信頼関係を築かなければならない。ここでいきなり、俺たちは悪霊によって異界に囚われているから気を付けろと警告したところで信じてもらえないのは目に見えているから手順を踏むことにした。

 

 幸いにしてこちらはトレーナースーツと身嗜みは整えているので、タマモクロスはすんなりと俺の身分を信用してくれたようで安堵の表情を見せる。そして恐る恐る周囲を見回してまるで怪物に聞こえないようにするかのように声を潜め。

 

「なぁ、これはなんなんや……?何かのドッキリやないのか? 急に目の前からチビが消えたと思ったら、公園からウチら以外のヒトが消えたんやけど……それに風の音すら聞こえへんなんておかしいやろ……」

「確かにこの公園は何かおかしいな。とりあえず外に出ようじゃないか……街の方に行けばきっといつもの日常が待ってるはずだ」

「せやな……確かにここにおるんはあかん気がするわ。さっきから鳥肌が止まらへんし……」

「よし、ならさっさと場所を移動しよう」

 

 俺はタマモクロスに一切事情を説明しないことを選んだ。幸いにして『このよではないばしょ』と現実の境目となる場所は公園の出口にあるので、俺は自然と彼女を誘導して何事もなかったかのように異界から出す腹積もりだ。

 ここで幽霊や異界などと説明したところで、初対面のタマモクロスが信じないのは明白なので日常の中でふと見せる非日常の一部と思わせることにする。

 

 パニックにならせるな……落ち着かせろ。ここでホラー映画の定番のこんなところにいられるか!って叫ばれて個人行動を始めたら俺の力じゃウマ娘を止める手段はないぞ。

 

 タマモクロスと言うウマ娘は非常に小柄で、自己申告と学生服がなかったら小学生と思える程に背が低い。身長にして140センチあるかないかの彼女だが、これがただのヒトであるなら俺は未成年者略取による逮捕覚悟で抱えて強引に連れ出すが、ウマ娘では逆に返り討ちにされるので最善の方法が取れない。

 だから俺は先導する形でベンチから立ち上がり公園の出口に向かって歩き始めるのだが――

 

「なぁ、ウチの気のせいやと思うやけど……あそこに人影がおらへん?」

「あぁ……あれは蜃気楼の一種だな。たまに初夏の熱であんな影が見えるんだ」

「せやな……ははは、あんなチビなんておるはずないわな!おるはずない……おるはずないんや……」

 

――ここから百メートルほど先にある芝生の広場に、夕暮れを背にして立つ人影たちがこちらの方を向いていた。数にして五人であるが不自然な程にその輪郭しか見えず、まるで影法師のようにその場に佇んでいる。

 

「あかん……腰が抜けてもうたわ。膝が笑って動かへん……」

「きっと疲労が溜まっているだろう……ほら、おんぶしてやるよ」

「ははは……ほんまにすまへんな。ちょっと疲労が溜まってるみたいやわ……帰ったらマッサージを念入りにしてやらんとな」

「そうだな。帰ったら……しっかりとトレーニングの疲れを癒そうな」

 

 やはりタマモクロスの精神に限界が来ているのか、腰が抜けて涙目になっている彼女はもう全身の震えを隠す事も出来ない。一生懸命に目の前の事態はただの気のせいだと思い込もうとしているが耐えられなくなってしまったらしい。

 俺は想像以上に軽いタマモクロスを背負いながら、まるで何事もないように日常会話を続ける。

 

――――ぺたぺた

 

「ウチのことホンマに知らんのか?あの白い稲妻やで」

「知らんなぁ……そもそも白い稲妻ってなにを表してるんだ?」

「そりゃ、この自慢の足の末脚を見れば一目瞭然やで!ウチの走りは雷神様のような電光石火の走りなんや!」

「はは、その生まれたての小鹿のような足でか?」

「なんやと!今は疲労が溜まってこんなんやが……レースになったら凄いんやで!」

 

 公園の出口まであとどれくらいだろうか。歩いて数分もしない距離がやけに長く感じるが、それでも俺はタマモクロスを元気づける為に会話を止めない。

 

――――ぺたぺたぺた。

 

「レースになったら凄いか……そういえば大阪弁だけど大阪出身なのか?」

「そやで、ちゅーか大阪人やないのに大阪弁で話すなんておかしいやろが!」

「てっきりキャラ作りでもしてるのかと」

「アホか!ウチは生粋の純度100%の大阪生まれの関西人や!」

「てことはタコ焼きが好きなのか」

「あったりまえやろ!んなっ?!今、テンプレートの大阪人やって笑ったやろ!大阪人がタコ焼き好きなのは常識やで!」

 

 まだ出口に辿り着かない。もう五分以上は歩いているのに、まるでクッパの絵が飾られた無限階段のように進む分だけ距離が伸びているようだ。タマモクロスはこの事実に気付いているのに口にする気配はない、それどころか前すら見たくないとばかりに顔を俺の背中に押し付けてギュッと力強く抱きしめるので、俺はしっかり両足の膝をホールドしてやる。

