登山中に滑落事故で頭を打った俺は、漆黒の髪を持つウマ娘と『お友だち』に助けられて奇妙な世界に迷い込んだのだけど、これからどう生きればいいんでしょう? 作:たたたった
「あっ……ッ!死んだんですけど死んでないんです!その身体は生きていて……こういう状態のことを何と言うんでしたっけ……?」
「……つまり生霊?何かの拍子で肉体から魂が抜けてしまって、それで君は昏睡状態とかそれに近い状況に置かれているのかな?それはいつ頃から始まったの?」
謎かけのような栗毛色の幽霊のウマ娘の言葉を頭の中で噛み砕いて理解したあと、この中央の髪の毛の部分だけが白い斑点になっている不思議な髪を持った子は俺の解釈が正しかったのか手をパンと叩いて笑顔になる。
「はいそうです!ランニング中にピカッと光ったと思ったら、気が付いたら私が倒れていて……そしたら近くを走っていた友達や先生が慌てて駆け付けて……それで……それで私は……」
「大体は把握したよ。うん、それ以上は無理に言う必要ない……肉体は病院にあるんだね?」
話していてその時の恐怖を思い出したのか、震え始める栗毛色のウマ娘の幽霊に大まかな状況は把握出来たので、なるべく刺激しないように冷静に優しく諭すように続きを促す。
落雷の事故によって意識不明の重体かな……?身体は生きていることから、魂が抜けたことが意識を取り戻さないことが原因なのか……それとも肉体が意識を戻せる状態にない程に酷いケガを負っているのか……どっちにしろ完全な死人でないことに一安心だな。
これがもう葬式を済ませている完全な幽霊だったら俺は絶対に困っていた。若くしてその命を散らして、失意の真っ只中にいるようなウマ娘だったら人生経験の浅い俺には対応出来なかっただろう。最低でもモーガン・フリーマンくらいの年季が必要だ。
「府中の三女神病院の病室に私の身体はあります……もう三か月以上……何のトレーニングも積まずにベッドの上で寝ていたら……レースで勝てなくなってしまいます!」
「そうか……うん、レースに勝つのは大事だね」
俺としてはレースで勝つより心配すべきことが他にあるんじゃないかと気になるのだが、ウマ娘の価値観的には昏睡してベッドに眠り続けて肉体が衰えてレースで勝てなくなる方が心配らしい。
だが、冷静に考えれば俺も元の世界に帰る心配より、この世界の娯楽を消費したい欲求が勝っているのであまりヒトのことは言えた義理ではない。
「ところで君の名前は何て言うのかな?私は遠野国男だよ」
「えっ!?は、はい!テンポイントと言います!」
「よろしくね、テンポイントさん。それじゃあ、専門家に話を聞きにいこうか」
「専門家……?あの遠野さんはその霊能力者とかじゃないんですか……?」
確かに幽霊を見る力はあるが、それは今日が初めてであり霊能者としては新米も良い所だ。ここは幼少期からの百戦錬磨の無敵の霊能力者、マンハッタンカフェに全てをぶん投げるのが正しいだろう。
俺はマンハッタンカフェに親指を立ててサムズアップすると、意を察してくれたのかマンハッタンカフェと『お友だち』が同じように親指を立てて返してくれる。
「私が霊能力に目覚めたのは今日が初めてだから、師匠とも言うべき彼女に助力を願おう」
「あの方ですか……?そのお隣にいるのは幽霊なんでしょうか……?」
テンポイントさんは『お友だち』にビビっていた。どうやら幽霊になっても他の幽霊は怖いのか、俺の腕に引っ付いたまま離れようとしない。これから助力を乞う立場なのにそんな態度は失礼だろうと窘めると、涙目でこちらを見つめて震える。
「だって……ッ!幽霊ですよ幽霊!気配がとても強くて……絶対にヤバいですって!」
「大丈夫だよ。取って食ったりなんてしないから……もしもの時は君を守るよ」
「遠野さん……ッ!」
そんなに目を輝かせて感動しないで欲しい。俺は単に『お友だち』に復讐する大義名分が欲しいだけなのだ。念動力パンチのお返しとして、俺の覚えたてのオーラを流す機会を窺っていたのだが、マンハッタンカフェの手前、そんなことをやるのは――――あいつそんなに俺のオーラを浴びたいようだな……ッ!
