雷獣様の兄   作:斑田猫蔵

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転生者は一人とは限らない

 商談自体は割とあっさりと終了した。堀川さんは陽気でちょっとうっかり者のお兄さんかと思っていたんだけど、案外それが他の営業マンにはウケるらしい。明るく和やかに話していると思っているうちに商談がまとまっていて、俺は少し驚いてしまった。

 あと、実を言うと俺も俺で取引先の営業マンたちから可愛がられてもいた。若い子なのにとっても頑張ってるねー、と。営業を始めてから、こうしてモテるというか可愛がられる事も増えていった。

 これがもしかすると、転生者としての役得なのかもしれない。役得ならばそれを活用するのもアリかもしれないと思っていた。

 何のかんの言いつつも俺は雪羽の兄である。今は雪羽と行動を共にする事が減っているが、営業活動で他の妖怪たちと顔見知りになっていれば、何か困った事があった時に助けてもらう可能性も高いだろう。それこそ、雪羽が何かやらかした時などにも大人たちが助けてくれたり助言をくれるかもしれない、と。

 

 

 約束通り、堀川さんは俺を白鷺城に連れてきてくれた。妖怪たちのいるというこの世界では、白鷺城にも刑部狐が棲んでいるという事らしい。刑部狐は雉鶏精一派とは友好的な存在ではないけれど……まぁ一般妖みたく見物に来るくらいならば大丈夫だろう。

 

「やっぱり人が多いですねお坊ちゃま。大丈夫ですか?」

 

 堀川さんは少し窮屈そうな表情を浮かべて俺に問いかける。春という事もあり白鷺城は多くの見物客でごった返していた。確か今は四月の初旬の筈だ。見物客が多いのもうなずける。学生であれば遠足や校外学習で来ているのかもしれないし、サラリーマンでも花見とかそう言う事だろう。もしかしたら学生だったらまだ春休みかもしれないけど。

 大丈夫、と俺は答えたが少しだけ罪悪感もあった。黒 (しい)である堀川さんは、実は人ごみとか大勢の人とか妖怪が集まっている所が苦手だったりする。日頃は風を従えるように駆け回っている妖だから、ストレスがかかるのかもしれない。

 でもわざわざこうして白鷺城に来ているのは、俺を楽しませるためなんだ。

 

「ちょっと空いている所を探してそっちから行こうか」

「うん。僕はそれで大丈夫です」

 

 俺の言葉に堀川さんは安心したようだった。よくよく考えると、俺は若輩者だけど三國さんの甥という立場でもある。三國さんの部下で、恩義のある堀川さんはどうしても俺を単なる子供として扱えないんだ。ついついその事を忘れてしまうけれど。

 

 

 順路に逆らわず、しかし空いている道を散策するのは楽しかった。穴場を見ているような感じがしたし、そもそも白鷺城を眺めるのも久しぶりの事だったから。

 だけどそうして楽しめたのも、隣に堀川さんがいる時だけだった。

 

「……?」

 

 隣にいたはずの堀川さんがいない。俺は少しの間首をひねった。はぐれてしまったのだろうか。俺がはぐれたのか堀川さんがはぐれてしまったのか……反射的にポケットをまさぐり、それから行儀は悪いが舌打ちした。まだスマホなどという物は無いというのに。一九九〇年代半ばのこの世界には一応携帯電話はある。だがまだそんなに普及していない。紅藤様とか萩尾丸さんは持っているらしいけれど。もっぱらポケベルが隆盛を誇っているみたいだが、生憎ポケベルも俺は持っていない。畜生。

 堀川さんを探して動くべきなのか、はたまたさほど動かずに待っていた方が良いのだろうか。俺はしばし思案した。迷子になったからと言ってそこまで焦らなくてもいいだろう。冷静な部分がささやきかけている。しかし何故か胸騒ぎもしていた。早く堀川さんを見つけて合流したほうが良いと。それが妖怪の勘という物なのかもしれない。

 しかし結局のところ、俺はただ立ち止まっているだけだった。思いがけぬ事が起きてしまったからだ。思いがけぬ事と言っても大げさな話ではない。俺の傍に何者かが近づいてきたからだ。

 その何者かは一人の男の子だった。本当に子供で、やっと小学生になったくらいの年恰好だった。艶のある黒髪は綺麗に切り揃えられており、整った面は抜けるように白い。頬や耳朶がほんのりと色付いている所で、辛うじてその子が血の通った存在だと解るようなものだった。

 異形めいた美貌を持つその男の子が、真実異形である事も俺は見抜いていた。俺も妖怪であり、嗅覚も優れている。男の子自身は妖狐の類であろうと判断していた。但し、その子の背後に得体の知れない者が取り巻いているようだが。匂いからして何か良くないもののように思えた。

 

「初めまして、お兄さん」

 

 男の子はあどけない声で俺に挨拶をする。たじろいでいる俺を前に、男の子はにっこりと微笑みながら言葉を続けた。

 

「お兄さんは雷獣さんだよね。トモダチのカズキさんが言ってたよ。僕は島崎庄三郎って言うんだ」

 

 島崎庄三郎と名乗る男の子を、俺はじろじろと凝視していた。島崎庄三郎。そいつが誰なのか思い出すまでもない。「九尾の子孫~」の主人公の兄である。魅了の力を持つ美青年という主人公とは真逆の属性を持つキャラだったが、本編には余り絡まなかったはずではないか。しかしその彼に俺がこうして出会うというのはどういうことなのだろうか。

 

『雷獣の小僧だと思ったら、俺の知ってる雷獣の雪羽とはちと違うみたいだな。あれか、2Pカラーってやつなのか?』

 

 庄三郎の背後でもやが蠢き、それと共に声が伝わってくる。音声として鼓膜から伝わるものではなく、脳内にダイレクトに響いてきたものだった。きっとこいつが庄三郎の言うカズキとかいう奴なのだろうか。何の因果か庄三郎に憑いているみたいだが……庄三郎にはそんな設定はあったか?

 

『設定? ああ成程そう言う事か……お前も()()()()()()()()なんだな』

 

 転生者。その言葉はそれこそ俺にとって青天の霹靂だった。

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