 少しだけ、タマモクロスの震えが収まった気がした。

 

――――ぺたぺたぺたぺた

 

「タコ焼きは焼きタコ派?揚げタコ派?」

「焼きタコ派に決まってるやろ……揚げタコなんて邪道や……タコ焼きは『焼く』からタコ焼きなんやで……」

「俺は揚げタコ派だな。油をたっぷり敷いて揚げるタコは美味しいぞ」

「かぁー!これだから関東人は駄目なんやで……今度、ウチが本物のタコ焼きってもんを味合わせてやるで……おぶってくれたお礼や」

「それは楽しみだな」

「なぁ……公園の出口はまだかいな。アンタはどんだけ歩くの遅いねん」

「はは、気が付いたかタマモクロス、俺はお前と話がしたくて……実は公園を大きくぐるっと回っているんだ。だから出口はまだまだ遠いぞ」

「なんやそうなんか……いくらウチのことが可愛いからってこれ以上、おぶって連れ回したら警察に突き出したるさかい……覚悟するんやな」

「おぉ、それは怖い……なら公園から早くでなくちゃな」

 

 どれだけ歩いても辿り着かない。公園の出口はすぐそこにあるはずなのに、いくら歩いても歩いても近づけずに俺はここに来て初めて足を止めて振り返る――

 

「なんや……?もう公園から出たんか?顔を上げてもいいんか?」

「まだちょっと待っててくれないかタマモクロス……そして――――子供のイタズラにしても度が過ぎているぞ。俺は好きなだけ付き合ってやるから、背中の子は帰してくれないか」

「へ?な、なにを言うてるねん……」

「目を瞑ってろ、タマモクロス。コイツは見ちゃだめだ」

 

――そこには俺たちの後ろで、ずっと反応を楽しんでいた顔に黒いノイズの走った子供が口元に笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 

「なんだ、お兄ちゃんは気付いてたんだね」

「目的はなんだ。俺たちを怖がらせて楽しんでるのか?」

 

 俺の質問に『よくないもの』はスッと指をおぶっているタマモクロスに向ける。

 

「――タマ姉ちゃんが欲しい。もしタマ姉ちゃんを僕にくれるなら、お兄ちゃんは帰してあげるよ?」

「…………ッ!」

 

 ビクッ!とその『よくないもの』の言葉にタマモクロスは大きく震える。その妄執とも言えるタールのようにドロリとした歪んだ欲望と悪魔の取引は、彼女を恐怖させるには十分なものであった。

 だから俺は目の前の大人を舐め腐った子供に中指を立て。

 

「悪いが、返事はノーだ。ったく、俺が子供を見捨てるような外道に見えるのかね――――――自分が助かりたいが為に誰かを見捨てる訳ねぇだろ!舐めんじゃねぇぞ、クソガキ!」

「アンタ…………ッ!!」

 

 大きく息を吸い怒気を籠めて俺が吼えると『よくないもの』は笑みを引っ込めて表情が消えた。マンハッタンカフェ直伝の感情を視線に乗せる技術が役に立ったのか、僅かにたじろいで一歩後ろに下がり始めたので、こちらは更に一歩詰め祓うために手にオーラを集める。

 

「お兄ちゃんは『こわいひと』か。じゃあ……バイバイしないとね」

「やってみろよ、こっちがお前を祓ってやる」

「アンタ……手が燃えとるで……ッ!!」

 

 触れば勝ち、そう確信するほどまでに白熱化した両手のオーラは限界まで高まっていく。タマモクロスが俺の手を見て驚愕しているのは、『このよではないばしょ』の空間が一時的に霊視の力を与えているのだろう。しかし対面する『よくないもの』は、掴まれれば確実に祓われるレベルのモノを見ても余裕の笑みを浮かべていた。

 

「確かに触れればお兄ちゃんは僕に勝てるけど……ここは僕の場所だよ?」

「あっ?それはどうい――――」

 

――だがその言葉の意味に気付くのが一瞬だけ遅かった。視界の端からこちらに弾丸のように高速で飛んでくるベンチが、咄嗟にタマモクロスを守るために突き飛ばした無防備な俺の身体へと直撃する。

 

「ここは僕のためだけの空間。だからこの場所のモノの全ては思いのままなんだ」

 

 明滅する視界の中で『よくないもの』の言葉が脳内に響く。数十キロはあるであろう物体の全力の一撃で、吹き飛んだ際に頭部を強打して流れ出る血が意識を遠のかせる。

 

「■■■■■■■■―――――ッ!!」

 

 タマモクロスが何かを叫んでいた気がするが暗くなる視界の中では全てが闇に溶け――

 

「そこで眠っているといいよ。それまでにタマ姉ちゃんを僕のモノにするから」

 

――『よくないもの』の勝利宣言とも言える言葉を最後に俺の意識は闇に落ちた。

 

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