登山中に滑落事故で頭を打った俺は、漆黒の髪を持つウマ娘と『お友だち』に助けられて奇妙な世界に迷い込んだのだけど、これからどう生きればいいんでしょう? 作:たたたった
「…………私に集中してください」
「ごめん……ちょっと視線が気になって……なにあれ?」
マンハッタンカフェの言葉に視線を一瞬だけ戻した後、再度視線を向ければそこにはもう紫色の服を着たウマ娘は居なかった。代わりに見間違いだと信じたいような、全身が仄かに緑色に発光する怪人が街道を駆けているので視線が釘付けになる。
周りのヒトたちからも見えてるから妖怪とか幽霊ではないよな……?ウマ娘がいる世界だから全身から発光する人間がいてもおかしくないのか?
どうやらこの世界は俺が思っている以上に奇妙な世界であることを再認識させられる。そしてマンハッタンカフェも俺があまりにも呆けた顔で窓の外を見ているので、つられるように視線を向けると得心がいった顔でこちらに向き直る。
「あの方は私の知り合いのウマ娘のトレーナーさんです。どうやらタキオンさんの作った薬を飲んで身体が発光しているようですね……ということは、彼女も近くにいるのでしょうか?」
「薬を飲んで身体が発光するってマジだったんだね……俺は光合成が出来る植物人間とかがこの世界に存在するかと思ったよ」
「ふふっ……人間が光合成なんてするはずないじゃないですか」
「人間が光るより遥かに合理的な解釈だと俺は思うけど……」
俺からしたら身体が光る人間の方が遥かに奇妙なのだが、マンハッタンカフェは可笑しそうに笑う。そうこうしている内に件のトレーナーは何処かに消えてしまったのだが、マンハッタンカフェは気にする様子もなくレッスンの続きを始める。
「次はアナタの生命のオーラを私に感じさせてください。その手に包まれている私のオーラに混ぜ込むように……アナタの温もりをこの手に集めるのです……」
「オーラを集めるって……つまり、この感覚を右手に集中させて…………」
あまりにも抽象的な指導であるが、マンハッタンカフェのオーラを感じ続けた俺は自分自身のオーラのようなものを自覚することが出来るようになっていた。それは全身から発露するエネルギーを流れる血管に乗せるように右手へと集めていく。
「そうです……ふふっ、アナタはセンスがありますね……こんな感覚、他の誰も理解出来なかったのに……すんなりと受け止めて……それにアナタの生命のオーラはとても綺麗です……」
青い炎から白い炎へとマンハッタンカフェと重なる手が輝き始める。その光をウットリとした表情で眺めるマンハッタンカフェは、初めて自分だけだと感じていた感覚を共有出来ることに深い喜びと感動を覚えているようだった。
このオーラの色ってなんか意味あるのかな……?ハンタみたいに強化系とか具現化系とかオーラに独自の力が宿ってたら面白いんだけど。
「これって色になにか意味があったりするの?」
「本人の気質を表していたりしますが……それ以上のことは私にも分かりません。そもそもこんな風にオーラを集めること自体が私以外に出来たヒトはいなかったのですから……」
どうやら残念なことにオーラ自体に特に意味はないようだった。本人の気質と言っても、俺と似たような白いオーラを発露しているヒトたちは『ウマーバックス』の店内にも普通に居るので、即席の性格診断くらいにしか使い道はなさそうだ。
しかし本当にマンハッタンカフェは、まるで人類が初めて火を得られたかのように俺の白いオーラに目を輝かせていた。
「それでこのオーラをどう使えば良いのかな?」
「…………あっ、すいません。初めて見る私以外の強いオーラの輝きに……見入ってしまいました。それでは次のレッスンに移りますね……」
このままこちらから何かアクションを起こさなければ、永遠に俺のオーラに魅入られてそうなマンハッタンカフェを正気に戻す。その姿はどこか指輪物語に出てくる、一つの指輪に魅了された者たちのような怪しげな気配を放っていたので少し不安になる。
「次は簡単です……この生命のオーラを相手に流すだけ。生者には意味はありませんが……魂だけになった存在には、一時の生の喜び……安息を与えることが出来ます……試しに『お友だち』に流してみてください」
「…………本当に良いの?これ相手を昇天させちゃう力があるんでしょ?」
「大丈夫です……『お友だち』からすればマッサージを受けるようなもの……私も最初の頃はそうやって力の流し方を覚えました」
『ワタシに触レテ』
『お友だち』は黒い靄で輪郭が曖昧になった手をこちらに差し出す。どうやら触ってオーラを流しても良いらしいので、俺は遠慮なく手に集めたオーラを『お友だち』に流してやろうと、マンハッタンカフェに包まれた手を引き抜いて靄に包まれた手を掴む。
『んぁああぁぁぁぁぁ……ッ!』
「…………効いてるみたいだけど、これって本当に祓う力あるの?なんだか相手をめちゃくちゃ気持ち良くさせるくらいしか効果なさそうだけど」
『お友だち』の手を掴み、俺は自身の生命のオーラを全力で流してみると、まるでマッサージ器によって全身を解されたヒトのようにブルブルと震えて、気持ちよさそうに声を上げている。
そしてオーラを流した影響なのか、思った以上にクリアな声が響いてウマ娘であるので当然であるのだが『お友だち』は女の子であることを再認識される。
「はい……この力は暴力ではありません……ただ、この世に留まる未練から束の間だけ解放させて……昇天をさせる温もりなのですから……それに……『お友だち』もとても気持ちよさそうです……」
「なんか銭湯でマッサージ器で声を上げるオッサンみたいだけ――――痛っ!」
『オッサンジャナイ』
「…………オーケー。今のは俺が悪かった……だから、そんなに脇腹にブローをかますな!」
『お友だち』の謎パワー。念動力による脇腹にツンツンとパンチを喰らいながら抗議の声を上げると、何故かマンハッタンカフェは肩を震わせていた。
「あっ……ふふっ、いえ……ぷっく……ッ!こうやって……私の『お友だち』が誰かとじゃれ合うのを見ていると……何だか……嬉しくなっちゃうです……くくっ、ふふふ……ッ!」
「じゃれ合っているのかな……コレ……。どちらかというと、謎の現象を引き起こす『お友だち』に分からん攻撃を喰らい続ける被害者である気がするぞ」
『元ハソッチガ原因ダロ』
「うるせ、喰らえ!俺の渾身のオーラパワー!」
『あおぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ……ッ!』
「ぷっは……ははははははははははは……ッ!」
俺の渾身のオーラパワーに全身を激しく震わせる『お友だち』を見て、とうとうマンハッタンカフェは堪えきれずに涙を流して笑っていた。ミステリアスキャラから一転して、年相応な女の子ならぬウマ娘になったマンハッタンカフェはお腹を抱えながら笑って『ウマーバックス』の客の視線を集めるが彼女は全く気にしていない。
俺には何がツボにハマったのか分からない。いや、もしかしたら『お友だち』が誰かとふざけ合っているのがマンハッタンカフェにとってはとても嬉しい出来事なのだろう。
マンハッタンカフェにとっての最大の理解者で……そして最も大切な『お友だち』。そんな『お友だち』の自分以外の誰かに見せる別の顔が新鮮だったのかな……?
