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さてここで「九尾の子孫、最強を目指すってよ」について説明しよう。名前の通り、九尾の血を引く半妖の主人公が、最強を目指して活躍する妖怪もののアニメだった。ダンジョンが登場する現代ファンタジーや異世界ものが多い中で、この作品は妖怪が登場する事以外は現代に即した世界観というのも、一周回って新鮮だと評価されていた気もする。もちろん、主人公の活躍っぷりと、魅力的なヒロインとのやり取りも目玉だったのだけど。
九尾の力で無双し、ヒロインたちを獲得する主人公・島崎源吾郎に立ちはだかるのが雷園寺雪羽という雷獣の少年だった。その名の通り雷園寺家の御曹司にして長男であり、雷園寺家である事を笠に着る厭味で好色なキャラである。
しかし実際には当主だった母親の死をきっかけに、叔父である三國に引き取られて育つ。雷園寺家について思う所があった三國は彼を甘やかして育ててしまい……それにより増長して歪んだ性格になってしまった事が示唆されていた。
色々あって主人公と同じ職場で働く事になったが、九尾の力を持つ主人公に対してやがて強い嫉妬心を抱くようになり……そこを黒幕に突かれてしまうのだ。序盤は単に厭味なライバルだったのが、闇堕ちして救いようのない屑な悪役として立ちはだかるという役回りだ。
ライバルが闇堕ちした屑な悪役。この末路は決まっている。悲惨な死だ。アニメでは雪羽は主人公からも見限られ黒幕からも棄てられて死ぬという末路を迎えている。最期まで主人公を羨みながら。
アニメでは雪羽には弟妹がいる事は示唆されていたが、兄がいるという話は無い。だから雷園寺疾風というのはオリジナルキャラなのだろう。オリジナルキャラであれば破滅する可能性は低いのか? しかしそう断言するのは早計という物だ。アニメでの雪羽は取り巻きを従えていたが、その中に雷園寺家にいる筈の弟の一人がいたという話もある。その弟がどうなったかは定かではないが、雪羽の兄として転生したという事は彼の弟のような状況になる事は珍しくなかろう。
そうなれば、アニメの知識がある俺が兄として雪羽を導けば良いのだろう。そもそも俺が存在するという点から既にアニメから乖離している。であれば、俺の動きでアニメの流れを変える事は可能なのではないか?
ただ惜しむらくは、前世の記憶が蘇ったタイミングの悪さだ。こうして転生するのであれば、せめて雪羽の、俺たちの母が死ぬ前であれば一層良かったのかもしれない。雪羽の性格は叔父の態度によって形成されたものであるが、大本を辿れば母親の士が大きいのだから。それに原作で死ぬはずだった雪羽の母を助けるという実績を作れば、それこそ原作の流れを変える事が出来るという証左になったはずではないか。
だが過ぎた事をあれこれと考えなくても良いだろう。今はとりあえず、第二の生を謳歌し、今後の対策を練る事が先決である。
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「九尾の子孫、最強を目指すってよ」:二〇二×年に放映された深夜アニメの一つ。原作は小説である「九尾の末裔なので最強を目指します」である。
九尾の血を引く青年・島崎源吾郎が最強とハーレム構築を目指して活躍する妖怪ファンタジーである事は両作とも共通であるが、小説版・アニメ版では展開やキャラクターの性格に
アニメ版が幾つもの改変が見られるのは、書籍版の内容がタイトルに反し複雑である事、若者向けではないと判断された為であるとされている。アニメ版に関しては「主人公がスカッと活躍し、解かりやすい悪役が断罪される所が爽快である」と評される一方、「原作にあった複雑な心理描写や丹念な伏線の回収が全て台無しになっている」といった意見も存在する。そもそも書籍版の方は主人公の奮闘に重きが置かれ、無双やハーレムと言った要素はかなり薄いという側面すらあるのだ。
アニメで主人公と対立し敗北するという流れは、明らかにアニメで付け加えられた改変の一つに過ぎないのだ。
しかし、アニメと書籍の乖離が大きすぎるためか、アニメ勢は書籍版の内容を知らない事が多いのも実情である。