雷獣様の兄   作:斑田猫蔵

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知ってたか、青い薔薇って存在しないんだぜ(ドヤ顔)

 結局のところ、俺は三日後に退院する事になった。妖怪的にもまずまずの治り具合なのだとか。三國叔父さんの部下たちが代わる代わるお見舞いに来てくれていたけれど、付きっきりでいたのは弟の雪羽だった。あと春嵐さんもそうだったかな。

 雪羽はやっぱり俺よりも少し成長した姿になっていた。弟の方が急成長した事について、悔しいとかそう言う気持ちはない。ただただ不思議だった。何しろ数日前までポヨポヨした可愛い子供だったんだぜ? それが今では少年と呼んでも遜色ない年恰好にまでなっているんだからさ。

 大人妖怪たちによると、こういった現象は時々ある事なのだそうだ。

 妖怪たちは肉体を持った生き物であるけれど、精神的なものにもかなり左右される存在らしい。そもそも妖力を用いた妖術が、使い手である妖怪の思考を反映しているという側面もあるくらいだし。

 俺がカマイタチに傷つけられたのを目撃した雪羽は、兄である俺を護りたいと、護るための強さが欲しいと切望したらしい。雪羽は元々からして雷園寺家を慕っていた。そして雷園寺疾風は、何と実母の仇を探し出し罰を与えようと子供ながらに画策していたらしい。それ故に返り討ちに遭い座敷牢に押し込められていたそうだ……その辺りは俺も覚えている事ではないけれど。

 雪羽が俺を慕うのも無理からぬ話だった、という事だ。そもそも彼はおのれの家柄を誇りに思っていたし、当主だった母親の事を敬愛してもいた。その情愛が兄である俺にも向けられていたのは当然の流れでもある。実の兄で自分と共に本家を追放された男なのだから。その上本家から迫害された理由が、実母の死を追求するためとなればなおさらだろう。

 

 物語の修正力。そんな言葉が俺の脳裏をかすめていく。今までは修正力という物は殆ど気にせず、鼻で笑っていたくらいだった。何しろ原作では雪羽には兄がいない。長男だった雪羽を差し置いて雷園寺家の長男として俺が存在する。それだけで原作とは違った動きを見せているではないか、と。

 だから原作の理不尽な流れを粉砕し、俺が望む未来――弟である雪羽との平穏な暮らし――をつかみ取る事が出来るのだと俺は思い込んでいた。実際雪羽は兄である俺にも懐き、原作とは異なり素直な良い子に育っていたではないか、と。原作では一人だけ引き取られたという事もあり、三國叔父さんに甘やかされて増長していただけに過ぎないのに、である。

 いや違う。増長慢心していたのは俺だったのだ。カマイタチに襲撃され、雪羽が力を欲するようになった事実を咀嚼しながらそう思うほかなかった。実は雪羽はカマイタチともなじみ深い存在である。アニメ内で源吾郎と相対するとき、彼は取り巻きとしてカマイタチを従えていた。また過去に、雪羽自身がカマイタチに襲撃されて返り討ちにしたと述懐するシーンもある訳だし。

 弟や春嵐さんに看病されながら、俺は前世の事をぼんやりと思っていた。前世で見聞きしたアニメや漫画の事を。元々はオタクだった俺は色々な漫画やアニメの知識がある。その中には時間遡行ものや過去をやり変える物もあった。それらの作品にも、修正力の影響が示唆されていなかっただろうか? 過去の事件を抹消するために主人公が動く物語では、過去を知りつつ動いたにもかかわらずオリジナルと同じ展開になったシーンがどれほどあったというのだろうか?

――いやしかし。あれこれ感がるのも杞憂だ。

 最悪の結末、みたいなものが脳裏をよぎる前に俺は考える事を放棄していた。良くも悪くも切り替えの早い雷獣の特性なのだろう。

 壁に掛けられたカレンダーを見る。転生してから数年が経った。いつの間にか平成の世に突入している。しかしまだ猶予はある。雪羽が本格的に懲罰を受けるのは源吾郎と相まみえた後の事だ。だがまだ源吾郎はそもそも産まれてもいない。あとまだ四半世紀はあるのだ。

 それならばまだ巻き返しは出来るだろう。俺はそう思う事にした。

 

 

「マレビト君。快復祝いに来ましたよ」

 

 八頭怪がまたも俺の前に現れたのは夜中の事だった。どうにも寝付けなくて台所で水を飲んだ帰りの事だった。やつはごく当たり前のように廊下に控えていて、ついでに青い薔薇を抱えていた。

