雷獣様の兄   作:斑田猫蔵

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俺とアイツでは原作の定義が違っていた件

『庄三郎君。少し身体を借りても良いかな。そこの雷獣君と話がしたいから』

 

 呆然と立ち尽くす俺を尻目に、カズキと呼ばれた影は庄三郎に話しかけていた。身体を借りる……? その単語に不穏な物を感じ取っているその間に事は進んでいた。庄三郎は何のためらいもなく頷いたのだ。それとともに、彼の周囲を取り巻いていたもやが変容する。内部に押し込まれるように入り込んでいったのだ。

 庄三郎はしばしぼうっとした表情を浮かべていたが、数秒を待たずして我に返ったようだ。いや違う。カズキとやらがその身を乗っ取り、主導権を握ったのだ。幼子の面には、今や老獪で邪悪そうな笑みが浮かんでいるではないか。

 

「安心したまえ雷獣君。庄三郎君にはちと眠ってもらっているだけだ。俺たちの話は庄三郎君には理解しがたい事であろうし、雷獣君としても姿のあるモノと話す方が気が楽だろう? それに俺も庄三郎君もこうした状況に慣れるのは良い事だからな」

 

 庄三郎の口を借りて語るカズキの姿を前に、俺は目をすがめていた。カズキの笑みと共に彼の妖気と獣の匂いが漂ってきている。こいつもある種の妖狐であると、雷獣としての本能が伝えていた。妖狐が半妖とはいえ大妖狐の末裔に取り憑くとは。これもう分かんねぇな。

 

「さて自己紹介しようか。俺はカズキ。ご想像の通り妖狐の一種らしい。まぁどっちかって言うと狐憑きの狐みたいな感じなんだろうな。

 まぁ、今の俺の正体は別にどうでもいい。さっきも言った通り俺は転生者なんだよ、雷獣君」

 

 今度はお前の番だ。暗にそう言われている事に気付いた俺は、一旦深呼吸してから口を開いた。

 

「俺は雷園寺疾風だ。訳あって雷園寺雪羽の兄をやっている。確かにあんたの言う通り転生者だよ」

「やはりそうだったか」

 

 薄桃色の唇が引き延ばされ、いびつな笑みを作った。

 

「それにしてもあの雪羽の兄に転生とはな……あいつには兄弟が何人かいるという設定だったが、確か兄はいなかったはず」

「そう言う意味では俺はイレギュラーだろうな。原作では雪羽は長男だったわけだし」

 

 やはり向こうも転生者という事もあり呑み込みが早いようだ。そんな事を思いながら俺は言い足した。

 

「あんたも転生者だから前置きなしに言うよ。この世界は俺の知る『九尾の子孫、最強を目指すってよ』というアニメの世界らしいんだ」

「ちょっと待て、今なんて言った?」

 

 アニメの名を口にすると、カズキは何と訝しげな表情を浮かべた。不思議に思いつつも俺は言葉を繰り返す。

 

「だから『九尾の子孫、最強を目指すってよ』というアニメ――」

()()()()()()()()()()()()()()()? いやまさか……」

 

 カズキの言葉に今度は俺が首をひねった。過去――いや前世でウェブ小説等を読んだ時の事を思い出す。転生者の中には、自分が転生した世界の原作を知らないケースも変化球としてあるにはあった。カズキがそうしたケースには当てはまるとは思えない。雪羽の事を知っているのはさておき、彼は設定という言葉に反応していたのだから。

 カズキはしばし考えこむそぶりを見せると、今一度口を開いた。

 

「俺が知っているのはアニメではなく小説の方だ。『九尾の末裔なので最強を目指します』だったな。しかしあれがアニメ化するなんて……元々は趣味人が投稿していたウェブ小説なんだぜ?」

 

 さも不思議そうに呟くカズキを俺はしばらく眺めていた。確かに「九尾の子孫、~」は小説を基にしたアニメである。俺は小説の方の内容は知らないけれど。

 

「ウェブ小説だったのは知らなかったよ。書籍化された小説が原作って事は知ってたけど」

「となると俺と疾風さんとでは転生する前までいた年代にずれがあるって事だな。俺は確か二〇二※年まで向こうにいた気がするし」

 

 カズキの推論は多分当たっている。年代を聞いた俺は密かにそう思った。

 

「それにしても、まさかあの小説がアニメ化するなんてなぁ……そこそこ面白いと思っていたが、それほどのポテンシャルがあったとは。あの手の作風は深夜アニメ好きには不向きな感じがしたからびっくりだよ」

「……やっぱり小説版とアニメ版じゃあ大分違うのかい? 俺の知る『九尾の子孫、~』は、舞台こそ現代だが主人公は普通に無双してハーレムを作るみたいだし」

「無双してハーレムを造っちまうだって? それは()()()()だな」

 

 俺の知る原作のアウトラインを語ると、カズキは何故かおかしげに鼻を鳴らした。本心からの言葉ではなく、皮肉が籠められているようにも感じられた。

 

「俺の知る原作ではそう言った要素はなかったけどなぁ。何しろ作者自身がそう言った要素を嫌い抜いていたらしいんだ。タイトルや主人公の性質でテンプレらしく擬態していたが、あの作品はむしろヒューマンドラマや心理描写に力点を置いていた」

「…………」

 

 カズキの言葉を俺はじっくりと吟味していた。それこそ俺の知るアニメの内容とかなり異なっているように思える。俺は心臓の鼓動が高まるのを感じながら言葉を紡いだ。

 

「その、小説での雪羽の立ち回りは? アニメでは雪羽は闇堕ちしてクズキャラになった挙句殺されるらしいんだ。そんな雪羽の兄に転生したから、俺は今までその闇堕ちの要素を潰して回っているんだが……」

「雪羽が闇堕ちしてクズキャラになるだって? ああ、()()()()深夜アニメを視聴するオトモダチ連中が好きそうな展開だな」

 

 やはりカズキの言葉には皮肉めいたものが浮かんでいる。

 

「まぁ確かに雪羽が色好みで気位が高く、源吾郎君の怒りを買うシーンはあるにはあったさ。しかし俺の知る原作ではあいつは()()()()()()()()()()()()はずなんだがな。むしろ色々な事件やイベントを経るに従って源吾郎君と打ち解けていたような気がするが……」

 

 小説世界での雪羽は悪役に堕する事は無かった。この言葉を聞いた俺はしばらく瞬きを繰り返すのがやっとだった。可愛い弟が堕落しないであろう事を喜べばいいのだろう。だけど小説の話を聞いているうちに、いよいよもってこの世界が俺の知る者なのかどうか確証が持てなくなってきた。それが不安でならなかった。




 小説とアニメでは物語の展開が違うってあるあるですかね。
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