何故こうなった……?
1
――五月。
桜の
もっとも、花弁が地面に落ちているせいで街路の清掃を行うボランティアの苦労は倍に膨れ上がっているに違いない。
そんな桜並木にあるコンビニエンスストア『セブンティ』は、駅から徒歩で五分ほどの距離と微妙な位置にあるにも拘わらず、通勤時間帯という理由もあって混雑している。
「いらっしゃいませ」
二つのレジの片側で作業を行うのは一人の学生。蛍光灯の光も強く反射させる黒よりも黒く感じる漆黒の髪の毛、ルックスは客観的に見れば中の上……彼を知る人曰く「親しみやすそうな顔なら右に出る者はいない」らしい。しかし親しみやすさとは裏腹に左目の下には切り傷があり、縫合の処置をしていないせいでパックリと割れていて、見ている側からすれば少々生々しかった(決して皮膚の内側が剥き出しになっている訳ではない)。
少年は客が台に乗せた商品を素早くスキャンし、袋詰め、会計という順序を正確かつスピーディーにこなしていく。
「ありがとうございました、またお越し下さいませ」
挨拶を終えると同時に次の客へ意識が移り、先程と同様に作業を行う。流れを切らさないと表現するより、流れを捌いている、の方が正しい。
客の目線からすれば、通勤時間帯のコンビニとは言えど長い時間レジ前で待たされるのは煩わしいものだが、彼の迅速さは煩わしさを感じないどころか、その手際に見入ってしまいそうになった。
「……お客様?」
「え、あっ! ありがとね!」
不覚にも見入ってしまった一人の男性客は、我に返ってそそくさと店を出ていく。
「ありがとうございましたー」
背中から聞こえる決められた挨拶も、本当に感謝されてるのかと錯覚を覚える。こうして、再び店を訪れる常連客となっていくのだ。
通勤による忙しい時間帯は、あと一時間続いた。
◆ ◆
「はーい、今日もお仕事お疲れさま。ほんとに君がいると助かるわあ」
「別に助けた覚えはありませんけど……」
今日のシフトを終えた少年は、事務所兼更衣室で店の制服から学校の制服に着替える途中――どこか女性らしい話し方をする四十代の男性社員と談話をしていた。
「何言ってるのよ。君のおかげでリピーターが増えちゃって『今日はあの学生さんはいないんですか?』の質問を何度聞いたことか……とにかく君の店への貢献度は私を越えちゃってるわあ」
「越えてるってのは言い過ぎですよ。それに、それもこれも『店長』の指導の賜物ですから」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃないの」
このオネエ(?)社員はアルバイトでもパートでもない。この店を任されている店長である。見た目こそ年相応の中年男性だが、気の利いた性格とフレンドリーな人柄で、近所では有名人(主に主婦層で)に数えられる顔が広い人物だ。
そんな店長から直々に教育を施されたからか、少年はコンビニでのスキル以外にも対人スキルを植え付けられていた。
「本当に、斎藤さんには感謝し尽くしても足りないんですから。俺に感謝する必要はないですよ」
斎藤とは言うまでもなく店長の名字だ。
「そういう謙虚なところも君らしいわねぇ」
あ、そうだ……、と思い出したように話題を切り替える。
「次のシフトは『彼女』も一緒だったよねぇ?」
「はい」
それがどうかしましたか? と目で問いかければ、店長の斉藤はどこか申し訳なさそうに顔を歪めて、口を開いた。
「その時なんだけど……私はきっと溜まった事務作業に追われそうなだから、教育係を頼んじゃっても良い?」
「ええと……」
何か言いたげな少年の質問内容を覚った斎藤は、少年が話し出す前に答える。
「事務作業は一応ここでするから大丈夫。入りたての新人を残して帰る、なんて真似はしないから安心して」
「分かりました。それなら引き受けます」
「ん、ありがとぉ」
着替えを終えた少年は学生カバンを腕に通すと、ブレザーについている校章を鏡を見て整える。
「じゃあ……今日はこれで失礼します」
「はーい、次もよろしくねぇ、神崎くん」
「はい。では、お疲れさまです」
少年――
「ふぅ……帰ったら少し勉強するか」
夜空を見上げ、いつもより多く息を吐いた唯斗は散り行く桜に目線を移して家路を歩み始める。
2
彼の家はコンビニから十五分ほど歩いた場所にあるマンションがいくつか建ち並ぶ住宅街にある。親の知り合いが管理人を勤める十階建てマンションの二階四号室(〇二四号室)が彼の部屋だ。
言い足せば――本当に彼の部屋だった。唯斗はかれこれ一年以上をこの〇ニ四号室で過ごしている。
部屋の前に着き、施錠した鍵を開けて玄関に足を踏み入れた。
「ただいまー」
廊下の電気は消えている。靴を揃えて、既に置かれていた靴の横に並べた。学校指定の革靴は手入れを欠かせばたちまち輝きを失うため毎日の靴磨きを怠らない。今日も例外なく専用のスポンジで周りを擦り続ける。
ここまでは一人暮らしの、何の変哲もない日常だ。
しかし、ここからが非日常的だった。
「お、お帰りなさい神崎くん。ご飯は朝の残りをレンジにかけましたし、お風呂も沸いてますけど……どちらにしますか?」
可愛らしいピンクのパジャマを羽織る同年代の女の子が唯斗を出迎える。
栗色の長髪ストレート、女性らしい柔らかそうな肌とふくよかな胸囲、十人いれば十人が可愛らしいと即答する顔立ちは文句のつけようもない美顔だ。
そんな彼女の、かの有名な「ご飯にする? お風呂にする? それとも……」を間接的表現で味わう唯斗は、恥ずかしさを隠しながら平静を保ってお風呂を選択して、そのまま洗面所に向かった。
手を洗いながら溜め息をつく。アルバイト終わりの達成感によるものとは違い、今回の溜め息は重い雰囲気を醸していた。
「慣れない……まだ、馴染まない」
脱いだ服をそのまま洗濯機に押し込んで(制服は畳んで別のかごに入れた)、タオルを片手に浴槽に浸かる。またしても溜め息をつくと浴槽のなかで脱力した。
家へ帰ったにも拘わらず唯斗の表情が安らがない理由――それは一人暮らしが先日より終わったことと、出迎えた彼女が『血の繋がりもない赤の他人だから』である。赤の他人と豪語するまでに縁がないわけではないが、ついこの間まで正真正銘『赤の他人』以外の何者でもなく、有り体に言えば『運命』に近い数奇な縁に巡り会ってしまったのだ。
(何でこうなっちゃったんだろうな……)
神崎唯斗、現在私立桜麗学院一年生。
生徒会所属。
現在クラスメートの女子生徒と二人暮らし。
このような自体になってしまった顛末を思い返し、唯斗は浴槽のなかで目を閉じた。
プロローグはこんな感じでどうでしょうか。