登山中に滑落事故で頭を打った俺は、漆黒の髪を持つウマ娘と『お友だち』に助けられて奇妙な世界に迷い込んだのだけど、これからどう生きればいいんでしょう? 作:たたたった
「透かし、パール印刷、ホログラム、紙の質感、ほぉ……これは本物の紙幣と同レベルの印刷技術で作られている物だね。ふむ、異世界人とは眉唾だと思っていたが、君の持っている紙幣にスマホの機種と中身のアプリ……これがドッキリの類だとしたら手が込みすぎてるねぇ……」
アグネスタキオンは興味深そうに俺の世界の紙幣を触る。角度を傾け、天井の明かりから透かしを確認し、紙質や凹凸を確認するかのように手を擦り、そしてスマホの機種と中身のアプリの全てを起動して内容を確認している。
それは研究者を自称するに相応しい程に熱心な検証。俺はそこまで許可した覚えすらないのに、メールやLINEに画像や動画まで徹底的に漁って感心したように頷く。
「聞き給え、カフェ。この住所不定無職の男性はどうやら本当に異世界人であるかも知れないぞ!」
「三十分以上も紙幣やスマホの中身を漁ってかもしれないって酷くない?いや、合理的に考えて悪戯だったとしても、どうやってこの世界にない百以上のアプリや三年間の俺のスマホの異世界の生活記録の入ったデータを用意したって言うんだよ!」
こちらはプライベートの全てをアグネスタキオンに晒しているのだ。三年間の俺の世界で暮らしていた証拠である動画や写真にメール、その数千以上の内容にはウマ娘の姿は何処にもなく、揺るがしようがない決定的な証拠であるのだが、アグネスタキオンにとっては異世界人の可能性があるかも知れないレベルに留まっているのに俺は納得がいかなかった。
そして俺の反応を予期していたのか、カフェの隣に座るアグネスタキオンは顎に手を当て。
「そうは言ってもね、君の提示した証拠は捏造が可能なのだよ。それはあまりにも莫大なお金と技術をつぎ込めば、君の見せた紙幣やスマホとその中身のデータの全てをこの世界でも用意が出来る。確かに、それには何億、何十億という費用が必要かも知れないが……科学者としての私の知見では、異世界人であるという可能性よりも、これがとてつもなく大それた悪戯である可能性の方を取らざるを得ないねぇ……」
「むっ……確かにそう言われるとそうだな……」
「ここで納得してしまう辺り、君は素直な性格だねぇ……大抵のヒトは自分の中の真実を否定されると意固地になるものだが……しかし、科学者ではなく私個人としては合理的でないと知りながらも信じざるを得ない気持ちだよ――――特にこの生物に関しては」
言われてみれば、そうかも……、と納得させられてしまう俺に、マンハッタンカフェと『お友だち』の呆れたような視線が突き刺さる。そしてアグネスタキオンは瞳に怪しい輝きを爛々とさせながら、俺のスマホから一つの動画を再生し全員に見えるようにテーブルに置く。
そこにはターフを駆けるこの世界には存在しないウマが映っていた。
「この生物……ウマと言ったかな?君の世界にはウマ娘の代わりにウマという生物がいると言われて到底信じられない思いがあるのだが、実際に動画として見せられると……何故か、理性ではなく本能の部分がこのウマなる生物に対して不可思議な感情に囚われるのだよ!ウマ娘とは似ても似つかない全く別種の生き物であるのに……ッ!私は今!この瞬間に、ウマソウルと呼ばれるウマ娘の根源!その筋肉量からは有り得ない膂力を持つ私たちの存在に対する答えに近付いている気がする……ッ!あぁぁぁぁぁぁ!これはもどかしい!もどかしいよ、君!なんでこのウマの動画や写真だけしかデータがないのか!もし君の言う異世界が本当にあるのならば、この生物に対する科学的なデータがあれば……私は真理の向こう側に行けると言うのに……ッ!!」
「うわぁ……」
「タキオンさんは大体、こんな感じなので気にしないで大丈夫ですよ……」
平然とコーヒーを飲みながら、俺のスマホのウマの動画を見ているマンハッタンカフェと、『ウマーバックス』どころか街道を歩く人たちですら、アグネスタキオンの科学者としての真理の探求を求める叫びを聞いて視線を集めている。
ヤバい薬を作るマッドサイエンティストだと思ってたけど、こいつはやべぇ……確かに本物だ。目付きが尋常じゃない、というかウマ娘って種族はこういう個性が強い子ばかりなのだろうか……?あとそれ俺のスマホなんだけど勝手にデータを抜くのは……。
「ここにウマ娘の真理に至る道がある……ッ!ハッハッハッ!やっと私は足がかりを掴めたぞ!ククッ……ハーハッハッハッハッ!」
テンションが爆上がりのアグネスタキオンは、無線通信の規格が通じるのは僥倖!と叫び声を上げながらスマホのデータを勝手にぶっこ抜いていく。俺は止めようと思ったが、完全に目がイッチャってる感じなので怖くて言い出せない。
ウマ娘は身体能力はアメコミの超人並なので、興奮している最中に力加減を誤まって押されたり叩かれたりすれば大惨事になるのは確実。ここは触らぬ神には祟りなし、スマホのデータを供物に荒魂のアグネスタキオンが鎮まるのを待つのみである。
「マンハッタンカフェと同じものが見えるという話からなんでこうなった……」
最初はマンハッタンカフェと同じ世界が見えることを説明している最中に、半ばヤケクソ気味に俺が異世界人であることを伝えたことを問いただされ、理詰めでマンハッタンカフェとの出会いをから今に至るまでの全てを話して暴露したのが原因である。
もちろんアグネスタキオンは科学者を自称しているのだから立証の為の証拠の提示を求められて、手持ちの全てを晒した訳であるが、話の本筋はマンハッタンカフェの『お友だち』の証明であったのだが、いつの間にかウマ娘の真理の探究へとシフトして完全に横道に逸れてしまった。
ウマ耳と尻尾がぎゅるんぎゅるん、と暴れているなぁ……。んっ……?なんでこちらを向いて……その綿棒はなんだ?って――ッ!
