登山中に滑落事故で頭を打った俺は、漆黒の髪を持つウマ娘と『お友だち』に助けられて奇妙な世界に迷い込んだのだけど、これからどう生きればいいんでしょう? 作:たたたった
「落ち込まないでください……正直に真実を話すことは悪いことではありません……ただやはり……異世界人であることを普通の人たちは信じることはないと思います」
「マンハッタンカフェが信じてくれたから、異世界の証拠として身分証明書やお札、それにウマの動画とか見せたけど……流石にそれだけでは信じてくれないか……」
とりあえず現代日本ならば手厚く行政がサポートしてくれると思って、生活相談の担当に戸籍の就籍を求めたが見事に玉砕であった。これが浮浪者のようなボロボロの姿で助けを求めるならともかく、登山服を着たヒトとウマ娘が受付で自分は異世界人なので、戸籍を手に入れる手続きをしたいと言われても悪戯と思われて当然である。
それでも証拠として、俺の世界の運転免許書やお金という、この世界にとっては決定的な証拠を持ってして説得を試みたが、運転免許書を見た途端に険しい視線で悪戯でも公文書偽造罪で捕まりますよ、と警告されてしまった。
このままでは俺の世界のお札も偽札と判断されて通貨偽造罪でしょっ引かれる危険を感じたので逃げるように市役所を後にして、近くの『ウマーバックス』なるセイレーンの絵の代わりにウマ娘の絵が描かれたコーヒーショップで休憩することになった。
『元気ダシテ』
「うん……こうなることは予想は出来ていたが、こうなると手持ちの物を売り払って糊口を凌ぐしかないな……この世界にもロレックスの時計は存在するよね?」
「はい……でも良いんですか?その時計は一目見ただけでもとても高価な物だと分かります……金銭面でしたらレースで勝利した私が……」
「いや、そこまで行ったら俺は男としての尊厳というか……細長いヒモになってしまうから、お金に関しては俺自身で何とかしようと思う。それにこの時計にしても、父さんが俺の就活祝いに散財した結果に貰ったものだし……こういう事態にこそ、資産として高級時計の真価が発揮されると思っている」
左手の腕に嵌めるは高級な腕時計のブランドといえば、真っ先にその名が出るであろうロレックス。父親が商社の営業ならばそれに相応しい身嗜みを整えろと、何を血迷ったのか定価で300万円はする高級腕時計を俺にプレゼントした。
こんなんより現金くれよ、とあの時は父さんに言ったものだが……異世界に来て現物の資産として当面の資金になりそうな高級腕時計は本当にありがたい……買取店に持ち込めば100万は超えるかな……?でも異世界に同じブランドがあったとしても、この時計を販売してなかったらロレックスを騙る偽物……そこは出たとこ勝負か。
ぶっちゃけると、商社の営業としてこの腕時計を身に着けて出社した日の内に、上司に当たる方からもっと身の丈にあった物を身に着けなさいと言われた苦い記憶がある。なんでも新人のぺーぺーが、取引先や先輩よりも遥かに高価な物を身に着けているのは嫌みに受け取られる可能性があるからだそうだ。
とはいえ、プレゼントされてすぐに売り払うのは良心が痛むので、なんとなくそのまま日常生活で使い続けた訳であるが、今こそこの無駄に高い高級時計の使い所だと、左腕から外してハンカチで貴重品を大切に包みバッグに仕舞う。
「さてと……これが売れれば当面は漫喫で暮らせるとして……次はこっちかぁ……」
テーブルの対面でコーヒーを飲んでいるマンハッタンカフェの隣にいる『お友だち』に視線をやり、そして先ほどから俺たちのあとを付けている幽霊の方を見やる。栗毛色の髪のウマ娘の少女は、こちらの視線に気付いてか建物の影に引っ込む。
明らかに死んでますって見た目ならともかく……あんな風に生者と変わらない姿のタイプって反則だよなぁ……ほぼ不意打ちで見えないフリが難しい。
マンハッタンカフェの言う通り、『見える』ということはそれだけで幽霊にとっては非常に興味の的であるようだ。俺は街中を通る際に明らかに幽霊と思える存在は意識して視線を外していたが、生身のウマ娘と変わらないあの幽霊の少女とはバッチリと目が合って、反射的にぶつかりそうになって避けたことが決定打になったようだ。
「幽霊にストーカーされた時の対処法って具体的に何があるのかな?」
「そうですね……祓う、交渉する、逃げるの三択でしょうか……基本的には生前の未練の話に付き合い始めたらキリがないので……大抵は『お友だち』がお話をして帰らせます」
そのお話ってなんでしょうか……マンハッタンカフェさん。それと『お友だち』の方が拳を突き出してファイトスタイルでシャドーボクシングをしているのですが、これってあれですか……いわゆる怖い人たちの『お話し』スタイルでお帰り願うんですか……?
