リリカルなのは The Dark Knight   作:紅乃 晴@小説アカ

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それぞれの視線

 

 

「フェイトちゃん、また難しい顔してるね」

 

お昼時で、局員用の食堂を利用していたフェイト・テスタロッサ・ハラオウンは目の前に座っていた親友からの言葉に思わず読んでいた資料から顔を上げた。

 

「……そ、そんなに顔に出てた?」

 

「うん、こーんな険しい顔してた」

 

そう言って、向かい側に座る高町なのはは眉間あたりに指をおいて皺をたっぷり作り、目も険しいを通り越して怒っているような印象を再現した。そんな顔をしていたのだろうか、と思わず自分の顔を手で触ると、なのはは面白そうに笑ってから、真剣な顔でフェイトの見ていた報告資料を見た。

 

「例の〝バットマン〟?」

 

「うん、そう。……私刑で犯罪者に罰を与える黒いコウモリの男だよ」

 

そう言ってフェイトは添付された写真を拡大した。知り合いのジャーナリストが撮影した写真なのだが、そこには黒い翼を広げ、クラナガンの夜景を滑空する〝何か〟が写り込んでいた。

 

その夜は2件暴力事件が発生していて、どちらも被害者は前科持ちの悪党だった。一人はワイヤーによって宙吊りにされ、他の被害者たちも硬いグローブのようなもので殴られた顔は腫れ上がっていた。中には骨を折る重傷を負う者もいる。管理局で保護されたが、余罪もあって今は拘置所に留置されている。

 

彼らの目には明らかな恐怖が植え付けられていた。宙吊りにされた男の証言では、暗闇の中から突然現れた〝何か〟は、瞬く間に仲間を昏睡させていったという。個人で許容される暴力の範疇を明らかに超えていた。

 

「フェイトちゃんが険しい顔をしてるのって、バットマンのことじゃないんでしょう?」

 

なのはの指摘は的確だった。フェイトが憂いているのは、バットマンの出現と共に明るみに出てきたミッドチルダの犯罪率の高さだ。特にクラナガン首都近郊は壊滅的。不法なデバイス取引、強盗に暴行事件。特に狙われるのは魔法素質を持たない市民が大半だ。

 

魔力素質を持ちながらも悪の道に身を落とした者たちが、クラナガンの街で悪事を働いている。その数字がバットマンの出現によって表面化した。

 

無論、管理局の上層部は荒れた。この世界とは別の場所に視線が向けられていた視線は、バットマンという異常な存在とともに、自分達の足元の暗闇を鮮明に映し出したのだ。自分達の本拠地がある場所での不手際に、上層部は焦りを隠しきれていない。

 

現に、今まで管理世界の仕事をしていたフェイトが急にミッドチルダに呼び戻されたのだ。クロノや他の精鋭たちも続々と招集されている。近々、大規模な犯罪者たちの摘発調査が行われるのだろうが……。

 

「実態は、それほど明確なものじゃない」

 

クラナガンの犯罪。負の側面は根深すぎた。犯罪者単体のものから、組織だったもの、果ては仮想企業を利用した贈賄。魔法技術の開発企業とも癒着している。違法デバイスの取引が市場化してしまっていて、その利益を確保するためにさまざまな勢力が捜査の邪魔をしてきている有様だ。

 

「バットマンの出現で……クラナガンの街は混沌さを増している。バランスが崩れたような……そんな感じがある」

 

今まで平穏な均衡を保っていた悪の勢力図が、凄まじい速さで変化している。そして変化とは、血が伴う。バットマンだけじゃなく、穴の開いた利潤に群がる者たちもいるのだ。

 

「フェイトちゃんは、バットマンが悪だと思う?」

 

ハッと目を上げると、そこには真っ直ぐな目をしたなのはがこちらを見つめていた。フェイトは答えが出せなかった。バットマンを悪人だと、私刑で暴力を振りかざす異常者だと言う執務官仲間もいる。彼が夜を飛ぶことで、クラナガンの腐敗した部分が明るみに出ると嘆く者たちもいる。

 

しかし、本当に彼は悪人なのだろうか。

 

たしかに彼の行う私刑……暴力は間違っているとは思う。だが、彼が現れたことでクラナガンが混沌となったのは間違いだ。

 

そうなってしまうまで腐敗してしまったこの世界と、それを見逃し続けていた時空管理局にも責任がある。

 

「……わからない。けど、会ってちゃんと、話をしなきゃならないと思ってるよ」

 

「ふふ、フェイトちゃんならそう言うと思ってたよ」

 

早く食べないと休憩が終わっちゃうよ、そう言ってなのははプレートに並べられた昼食を摂る。

 

バットマン。

 

謎の黒尽くめの男だけれど、ただ言えるのは彼がどういう信念を持ってあの姿で戦っているのか。それを知らなければ何も始まらない。

 

フェイトも資料を開いていたモニターを閉じて、止まっていた昼食を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、ノア。またおもちゃをねだりに来たのか?」

 

のっけから愉快な挨拶をしてくれたのは、我がカレイドヴルフ・テクニクス社の開発部主任、ミス・MADなアニス・ハスラーである。

 

「何か失礼なこと考えた?」

 

「いや、まったく?今日は例の試作品を見に来たんだ」

 

