雷獣様の兄   作:斑田猫蔵

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俺はお前でお前は俺だ!

「雷園寺疾風君……だね?」

 

 目の前にいる少年に対して、俺は間の抜けた口調で問いかけていた。その子の姿はある意味見慣れたものだったのだが、だからこそその名を呼んで呼びかける事にとてつもない違和感を抱いてもいた。

 鏡で見る虚像と実際の姿が左右逆である、という単純な話だけではない。

 転生してからというもの、俺は雷園寺疾風として生きてきたからだ。もちろん最初から転生した訳ではないから、オリジナルの存在がいたであろう事は薄々感じ取っていた。俺の――前世と、今世で見聞きしたという意味だけど――知りえる事の無い記憶がこの脳には残っていたから、その記憶の持ち主の気配はあるにはあった。

 しかしそれでも、雷園寺疾風そのものとこうして相まみえる事とは夢にも思っていなかった。言い方は悪いが、雷園寺疾風の自我はとうに上書きされたか何がしかの理由でもっていなくなっていたのではないかと思っていたのだ。

 そうだよ。雷園寺疾風は屈託のない様子で頷いていた。

 

「だけど最近は、お兄さんがぼくの代わりをしてくれてたよね。ぼく、お兄さんがやって来たことはちゃんと知ってるよ!」

 

 疾風は無邪気に得意げにそんな事を言った。その言動には屈託は無いが、俺はどうにも恐怖心が沸き上がってしまった。

 もちろん疾風は何も悪い事をしてはいない。俺の感じていた恐怖というのは、むしろ俺が行ってきた事への後ろ暗さに起因するものだった。

 成り行きはどうであれ、俺は疾風の意識を乗っ取ったような存在なのだから。憑依転生なるモノであるからそう言う物だと目を背け続けてきたが……俺は疾風自身の意識と肉体を乗っ取った異分子ともいえる。そう言った意味では、疾風そのものの意識とか自我が残っていたのは良かった事なのかもしれない。もっとも、疾風が腹を立てて俺を殺す可能性もあるかもしれないが。

 ああ、そうなれば敵は八頭怪だけじゃないって事にもなるけどな。

 

「……俺が君の代わりという事になるのかな。しかし疾風君。内心では腹立たしいんじゃないのかい。俺は君を乗っ取った存在になるんだからさ」

 

 言いながら、もっと巧く言葉を選べなかったものかと密かに後悔していた。何と言うか、言いくるめて場を収めても構わないんじゃないかという考えが脳裏をよぎったのだ。そもそも俺、ここ数年は営業マンとして活躍している訳だし。その際に培ったスキル「口八丁手八丁」は何処に行ったんだって話だ。

 なお俺は現時点で一営業マンではなく営業部長とかいう大仰な役職を持っている訳なのだけど、それはまた別の話だ。

 ともあれ、俺は半ば緊張しながら疾風の答えを待った。疾風は俺の言葉を聞いて、やはり無邪気に笑うだけだった。

 

「お兄さん。ぼくは別に怒ってないよ。怒ってないし乗っ取ったとも思ってないよ。そもそも乗っ取られたって思ったら、ぼくだって抵抗していたし……それこそ乗っ取り返していたと思うんだ」

 

 乗っ取り返していた。そう言った疾風の笑みが変質する。無邪気な子供の表情が、そっくりそのままケダモノの笑みにすり替わったのだ。唇の端からうっすらと牙――雷獣にももちろん牙があるのだ。それはレッサーパンダに牙があるのと同じようなものだ――さえ見え隠れしている。そう言えばこいつも妖怪だったんだ。俺は半ば他人事のように思っていた。

 自分の意識が妖怪の肉体に宿っているからか、この世界の妖怪連中が人間に近いからなのか、俺は時々妖怪と人間の境目があいまいにある事があった。でもやはり、時々妖怪は妖怪なのだと思い知らされる。今もそうだった。

 

