登山中に滑落事故で頭を打った俺は、漆黒の髪を持つウマ娘と『お友だち』に助けられて奇妙な世界に迷い込んだのだけど、これからどう生きればいいんでしょう?   作:たたたった

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流星のウマ娘のレース

「ちょっと待ってください……ッ!今、ここのレース場って閉園してますよね?ここに勝手に入って大丈夫なのでしょうか……?」

「うーん……今は芝生の調整中らしいから走っちゃダメらしいけど、でも幽霊の大運動会をするなら芝生を傷付けることもないしオーケーでしょ」

 

 民間に開放されている都営のレース場のフェンスを登っている最中に、テンポイントは慌てたように周囲を見回して小声で話しかけてくる。俺は慣れた手付きでフェンスから飛び降りて、テンポイントの声に返事をしながら――――

 

「それでは皆さん。もうじき逢魔が時を迎えようとする時刻、つまりは貴女たちの時間です!今回の『死んでも現役杯』にご参加して頂き誠にありがとうございます!ウマソウルの導くまま、そして勝利への渇望を満たす為に、全力で芝のコース走り抜けてください!」

『『ウォォオオゥウォォォォぉォォォォぉォぉォォォォォォォォォォォォォォォ!!』』

「ひぃっ……ッ!こ、これって本当に大丈夫なんですか!?」

「大丈夫、大丈夫!みんな走りたいって意思は本物だから!」 

 

――テンポイントの背後にいるウマ娘の幽霊たちは歓声をあげた。彼女たちは生前に走ることに未練がありこの世に留まるっている幽霊。ここにいるウマ娘たちの幽霊は常にレースを心の底から渇望しながらも、自我が混濁している為に自力で仲間を集めてレースを主催することが出来なかったのだ。 

 

 レース場に行けばウマ娘の幽霊たちが居ると思ったが、想像以上に数が多いな。これ数えるだけでも100体以上居るんじゃないか……?となると、それぞれの距離適性に合わせてレースを走らせないと。

 

 どういう訳か、レース場には招かれないと入れないらしく、レース場の外をぐるっと一回りして片っ端から声を掛けたらこれだけ集まってしまった。

 そして美女美少女のウマ娘であるが、幽霊になると顔にノイズが走っていたり、黒い靄や輪郭がブレていたりと見える人が見たら卒倒しそうな光景。閉園中のレース場の前に集まる100体を超える幽霊のウマ娘たちが、『またレースが出来る』という希望の前に声にならない歓声を上げ続けている。

 

「ここの鍵を外せば良いんですよね?」

「そう、これならば貴方がレース場に招いたことになるから私たちは入れる」

 

 この中で理性のあるトウメイさんの指示通りに、鍵を外してシャッターを上げる。すると我先にとウマ娘の幽霊が殺到し、そのままターフの向かって暴れウマのように猪突猛進していく。それはまさに亡者の行進、その光景に完全に腰を抜かしてへたり込んでいるテンポイントにトウメイさんは手を差し伸べ。

 

「ありがとう。これで私たちはやっとレースを始めることが出来る」

「あの状態で私たちの言う事を聞いてくれますかね……?」

「はははっ!そこは大丈夫さ!どれだけ自我が希薄になろうとも、ウマソウルが私たちを導いてくれる」

 

 テンポイントの言葉にタキシードを改造したかのような男装の麗人であるトウメイさんは快活に笑う。そして真っ直ぐとした瞳でテンポイントを見つめながら――

 

「ところで君はどのレースを走るのかな?」

「芝2400です!」

「なら私と君はライバルだ……それに君はとても良い足をしているね」

「はい!私の足は流星の如く速いんです!」

 

――互いに瞳に闘志を燃やして見つめ合う。先ほどまであれだけ幽霊に怯えていたテンポイントは、やはりウマ娘なのかレースに対する情熱が恐怖を上回り、獰猛な獣のような笑みを浮かべてトウメイさんの手を握り返すのだった。

 

 

 

「貴方はゲートの移動と開閉ボタンを押して欲しい。こればっかりは生者にしか出来ない役割だからね……それ以外の彼女たちの出走の管理や調整は私に任せて欲しい」

「オーケー!というよりもレースに関する細かい知識は無知だから助かります」

 

