登山中に滑落事故で頭を打った俺は、漆黒の髪を持つウマ娘と『お友だち』に助けられて奇妙な世界に迷い込んだのだけど、これからどう生きればいいんでしょう? 作:たたたった
これが生霊ってやつかぁ……テンポイントもこの姿でずっと彷徨ってたんだな。
「アンタ……ッ!大丈夫かいな?!なぁ……返事しぃや!!」
俺はタマモクロスというウマ娘が、血を流して倒れている
「アカン……意識が戻らん。はよ救急車呼ばな――」
「――呼ぶより先に、この空間から抜け出すことをお勧めするよ」
「へ?…………ヒギァアァァァ?!」
「おわぁあぁ……ッ?!」
乙女が決して出してはいけない悲鳴を上げるタマモクロス。パニックにならないように何食わぬ顔で声を掛けたつもりだったが、どうやら逆効果だったようだ。まるでカートゥーンアニメのキャラのような渾身の変顔を見せるので俺もビビってしまった。
そしてタマモクロスは倒れている俺と霊体の俺を交互に指しながら――
「な、なななんで二人おるんや!?アンタら双子やったんか?!」
「それはどんなドッキリだ!?いや、肉体から魂が抜けてる状態で生霊ってやつだよ」
「死んで幽霊になったんなら早う成仏してや!」
「勝手に殺すなバ鹿!ただ魂が肉体から抜けてるだけで死んでねぇ!あと俺の身体を盾に使うな!元気に見えても魂だけの存在で肉体はやべぇんだよ!」
――オカルト知識に乏しいようで、生霊=死者の幽霊と結びつけるタマモクロスは、俺の肉体を盾にして滅茶苦茶怖がっている。だが、肉体が依然として危険なままであることは理解したのか地面にすぐさまに寝かせてくれた。
「あっ……」
タマモクロスはそんな声を零すと、ゴツンッ!と寝かせる首が地面とぶつかり嫌な音がした。俺がそれを責めるような視線を向けると全力でそっぽを向いて。
「…………その、ほんまにすんまへん」
「まぁ、俺がこうして元気な姿だから扱いがぞんざいになっちゃうのは分かるから別に良いけど……」
大丈夫なんだろうか俺……あの速度のベンチと衝突して、思いっきり肉体が吹っ飛んだからなぁ……トレーナースーツの耐久性で守られてるところはともかく頭はマズいよな……。
このままではマンハッタンカフェのお友達コレクション入りしそうな予感がしつつも、この状況で最も危険なタマモクロスを守るために行動を開始する。
まずはさっきから俺たちの寸劇を楽しそうに静観していた『よくないもの』の方に向き直り、その視線から庇うようにタマモクロスを自身の背後に回す。先ほどから攻撃する隙なんていくらでもあったのに、こちらに対してアクションを取っていないのは慢心からなのか余裕そうな態度は崩さない。
「お兄ちゃんはどいてくれない?ボクはタマ姉ちゃんが欲しいんだ」
「悪いが、コイツは物じゃねぇぞ?お前にどんな未練があるのか知らないが、ウマ娘を常世に引き摺り込もうとするガキを見逃せる程に堕ちちゃいねぇ」
背後から伝わるタマモクロスの恐怖と緊張――――そして息を飲む声。
マンハッタンカフェの『お友達』、テンポイントの『生霊』、そしてシリウスシンボリと出会った悪戯好きな『神様』とは違う混じりっ気のない本物の『よくないもの』。明確な悪意と嗜虐心を持ちながら、タマモクロスというウマ娘にどす黒い情念をぶつけている。
タマ姉ちゃんが欲しい、と言っていたが魂のような精神的なモノは強引に奪える訳はない。古典的な悪魔のように契約などの両者の同意がなければ絶対に大丈夫な筈なんだが……。
ウマーバックスでした会話の中で、マンハッタンカフェが魂の契約のことを教えてくれたことを思い出す。きっかけはシリウスシンボリの一件から、神様や悪魔などの超自然的な存在から命ではなく魂を奪われない防衛策の講義をされた時だった。
『魂だけは絶対に守ってください……私たちだけは死が通過点でしかないことを知っているんです……たとえ、死んでも魂さえあれば次があります……そうです、私たちには魂さえあれば良いんです……ふふっ』
『守るって具体的にはどうすれば良いんだ?』
『……気を付けるべきは契約です。魂は絶対に奪えない領域……それを可能にするのは両者の合意の上にある場合です……よく物語の悪魔はヒトと契約することで永劫不滅の魂を得ようとするでしょう……?』
『有名なのはゲーテのファウストとかかな?ホラー映画でもよくある話だな』
『えぇ、大事なことは口約束でも魂を条件に差し出さないことです……魂とは精神そのものですので……言葉だけでも契約は成立してしまう――――そしたら一緒に居られなくなってしまいますからね…………』
あの講義はちょっと怖かったなぁ……死ぬことそのものは頓着してないというか、魂だけは守れればそれで良いみたいな論調だったし。いや、死の先を知っているからこそ魂だけは絶対に守れって精神になっちゃうのかな……?
