青の風景   作:四方松


原作:艦隊これくしょん
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 鎮守府最後の日の、鈴谷視点での一幕。

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鈴谷の目から見た、鎮守府最後の日の別れ際のお話。


青の風景

 格式ばった挨拶は今しがた終わった。お別れ会も数日前に済ませてある。艤装は昨日、外されたばかり。これで名実ともに、私たちは艦娘としての任を解かれたわけだ。

 鎮守府での最後の集いを終えて、私たちはそれぞれの新たな居場所へと帰ることになる。もう、この施設に残る必要はない。私物は先に送ってあるし、迎えの乗り物も待たせてあるから、行こうと思えばすぐにでも行ける。

 でも、何となく、誰しもが鎮守府から離れたがらなかった。

 建物を出て、海に面した埠頭のあたりで、なんとはなしに立ち話が始まった。何か切っ掛けがあれば、じゃあ帰ろうか、という話になるだろう。そんな予感を皆が共有しているから、誰もが切っ掛けを作りたがらない。そんな空気だった。

 それでも、徐々にみな、鎮守府から気持ちを引き剥がそうとしているのが分かった。交わされる話も、どんどんと表層をなぞるような、気のないものになってゆく。希薄に引き伸ばされ、間延びしてゆく空気が、消極的な終わりの瞬間を目指して動いていくのを感じた。

 

 そして、話が完全に停滞した。天使が通る、という奴だ。そこにいる皆が、言葉も交わさず、終わりの予感を共有した。私は最後にもう一度、首から上だけを使って振り返った。

 遠くに広がるのは、水平線を境目に、鏡写しの空と海。近くに視線を落とせば、目を瞑ってたって端まで歩ける、いつもの埠頭。ここで過ごす間、飽きるほど何度も眺めた景色たち。

 ”この海”を見るのは、これでおしまいだ。これから先、元艦娘同士で会うこともあるだろうし(一緒に住む人たちだっているのだ)、各々の都合が許せば、みんな一緒の同窓会なんかも実現するかもしれない。提督だって呼べば来てくれそうなものだ。そのままみんなで、上がったテンションに任せて海に繰り出しちゃったりして。水に浮けないってのは変な感覚だねと、何年経っても嘯いてみせたりするのだろう。

 それは充分にありそうな想像で、思い浮かべるだけで私の表情を緩ませる展望で―――でも、いまここにある寂しさを払拭するものでは、決してなかった。

 海にもう脅威はなく、悲しい同胞たちを沈ませることもない。完全無欠のハッピーエンド。まるで映画か何かみたいに、私たちは一人も欠けずにここまで来れた。

 この鎮守府をまた訪れることが叶うかどうかはわからない。でも、空がそうであるように、海はどこまでも繋がっているのだから―――失われたものは、何もない。

 ……だとしても、だとしてもだ。

 

 自分が走りだしたことに気付いたのは、後ろから誰かの制止する声が聞こえた瞬間だった。

 

 バカ、よせ、と焦った声。準鷹か摩耶あたりだろうか。準鷹は面白がりそうだし、摩耶の方か。

 スタートから数秒、もう眼下に海が広がっていた。埠頭の縁を蹴って、勢い良く宙に身を躍らせる。そのまま空中で、いつも通りに足を伸ばし―――そして微かな抵抗だけ残して水面を割る自らの足に、私はやっと、自分が艦娘ではなくなったことを、心で理解した。

 どぼん、と大きな音を立てて、すぐに聴覚がハイカットされた世界へと突入する。篭って響く、誰かの叫び声や笑い声。初出撃以来ずっと交わることのなかった、私と水面。

 力を抜き、感傷に浸っていると、鈍く重い音と共に、何人もの艦娘が水中に飛び込んできた。

 銀色の泡を引き連れて沈んできたのは、島風、長良、準鷹、伊19。なるほど、わかりやすい面子だ。皆、私の方に視線をやって、にやりと微笑んでみせる。私もそれに笑顔で返そうとして―――続いてやってきた闖入者たちに、私の目論見は失敗した。

 球磨、最上、大潮はまだいいとして、続いて乱入してきたのが木曾に不知火、山城だ。あんたら、悪ノリするようなキャラでしたっけ―――と驚きに浸っていると、真打ちが遅れて登場。加賀だ。他の人々と違い、あれは明確に怒っている。私にはわかる。だって何度も怒られているんだから。