 備え付けのゲートの移動ボタンを押すとレース場にゲートが移動を始めた。完全なるオートメーション化したシステムに、俺は感心しながら芝生の上でレースに向けて調整を始めるウマ娘の幽霊たちの姿を見つめる。

 

 最初は完全に亡霊としか思えなかったけど、レース場に来た途端に理性と本来の姿を取り戻し始めたなぁ……これがトウメイさんの言う、ウマソウルが私たちを導いてくれるか……テンポイントも調子を取り戻したみたいだし、良い兆候だ。

 

 ストレッチや軽くランニングを始めるウマ娘の幽霊たちは、もう完全に生者の姿と区別が付かない程にハッキリとしていた。雑談に興じるほどに意思の疎通が可能になり、100人を超えるウマ娘たちは各々の方法でコンディションを整えている。

 ここまで自我がハッキリとしていれば、テンポイントも彼女たちを怖がることもなくなり、普段の調子で楽しそうに会話に華を咲かせていた。

 

「最初は短距離、マイル、中距離、長距離の順番で走らせる。それに完全に夜になる前には終わらせた方が良いだろうから――そろそろ始めようか」

「そうですね。警備員が見回りに来る前には終わらせましょうか」

 

 トウメイさんは不思議なことにレース場について詳しかった。機材や鍵の場所、電源の付け方からゲートの使い方、さらには警備員の巡回時間まで知っているとなると、元はここの従業員である可能性が高いだろう。

 ターフにいるウマ娘たちに声を掛けて集合して、各々のレース距離に合わせた振り分けを発表している。短距離は24人、マイルは30人、中距離は30人、長距離は16人と俺がゲートのボタンを押すのは7回だけで済みそうだ。

 そして最初の短距離の出走者である24人の内の半分はゲートに収まり――

 

「泣いてる……これが死んでも走りたいウマ娘の未練か……」

 

――12人全員が顔を前に向け、瞳には揺るぎない闘志を燃やしながらも涙を流していた。待ち望んだ瞬間、死しても尚、求めたものが手に入るこの一瞬に彼女たちはゲートが開くとともに全力で駆けていく。

 

 距離にして1200m。それはヒトにとっては長い距離であるが、ウマ娘にとってはまさに束の間の距離であり、その瞬間に人生の全てを捧げて全速力で疾走する。

 涙の滴は夕暮れの光に照らされ、12人の涙が紡いだ軌跡は光の線となりスタートからゴールに向けて伸びていく。そして待ち望んだ最後の瞬間、俺には彼女たちの背中しか見えなかったが、ゴールを超えた瞬間に光の泡沫となり天へと消えていく姿は、幽霊になってまで待ち望んで求めていたモノをきっと手に入れて満足したのだろう。

 

「最初のレースは終わって次か……」

 

 だがそれでレースは終わらない。

 天へと昇る光の泡沫をただ静かに観客席で見つめるウマ娘たちは、彼女たちを追うかのようにレース場を駆け抜けてそのまま天へと消えていく。

 1レースごとに観客席を埋めていたウマ娘の数は徐々に減っていき、最初は100人もいて賑やかだったレース場は静寂に包まれていく。残されたのはもう30人もいない、あと二回俺がボタンを押せば完全なる静寂が待つことだろう。

 

「遠野さん!今までありがとうございました!たった一日の出会いでしたけど!私はこれからも!たとえ!走れなくても!それでも!この一瞬を駆け抜けたことを胸に抱いて生きて行きます!」

 

 ゲートに入る瞬間、テンポイントはこちらを向いて大声で叫ぶ。確実に、自分の思いが伝わるように区切りながらもハッキリと言葉を紡ぎ、そしてこれから待ち受けるであろう現実を受け止める為に滂沱の涙を流して笑顔を浮かべる。

 

「レースに勝てよ!求めていた一着はこの瞬間にしかないんだからな!」

「はい!絶対勝ちます!」

 

 そう叫んだテンポイントはゲートに入った瞬間、涙を流すのを止めて前を見つめる。他の14人のウマ娘は今の言葉を聞いても絶対に手を抜かないだろう。むしろ本気で臨むことこそがウマ娘としての誇りであり手向けなのだ。

