悪の華〜Le Fleurs du Mal〜 作:Lounge
砂浜の向こうに広がるはてしない海は黒々として、過ぎようとする冬の残り香を孕む風が冴えた夜空を駆けている。
冬の夜に特有の鋭く澄んだ空気に、硝煙と血の臭いが一筋乗った。
「夜の海岸は死ぬのにはぴったりだよ、お姉ちゃん」
特に冬はね。雲一つないのに星の見えない空を見上げて、咲は足元に横たわるかつて姉だったものに話しかける。
風が返事をするかのように、強く吹く。
二時間前。咲はカラオケボックスにいた。
「I am lost child…」
月光を歌いながら、予感めいたものを感じて電話が鳴るのを待っていた。
きっと彼女はコンタクトをとってくるだろう。決着の時は近いと直感が告げている。おそらく、今夜。どちらかが死ぬ。
「もしもし?お姉ちゃん?…うん…じゃ、○○海岸で会おうか。うん…じゃあ、あとでね」
◇
同じころ、照は横浜のカラオケボックスにいた。
「もしも願いひとつだけかなうなら…」
妹を止められますように。歌詞とは別の願いを抱き、照は十八番を歌い上げる。
「宮永ちゃんは感情込めて歌うよねぃ。普段から感情を表に出せばいいのに」
咏が面白がって冷やかすが、照の表情は硬い。
「咏さん、今夜が一番大事なんです。今日は…すみません」
「まあまあ。そんな硬くなってるとアイツに負けちゃうよ?」
はいこれ、持って行って。咏は照に油紙の包みを渡した。
「…これは」
「宮永ちゃんの妹かもしれないけど、アイツはほんとに危険だから。説得とかできると思わないほうがいいよん。淡ちゃんの悲惨な最期見たんでしょ?」
「はい。ですが」
「ですがも春日もないの。仮に説得できたとしても、アイツが生きてるといずれ麻雀界のアキレス腱になる。今しかないんだよ」
「…わかりました」
ボックスを出て、照は携帯を取り出す。最も近い肉親で、しかし愛しの後輩を惨殺した敵である彼女の番号を呼び出す。
「もしもし。咲?」
砂浜を指定されたのは僥倖だ、照はそう思っていた。たとえ銃声がしても、波音がある程度消してくれる。
砂浜に足を踏み入れて10歩ほど歩いた時、左膝に砕けたような痛みが走り照は膝から地面に崩れ落ちた。
膝を撃ち抜かれたと気づいたときにはすでに目の前に咲が立っており、照のこめかみに銃口をあててきた。
「ずいぶん話が違うね、お姉ちゃん」
◇
「それのどこが丸腰なの」
咲は吐き捨てた。お互い丸腰で話し合おうと電話をかけてきたのは照のほうだ。後ろに三尋木がついている前提で考えていてよかった。
照が銃を持っているのを確認した時点ですでに膝に照準を合わせてあった。
お互いに命を狙っているのならば、話は早い。
いま引き金を引けば、確実に彼女は死ぬだろう。ためらいが残る。
それでも、咲は目的達成のために前進することを選んだ。
送り出された弾がサイレンサーを通り抜け、彼女の命を散らした。
硝煙の臭いは早くも風にさらわれて消えている。土にとどまる血の臭いと寒々とした夜の空気に囲まれて、咲は過去に思いを馳せる。
きっかけはもう何年前のことだったろう。私はただ、お姉ちゃんと仲直りしたかっただけなのに。
麻雀なんてきらいだ。私たちの仲を引き裂いて、人を潰して、殺して…こんなもののために人生賭けるなんて、ばかみたい。
もう戻れないけど、私は間違っていただろうか?
「お姉ちゃん、私間違ってるのかな?」
問いかける声にこたえるものは、もういない。