たまにエスパーかな?という勘の鋭さを持つ彼女だが、その腕前は一級品だ。開発したMM(モータービーグル)は公的組織向けのものからアウトドア、モータースポーツにも幅広く普及した車体も多く、魔導技術も他の追随を許さない。魔道技術に関しては、現在も試作品であるフォートレスユニットという総合端末機の開発が進んでおり、すでに管理局からも実用化次第、注文予約が舞い込んでいる状態だ。

 

経営者なら高笑いひとつでもしたくなるのだが、あいにくアニスが最も得意とするのが、サバイバルウェア。いわゆるアウトドア用品の開発なのだ。片手でテントが設営できる仕組みや、焚き火に最適な器具のアイデアを出すのが彼女の得意分野だと言うのに、気がつけばMMや魔道技術にまで手を出していたのだとか。そのせいで本業でいるアウトドア用品の開発が後回しになっており、彼女自身、俺が尋ねるたびに不満を漏らしていた。

 

「できてるよ。ついてきて」

 

カレイドヴルフ家の長子である俺にも臆面なくラフな話し方をしてくれるので、彼女との関係はとても気楽だ。まぁ鼻歌まじまりに電磁記憶布を使ったグライダーを紹介されたときは、「こいつ頭のネジとんでるな」って思ったけどね!

 

グライダーはたしかに使えるけど、相当な速度で滑空するので着地に失敗すれば大怪我じゃ済まない。一度やって肋骨を2本折ったのだから間違いない。

 

ちなみにクレームを言うと、滑空中でも操作ができるフラップ機構と、非常時用の小型パラシュートが展開できるケースを追加で取り付けてくれた。

 

「新しい複合樹脂素材で作ったボディアーマーよ。材料は企業秘密だけど、四層構造で衝撃を通さない。通常の魔力弾はまず効かない。魔力砲撃は補償しないから過信しないように」

 

「まるで魔導士と戦う前提なアーマーだな」

 

「もともとは管理局の地上本部部隊から注文されたんだけど、予算がカットされたからこっちも頓挫したのよ。まったく、振り回されるこっちの身にもなってほしいわね」

 

その分、他の商品で帳尻を合わしているので企業的には問題はないのだが、当事者でいるアニスからすれば迷惑な話だろう。

 

「気に入った。とりあえずこれをもらおう」

 

「毎度あり!いつも通り使ったらレポートをお願いね。ノアの実証レポートほど信憑性の有るものはないからさ」

 

まぁ実際に使ってるからな!ちなみに新しいアーマーを要求したのは、先日魔力弾を真正面から受けて相当ダメージを負ったからだ。気合いで誤魔化したけれど、アーマーを脱いでから数日は地獄だった。

 

「けど、そんなに管理外世界の探検が好きなの?物好きも程々にしときなさいよ、ノア。アンタまで死んだらカレイドヴルフ社はお先真っ暗なになるわよ。嫌よ?実験もできずに無職になるなんて」

 

表向きはカレイドヴルフ家の御曹司がする道楽。管理外世界の探検のために使うと言ってはいるが、アニスは心配そうに俺の頭を撫でてきた。やめろよー!そんな歳でもないんだから!!

 

「じゃあ、もらって行くよ。あと、こないだのレストア品も頼む」

 

アニスが視線を向ける。そこにはエンジンである大型モーターが取り外され、部品がバラバラになった一台のMMが鎮座していた。これは俺が試作品を拝借して、あれこれと手を加えて新たに設計したビーグルだ。

 

バットマンには、やはりバットモービルがないとね!!

 

「あの狂ったMM?どこの馬鹿が設計したのかしらね」

 

「……まぁ頼むよ」

 

設計したの俺なんですけど!?その言葉は飲み込んで、俺はカレイドヴルフ・テクニクス社を後にするのだった。さぁて、帰ったらアーマーを改造して新たなバットマンスーツを拵えるぞぅ!

 

 

 

 

 

 

アニス・ハスラーからみたノア・カレイドヴルフは行き過ぎた道楽者であった。彼がこうやって自分の元に訪れては、今まで開発しては山積みにしてきた試作品をねだるようになって数年。

 

要求は段々とエスカレートしている。最初は本当にサバイバルキットが中心だったのに、今では完全武装で戦いに挑む兵士たちが望むような代物を要求してくる。

 

今日渡したアーマーも、一個人が使うにはあまりにも過ぎた代物だ。四層構造の軽い樹脂素材はアニスが独自に調合した素材であり、魔力による攻撃はもちろん、ある程度の質量兵器の攻撃だった耐えうるものだ。

 

そんなものを嬉々として持ち帰る我が社のオーナーに、アニスは僅かな不安を覚えていた。

 

今、巷を騒がしている〝黒いコウモリ〟が脳裏をよぎる。

 

彼は両親を魔法技術のテロで亡くした。執事のアルナージ・ベントレーや、親族たちも手を尽くして彼の心のケアをしてきた。彼は立ち直り、両親が死ぬ前に見せていた笑顔も見せるようになっていた。社員や重役たちもさぞ安心しただろう。

 

ただ、彼を見てきたアニスにはわかった。

 

彼の笑顔は偽りであるということを。

 

彼の心の奥底にはいつも、深い悲しみと、そして怒りが燃え盛っていると言うことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

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