 俺はこの芝2400m、15人のウマ娘にとっての最後のレースのボタンを押した。

 

 

 黄昏時の光を浴びて黄金に輝くテンポイントは最終コーナーの直線で一気に先頭集団を突き放してトップに躍り出た。それは彼女自身の言った『流星』のように輝く身体は光の尾を引くように駆け抜ける。

 

「行け……行け!行くんだ……ッ!テンポイント!」

 

 だがレースの主役は彼女だけではない。レース序盤から後方に位置していたトウメイはここで溜めた力を爆発させて一気に先頭集団を抜き去り『流星』へと追いすがる。完全なる一騎打ちで互いに持てる力の全てを注ぎこみ、ギリギリの競り合いの中で駆け抜けていく彼女たちはゴールラインを――

 

「テンポイント……勝てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

――ほぼ同時に超えることとなった。

 

「どっちが勝ったんだ……?」

 

 俺の呟きに答える者はいない。

 あの黄金の芝生の上で走り抜ける彼女たちの勝利の結末は当人だけしか知り得ないのだろう。何故なら、あのゴールラインを超えた瞬間に二人は光の泡沫となり天へと昇り、その後続から走ってきたウマ娘たちさえも天へと消えてしまったのだから。

 写真判定もなければ、映像に記録が残る訳でもない。ただ一つ分かることは両者は互いの勝負に納得したという事実だけであり、俺は完全に夜の帳が降りる前に最後のレースである長距離の16人のウマ娘の走りを見届けた。

 

 

 

「終わったんですか……?」

「あぁ、終わったよ……100人ものウマ娘が集まる大レースだった」

 

 機材の片付けと電源に戸締り、事前にトウメイさんが教えてくれた通りにレース場の後片付けをした俺はレース場のベンチで夜空の星々を見つめているとマンハッタンカフェと『お友だち』が現れた。

 そして両手に持つ缶コーヒーの一つを俺に手渡して隣に座る。

 

「どうでした……彼女のレースは……」

「最高だったよ。うん、あの走りは『流星』って呼ぶにふさわしいものだった」

「そうですか……」

「星降らないかな……」

 

 それからお互いに何も言わずに缶コーヒーを開けて飲む。

 俺の視線につられるように、マンハッタンカフェも『お友だち』も夜空を静かに見つめて流れ星を探しているようだった。

 

「これでテンポイントは肉体に戻ったのかな」

「えぇ……きっと……」

「俺たちのことを覚えているかな」

「…………………魂に残る記憶は決して忘れません」

 

 生霊が肉体に還った時、幽霊でいた時の記憶はほとんど失われるということをマンハッタンカフェは事前に話してくれた。それは朝、目が覚めたら夢の記憶を失うように、残るのは夢を見ていたという記憶だけ。

 つまり結局は俺の自己満足の行為なのだと、涙が零れないように空を見上げていると――

 

「あっ……流れ星が流れてますね……」

「本当だ……まるでこっちに落ちてくるように――落ちてくる……?」

「えっ?」

「えっ……――――カフェ!!」

 

――空から光の球が落ちてくるのを見て、呆けていた俺は咄嗟にマンハッタンカフェに覆いかぶさるようにして隕石の直撃に備えて固く目を瞑る。だが、いくら待っても衝突の際の衝撃は訪れないので恐る恐ると目を開く。

 

「すいません!あのままじゃ私が本当に昇天しちゃうところでしたので、慌てて地球に帰ってきました!」

「マジかよ……」

 

 天から落ちてきたのはテンポイントだった。まさか本当に『流星』になって地上に降ってくるとは夢にも思わずに、照れ笑いを続けるテンポイントの姿に呆れと驚愕の両方を味わっていると――

 

「生霊ですから強く肉体に帰りたいと念じないとダメですよ……それではレッスンを始めましょうか……」

「ここって感動の再会で涙を流す場面ではないかな?」

「このままじゃ、アナタと居ること自体が未練になりかねませんので……それと先ほどはありがとうございました……私を庇っていただき……」

「咄嗟だったから反射で動いただけさ……しかしレッスン4か……」

 

