雷獣様の兄   作:斑田猫蔵

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営業で俺のモテ期(?)が始まった

 春嵐さんに連れられて俺がやって来たのは繊維関係の工房だった。一見すると小売店のようにも見えるが、実際にスタッフたちが製造から販売まで行っているので小売店というのは少し違う。また、工場と呼ぶには小ぢんまりとしていた所だった。

 そしてこの工房は当然のように妖怪が運営し妖怪向けの企業である。まぁ、術者とかいう職業に就いている人間も顧客にいるらしいが、彼らは俺たちのような妖怪にがっつり関わる人種だから、妖怪サイドの人間と言ってもいいだろう。

 余談だがこの世界では退魔師とか妖怪退治屋と名乗る異能持ちの人間は極端に少ない。というかラノベとかでよくある妖怪と人間の対立構造が薄いのだ。妖怪たちは人間に対して中立、或いは無関心である事が多かった。血の気の多い雪羽も、人間を襲ったり人間に喧嘩を売ったりするという事はほとんど聞かない。大妖怪候補らしく、雪羽も人間には余り興味がないみたいなのだ。三國叔父さんや月華さんたちが気を回して、人間とぶつからないようにしているという所もあるかもしれないが。

 

 ともかく俺は春嵐さんと共に応接室に通された。きちんとした商談が行われるというのは、壁に掛けられたホワイトボードを見れば明らかだった。俺たちの所属する企業名がはっきりと記されていたのだから。

 

「あなたが雷園寺さんねぇ。初めまして。お話は春嵐さんや月華さんから常々聞いていたから、お会いできて嬉しいわ」

 

 三対の腕を器用にくねらせながら話しかけてくるこのご婦人こそが、この工房の責任者なのだ。ぶっちゃけた話、ご婦人というには大分若々しく、むしろ大人のお姉様、大人女子と言った趣のひとだ。まぁこの時代には大人女子なんて言葉は無いが。

 無論彼女も妖怪である。見た目の通り(?)蜘蛛の妖怪らしい。蜘蛛の糸というのは優れた強度を持つため、妖怪たちや術者たちが好んで蜘蛛妖怪の糸の加工品を使うらしい。普通の蜘蛛の糸でも、鉛筆程度の太さがあればジャンボジェットを捕捉出来るという。妖力を持つ妖怪蜘蛛の糸ならばその効力は推して知るべき、だろう。

 

「こ、こちらこそ初めまして朱川社長。僕は雷園寺疾風と申します……今は訳あってすぐ下の弟と共に叔父夫婦の許で暮らしております」

 

 よろしくお願いします。そう言って俺は頭を下げた。それこそ中学生の自己紹介みたいで何となく恥ずかしい。よく俺は前世の記憶があるから中身はオトナだの実年齢より三十は加算されているだのと思っていたが、それがこの世界ではさほど通用しないであろう事に気付き始めていた。それはやはり妖怪の寿命の長さに起因する所だ。妖怪なんてものはナチュラルに何百年も生きる生物である。人間の場合だと百歳と言えばご長寿の域だ。しかし妖怪は百歳生きてようやく肉体的に大人だと見做される年齢に過ぎない。もっと言えば精神的に大人だと見做されるには更に数十年から百年近い歳月を要する。例えば三國叔父さんは百数十年生きているが、周りからは大人の仲間入りを果たした若者と見做されている。すでに結婚し、甥を扶養している身である事を差し引いてもだ。

 だからまぁ、前世で三十年ばかり生きたという俺の経験も、長命な妖怪たちの前では誤差の範囲内に留まってしまいそうなのだ。実際同年代の子供妖怪・若妖怪たちの中では落ち着いてるだの大人びてるだの言われるが、実際の大人妖怪たちに囲まれるとどうしても俺の幼稚さが露わになってしまう気がしてならない。

 まぁそれは、俺自身の精神の幼さも起因しているのかもしれないが。

 

 

「今日はよく頑張りましたね、雷園寺殿」

 

 春嵐さんがねぎらいの言葉をかけてくれたのは、工房を出て少ししてからの事だった。午前中だったのだが心身(特に心)に疲れが溜まり、夜更かしした後のように眠かった。妖怪はタフな生物なのだが、案外精神的な負荷に弱い一面もあるらしいのだ。

 そこまで緊張したのは、やはり営業の初体験のためだろう。そりゃあもちろん朱川さんも良い(ひと)だったし実は俺も面談と言いつつ聞き役に徹してばかりだった。

 それでも緊張していた事には変わりなかった。朱川さんが蜘蛛の妖怪だと知って(色々な意味で)捕食されないかと密かに身構えてもいたのだ。

 そもそも良く考えれば、俺自身も大妖怪や強い大人の妖怪に接する機会は少なかった。最近はちょっとヤンチャになった雪羽と行動を共にし、他の妖怪たちと頻繁に会っている。とはいえ雪羽の部下だから、雪羽や俺と同年代の妖怪たちばかりだったし。

 

「最初にしては上出来だと思いますよ。やはり雷園寺殿は落ち着いておいでですから……」

「ありがとうございます、春嵐さん」

 

 俺の言葉に春嵐さんは淡く微笑んでいた。

 

 それ以来、俺は時折春嵐さんに連れられて営業の補助に回る事になった。前世でも今世でも営業経験は薄い俺は、とりあえず営業に馴染む事に必死だった。

 だからその、俺が知らず知らずのうちに(ひと)たらしになっているという事には中々気付けずにいたのだ。




 蜘蛛の糸がジャンボジェットを……というのは子供の頃バラエティ番組で知った知識です。
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