そしてそんな俺の心情を見抜いたのか『お友だち』は手の平を向けてクイックイッとまるで猪木アリ状態のように『来いよ!かかって来いよ!』と露骨に挑発してきている。
「あれがヤバい幽霊に見えますか?」
「なんだか凄く……煽ってきてますね……でも確かに怖くないかも……」
おらおらどうした?来ないのか?来ないのか?ん?、と顔は見えなくても態度で何を伝えたいのかありありと読める。完全に舐め腐った態度であるが、その俗っぽい感じがテンポイントの恐怖を和らげたようで良い方向に働いていた。
――――それはそれとして後で絶対にぶちのめしてやるが。
「さ、『お友だち』も怖い存在じゃないって分かったよね?ほら、師匠もあんな笑顔を向けてくれているので、機嫌の良い今の内に相談をした方が得ですよ」
「わ、分かりました!そ、それでは……その遠野さんの後ろから着いていきます!」
俺は中指を立てたい衝動に襲われるが、『お友だち』が見えない客たちの中でそれを実行すると若い男がウマ娘にフ×ックサインを向けているという最低の事態になるので、指をピクピクと震わせながら笑みを浮かべるマンハッタンカフェのテーブルへ向かう。
そして背後でまだ『お友だち』に怯えているテンポイントを椅子に座らせて――
「どうやらコンタクトは良好のようですね……それで彼女はどうしたのでしょう……?」
「それが生霊のようなんだ。肉体は病院で寝ているが元に戻れないらしい……この場合の対処法をマンハッタンカフェは知ってる?」
「あっ……ッ!初めまして!私はトレセン学園高等部一年生のテンポイントと言います!」
「こんにちは……テンポイントさん。アナタは確か……春頃の落雷で――」
「――そこでストップしてあげてほしい」
――自己紹介の途中でマンハッタンカフェはテンポイントの事件を知っているのか、口に出そうになった瞬間に俺は止める。テンポイントは目に見えて顔が青くなり震え始めているので肩を寄せて落ち着かせてやる。
「落ち着け……大丈夫……大丈夫だ。肉体は生きているんだから……きっと戻れる」
「……はい……すいません。相談する身なのに……あの時のことを思い出すと……どうしても……グスッ……だいじょうぶです……私は――」
どうやら落雷のことは相当にショックらしい。幽霊でも血の気が引くんだと、内心で驚きながらも、マンハッタンカフェは何かとても辛いものを見るような視線でテンポイントを見つめているので俺は何かあるのか、と視線を送ると腕の中で泣くテンポイントに見えないようにスマホをこちらに見せる。
【期待の新星、テンポイント。練習中の落雷事故により意識不明の重体】
それはニュースサイトの記事であった。書かれているのはテンポイントの言うように落雷で事故で意識不明の重体と俺が知っている範囲の記事で実は死んでいると書かれているんじゃないかと心配していると――
【不運にも疾走中の落雷により転倒し半身不随】
「………………………………」
――それはウマ娘に対する死刑宣告に等しいケガであった。俺が知る限りではウマ娘は最高時速が70km以上、自動車が走るような速度で走っている最中に雷が直撃して転倒すればどうなるかは嫌でも想像できる。
肉体が超人的とはいえ、その最大スペックで走行中に転倒すれば足は潰れるか……いや、頭を打って死ぬよりは遥かにマシな事態ではあるが……これは……。
ウマ娘については詳しくはないが、人間の三大欲求に走り競う事を追加したような種族であることは調べればすぐに分かった。そして落雷で肉体から魂が離れて、自分が病院でどのような処置をされているのかを客観的に見ていたはずだ。
だからこそ、ウマ娘にとっては死ぬよりも辛い出来事を忘れてしまったのだろう。
――レースで勝てなくなってしまいます!
ベッドで眠る自分の肉体を見ているのに、その言葉が出ることの意味に気付いてしまう。
テンポイントは戻れないんじゃない……戻りたくないのか……。戻れば自分の身体が二度と走れない事を思い知らされてしまうから。だから、記憶に蓋をして……三か月の間も生霊として一人で彷徨っていた……。
生霊のテンポイントには足がある。それはつまり走れるということ、だからこそ幽霊であること自体が未練として肉体に戻ることが出来ないのだ。本来ならば生きたいという渇望によって生まれる未練が、生霊という幽霊ならば五体満足の姿でいられることが未練になるという逆転現象。
俺とマンハッタンカフェと『お友だち』は心底、このどうしようもない事態に困惑して、腕の中で泣き続けるテンポイントの頭を撫でながら――
「モルモット君……それを三本飲んだからって筋力が九倍になる訳では――きゅぅ!」
――とてつもなく幸せそうに眠るアグネスタキオンのアホ毛を掴むと珍妙な声を上げる。このシリアスな場面に不釣り合いな笑みを浮かべるマッドサイエンティストを早く回収してくれないかと願いながら、ため息を吐くのを寸でのところで止めて。
「マンハッタンカフェ、近くでウマ娘が走れるところを知ってるか?」
「…………はい……ですが、アナタはこれからどうする――」
「レースに勝たせるんだよ――――テンポイント、走るぞ……思いっきり」
「ぇ……あっ……はいっ!」
やはりウマ娘は走る事が大好きなのだ。もう気付いてはいけないことに気付き始めたテンポイントは泣き笑いの表情を作りながらも、それでも走るという喜びを求めて、その二本の足で立ち上がり――
「私の流れ星のような走りを遠野さんに見せてあげます!」
――涙で濡れて輝く星々は雨のあとの澄んだ夜空のように瞳は輝きを取り戻し、テンポイントはウマ娘としての自慢の足を見せつけるのだった。