 無表情でゆっくり泳いでくる加賀に怯え、逃げるべきか否か考えていると、ひときわ大きな着水音がした。加賀と一緒にそちらを振り向き、そして同時に酸素を噴き出す。泳ぎづらそうにもがくのは、提督だ。他の艦娘も慌てた様子でこちらに近づいてきて、アイコンタクトを行う。とにかく提督を水面に戻そう。合意に至り、私たちは昔のアニメよろしく、提督の大きな体を皆で支えて泳いでいった。提督は困ったような顔をして、されるがままに脱力していた。運びやすくて何よりだった。

 いや、それにしても加賀の驚き顔はレアだったなあ、などと考えていたら睨まれた。怖い怖い。

 

 びしょびしょに濡れたコンクリートの上、なんてアホなことを、と口々に言う元艦娘たちに囲まれながら、提督は笑っていた。提督が笑えば笑うほどに加賀の表情が剣呑さを増していくのが大層怖かったが、意に介す様子もなく、提督は声を上げて笑い続けた。

 一分近くもそうしていただろうか。やがて提督が、ぽつりと呟いた。

 ―――最後くらい、お前たちと同じ海を味わってみたかったんだ。

 そんなことを言われてしまっては、表立って文句を言える艦娘はいないようだった。加賀ですら、追求の手を緩めてしまった程だ。

 そうなると当然、変わったと思った矛先がまた私に戻ってくる。最後だからと張り込んで用意したのに、なんて、服の水気を絞りながら皆が口々に私をなじるのだ。だったら飛び込まなきゃいいじゃんと返すと、それもそうだ、なんて納得されたりもした。私が言うのも何だけれど、変な連中だと思う。

 ああ、加賀には滅茶苦茶怒られた。提督と一緒に。心配させるな、万一があったらどうする、と低い声で淡々と繰り返す姿に、ごもっともです、と返すことしか私たちには許されなかった。 

 

 ひとしきり説教も済んだところで、ぼたぼたと水滴を垂らしながら、私たちは連れ立って歩き始めた。

 全く鈴谷は、と誰もが口々に私を馬鹿にしてくる。天然トラブルメーカーっぷりで言えば私よりもひどかった不知火にまでそう言われたのは地味にショックだったけど、さっきまでの張り詰めた空気が霧散していたから、まあ、それでもいいか、って気分になれた。

 私たちらしい別れ際が演出できたなら、濡れ鼠で説教をされた甲斐もあったってものだ。

 そんなことを考えながら、集団から少し遅れて歩いていると、歩調を緩めた加賀が私に並んだ。つい、と視線を合わされて、内心で恐怖する。まだ説教し足りないのかよー、と怯えていると、加賀の手が私の頭の上に載せられて―――そのまま強く、左右に振られた。そして手と視線を離すと、歩みを早めて、加賀はまた離れて行った。撫でられた、のか。

 らしくないことしてくれるじゃん、なんて嘯いてみても、顔が熱くなっていることは誤魔化せない。ひょっとしたら、目頭も。たまたま一部始終を見ていたのか、翔鶴が微笑ましげにこちらを眺めているのに気付いて、私は顔を伏せた。きっと哀れなくらいに赤面しているだろう。マジ恥ずかしい。あーもう。本当にらしくない。

 

 火照った顔を見られたくなくて、体ごと回れ右をして、あの海を視界に収める。らしくないついでに、と―――そのままひとつ、敬礼。

 慣れ親しんだ鎮守府の海と、そして重巡洋艦鈴谷としての私に別れを告げて、私は迎えの車に乗り込んだ。




・タイトルはeastern youthの楽曲から。
・瑞鶴にすべきだろうなあ、と思いつつ、持ってない艦娘は書かない縛りにより翔鶴さんに出演して頂く感じの。
・加賀×鈴谷ってどうなんでしょうね。流行ってそうな気もしますけれど。
・このあとはきっとみんな、近くに住む者同士で遊んだり、長期休暇を利用して旅行に行ったりしながら、楽しく日々を過ごすのでしょう。多分。

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