リリカルなのは The Dark Knight 作:紅乃 晴@小説アカ
悪はどこにでもある。
特に、強く光がある場所には根深い闇が巣食っている。満月の綺麗な夜。だが、空には雲が出ていた。月明かりが雲に遮られて夜の街は闇に包まれていた。
ミッドチルダ。魔法科学が発展したこの世界には時空管理局と呼ばれる司法組織が存在するが、彼らがミッドチルダの治安を守っているわけではない。現に首都クラナガンは深く傷ついている。違法デバイスの闇取引。孤児、暴力、次元世界を監視する巨大組織があるというのに、街には犯罪が溢れかえっていた。
多くの市民は傷つき、痛みを抱えている。光は強いだろう。魔法を使える者たちの栄光と、その影で虐げられる弱者たちの闇を、世界は見ようともしない。綺麗な側面ばかりを映し出して、この世界は平和で愛に溢れ、健全であると謳い続ける。多くの魔法犯罪が無防備な市民たちに降り掛かっているのをお構いなくだ。
彼らは光の中で見失っている。本当の悪を。本当の闇を。眩しすぎて見失う白い闇を彷徨っているのだ。彼らにこの腐り切った側面を抱えるクラナガンをどうにかする術などないのだ。
俺は見張っている。
俺は闇。暗き闇に紛れて見張っている。不法に行われる魔法犯罪。犯罪者は恐れを知らない。彼らは魔法が使える。違法デバイスに手を出した犯罪者たちがクラナガンに跋扈するようになってから目に見えて治安は悪くなった。彼らは恐れを知らないからだ。この魔法科学が発展した世界で魔法を使う素質がある者は絶対的な強者であることを彼らは知っている。故に、恐れない。恐怖を武器にし、犯罪者たちは市民から搾取し続ける。
だが、本当の怖さとはなにか?
人が感じる本能的な恐怖を、奴らは手にしてない。その恐怖を奴らも制御できていない。恐怖は強さになるという側面を知ってはいるが、それが弱さにもなることを奴らは本当に理解はしていない。
俺が纏う闇とは、本物の恐怖だ。
クラナガンの街。
街灯のない暗い路地。
明かりが消えた部屋。
見上げた先にあるビルの屋上。
光が閉ざされた場所で俺は見張っている。多くの場所から。たった一人で。俺は全てを見てはいない。だが、奴らにはそう見える。
なぜなら、俺自身が闇だからだ。
▼
夜が更けた時間。
仕事帰りの事務方の職員が複数名の強盗に襲われたのは悲劇だった。
彼女は管理局に勤めてはいるが魔法素質を持っているわけじゃない。
今日もミッドチルダとは違う世界で起こった事件の調査資料や議事録をまとめて、随分と遅くなったというのに自分達がいるこの世界で襲われるとは、彼女は予想もしていなかった。
いや、想像の片隅にはあったのかもしれない。クラナガンの犯罪率は高くなる一方で、不法なデバイス取引が横行しているというのは、管理局の週報でも取り上げられていたからだ。だが、どこか他人事だと思っていた。
クラナガン、ひいてはミッドチルダよりも酷い世界なんて上げればキリがないし、そんな世界で起こる悲劇を阻止し、管理するのが自分達の仕事だったからだ。故に足元の危うさなど認識はしていても理解はできていなかった。
自らに降りかかる悪意に気付いた頃には、その女性は手遅れなところまで来てしまっていた。強盗が取り出した銃型の不法デバイスは、管理局の杜撰さによってもたらされた凶器だ。自らの身から出た錆。そうなって当然だと思う者がクラナガンには多すぎた。
彼女の悲痛な叫び声は誰にも届かない。届いたとしてもこの時間帯に出歩いてる者たちが助けにやってくるはずもない。鞄を奪われ、中身をぶちまけられたところで、強盗たちの手は群青色の管理局制服に伸びようとしていた。
相手は金銭では飽き足らず、女性の肉体も欲していた。情欲にまみれた下賎な男の目を見て震えている被害者。
だが、その手は彼女の衣服を剥ぎ取る前に止まった。
