雷獣様の兄   作:斑田猫蔵

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目覚めたら世界が変わっていた

「……さん、兄さん!」

 

 掠れたテノールの声がしきりに呼びかけてくる。俺は眠っていたらしい。長い夢を、長い悪夢を見ていた気がするが……次第に意識が固まってきた。

 見知らぬ天井だ。それこそ転生ものの主人公のような考えが脳裏に浮かぶ。いやまぁ俺が転生したときは、座敷牢か何処かに監禁されていたので天井なんて見えなかったけれど。

 それにしても右腕が痛む。烈しい痛みではない。二の腕のあたりを何かが刺さっているような、ささやかや痛みだ。ささやかながらも無視できないのである意味厄介な感覚でもある。

 

「やっと起きたんだね、兄さん」

 

 感極まった声音で告げるのは一人の少年だった。今にも俺に抱き着かんばかりのそぶりを見せている彼を見て、俺は首を傾げた。兄さんと呼びかけるその少年は恐らくは雪羽なのだろう。だがすぐに目の前の少年が俺の知る雪羽であるとすぐには結び付かなかった。

 何と言うか、随分と大人びた姿になっていた。というよりも一挙に成長した感じにも思える。俺はそこで言い知れぬ不安がこみあげてきた。

 

「俺は……俺は……」

「丸一日意識が戻らなかったんですよ、雷園寺疾風君」

 

 問いかけにならない俺の呟きに応じたのは女性の声だった。先程まで奥まった所で控えていたらしいが、雪羽や三國叔父さんたちの合間を縫うように俺が寝ているベッドの傍に近付いてくる。声の主は紅藤様だった。

 

「右腕は中ほどまで半分に断ち割られておりましたからね。ショックで意識を失うのは致し方ない事です」

 

 右腕……右腕! 俺はもぞりと首を動かした。目覚めたばかりで忘れていた状況を、俺は少しずつ思い出していた。そうだった。俺はカマイタチに襲われて右腕を斬られたんだった。膝をついた所だけは覚えている。それから、変わり果てた腕を見てそのまま失神したんだ。妖怪として生きているというのにグロ耐性が付いていないとは我ながら情けない話だ。

 さてああだこうだ思いつつも、俺は腕の状態を見る事にした。右腕がどうなっているのか見なければ今後の見通しは立たない。流石に半分に断ち割られたままという事は無かろう。だがもしかすると、どうにもならないという事で切断されているかもしれない。

 うっすらと吐き気を覚えつつも、俺は視線を向ける。

 

「……!」

 

 右腕はあった。無事だった二の腕辺りには注射針が当然のように刺さっている。それ以外は特に何ともない。生々しい傷はおろか、古傷さえ残っていない。再生したという事なのだろうか。まぁ確かに妖怪の生命力は強いけれど。

 

「傷に関しましては、培養した細胞で埋め合わせて癒着させました。癒着と再生完了率は99.96パーセントではありますが、念のため数日間は右腕は酷使せずに様子を見てくださいね」

「培養した細胞で癒着……ですか?」

 

 重要と思しき単語の一連を俺はぼんやりと繰り返した。紅藤様の研究者肌はこの世界でも健在だった。彼女は夕飯の献立を告げるような口調で俺への処置を言ってのけたのだ。解らない単語だらけだったけれど。

 そうです。俺の問いかけに対して紅藤様は何故か笑みをたたえた。

 

「実は前に疾風君と雪羽君にお会いしたときに、落ちていた体毛から細胞を採取しておいたのです。お二人とも本家では色々と大変な目に遭っていたと聞きましたし、もしもの時のためにと思っての事ですわ。

 それにしても、まさかこんなに早く培養細胞を使う事になるとは予想外でしたが」

 

 返す言葉もなく、俺は紅藤様から視線を外す。雪羽や三國叔父さんたちを見やるも、誰も彼も神妙な面持ちで俺を見つめ返すだけだった。

 紅藤様は凄い。しかしそれ以上のヤバさを垣間見た気がした。

 兄さん。雪羽が俺に呼びかける。親しみの籠った声と表情であるが、雪羽の姿も声も俺が見知った物ではない。優しくて愛らしくて少し気弱だった弟にはもう二度と会えないのだ。俺の脳裏にはそんな考えが浮かんでしまった。

 弟であるはずなのに俺よりも一足飛びに成長した雪羽は、ゆっくりと俺に近付いてきた。半身を起こした俺の身体を抱きしめている。幼子が縋りつく相手を抱きしめるような抱擁ではない。壊れ物を扱うような、繊細な抱擁だった。

 

「俺、とっても不安だったんだ。強くて優しくて俺の事を大事に思ってる兄さんが……血だらけになって倒れてたから」

 

 少しだけ身体を離し、雪羽は俺をじっと覗き込む。翠の瞳は鋭い輝きを放っていた。

 

「兄さんはさ、ずっと俺の事をそのままで良いって言ってくれたよね? 弱虫でも甘えん坊でも優しい子ならそれで良いって。

 でも兄さん。それじゃあ駄目なんだって気付いたんだ。優しいだけじゃどうにもならないもん。大切な誰かを護るためには――強さが必要なんだ」

 

 強さが必要。雪羽のこの言葉は俺の脳裏で何度も何度もリフレインされていく。俺が転生してからずっと怖れていた事が近づいているのだ。雪羽の腕の中で俺は密かに震えていた。

 雪羽を優しく大人しい子に留めようとしたのは、ひとえに彼が長じてゲス野郎になるかもしれない事を危惧しての事だった。悪役という役回りではあるものの、雪羽は賢い子だった。強さとか暴力とかそう言った面に触れなければ、賢く穏やかな青年に育つだろうと俺は踏んでいたのだ。

 しかし雪羽は自らその道をかなぐり捨てたのだ。しかもそのトリガーは他ならぬ俺だ。

 

「兄さん。俺はもう大切な誰かが傷ついたりいなくなったりするのを黙って見る事なんて出来ないんだ。それに雷園寺家次期当主も目指しているんだ。だから、だから――」

 

 雪羽の声は途中で震えていた。その翠眼はもしかしたら涙で潤んでいたのかもしれない。しかし雪羽を恐れてその顔を見なかったから、実際の所はどうなのかは解らないけれど。




 転生者が混入する事で「原作」の世界が変わる事はあるのでしょう。
 しかし、変化が全て転生者の都合の良い方向に転がるとは限らないのです。

 それはさておき恋愛描写が無い? と思ってる方もいらっしゃるかもしれませんね。
 主人公たちは人間で言えば十歳前後です。まだ恋愛とかいう年齢じゃあないんでしょうね(小並感)
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