「どっちかって言うと、ぼくはお兄さんに感謝してるんだよ?」

「感謝、だと?」

 

 疾風は物騒な笑いをやめると、今再び子供らしい表情でもって口を開いた。思いがけぬ言葉に首をひねっていると、疾風は言葉を続ける。

 

「雪羽を……弟をずっと護ってくれていたでしょ? 護っていただけじゃなくて、兄として雪羽に色々な事を教えてくれてもいたよね。

――ぼくがやろうとして、出来なかった事をお兄さんはやってくれていたんだ」

「…………」

 

 俺は黙って疾風の言葉を聞いていた。疾風の顔からいつの間にか笑みが消え、緑褐色の瞳には昏い光が宿っていた。

 

「お兄さん。ぼくはそもそもあの時から死んでいたみたいなものだったんだ。母様を殺した相手を突き止めようとして、それに失敗したあの時からね。多分、お兄さんがぼくの代わりをしてくれなかったら、ぼくは……」

 

 言葉を濁す疾風を前に、俺は不思議な気持ちになっていた。

 別段俺も、雪羽や疾風自身を積極的に救うために動いた訳じゃない。ぶっちゃけ利己的に動いていただけとも言えなくもない。何せ気が付いたら転生していたのだ。その世界で俺は悪役になるかもしれない妖怪の兄になっていた。だから弟が破滅しないように、弟の破滅のとばっちりを受けないように動いただけに過ぎない。

 妖怪は身勝手で利己的な生き物なのかもしれない。だがそれを俺は無邪気に笑う事は出来ない。俺とて彼らと同じく身勝手な存在なのだから。

 だから無邪気に称賛されるのはつらかった。

 そんな俺の気持ちとはお構いなしに疾風は笑う。

 

「でもお兄さん心配しないで。ぼくも大分元気になったから、もしお兄さん一人でどうにもならない事があったら、ぼくはお兄さんを助けたいと思うんだ。さっきもそれでちょっと身体を借りたんだ。だけど考えてみれば、お兄さんもぼくの一部なんだから」

 

 無邪気に語る疾風を前に、彼が俺をどのように解釈しているのかうっすらと悟ってしまった。

 もしかしたら、疾風は自分が生み出した第二の人格が俺であると考えているのではなかろうか? 憑依し自分を乗っ取った異物ではなく、自分の心を護るために生み出された分身。そう思っているからこそ、彼は異質な俺を受け入れたのではないか、と。

 疾風が二重人格の知識を何処まで知っているのかは解らない。しかし第二の人格を生み出す素養が十二分に存在した事もまた事実だ。

 俺も詳しい事は知らないが、二重人格の発症は精神的なショックがトリガーになるそうだ。疾風の場合はどうか。確か俺が目覚めた時、疾風は母を失い自分も何がしかの理由で拷問を受けた上に投獄されていた。人間で言えば五、六歳程度の幼子が、である。これを精神的ショックと言わずして何と言うべきだろうか。

 というか今しがた、疾風自身も「ぼくはそもそも死んでいたような物」「お兄さんがぼくの代わりにぼくがやるべき事をやってくれた」と言っていたではないか。

 これもまた、別の人格が主人格の行いたかった事を肩代わりしてくれたとも解釈できる。

 

 疾風には二重人格の素養があったのかもしれない。そこまでつらつらと考えていた俺だったが、それ以上考えるのを止めた。俺は前世を持つ人間で、見知った世界に転生した存在だと思っている。しかしそれ自身がかりそめの物だったら――? 真実を知った時、それこそ俺の意識がゲシュタルト崩壊を起こすかもしれない、と。




 こうした憑依転生ものって宿主の人格は何処に消えた! みたいな疑問が常々私の中ではあったんですね。
 今回、その解答らしきものが本文中では示されているのかもです。

 まぁ、これはこれでホラー的な要素があっていいですね。
 テンプレ要素は何処行った、というツッコミは申し訳ないがNGです。
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