男は突然の痛みに絶叫した。鉄が走った手を見ると、手の甲から掌にかけて金属の金具が貫通していた。血が噴き出していて、アスファルトに滴り落ちている。
金属の金具は鏃……弓矢の先端のような形状をしていて、次の瞬間には返しが飛び出すと男の手ごと引っ張り上げられた。
絶叫と共に男が空の闇へと消えてゆく。
突然の出来事に呆然とする全員。すると、後ろいた強盗犯の仲間が首筋に鋭い痛みを感じた。反射的に手をやると異物が皮膚に食い込んでいる。引き抜くと、それはカーボン製の投擲武器だった。
「コウモリ……?」
そのシルエットを見てつぶやいた男は、投擲武器の刃に塗られていた薬品によって意識を失い、地面に倒れた。一人、また一人と小さな風切り音と共に飛来する武器によって意識を刈り取られてゆく。
「なんだ!?何が起こってるんだ!?」
残された一人が倒れた仲間の手にあったデバイスを取り上げてあたりに構えながら悲鳴のような声をあげる。闇に包まれた路地の奥で何かが駆けてゆく音が響き、咄嗟に男は引き金を引いた。リンカーコアから変換された魔力弾が路地の中に飛んでゆき、遠くで弾ける音が響く。むやみやたらと連射する男のそばで、被害者の女性は両手で耳を塞いでうずくまったまま声を上げた。
「くそ!クソクソ!なんだってんだ!こっちはデバイスがあるんだぞ!!」
著しく魔力を消費したのか、男は肩で息をしながら暗闇に向かって唾を吐いた。魔法が使えるとわかって怖気付いたか!恐怖心を振り払うように怒声を上げる男は、取り乱し続ける女性に苛立ったままデバイスの銃口を向けた。
「この女がどうなってもいいか!なら出てこい!俺の前に!」
「俺ならここにいるぞ」
振り返ると、眼前には闇が立っていた。途端、首に手が入り込み一気に締め上げられたまま足が中に浮いた。まるで万力に締められているような壮絶な力で、男は呼吸を遮られ、全ての動きが封じられていた。
「がっ……ごぇ……」
「覚えておけ……俺はお前たちの恐怖のシンボルだ」
男を締め上げたまま、真っ黒な出立ちの男は意識が耐えそうになる相手にこう告げた。
「俺の名は……バットマンだ」
その言葉を最後に、男は意識を失い黒尽くめの男の前で力なく崩れ落ちた。用が無くなった男を地面に放り捨てた相手を、女性は恐怖心に満ちた目で見つめている。黒いマスクに、重厚なボディーアーマー。そして闇夜に溶け込むケープ。
バットマンと名乗った男は女性を一瞥すると、腰から男の手を貫いた「グラップネル・ランチャー」を取り出すと、真上へと撃ち放ち、そのまま闇へと消えていくのだった。
▼
「ノア様、いい加減起床したらいかがですか?」
執事のアルナージ・ベントレーの声と共に降り注ぐ日の光に俺は思わず目を塞いだ。残念だったな、アル。君の主人は夜行性なのだよ。日の光を避けるためにベットに潜り込むと今度は布団を剥がされてしまった。解せぬ。
「ノア様。十五時からダールグリュン卿との会談とお食事会があるのをお忘れですか?それと、管理局運用本部よりロウラン様がご来訪します」
「断っといてくれぇ」
「そうはいきません。夜の警備員も大切ですがカレドヴルフ家の人間としての勤めも果たしても頂かなければ」
そう言ってキビキビと食事の準備を始めるアルに、俺はあくびを隠さずにしてサイドテーブルに並べられた新鮮な野菜に手をつけた。肉料理もあるし、朝食にしてかなり重いな。
「いえ、ノア様。すでに正午を回っていますので昼食かと」
時計を見ると時刻は十四時。のんびりとサラダを食べていた手が止まった。ん?名家であり、うちのスポンサーでもあるダールグリュン家との会談が何時からだっけ?
「繰り返しますが、ダールグリュン卿との会談は十五時からでございます」
起こしてよ!?行儀悪く残りの具材を備え付けられたパンにサンドして頬張る。すでにアルが着替えを用意して立っていた。できた執事ではあるがもう少し早く起こしてくれてもよかったんじゃないか?