――指を四本立てるマンハッタンカフェは耳元を少し赤くしながらも、いつもと変わらぬ表情で俺へのレッスンを始めようとする。

 

「具体的には俺はテンポイントに何をすればいいのかな?」

「えっ?私は遠野さんに何かされちゃうんですか?!」

 

 耳をピンと立てるテンポイントをマンハッタンカフェは無視して、手に青い炎を纏ってレッスンの話を続ける為に口を開く。

 

「アナタの生命オーラをテンポイントさんに分け与えて、肉体に還りやすい状態にします……生霊としての自覚があるのならば、あとは強く念じて生命オーラで背中を押せばすぐにでも終わりますよ」

「だってさ……テンポイント。君は肉体に戻る準備は出来てるかい?」

 

 俺の言葉にテンポイントはにへら、と相貌を崩して笑い。

 

「やっぱり最後は遠野さんの手で生き返らせて欲しいのですね!」

「おーけー!じゃ、さっさと生き返ろう!」

「ちょっわ!ここはもう少し……余韻や思いを伝え――にゃわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 本当にこのままじゃ俺の地縛霊と化しそうなので、ノータイムでテンポイントの頭を掴み生命のオーラをぶち込むと、最後に何か告白でもしようとしたのに梯子を外されて珍妙な声を上げて光り輝く。だが流石はウマ娘なのか、ただでは生き返らんと頭を掴む俺の腕を握って――

 

「絶対に遠野さんを見つけ出しますからね!たとえ、記憶が消えようと……私は絶対に、絶対に探し出して――――」

「探し出して……?」

「言いたいことがたくさんあるので……ッ!その時のお楽しみです!!ぬぉぉぉ……この手を離しません……離しませんよ……ッ!んにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!」

 

――パァン!と爽快な音と共に今度こそ光の粒子となり、最後の最後まで手だけになっても俺の腕を掴むのを止めない妄執の塊はとうとう何処かへと流れ去った。

 

「探さなくても……俺から会いに行くつもりだったんだけど……」

「そういうのは早く伝えてあげた方がいいですよ……と言っても……あの調子ならきっと大丈夫だと思います……」

「だよなぁ……」

「門限を破っているので私もそろそろ帰りますね……レッスンの続きは……また明日……『ウマーバックス』で四時に会いましょう」

「俺も時計を売っぱらわなくちゃな……いや、お金は本当に大丈夫だから!そんな財布からお札出してると……俺がカツアゲしてるみたいじゃん!」

 

 見たことないお札であるが通貨の単位が同じなら三万円をこちらに渡そうとしてくるのを意地でも断り続けてると深くマンハッタンカフェは息を吐き。

 

「アナタのお世話を私がしたいだけなのですが……」

「お金まで世話して貰ったらそれはヒモだよ!」

 

 男のプライドとやらまでは理解してないマンハッタンカフェにそう突っ込むのであった。

 

 

 

★★★★★

 

 

「んぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……って、ここは……病室?」

 

 最後の最後まで遠野さんの手を握っていた私は、気が付けば病室でベッドから跳ね起きていました。マンハッタンカフェさんの話では生霊である私は記憶を失くしてしまうはずだったのに、それでもハッキリと今日一日の記憶があるのに安堵して――

 

「この病院からあそこまで走れば……30分!まだ間に合います!私は伝えるべきことが……ッ!待っててくださ――」

「大変です!先生!テンポイントさんが――ちょっ、何処に行くんですか……ッ?!」

「すいません!私にはどうしても会わなければならない人が……ッ!頼みます!行かせて……行かせてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「錯乱しています……ッ!応援を……ウマ娘の看護師をもっと呼んで……ッ!」

 

――そのまま病室を飛び出ようとした私を止めたのは、私の声を聞いて駆け付けたウマ娘の看護師でした。これでもトレセン学園で鍛えた身体は三か月のブランクもあり、あっさりと看護師たちに取り押さえられる中であることに気付きます。

 

「私の足が動いている……ッ!つまりはこれは思いのちか――んぁっ!」

「ふぅ……ふぅ……とても病み上がりとは思えないパワーね……って、この患者は……ッ!」

 

 チクリと何かが刺さる痛みとともに、看護師たちの驚愕の声を最後に私は闇に包まれるのでした。

 

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