「さて疾風お坊ちゃま。今日も一緒に営業に……と言いたいところなのですが。今日は私は大事な用がありますので、一緒についていけないのです」
朝に仕事の内容を確認する。これがいつの間にか雷獣一家の恒例行事になっていた。まぁ何というか報告するのは大体春嵐さんの事が多い。春嵐さんは俺たちの仕事内容とかを把握しているらしくて、それを思い出させるために朝の団欒の時にこうして教えてくれるのだ。
とはいえ春嵐さんは営業マンに分類されるので、営業絡みの話が結構多い気もする。そして気付けば俺も営業マンになっていた。もう少し雪羽の許にくっついて彼のヤンチャぶりをセーブしたいなどと思ったりもするのだが……そうはいかないのがサラリーマンの悲しさだ。というか人間に換算したら中学生になったくらいなのに、サラリーマン的なアレを味わってるってどういう事なんだろうか。やはり妖怪社会は奥深い。
ともあれ、俺は春嵐さんの言葉を聞いていた。この度の営業先は鶴岡の小売店である。それは前の連絡で聞いていた。鶴岡というのは白鷺城・城下町から少し離れた都市郊外であるがそれはまた別の話だ。しかし春嵐さんが同席しないとは。一人で営業に向かえなどとは言われないだろうが、俺はちょっとだけ緊張していた。
春嵐さんは俺の緊張を読み取ってくれて、にっこりと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。今回はお坊ちゃまと堀川さんに向かってもらおうと思っていますからね」
「ああ、堀川さんと一緒なんですね……」
「堀川さんと一緒なんて良かったじゃないか兄さん!」
「良いなぁ、堀川さんと一緒に営業するんだったら美味しい物を食べれるんじゃないかな。羨ましいな、俺も一緒について行こうかな」
「おいおい雪羽。営業の仕事はグルメ珍道中じゃないんだぞ」
何やら食いしん坊根性を見せた雪羽を嗜めていると、三國叔父さんも月華さんも朗らかに笑っていた。叔父さんたちは俺が転生者で、中身は人間の大人である事は知らない。それでも兄らしく振舞う俺を見て、「しっかり者の疾風とお調子者の雪羽」の兄弟だと思っているみたいだった。
「雪羽君は地元で部下たちの監督をする、ジェネラル・マネージャーとしてのお仕事があるでしょ~ 雪羽君は雪羽君のお仕事が、疾風君には疾風君のお仕事があるのよ。そうでしょ、みーくん」
「そ、そうだぞ雪羽。月華の言うとおりだ」
のんびりとした口調で語る月華さんを俺はぼんやりと眺めていた。三國叔父さんの前ではああしてのんびりゆるふわ口調になる彼女だけど、実際には相当な切れ者である事は俺も既に知っている。既に十何年も一緒に暮らしている訳だし。
表向きは三國叔父さんがぐいぐいと引っ張っているように見せかけて、実際に手綱を握っているのは彼女なのだ。
「まぁ雪羽。堀川君にはちょっとしたお土産を頼んでもばちは当たらんだろう。雪羽、お前だって頑張ってる事は俺も十分知ってるからさ」
お土産を買ってもらえると聞いて雪羽はもううきうきし始めているようだった。今まさに朝食を食べている最中なのに。
とはいえ堀川さんと聞いてワクワクするのも仕方あるまい。家畜を襲う黒 という種族である堀川さんは、どちらかと言えば肉食の妖怪である。俺たち雷獣もある程度は肉は嗜むが、そんなにがっつり食べるわけでもない。
加えて仕事柄料理に詳しくグルメである堀川さんの事だ。一緒について行けば美味しい物を食べれるとついつい期待してしまうのだ。
俺はふいに、堀川さんがかつて苅藻という妖狐に化かされていた事を思い出していた。まぁあの時化かされたのは俺たちも同じ事なんだけれど。
※
春真っ盛りの鶴岡は桜が咲き誇り、それはそれは美しかった。
「疾風お坊ちゃま。せっかくなので白鷺城も見ていきましょうか。もちろん、営業が終わってからですけれど」
「うん!」
白鷺城を見る。堀川さんの提案に俺は素直に頷いていた。平素子供っぽい態度を作る俺だけど、今回ばかりは素でも子供っぽい感じになったのではなかろうか。白鷺城と言えばこちらの世界でも世界遺産として知られるお城である。もちろん桜も多く植わっているだろうし、天守閣を間近で見るのも悪くはない。
「白鷺城でのお土産なら、雪羽も喜ぶんじゃないかな」
白鷺城。何度かその単語を口にしたり思ったりしているうちに、何か引っかかるものがあった。何かを忘れているような感覚だ。だけどそれが何なのかはっきりとしなかった。
主人公・島崎源吾郎の住まいは白鷺城の近辺であるとされています。
その白鷺城に向かうという事は……?