登山中に滑落事故で頭を打った俺は、漆黒の髪を持つウマ娘と『お友だち』に助けられて奇妙な世界に迷い込んだのだけど、これからどう生きればいいんでしょう? 作:たたたった
「私は誰を探してたんだろう……?」
病室で目覚めた私は、窓の外の街並みを見ながらそう呟いた。
朝、病院のベッドで目覚めた私はなぜここに居るのか混乱していると、お医者さんが落雷による事故で三か月間も意識不明の重体状態であったことを教えてくれた。トレーニング中に走っている最中に雷が直撃して半身不随になったそうだ。
私はその言葉に血の気が引いて足を見たが、医者の言うような半身不随になったにしてはいつも通りに動かせる。筋肉は流石に三か月もの間、トレーニングもしなかったから衰えていたがそれでも立ち上がることも歩くことも出来た。
お医者さんは私の足が動くのは奇跡だって言ってたけど……それより最初に目覚めた時の記憶がほとんどない。誰かに……私は会いたかったはず……伝えたい事もたくさんあった筈なのに思い出せないや……。
朧げな記憶の中で、それは昏睡状態の私が見ていた夢だと思うのに、金色の色に輝く夕暮れのレース場を走り抜けた光景が脳裏に焼き付いて離れない。それから流れ星のように空から落ちて、誰かの腕を握って私は叫んでいた。
『絶対に■■さんを見つけ出しますからね!たとえ、記憶が消えようと……私は絶対に、絶対に探し出して――――』
『探し出して……?』
『言いたいことがたくさんあるので……ッ!その時のお楽しみです!!ぬぉぉぉ……この手を離しません……離しませんよ……ッ!んにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!』
顔も名前も思い出せないのに、あの人の腕を握った感触と感じた胸の熱さだけは決して忘れられない。そして私はベッドから立ち上がり鏡の前に立つと――
「髪の毛の色が変わってる……本当に私の髪は『流星』みたい……」
――栗毛色の髪に白い尾を引く流星の星。前髪には元から白い斑点のような色が付いていたが、目が覚めてからはそれに尾を引いて、まるで流星のように頭頂部から前髪へと銀色の髪が伸びていた。
結局のところ、私の身体に起きた異変は誰にも説明出来なかった。
半身不随と診断される程に脊椎は折れて壊れていたのに目覚めたら治っている理由も、そして三か月もの間に意識が戻らなかった原因も、たった一日で変わったこの髪の毛も、お医者さんはこれから精密検査をするみたいだけど、きっと答えなんて出ない――そんな気がしていた。
だけどこれだけは私にはハッキリと分かる。
「テンちゃん……もう動いて大丈夫な――――どうしたの?!」
「ママ、大丈夫だよ……ただ忘れ物をこれから探しに行かなくちゃならないんだ」
ママは私が涙を流していることに驚いていた。まるで失くした記憶の痛みを訴えるように、頬を伝う涙は止め処なく流れ続けて、それでも胸に広がる暖かな気持ちの理由を知るためにやるべきことは決まっていた。
東京は広い、数百万の人口の中から『あの人』を探す事は困難だろう。顔も名前も知らない、でもきっと会えば思い出す。それでも普通に探したんじゃ見つからない。
「私、病院を退院出来たらすぐにでもトレーニングを始めるね。そして多くのレースに勝って、私の事を誰もが知るウマ娘になるから……ッ!」
だから私はウマ娘にしか出来ない方法で『あの人』に私を見つけ出してもらう。この『流星』のような走りが日本中に知れ渡れば、きっと『あの人』はレース場に現れるだろう。例え会場に何万人、何十万人と観客がいようと私は確実に見つけ出せる確信があった。
そしてレースで勝ったら『あの人』に会いに行こう。記憶を取り戻した私は胸から溢れ出る思いを言葉にして伝えたい事を全て伝えるんだ……ッ!