「おい!俺の口に何を突っ込もうとしているんだ!」
「なにって……君のDNAを採取しようとしているだけだが?ここまで来ると理論と検証が逆転しまっているのだが……是が非でも君が本物である確証が欲しいのだよ!なーに、簡単な話さ……君が炭素をベースにした生物でなければ一発で異世界人認定してあげよう……ッ!さぁ、口を開き給え!ちょっと口内の細胞を採取するだけだから――――よーし、良い子だねぇ……ご褒美をあげよう!」
流石はウマ娘の腕力だ。片手で頭をガッチリホールドされて口に綿棒を突っ込まれる。そしてグリグリと頬の内側の細胞を採取して、そして注射を我慢した子供にあげるようなノリで――
「すいません。それなんなんですか……俺、光る飲み物なんて初めて見るんですけど」
「んっ……筋力を三倍程に増強する特別な薬さ……心配することはない、これは合法的な成分で一時的なモノだから」
「安全性について聞きたいのですけど……おい!黙るな!科学者を自称するならインフォームドコンセントくらいは守れ!ちょっ、まっ……」
「くくっ、それは医師と患者の間になされるものだよ?私たちは科学者と被検体の関係……つまりは大人しく私の薬を……ってカフェ!私の薬を取らないでくれよぉ!って……身体が……まっ待ってくれ!それは実験段階で――フゴッ!」
――虹色の輝く液体の入った試験管をこちらにグイッと寄越す。明らかにヤバい、こんなヌカコーラのような輝く液体なんて身体に流し込まれたら絶対にヤバいと全力で上体を反らして抵抗していると、マンハッタンカフェが試験管を奪い取り、『お友だち』が背後から羽交い絞めにして強引に七色に輝く液体を流し込んだ。
「ふふっ……時には自ら被検体になんというのも悪くは――――――きゅう……」
明らかに悪役のマッドサイエンティストの口上を述べている最中に薬が回ったのか、そのまま酔いつぶれたかのように可愛い声を上げてテーブルに突っ伏す。そしてそんなアグネスタキオンをため息交じりに見下ろしながら、マンハッタンカフェはスマホで電話をかけ始めました。
「もしもし、タキオンのトレーナーさん。いま、タキオンさんが『ウマーバックス』で自作の薬を飲んで寝ているので回収お願いします……えぇ、はい……いつものことですから……」
「これ救急車とか必要なやつじゃないの……?」
薬を飲んで、しかも七色に光る液体だ。そんなものを飲んで一瞬で昏倒するものなど、俺の世界では速攻では救急車案件であるがマンハッタンカフェは慣れた手付きで持ち上げて椅子に寝かせたあと。
「マッドですがギリギリの所で一線を超えないので大丈夫でしょう……よくタキオンさんのトレーナーが昏倒して引き摺られているのを見ますし……しばらくしたら意識が復活しますよ……」
「やべぇ世界だ……ここ」
一学生が七色に光る薬を作れるのならば、きっとこの世界には傘のマークをした会社やボルトなテック会社が存在してもおかしくない。そもそも幽霊や妖怪の類が居るのなら、そのうちに未来人や宇宙人と接触を図れそうで怖いような楽しみのような不思議な気持ちになる。
そしてマンハッタンカフェは指を三本こちらに向け立て。
「タキオンさんが静かになったことですし……レッスンを始めましょう……まずは穏便に幽霊とのコンタクトをしてみてください」
視線の先にはこちらを見つめる栗毛色のウマ娘の幽霊。どうやら幽霊の方が常識と良識があるのか、完全にこちらを見てドン引きしているのを確認した後に俺はマンハッタンカフェを見て。
「コンタクトのコツってある……?」
「まずは第一印象が……いえ、そこは今回は諦めて……刺激しないように接触してください……」
「おーけー。もうアグネスタキオンよりアクの強い子なんてそうそういないだろうし、ちょっと死んでて幽霊なウマ娘なんて余裕だ」
綿棒を突っ込まれたり、七色の液体を飲まされそうなことと比べれば幽霊と話すことなんてベリーイージーだろう。見た感じは、目が曇ってもいないゆるふわガールのウマ娘と言った感じだ。ただ瞳が星形なのがちょっと異質な感じがするが、ここは異世界であり相手はウマ娘、そんなことは些細なことと軽い足取りで栗毛色の幽霊に近付き――
「やぁ、さっきから私の後をつけているようだけど、何か伝えたいことがあるのかな?」
「わた、私……死んじゃったんです!どうか生き返らせてください……ッ!」
――爽やかな好青年の笑みで接した途端に、とてつもなく重い爆弾をぶん投げられて俺は笑みを浮かべたまま固まるしかなかった。