悪の華〜Le Fleurs du Mal〜 作:Lounge
嘘だ。
宮永咲は目の前で起きていることが全く信じられなかった。
嘘だ。
もう一度卓を見る。変わらない。
「嘘だ」
さっきまで…オーラスまで、私はトップだったよな?
「嘘だ…」
「現実見なよ」
対面から声をかけられ、咲は顔をあげる。栄光を手にした少女が、侮蔑の表情を浮かべてこっちを見ている。
「テルの妹だっていうからどんなものかと思ったけど」
少女は口を開く。
「予想以上に大したことなかったね、うん。なんで決勝これたの?」
投げつけられる言葉が、咲の心に突き刺さる。
「ねえ、」
私はこいつに、
「ポンコツさん♪」
負けたのか。
ああ、終わってしまった。みんなの期待を裏切ってしまった。大切なものを、大切なはずのものを、失ってしまった。
卓を囲んだ者がみな去りし後、なおも呆然として咲はそこに佇んでいた。
オーラスさえなければ。あの振り込みさえなければ。あと一歩で栄冠を掴み損ねた後悔が、すでに彼女をそこから動けなくするほどに重くのしかかる。
「…戻らなきゃ」
言い聞かせるようにつぶやいて、咲はゆっくりと立ち上がる。
戻ったら、最初に謝らなければ。部長の夢を壊し、まこ先輩や優希ちゃんの努力を無駄にし、和ちゃんとの約束を果たせなかった。
お姉ちゃんと話すことも、結局できなかった。白糸台に勝てば話ができるんじゃないかというかすかな希望も、今となっては露と消えた。
けれど、今はまず戻る道を考えなければ。負けたうえに道に迷ったではお話にならない。
あれ、おかしいな。
階段が、見えないよ?
「負けちゃったじぇ…」
優希がポツリとつぶやいた。
「あと一歩だったんだけどね…」
久が答える。
「この負け方は…堪えるやつじゃな…」
まこも同調する。みな、目に涙を浮かべていた。
和は何も言えずに、ただ実況中継のテレビを見たまま立ち尽くしていた。ほおを涙がつたっても拭おうともしない。これで父親の決めた転校に逆らえなくなってしまったのだから無理もない。
「咲を…迎えに行きましょう」
久が呼びかけて4人は涙を拭い、咲を迎えに決勝ステージへと向かった。
4人がステージに入ったとき、咲はちょうど階段のところに立っていた。
「あっ、咲…」
久が呼びかけたそのとき、咲の躰がぐらり、と傾いだ。
あぶない、と叫んで久が駆け出したときには、咲はすでに頭から階段を落ちていた。
ガタガタガタッ!と激しい音をたてて転げ落ちる咲。転がり切って床で一度跳ね、動かなくなった。血だまりが広がる。
「咲、咲ッ!嘘でしょ⁉︎咲ッ!だ、誰か救急車!」
久の叫びに応えたのは、
「どないした⁉︎」
姫松高校の選手たちだった。
「救急車を!咲が、咲が!」
「落ち着き!恭子、119や!」
「もう呼んどる!」
「咲さん!咲さん!目を開けてください!」
「アホか原村!あんたが騒いでもなんも良うならんで!むやみに頭揺らすな!」
「咲ちゃんが死んじゃうじぇー…」
「大丈夫なのよー、きっと助かるのよー」
広がる騒ぎ。やがて救急隊員が到着するまで、清澄の4人はパニックに陥ったままだった。
「姫松高校が来たぞー!」
「準優勝おめでとうございます!今のお気持ちは?」
「今この状況見てなんでインタビューできる思とるんじゃアホンダラ!道塞ぐな!邪魔や!」
洋榎が群がるマスコミを蹴散らす中、4人と担架が救急車に乗り込む。
「清澄のメンバーに何かあったんですか⁉︎」
「あんたらに話すことやないやろ!散れ散れ!監督あと頼んだで!」
「え〜、ウチ〜?」
「えーウチやない、仕事やろ!私らも病院ついていきますんで!」
郁乃を残し、姫松の5人も救急車に乗り込んだ。
夜。
手術室の外で、9人は座って手術が終わるのを待っていた。
「今日はありがとう。本当に助かった」
「気にせんといて、困ってる人見たら助けたなるのが大阪もんの癖やさかい」
「インタビューとかいろいろあったでしょうに、良かったの?」
「だるいだけやん。それに、命の危機にさらされてる子ほってもうたら後味悪いもん」
そう言って洋榎が久に笑いかけたとき、「手術中」のランプが消えた。手術室の扉が開き、医師が出てくる。
「先生、容体はどないですか?」
恭子の問いかけに、
「一命はとりとめましたが、残念ながら目を覚ます確証はないです。最悪の場合、植物状態になるかもしれません」
と医師は答えた。
「うせやろ…」
言葉を失った4人に代わり、漫が呆然とつぶやく。
「ただ、脳の状態は比較的良好です。毎日話しかけてあげれば、あるいは早期に目を覚ますかも」
「わかりました。ありがとうございます」
久は医師に頭を下げた。
「毎日話しかけてあげる、ねえ…。」
病院を出て、久はため息をついた。
「4人だけで世話すんのは大変やろ。インハイ期間中だけになるけどよければウチらも手伝うで」
それをみて、洋榎がひとつ提案をした。
「えっ、いいの?迷惑でしょう?」
「個人戦はバラバラにやるし、結構暇やねん。あの病院は会場からも近いし、試合帰りに寄って帰ることもできるしな」
「うーん…じゃあ、お願いしようかな…」
「よしきた!じゃあ一応ウチの連絡先教えとくわ」
アドレス帳を交換する。ほな、うちらここで曲がるからと手を振る姫松の5人と別れて、4人はとぼとぼと宿への道を歩く。
「咲さん、大丈夫でしょうか…」
不安そうな和に久は、
「わからない。でも信じなくちゃ始まらないじゃない」
そう答えることしかできなかった。
久々の更新になりましたが、多分この先も気力が湧いたときにしか更新できないと思います。待っていてくださる読者の皆様に感謝。