(小並感)
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気付けば俺はゲームに没頭していた。平成後期に登場したRPGゲームだ。確か周回プレイが出来るゲームだった気がする。いや違う。周回プレイを前提としたゲームだったなあれは。
もちろん一周目でもゲームクリアする事は可能だ。しかしエンディングでは回収できていない伏線がある事を示唆し、キャラクターの言動はプレイヤーに二周目をあからさまに促している。グッドエンドも確か、二周目以降でないと踏めないはずだ。
そうでなくとも、セーブやロードをキャラクターが感知している素振りさえ見せるし、それすらも物語の根幹になっているような、そんなゲームだったな。
――これはきっと、前世での記憶だろう。
真っ暗なゲーム画面に、マスコットキャラクターが飛び出してくる。愛らしい見た目と愛嬌のある言動とは裏腹に、こいつは中々の曲者だ。
「キミは※※※を………た事をなかった事にしようとしてるでしょ? ボクには解るんだよ」
そのマスコットキャラクターが大きくなっていく。大きくなるどころか画面からはみ出し、文字通り飛び出してきた。某ホラー小説の怨霊のように。
飛び出してきたそれは、マスコットキャラではなくあの八頭怪だった。
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場面が切り替わる。生臭い臭気が俺の鼻腔を刺激してしようがない。血の臭いと焼け焦げた肉の臭いとが入り混じっている。それとともに、見知った匂いが微かに漂っている。その匂いが何であるか俺には解っていた。解っていたけど、解っていたから解らないふりをしていた。
地面に倒れ伏しているのは見慣れた妖怪だった。所々金色に輝く、白銀の毛皮の持ち主だ。伏せているから解らないが、もうあの美しい翠眼が何かを写す事は無い。半ば本能的にその事を俺は悟っていた。
その妖怪の向こう側に、もう一匹妖怪が立っている。多分狐だ。狐だと解ったのは四尾をなびかせているからだった。俺たちのような雷獣の尻尾と異なり、全体的に太い。骨格から太いのか毛足が長くてそう見えるのか俺には解らない。
相手の顔は逆光になっているのか解らない。いや、ここに来てからずっと俺は解らないことだらけだ。
俺はどうすれば良いのだ? 弟の下手人を前にして逡巡してしまっていた。そりゃあもちろん仇を討つのが道理という物であろう。しかし唐突な場面を前にして戸惑っていたのだ。というか、向こうはかなり強いはずだ。雷獣は特化したポテンシャルを持つ者が多いが、妖狐は全体的にまんべんなく優秀な個体が多い。
それにこいつには主人公補正がある――こいつはこの世界の主人公なのだろうから。
そう思っていると視界が変化した。場面が切り替わった訳ではない。周囲の景色がセピア色にくすみ、全てが動きを止めているようだった。俺の隣には、いつの間にか八頭怪が佇んでいた。
彼は血みどろの弟を見下ろしてから、俺に笑みを向けた。野辺の花を見るような笑みを。
「さぁどうするマレビト君? リロードする? リロードしちゃう? 鋭角からのワンコに目ぇ付けられるかもしれないけれど」
「俺は……俺は……」
その後俺が何を言ったのかは解らない。その直後に目を覚ましたからだ。
というか全部夢だったのか。畜生、生々しすぎて現実かと思ったぜ。夢というのは妙にリアリティがあるから始末が悪い。
あ、でも何が現実なのかを見落としてはいない。俺は雷園寺疾風で、「九尾の子孫~」の世界の悪役になる雪羽の兄だ。雪羽はきちんと生きている。俺の隣でぐっすりと眠っているが。
※
「どうしたの兄さん。ぼーっとしてるけど」
雪羽に声をかけられ、俺はハッと我に返った。寝ている間に見ていた夢の事を思い出し、出先だというのにぼんやりとしていたのだ。出先でぼんやりしていれば、そりゃあ雪羽も他の妖怪たちも不審に思うだろう。
しかしそう言う事もある物だろうなと俺は半ば開き直った考えを持っていた。子供の頃は自分が何者なのかと昼日中に思う事はしばしばある。それに俺には確信があった――今のこのシーンを見て、夢の事を思い出したのだろう、と。
俺たちは雪羽に連れられる形で雑居ビルの一室に向かっていた。元々は雪羽が「個人事務所」として目を付けた場所である。でも今は春嵐さんや三國さんの計らいで買い取ってあるはずだ。あの日から雪羽は強くなる道を選んでしまった。俺も雪羽以上に強くなろうと頑張っているのだが中々上手くいかない。そうこうしているうちに雪羽は取り巻きを……部下を増やし始めた。既にもう原作に近い流れが出来始めている。
俺は面接と称して善からぬ考えを持つ輩ではないかどうかを選別しているのだが、その事はもちろん雪羽は知らない。
雪羽の部下たちは今までは男の妖怪ばかりだったのだが、今回はちょっと事情が違う。雪羽は、俺たちは大胆にも女妖怪をひとりこの雑居ビルに連れてきていたのだ。女妖怪と言っても、俺たちよりも少し年上と言った位の少女だ。やや化粧が濃く、甘ったるい体臭の奥からは不摂生の影が見え隠れする。
チンピラ妖怪に絡まれていた所を雪羽が撃退し、それで彼女を連れて自分の本拠地に来ているのだ。テンプレっぽい流れである。それこそ、親の顔より見た展開とも言えよう。
そんな雪羽に追従しながら、俺はずっとこんな事を考えていた。
この世界にはリロードもリセットもないであろう事を。少なくともタイムリープや時間遡行みたいな能力をこの雷園寺疾風が持っている気配はない。
つまりは一度間違えればそれで終わりという事でもある。もちろん、かつて縁があったマークシート試験と異なり、幾つもの要因を重ねて判断しなければ、その選択が正しいか正しくないかは解らない訳だけど。
しかし妖怪の少女を連れ込むという行為が、今後何か大きな変化点になるのではないか、という考えが頭に取り憑いて離れてくれなかった。
リロード・リセットの能力を持たぬ事は幸せな事なのか残念な事なのか。それもまた今の俺には判断しかねる案件だった。
お気付きの人もいると思いますが、結構猫蔵はアンテの影響を受けておりますね。
時間遡行物は「僕だけがいない街」もよく読んでいました。