 

「快復祝いに薔薇を持ってくるなんて、あんたも大概ロマンチストだなぁ」

 

 憎まれ口を叩いてやったのだが、八頭怪は嬉しそうにほおを緩めただけだった。

 

「ふふふ。ごらんよマレビト君。これは青い薔薇だよ。今のキミに似合う花言葉だと思わないかい? 知ってるかな、青い薔薇には『夢がかなう』という花言葉があるって事を」

 

 いや失敬。八頭怪はわざとらしく咳払いすると言い添えた。

 

「ああ、『夢がかなう』って言う花言葉はまだなかったね。だけど()()()()()()()()花言葉だよ」

 

 さあ受け取って。俺は青い薔薇を受け取るほかなかった。慄然とした思いで。八頭怪が唯者ではない事は知っていた。しかしその一端が垣間見えた気がして俺は震えていた。青い薔薇の花言葉について言及した彼は、暗に未来を見通している事を俺にほのめかしていたのだ。

 それに今の青い薔薇の花言葉も不吉そのものだ。そもそも青い薔薇は自然には存在しない。ゆえに「不可能」「存在しない」という花言葉があったくらいなのだ。いや……青い薔薇が作られていない今ではそちらの意味しかないと言った所だろうか。

 表向きは夢がかなうだのなんだのと言ってるが、八頭怪もこちらの意味の花言葉を知らないとは思えない。だからこそ不吉そのものだった。

 

「男に花なんぞ贈るとはよほど暇なのかい? それに俺は、あんたを呼んだつもりなんかないんだけど」

「あらあらマレビト君。そんなにツンツンしなくても良いじゃないか。まださ、ツンデレが世に浸透するには時間がかかるんだからさ」

 

 こいつやっぱり未来を知っている事を隠そうとしないな。そう思っていると八頭怪は言葉を紡いだ。

 

「表面的にはボクを呼んでいないつもりかもしれない。だけどさ、今後の身の振り方とかどうしようか心配で仕方がないんじゃないの? ――特に急に逞しくなった弟の事とかでさ」

「…………」

 

 俺は押し黙ったまま八頭怪を睨む。まさしく彼の言うとおりだった。力を欲した雪羽の姿に、どうしても原作の屑な雪羽の姿を見出しかけてしまったのだ。あのままだったら……と。

 

「というよりも、マレビトである君をもってしてもこの世界の流れには逆らえないとか、そっちの方の悩みがあるのかな?」

 

 またも俺は沈黙を貫く。だがそれこそが答えだと受け取ったらしい。八頭怪はころころと笑い始めていた。

 

「成程ねぇ、そんな事でチマチマ悩んでいるなんて可愛らしいねぇ……ふふふ。初めてボクに会った時の事を覚えてる? あの時キミは未来なんか変えてやるって息巻いていたじゃないか。その時の勢いはどうしちゃったのかな?」

 

 弟が原因で破滅しない方法を知っている。蜜のように滑らかな声音で八頭怪が言う。俺は……俺はその言葉に喰いついてしまった。

 俺の態度の変わりぶりに八頭怪は目を細め、笑顔のまま言い添えた。

 

「弟によって破滅がもたらされるのならさ、あらかじめその弟をキミが自ら殺しちゃえばいいんだよ? ふふふ。そうすればキミはもう弟君が堕落していく姿を見なくても良いし、堕落した弟に巻き込まれて破滅する事も無いんだよ。簡単でしょ?」

 

 八頭怪の申し出に俺は絶句するほかなかった。雪羽を殺す。そんな事は考えてもいない事だ。

 

「物語の流れを変えたいんだったらさ、そこまで考えても良いと思うけどね。ふふふ、キミだってもう解ってるでしょ。この世は殺すか殺されるかだってさ。マレビト君。決意を胸に抱くんだ。そうすれば世界を変える事だって訳ないよ」

 

 高笑いと共に、八頭怪はそのまま退場していった。俺は青い薔薇を握りしめたまま呆然と立ち尽くしていた。

 薔薇と言えば棘があると相場が決まっているが、俺の手の平に食い込む棘などは一本もない。




 青い薔薇の花言葉に「不可能」「あり得ない」があるのは前々から知っていましたが、「存在しない」があるのは執筆中の調査で知りました。
 原作では「存在しない」キャラに対して「存在しない」という花言葉がある青い薔薇を渡す……怖すぎィ!

 ちなみに八頭怪君が物語の時代とはちぐはぐな言動をするのにも意味があります。
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