俺たちは挨拶もそこそこに一階の訓練施設に集まっていた。見た目と内部の広さが何か違う気がするが、大天狗であるあるじによって何がしかの術が施されているのだろう。
いくつかの器具や白線が敷かれたエリアを進んだ先にあったのは柵で囲まれた一角だった。闘技場なのだと俺は本能的に悟った。柵は四角く囲まれていたのでプロレスやボクシングのリングに見た目は似ている。しかし俺がイメージしたのはコロッセオの方だった。
「覚悟は、いや準備は出来ているかな」
闘技場の一角まで皆を引率していた萩尾丸は、俺たちに問いかけた。藻介は雷園寺家の子供である俺たちに喧嘩を売ったのだが、萩尾丸はそれを見て両者を闘わせることを決めたのだ。元来藻介はとても失礼な態度を取った訳であるが、俺たちと闘う事でその態度が正当な物か見極めるという流れになったらしい。
――もちろん、俺たちの実力を見極めるための方便、というのもあるだろうけれど。
「俺はもう準備万端ですよ、萩尾丸様」
二本の尻尾を振り上げて藻介は居丈高に告げる。それから俺たちを睨みつけながら言い添えた。
「名門妖怪の血筋と言っても所詮は子供じゃあないですか。俺の敵じゃあないですね。二匹同時にかかって来てもあしらってやりますよ」
「それは心強い言葉だね、藻介君」
言いながら、萩尾丸はさもおかしそうに笑った。
「野良妖狐の身でありながら玉藻御前の末裔を自称している君らしい言葉じゃあないか。まぁ、そんな君の性格は前々から知ってたけどね」
萩尾丸のプチ炎上トークを前に、藻介は恥ずかしそうに目線を下げた。案の定彼は玉藻御前の末裔などではなく偽者らしい。
「九尾の子孫、~」は玉藻御前の末裔である島崎源吾郎が主人公である。そのため彼の親族である他の玉藻御前の末裔も何度か登場する。しかしややこしい事に、源吾郎の縁者ではない妖狐の中にも、玉藻御前の末裔を名乗る手合いが登場するのだ。それも一匹二匹などではなく、彼らだけで組織が作れるほどに。
藻介、という妖狐は本編には登場していない。しかしきっとそうしたアニメの設定の中に埋もれたキャラクターなのだろう。
「まぁ、闘うとなればお互い全力を出し合って闘うんだよ。お互い大妖怪の名を背負う期待の若手なんだからさぁ……相手の事なんて気にしなくていい。むしろ相手を殺すつもりで挑んでごらん」
「…………」
「…………!」
相手を殺すつもりでかかってごらん。この言葉に俺と雪羽は兄弟そろって強く反応していた。萩尾丸のこの言葉は、アニメでも序盤に出てくるとても印象的な言葉だった。何しろ初めて戦闘訓練を行う源吾郎に投げかけられた言葉なのだから。
一方の雪羽は、ひどく戸惑った様子で視線をさまよわせていた。信じられないようなもので萩尾丸を見つめ、縋るような眼差しを俺や三國叔父さんに向けている。
「お言葉が過ぎますよ、萩尾丸さん」
愛する甥の視線を受けた三國叔父さんが思わず声を上げた。丁寧な口調だけど戸惑いや怒りの色が浮かんでいる。
「あなたの部下であるその狐はさておき、疾風も雪羽も雷園寺家の子息なんですよ? その二人を危険にさらすのはどういった了見なんです」
「おやおや三國君。可愛い甥っ子の前でそんな事を言っても良いのかな?」
三國叔父さんがすごんだものの、萩尾丸は全く怯まない。むしろ笑みさえ浮かべている。
「心配してるのは解るけど、そんな事を言ったら君の甥っ子らが狐一匹にも負けるような情けない連中だって君が思っている事になっちゃうよ。それこそ、雷園寺家の顔に泥を塗るような事じゃあないかな?」
「ぐっ……」
叔父さん。萩尾丸の言葉に喉を鳴らす三國叔父さんに、俺は意を決して声をかけた。
「俺が藻介さんと闘うよ。雪羽は怖がっているみたいだし、萩尾丸の言うとおりだもん」
「疾風……」
心配そうに呟く三國叔父さんに対して俺はにっこりと微笑んだ。
「大丈夫。いつも叔父さんや皆に訓練してもらってるもん。その延長だと思って頑張るね」
「兄様、頑張って」
雪羽が曇りのない視線をこちらに向けてくる。頭をつい撫でてやりたくなったが、それをこらえて闘技場に向かう事にした。藻介狐は雷園寺家次期当主ではない俺を見て小馬鹿にしたような笑みを浮かべているが、そんな事はどうでもいい。
※
やはり転生した甲斐あってか、俺にもチートと呼べるような権能が具わっているのかもしれない。いや単純に雷獣のスペックが高いのか?
ともあれ俺は藻介狐を打ち負かした。雷撃のしびれから立ち直った彼は、鋭い眼差しを俺に一瞬だけ向け、その後は恥じ入ったように俯いている。
とはいえ藻介も取るに足らない雑魚ではなかった。狐火はもとより幻術を使った複数攻撃や攪乱なども使ってきたのだから。まぁ、雷獣の持つ気配探索と高出力の雷撃には特に意味はなさなかったけれど。
「これでどっちが強いのかはっきりしたみたいだね」
闘技場に視線を向けながら萩尾丸は言った。始終笑顔である。争いごとの好きな天狗らしいと言えば天狗らしい振る舞いだ。
「妖怪の社会は実力主義だからねぇ。やっぱりどっちが強いのかどうかって結構若い子は気にしちゃうよね。
だけどさ、自分の実力を見誤って過信しちゃうと後々痛い目に遭うって事になるんだよ。藻介君はもとより、ここに集まった皆もその事を肝に銘じておくんだよ」
ああやっぱり萩尾丸って指導者だなぁ。そんな事を思いながら俺は彼の言葉を聞いていた。藻介はうつむいたまま表情が窺えなかったが、勝利をもぎ取った気持ちよ際に酔い痴れた俺にとっては些末な事だった。