何事もないようにコーヒーを啜るマンハッタンカフェは慣れたものなのか、栗毛色のウマ娘の幽霊に対しては何の反応も示さない。俺は幽霊にストーカーされることで心拍数が急上昇しているが、今の俺には『お友だち』のような交渉をしてくれる子は居ないので自然と選択肢は二択に絞られる。
「アナタはハッキリとあの子が見えるようなので、きっと霊的な力が強いのでしょう……ですから、私としては祓える方法を教えたいと思います……」
「それはつまり寺生まれのTさん的な、破ぁ!って感じで幽霊を成仏させるんですか?」
「破ぁ!したら成仏どころか存在が消えてしまいますよ……私の提案する祓い方はあくまでも穏便な方法です……それにそちらの世界の寺生まれの方はそんな風に祓うのですか……?」
「いえ、ネットの怪談で出てくるデウスエクスマキナのような万能霊能者みたいなネタです……すいません、真面目にお話を聞きます」
目が怖い。睨んでいる訳ではないのだけど、流石は幼少期から幽霊と関わったウマ娘である。もう視線の圧力だけで幽霊がビビって逃げそうな気迫を感じる。この子はあれだ、ガチギレすると静かに怒るタイプの子だ。
そんなことを考えるとマンハッタンカフェは手を伸ばし、こちらに手の平を向ける。
「まずは簡単なレクチャーです。手の輪郭に焦点を合わせてください……そして集中して……そう……アナタなら生命のオーラが見える筈です……」
「んっん…………見えるような見えないような……」
白く綺麗な手に焦点を合わせて、マンハッタンカフェの言う通りに意識を集中させて手を見つめる。すると仄かに皮膚の表面をなぞるかのように青い燐光が立ち昇るのが見えて――
「うぉぉぉぉ!ちょ、ちょっ、燃えてる!燃えて――ゴフッ!」
「落ち着いてください……ふふっ、アナタが見えている炎のようなものはオーラです。こうして手に集めて溜めるのが第一ステップです」
「えぇ、なにこれぇ……念能力みたいなあれ……?こんなの俺も出来るの……?」
「私が出来ますからアナタも出来ますよ」
――突如としてマンハッタンカフェの右手が青白い炎に包まれたので思わず驚いて声を上げると、『お友だち』の念力パンチのようなものが腹を貫き言葉に詰まる。そして一瞬だけ『ウマーバックス』にいる客の視線が集まるが、誰もマンハッタンカフェの燃え上がる手に反応しないので、本当に霊的な力によって生じる力のようだ。
「それでは……アナタの右手を私の手に重ねてください」
「大丈夫……?これ手が燃えたりしない?」
マンハッタンカフェは俺の心配に微笑で答えるだけである。つまりは私を信頼して、と言外に伝えてくるので青く燃え盛る右手におそるおそると手を添えて――
「熱くはない……というより温かい……これって……?」
「これが祓うということです。温もりを与えて安らかな気持ちで昇天させる……『よくないもの』でも、この生命のオーラを与えれば鎮めることが出来ます……」
「それで俺はこれから何をすれば……?」
「まずはオーラの感触をハッキリと覚えてください。こればかりは言語で伝えられない感覚的なモノなので私の生命のオーラをしっかりと感じて……馴染ませるんです……」
――そのままマンハッタンカフェは祈るように俺の右手を両手で包んで目を瞑る。その両手はまるで太陽のように暖かな温もりと青い光を周囲に照射しながら、俺の手にマンハッタンカフェのオーラが馴染んでいくのを感じた。
「楽しいです……私しか知らない感覚が……誰かと共有出来る…………アナタも最初のステップを乗り越えたら……私にアナタのオーラを感じさせてください……」
「分かった……うん、でもこれ凄く周囲の視線を集めるというか……」
今の状況を客観的に整理すると、ウマ娘の少女がまだ二十代前半とはいえ成人男性の手をしっかり包み込むように掴み目を瞑っている。傍から見ると、これってパパ活してる危ない男に見えないかと心配しているとマンハッタンカフェは小さく笑みを浮かべ。
「これは……私とアナタでしか感じられない……共有できない……他の人には理解されない温もりなんです……今は周りの視線なんか気にせずに私だけを……感じてください……」
「うぅ……?うん……分かった」
周りから理解されないことに慣れたマンハッタンカフェには、今の現状など些細なことであるようだった。価値観を共有出来る存在を第一優先に考えて、『ウマーバックス』の客の視線すらもモノともしないマンハッタンカフェは俺の手に温もりを与え続けて――
視線が……特にあの目に光のない栗毛色のウマ娘の視線が凄い……ッ!
――まるで信じられないものを見るような目で、紫色の上着を着たウマ娘がこちらに視線を向け続けているのが、なんだかとても嫌な予感がするのだった。