「起こしましたとも。その度にあと五分と言われまして」
それは完全に俺のせいですね!ごめんな!!アルから着替えを受け取って俺はシャワールームに飛び込む。ダールグリュン卿との会談をドタキャンするのは流石にやばい。資産家である彼はカレドヴルフ・テクニクス社の大口スポンサーなのだ。
大急ぎで身支度を整えて、俺はスーツに袖を通す。その姿を見ていたアルは満足そうに微笑んで俺のネクタイの最終チェックをしてくれた。
「やはり貴方はスーツ姿の方が様になっていますな。どうでしょう?このまま役員の席にお座りになるのは?」
「アル。わかっているだろう?」
「えぇ、承知はしております。ですが……」
「〝誰か〟が成さなければならない。その場所の一番近くにいるのが俺なんだよ、アル」
袖にカフスをつけながら俺がそう言うと、アルはいつも複雑そうな顔をしていた。彼との付き合いは長い。俺がこの〝世界〟にきた時から、彼とは共にあった。故に、その眼差しが何を物語っているのかは容易に判断できたし、それに応えられないのもわかっていた。
「ありがとう、アルナージ。では、行ってくる」
「お気をつけて、ご主人様」
扉を出る俺に頭を下げるアル。その視線を背中に受けながら俺は使用人が待っている車に向かうのだった。
ノア・カレイドヴルフ。
第三管理世界「ヴァイセン」を拠点とする総合メーカー、カレイドヴルフ・テクニクス社り創設したカレイドヴルフ家の御曹司であり、唯一の生き残り。
7歳の時、両親は魔法科学を悪用した犯罪者のテロに巻き込まれ、この世を去った。両親の埋葬の時、俺は初めて思い出した。俺自身がこの世界で異物であるということに。
両親の遺産整理の時、時空管理局に籍を置く父の知り合いであるレジアス・ゲイズと知り合った時、俺はこの世界が「魔法少女リリカルなのは」の世界であるということを思い出した。
だが、現実は酷く残酷だった。なのはたちの活躍、愛らしい魔法少女の物語なんて、この世界のどこにもありはしなかった。
ミッドチルダ。特にクラナガンで起こる魔法犯罪は壊滅的だった。時空管理局地上本部のお膝元だというのに、その治安の悪さは致命的であり、街には違法に取引されたデバイスと、強者に虐げられる弱者たちが大勢いた。
その誰もを救えるはずなのに、管理局はそれをしなかった。あろうことか魔力を使えない人間を差別するような体制をとる始末だった。
俺と同じような境遇の子供達がたくさんいる。
いつか、孤児院を訪ねたことがあった。古びたその施設は常に財政に苦しめられていて、そんな苦しい中でも子供たちは懸命に生きていた。
それでも、犯罪は減らない。違法に取引されるデバイスも、強盗も。故に俺は決意した。誰もこの世界を守らず、外を見つめるというなら。魔法というスキルがない者が虐げられる世界が当然だというなら。
それが間違っていると証明する。弱者を守り、悪に恐怖を植え付ける。その効率的な方法を俺は知っていた。
奇しくも、彼と同じ境遇として生まれ落ちた。これもまた運命なんだと思った。カレイドヴルフ・テクニクス社で発明されたキットを使い、訓練を重ねた。
俺は魔力を生み出すリンカーコアを持たない。
きっと、なのはやフェイト……彼女らが戦う相手になど勝つことはできないだろう。だが、それは俺個人の能力に限定された話だ。
だから俺は仲間をみつけた。
闇。
紛れることで相手に的確に、急所に、鋭く、限定的に恐怖を植え付ける。
恐怖と畏怖。
そして正義のシンボル。
俺は、この世界でバットマンになると決めた。
▼
「ハラオウン執務官。こちらです」
そこは狭い路地だった。あたりには管理局の捜査員たちが現場の遺留品や証拠を調査していたが、目立ったものは見つからないだろうとフェイトはすぐに勘づいていた。
犯人たちはすでに逮捕されていたが、全員が口を揃えて言うのだ。〝化け物に襲われた〟
と。
「今月に入って四度目です。どうみますか?」
ここまで案内してくれた捜査官の言葉を聞いてフェイトは静かに地面に落ちているものを見つめた。白いチョークで囲われたそれは、犯人たちが言っていた投擲武器なのだろう。
そのシルエットは翼を広げた……コウモリのように見える。
「バットマン……」
強盗に襲われた被害者が証言した化け物の「別の名前」をフェイトは小さくつぶやく。
今月に入って四度目。襲われたのは全員札付きの悪党だ。違法デバイスの取引を起こっていたとき。一般市民を集団で暴行しようとしたとき。強盗を働こうとしたとき。
悪意が振りかざされた時に、その黒尽くめの男が現れたと言う。手裏剣を使い、ワイヤーガンでクラナガンの摩天楼を飛び、そしてマントを翼のように広げて空を舞う。
現場に魔力的な痕跡は一切残っていない。その男は肉体能力だけでそんな真似をしているのだ。
「ハラオウン執務官?」
「一度、本部に戻りましょう。彼はまた……現れます」
そう言ってフェイトは路地の上を見上げた。そこには、強盗犯の一人が宙吊りに吊らされ、地面に落ちていた投擲武器と同じシルエットが、壁に刻まれていたのだった。
思いつきで書きました。気が向いたら続けます。