覚悟は決まった。レースで勝って有名になるなんて言葉にするのは簡単だけど、それを乗り越えるには数々の試練が私を待ち受けている。でも私は絶対にそれを乗り越えて、日本中に名前を轟かすウマ娘に――
「失礼します……ここがテンポイントさんの病室で――――――あっ」
「ちょぇぇぇえぇえぇぇぇぇ! 私の覚悟を返して! なんでこんなにアッサリ再会しちゃうんですか……ッ! 私……遠野さんに会うために日本で一番のウマ娘になるって決めたばっかりなのにぃー!!」
「いや、だって病院名を教えてくれただろ。俺のことを覚えてないとは思ってたけど、せめて花束だけでもと思って……って、歩いてるじゃん!」
「ああぁぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!そういえば私言ってましたね!でも、私が探しに行くって言った!私が探しに行くのに……遠野さんがなんで探しに来ちゃうんですか!!それに遠野さんはトレーナーだったのですか?!」
――開いていた病室からトレーナースーツに花束を持った男性が現れて私は絶叫をあげました。それは頭にかかっていた靄が一瞬で晴れるかのように、昨日の夜とはまるで別人の大人としての遠野さんに胸からこみ上げる衝動のまま突撃して。
「な、なにしてるのテンちゃん!あなたはまだ目覚めたばかりなんだから――」
「ママはちょっと黙ってて……ッ!遠野さん!ちょっと覚悟と思いを返してください!こっちはどれだけ悩んだと思ったんですか!泣いたんですよ、私!もう二度と会えないんじゃないかと思ってたのに……こんなあっさりあえるなんでぇぇぇえぇぇぇぇ!」
「おっごぉ……ッ!待て……ウマ娘のパワーで俺に突進したら支えきれな……うぉ!」
そのまま遠野さんにウマ乗りになった私は、もう何を言ったらいいのか伝えたい言葉も纏まらないままに遠野さんの胸の中で泣き続けました。状況が分からずにママも遠野さんも困り果てる中で、背中をポンポンと叩く遠野さんの感触を感じながら。
「私をちゃんと支えてくださいよぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「無茶言うなよ……ッ!パワーでヒトが勝てる訳ないだろ!」
ならもういっそこのままウマ娘のパワーで掴んで離さないのも良いかなと思いました。
★★★★★
大抵のヒトは第一印象で判断する。だからこそ俺は、仕事の商談の際には気合に気合を入れて身嗜みを最大限に気を付けて、表情すらも完璧にコントロールするすべを身に付けている。
「テンポイントさんの病室は五階の305号室です」
「ありがとうございます」
看護師は俺がトレーナーかそれに類する仕事に就いているヒトだと思っているのか、何の疑問もなく未成年のウマ娘のいる部屋を教えてくれる。整髪料で髪を整え、肌には化粧水を塗り、紳士の鎧とも言えるスーツにネクタイに革靴、そして営業で学んだ表情で固めて、花束を持った俺はテンポイントを見舞いに来ていた。
まさかトレーナースーツで身を固めた俺が住所不定無職の20代男性だとは周りのヒトたちは思いもしないだろう。
しかしこのスーツを着ていると何で高頻度でトレセン学園のウマ娘たちに担当になってくれって頼まれるんだろうか……?在校生が2000人を超えるマンモス学園らしいが、慢性的なトレーナー不足なのかな?
見舞いの品を買って病院に向かう最中に、もう7回はウマ娘の学生に話をかけられた。トレーナーにはトレーナバッジなる証明書があるはずなのだが、それを確認せずにトレーナーだと思い込んで迂闊に話しかけるウマ娘たちが少し心配になる。
とはいえ、身体能力差を考えると暴漢に襲われる可能性などほぼゼロであるから、物怖じなんてしないのだろう。ウマ娘からしたらヒトなど幼稚園児ほどのパワーしかないのだから不良のウマ娘などは成人男性相手にも平然と絡んできそうで怖い。
「おっ、この病室かな?」
そんなことを考えてたらテンポイントの病室に辿り着く。これから会うウマ娘は生霊である時の記憶を持たない完全なる初対面。ましてや意識を取り戻したばかりであるので警戒心を抱かせるよりも早く見舞いの品だけ置いて帰ろうと入ると――
「失礼します……ここがテンポイントさんの病室で――――――あっ」
「ちょぇぇぇえぇえぇぇぇぇ! 私の覚悟を返して! なんでこんなにアッサリ再会しちゃうんですか……ッ! 私……遠野さんに会うために日本で一番のウマ娘になるって決めたばっかりなのにぃー!!」
「いや、だって病院名を教えてくれただろ。俺のことを覚えてないとは思ってたけど、せめて花束だけでもと思って……って、歩いてるじゃん!」
「ああぁぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!そういえば私言ってましたね!でも、私が探しに行くって言った!私が探しに行くのに……遠野さんがなんで探しに来ちゃうんですか!!それに遠野さんはトレーナーだったのですか?!」
――流石はウマ娘。半身不随の状態のはずがもう元気に二本足で立ち、元気いっぱいに奇声をあげならこちらを指差している。どうやら生霊の頃の記憶もばっちりと残っているらしく、テンポイントの方から会いに行くつもりで俺が来てはいけなかったようだ。
そして俺がトレーナーではないことを説明するより早く、恐ろしいことにテンポイントが突撃を仕掛けてきた。病み上がりとはいえウマ娘、体重は50キロ近くはありそうな美少女が砲弾のような速度で迫るのを回避なんてすることも出来ずにそのまま押し倒される。
そして胸元で縋るようにテンポイントは号泣するのでポンポンと宥めるように背中を叩くと、顔を上げて涙で濡れた星形の瞳はこちらを射抜きながら大きく息を吸い。
「私をちゃんと支えてくださいよぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「無茶言うなよ……ッ!パワーでヒトが勝てる訳ないだろ!」
しかしトレーナースーツの効果は本物のようで、金属バットで殴られても平気な耐衝撃性を持つスーツはテンポイントの突撃の衝撃を見事に緩和した。あれだけの速度でぶつかっても背中を軽く打つ程度の痛みしか残らずに、テンポイントの流す色々なもので汚れるスーツ以外はダメージはほとんどない。
「というかいい加減に離れ……ろッ!」
「ふっふっふっ、ウマ娘にヒトが勝てると思っているんですか?」
「病み上がりなんだから無茶すんな、バカ!」
「それで本気ですか……?なら私はもっと力を出しちゃいますね……」
俺は押しのけようと互いの両手を組み力比べをするが全く歯が立たずに、瞳が完全にアグネスタキオンのようなヤバい色を帯び始めてそのまま組み伏せられる寸前で――
「先生!またテンポイントさんが暴れています!」
「ちょっと待ってください!落ち着きますから!落ち着きますから……鎮静剤だけはやめ――――ぐっ……おぉ、こうなったらもうプラン変更です……また明日でも……明後日でも……私に会いに……きて…………くださ……い」
「ノータイムで注射ぶち込むとか……この世界の医療がヤバい……」
――駆け付けた医者がそのまま首筋に鎮静剤を打ち込んだ。まさに見事な手際、暴れているウマ娘の対処法を完全に分かっているのか、何の迷いも躊躇いもなく正確に注射器を扱う。そして鎮静剤が体内に入っても気合で言いたいことは最後まで言い放ったテンポイントはそのままウマ娘の看護師によって運ばれてベッドで寝かせられる。
俺はもはや何が何だか分からないままに立ちあがってスーツを整えていると、テンポイントの母親であるウマ娘の女性は非常に申し訳なさそうな態度で頭を下げ。
「娘が申し訳ございません。まだ意識を取り戻したばかりで混乱しているのか、トレーナーさんを見て突進するなんて普段のあの子なら絶対にしないのに……」
「気に病むことはありませんよ、お母さん。三か月も意識がなかったのですから落ち着くまで時間が掛かるのでしょう。もうしばらくすれば自分の置かれた現状を正しく認識して、いつものテンポイントさんが戻ってきます」
「そうですね……やっと娘が帰ってこられたのですもの……」
テンポイントの母親は涙を流している。落雷から三か月も意識が戻らなければ、このまま一生元に戻らないかも知れない不安に襲われたりしていたのだろう。俺は母親の方を宥めながら、用事は済んだのでトレーナーと勘違いしていることは訂正せずにその場を後にすることに決めた。
この場で俺がトレーナーでないと言ってしまえば余計に母親は混乱するだろうから。
「それではテンポイントさんが元気なことで安心しましたので、またの機会に病室にお見舞いに参りますね。大丈夫ですよ、お母さん。すぐに彼女は元気になりますから」
「はい……ありがとうございます……」
テンポイントは五体満足で元気だし良かったな……それにしてもウマ娘は半身不随と診断されても完治する程の回復力を持っているのか……いや、あの身体能力を考えればヒトより治癒力が段違いなのだろうか、羨ましい限りである。
髪色まで変化しているのだから驚愕としか言いようがない。ウマソウルなる超自然的な力が干渉しているのだから、肉体の変化もあの程度ならウマ娘にはよくあることなのだろう。
俺はこれからのテンポイントの見舞いをどうするか考えつつ、事前に調べた近場の図書館に向かって歩みを進めていると祭囃子の音が聞こえてきた。