幼少期からずっと傍にいる存在。そして自分だけの関係しか結ばなかった『お友だち』が、誰かとこうしてただのウマ娘として接することはマンハッタンカフェからすれば想定外のことなのだろう。
誰にも見えない、存在すら認められなかった『お友だち』が、初めて自分以外の誰かと交友を持つことはマンハッタンカフェにとっては『お友だち』の存在証明に等しい出来事だ。
「…………すいません。少し、いえ、あまりにも嬉しくて楽しい出来事でしたので取り乱してしまいました……私にとっても『お友だち』が初めて見せてくれた一面でしたので」
「おい、言われてるぞ。お前はちょっと俺に対して遠慮がなさすぎるって」
『オマエガワルイ』
もう一回、オーラを流してやろうかと思ったが天丼は二度までなので止めておいた。それにしても俺はこう見えても、元の世界では一流の商社に勤める社会人であるのにこの遠慮のなさはなんなのだろうか、そしてそこまで考えて今は住所不定の学歴白紙の無職という現実に自爆して少し泣けてきた。
お金どうするかなぁ……ロレックスは売れると信じるしかないとして、手持ちの金は幸いにしてお札はダメだけど、小銭だけは同じ規格だしな……でもこれって厳密には通貨偽造な気がしてきた……。
マンハッタンカフェと『お友だち』が楽しそうに会話しているのを横目に、俺は財布の中を覗く。小銭だけではもう二千円もない。色んな意味で俺はこの世界でギリギリ限界生活をしているのを自覚しつつ――
「やぁやぁ、陰からこっそり覗かせてもらったけど……まさかカフェがそんな表情をするなんて夢にも思わなかったさ!それにしてもそこの君は……一体何者なんだい?見たところは登山の最中に出会ったようだけど、普段のカフェなら誰かと一緒にお茶しようなんて考えない筈さ…………ふーむ、実に興味深い!」
「異世界からやってきた日本人です」
「ハッハッハッ!面白い冗談を言うものだね……だけど――――私は真剣に聞いているのだよ?」
――なんかヤバそうなウマ娘が来たと思ったので、その場の勢いで異世界人であるとカミングアウトしたら冗談と一蹴されて睨まれた。どうやらカフェの知り合いらしいこの子は俺がマンハッタンカフェを誑かしていると勘違いしているらしい。
「おっと、自己紹介が遅れたね……私はアグネスタキオン。そこにいるカフェの――」
「タキオンさんとの関係は、彼女が問題を起こさないか監視する見張り役です」
「つまり看守と囚人ってことでおーけー?」
「その認識でオーケーです」
「えっー!ちょっとカフェ!私の第一印象を決める大切な台詞を取らないでくれよぉ!それにそこの君もそんな妙な解釈をするんじゃない!」
ウマ娘は感情に呼応してウマ耳が動くことは知っていたが、見事に梯子を外されてアホ毛とウマ耳をピンと伸ばすアグネスタキオンはちょっと面白かった。
「それじゃあ俺は遠野国男……住所不定無職の二十代さ」
「うーん……ここまで怪し過ぎると逆に怪しくないと思えてしまう清々しさを感じるねぇ……無職であることをそこまでハッキリと言える君の胆力に感心するよ」
「えっ……遠野国男……?」
「んっ?どうしたんだい……カフェ?」
マンハッタンカフェは信じられぬモノを見たというかのように目を見開いて、俺の方を見つめた後に言葉を紡ぎだそうとして口を開いた。
「今……初めてアナタの名前を聞きました……」
「…………あー、ごめん。なんか自己紹介するタイミングを逃しちゃって……」
互いに気まずい沈黙。ここまで世話になっておいて名前の一つも名乗っていない俺の間抜けさにバツの悪さを感じつつ、俺は互いに視線を交差して手を伸ばす。
「その改めてよろしくお願いします。マンハッタンカフェさん」
「私もこれからもよろしくお願いします。遠野国男さん」
しっかりと自己紹介を終えて、完全に置いてけぼりのアグネスタキオンは困ったように視線を彷徨わせるのを傍目に――
「それじゃこれからもよろしく、マンハッタンカフェの『お友だち』」
――黒い靄の彼女の手を俺は握るのであった。