『こういうのは早い者勝ちですので……もしすぐに成仏出来ないような状況に陥ったら………ふふっ、よくないものに取られちゃう前に私と契約して身を守りましょうね……絶対ですよ……?』
『あぁ……もしそうなったらその時はよろしく頼む』
『はい……ッ!アナタの魂は私が責任を持ってずっと管理します……ね』
あの時のマンハッタンカフェは嬉しそうだったな。そりゃ、友達から命より大切なモノを預けられる程に信頼されてるとなれば嬉しくなるか……にしても、やっぱりコイツの狙いはタマモクロスの魂だろうな。
「タマ姉ちゃん。ここから出してあげるからお願いを一つ聞いて欲しいんだ」
ほらきた、と俺は予想通りの展開に頭を掻く。この状況を創りだした原因でありながらも図々しくも交換条件を提案する『よくないもの』の性根の腐った性格に辟易しながら――
「なんや?ウチに何して欲し――――」
「答えるな、タマモクロス。元を辿れば全てはコイツが原因なのに、なんでお前が願いを聞いてやらなきゃいけないんだ?」
「ッ?!そっ、そや……ッ!チビがウチたちを閉じ込めてるんなら、お願いを聞いて欲しいなんておかしな話やないか!ヒトのもん盗んでおいて、壊れとるからって弁償せえって言うような話や!」
――その例えはどうなんだろうと、と内心で俺は首を傾げながらも声を荒げるタマモクロスは『よくないもの』に威勢のいい反論をする。
「本当に良いの?タマ姉ちゃんがボクの願いを聞かないと――――そのお兄ちゃんはもしかしたら死んじゃうかも知れないよ?」
「あっ……なっ、ぁ…………」
「だってタマ姉ちゃんを庇ったから、こうなったんだよ?それなのにお兄ちゃんを見殺しにするの……?ねぇ、タマ姉ちゃん?」
全ての元凶である『よくないもの』はタマモクロスを罪悪感で縛る。『このよではないばしょ』に閉じ込めたのも、俺にベンチにぶつけた張本人である癖に、まるで責任の全てをタマモクロスに押し付けるかのように責めてくる。
「ウチは……ウチは――――」
「タマモクロス!吞まれるな!ベンチを俺にぶつけたのはコイツだ!悪いのはお前じゃない!おい!しっかりしろ……ッ!」
「すまへんな……ほんまにすまんことをしてもうた……そや、全部ウチが悪いん――――」
タマモクロスは自身を責めていた。何も悪くないのに、まるで自責の念に溺れるように大粒の涙を流し続けている。ただ謝って、謝って、謝って、俺に対して許しを乞うように縋りついてくるタマモクロスの心にヒビが入るのを感じ――
『このよではないばしょ』が心を狂わせているのか……ッ?!ヤバい、この状態のタマモクロスなら『よくないもの』の言葉を飲み込んで―――――∸――ッ!
「――――ねぇ、タマ姉ちゃん。もう一度だけ聞くよ?そのお兄ちゃんを救いたいなら、ボクの言う事をなんでも聞いてくれるよね?だってタマねえちゃゃんは、ひとごろしぃになりたくぃなぃぃよよねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?」
――『よくないもの』はもう外見を取り繕うことすら止めて、不定形な人型の闇へと変貌を遂げた。それは巨大な影法師、身長は俺の三倍も超える巨体は見下ろすように、覗き見るように鎌首を捥げてタマモクロスを見下ろしていた。
「なんや!ウチは何をすればいいんや!どないすれば、この兄ちゃんを助けられるんや!?」
本性を現した魑魅魍魎を前にしてもタマモクロスは動じない。その瞳は光を失い完全に魅入られた魂は、文字通りに望めばどんなものだって捧げてしまうだろう。タマモクロスは優し過ぎた、誰かの為にと平然と身すらも捧げようとする彼女を止める方法はもうたった一つしかなく――
「だったら、たま――」
「タマモクロス!そんなに俺を助けたいなら――――お前の魂を俺にくれ!」
――奪われてしまうなら、奪ってしまえばいい。それはマンハッタンカフェの言う通りに、早い者勝ちの魂ならば『よくないもの』より先に、俺がタマモクロスの魂もウマソウルも何もかもを奪い尽くしてやる。
『よくないもの』が欲するモノさえなければ、興味を失って解放するはずだ。罪悪感につけ込んだ最低の方法かも知れないが、生霊の俺に出来ることなんて契約を結ぶ程度。霊体だからこそ出来るこの契りを強引に結んでやる……ッ!