「あー……夏だから祭りでもやってんのかな?まだ朝の十時だし……ちょっと寄ってみるか」
ドンドコドンドコ、と楽しそうなリズムが街中から聞こえてくるのが耳に入り、俺は誘蛾灯に誘われる蛾の如く、ふらふらとその音の方へと進んでいく。不思議と音の大きさ的に近場で祭りが行われているはずであるのだが、それでも周囲には浴衣を着るヒトや祭りへと向かう浮足立ったヒトたちは見当たらない。
不審に思いつつも、それでも太鼓と笛の音につられて俺は歩みを止めずに――
「なぁ、アンタは担当のいないトレーナーなんだってな?ちっと、ツラ貸してくれねぇか?」
「すまないが、今は祭りへ行くのに忙しいんだ……あの音色が俺を呼んでいる」
「祭りぃ?何を言ってるんだ……?そんな音なんて聞こえ……あぁ、そういうことか!そうやって私を煙に巻いて逃げようってんだろ?だがそうはいかねぇぜ……あいつらにトレーニングの指導を出来るトレーナーを確保するチャンスを見逃さねぇさ!」
――腰まで伸ばした黒い茶色の髪を持つウマ娘が俺に話しかけてくるが、俺の心は完全に音色に囚われているので会話の内容が頭に入ってこない。ただ前髪にはテンポイントのような白い斑点が髪色に浮かび、どこか不良のような雰囲気を纏っているのだけは理解出来た。
「アンタにとっても悪い話じゃねぇ……確かにあいつらは学園の問題児と言われちゃいるが、ウマ娘として走りに懸ける情熱は本物だ。見たところは新人トレーナーだろうが私よりは指導が上手く出来んだろ?」
「もう少し……もう少しだ……」
「……おい、アナタ大丈夫か?この暑さで熱中症にでもなったんなら近くの喫茶店で――――――――なんだよ、ここ……?」
「祭りの会場だ……見ろ、みんな楽しそうに踊っているだろ」
街中に突如として現れた祭りの会場。気が付けば朝日の光は夜の帳に変わり、星一つない夜空の中で、黒い影たちが頭上を連なる提灯の光に揺れながら、とても楽しそうに出店や音頭を聞いて蠢いてた。
隣にいるウマ娘は何がそんなに不安なのか、恐怖に顔を引き攣らせながら背後を振り返ると悲鳴をあげる。
「おい!私たちはどっから……帰り道がなくなってるじゃねぇか!」
「そう……俺たちはもう帰る必要は――――ひぎゅぅ!痛ぇな……何すんだ……あっ、ヤベ」
黒い茶色のウマ娘が強引に首を捻って背後を向かせてくれたおかげで俺は正気に戻った。背後を振り返ればもと来た道はなくなり、代わりに地の果てまで連なるような祭りの会場がそこにはある。
何処までも果てなく続く出店に、祭りの客と思わしき黒い影、そして鳴り続ける祭りの音頭はマンハッタンカフェが忠告した『このよではないばしょ』。つまりは不思議空間に迷い込んだ訳であるが、隣に動揺を隠せないウマ娘を見ながら――
「とりあえずはここから脱出しないとな……俺は遠野国男。君の名は?」
「私はシリウスシンボリだ……なぁ、ここは何処だよ?それになんでアンタはそんなに落ち着いてられんだ!?」
「慣れとしか言いようがない……異世界や幽霊や生霊とかと関わってくると精神が図太くなるというか……麻痺するというか……まぁ、そんなことよりさっさと帰るぞ」
「……あぁ、その胆力に自信に満ちた顔……アンタには帰る方法が分かるんだな?」
――こんなこと何てこともない風を装って返事をすると、シリウスシンボリというウマ娘は負けてられないとばかりに声を震わせながらも立ち直る。どうやらシリウスシンボリは俺が帰る方法を知っていると思っているようだが、俺は帰り方なんて知らないので問いは黙殺する。
とりあえず大人として子供を不安がらせない為に虚勢を張るのは良いが……これは本当にどうやって帰ればいいんだ……?マンハッタンカフェのレッスン5は受けていないぞ。
『このよではないばしょ』の脱出方法がレッスン5の内容だったのだが、まさかレッスンを受ける前に謎の空間に囚われるなど思ってもみなかった。隣には恐怖の色が隠せないシリウスシンボリを見て、俺は手を差し伸べる。
「ほら、手を掴め」
「私は子供じゃねぇぞ!誰がお手てを繋ぐ子供みたいな真似なんて恥ずかしくて――」
「別れたら一生ここから出られないかも知れないんだぞ?いいから大人しく手を掴め」
「チッ!しゃーねぇーな!」
口ではそう突っぱねるが、流石に事態が事態なので渋々と言ったように俺の手を握るとシリウスシンボリは安堵に似た表情を一瞬だけ浮かべて、素直になれないヤンキーのように不満そうな顔を作る。
「ここに来たのはアンタの責任だから、あとで詫び入れてもらうからな」
「そうだな……魅入られた俺が悪いから、ちゃんとお詫びはするよ」
こうして俺たちは魑魅魍魎が渦巻く『このよではないばしょ』の祭りの世界へと、俺たちは手を繋ぎ元の世界に帰る為に足を踏み出すのだった。