タマモクロスの光を失った蒼い瞳を覗きこむ。視界に入るモノは俺だけで良い、もう魅入られる隙なんて与えない、ただ真っ直ぐにその瞳を見つめて。
――悪魔のように細心に天使のように大胆に。
「タマモクロス!お前の魂を俺のモノにする!良いか、これは契約だ――お前はもう誰にも魂を差し出させない!その代わりに、俺は絶対にお前を救ってやる!誓え!タマモクロスは遠野国男に魂を捧げることを!」
「誓ったら……アンタは救われるんか……?」
「俺もお前も両方救われるんだ!だから――――とっとと、その魂を俺に寄越せ!」
「ほなら、最後までウチの責任取るんやで――――大切にしてや、ウチの魂」
その瞳に光を取り戻したタマモクロスは頬を少し赤らめて小さく笑った。
これは言葉だけの契約。結ばれたからと言って劇的に何かが起こる訳ではない。天から光が降る訳でも、その身が輝く訳でもなく、ちっぽけなヒトとウマ娘の小さな口約束でありながらも――――だからこそ、その魂の契約は重く深く繋がるのだ。
「すまんな、チビ。もうウチの魂はこの兄ちゃんのもんやから、きっと望むもんは手に入らへんで……だから、早う家に帰りな」
「……………………………………欲しかったのになぁ」
巨大な影法師を見上げながら、タマモクロスは諭すような声音で『よくないもの』に語りかける。目の前の化け物を見る目は、まるで駄々っ子を前にしているかのような優し気で、直前まで膨れ上がる敵意を隠せなかった『よくないもの』は毒気を抜かれたような声と共に諦めたのか闇へと溶け込み消える。
――――そして気が付けば『このよではないばしょ』から、星空の明かりが照らす夜の公園で俺とタマモクロスは二人きりになり。
「はぁー……ごっつ疲れたわ。ほな、兄ちゃんトレセン学園の寮まで背負ってや。アンタとは話し合わなきゃいけないことが、たくさんあるねんからな!」
「そうだな……色々と話し合わなきゃな」
「ほんま、良い夜空やわ」
大の字で地面に寝転ぶタマモクロスは、そのまま大きく背伸びをして。ふと、視線がかち合うとにしし、と言うかのように笑いながら。
「――――ウチをきずものにした責任取るんやで」
「…………その前に俺の身体をなんとかしてくれないか?」
「ヴェェエ! 忘れとったわ! って! ここは気の利いた返しをするとこやないかいっ!!」
ボケツッコミ適性の高さに俺は感心しながらも、血は止まっているとはいえ捨て置かれるように放置されている肉体を慌ててタマモクロスは起こし始めてベンチに寝かし。
「ほな、これでどうやって兄ちゃんの魂を元に戻せばいいんや?」
「うーん、どうするか――――っておい!俺を掴んでどうするつもりだ?!というか生霊を何で掴めるんだよ?!」
「そういわれれば、ほんまに不思議やなぁ……まぁ、ウチに任しときっ!」
ウマ娘に担がれることには本当に縁があるのか、まさか霊体になっても担がれるとは夢にも思わなかった。そしてタマモクロスは俺の霊体を抱えたままに――
「ちょ、まっ待て!そんな荒療治で治るわ――」
「身体から出たもんを戻すだけや!モノは試しでやってみる価値はあるで……そぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「そんな壊れたテレビを叩けば直るなんて―――――あっ」
「やっぱりウチのやり方は正解やったな!感謝せぇよほんま!」
――身体から抜け出たなら戻せばいいと、ツームストーン・パイルドライバーで霊体を強引に肉体にねじ込むと、気が付けば魂は肉体に収まりベンチに寝ている俺はタマモクロスの渾身のどや顔が目に映る。
「そんじゃ、寮に帰るまでの間に色々と教えてもらうから覚悟するんやな」
こうして俺は子泣きじじいのように背中に憑りつくタマモクロスを背負いながら、お互いのことを話しながらトレセン学園の寮まで送ることになるのだった。