リリカルなのは The Dark Knight 作:紅乃 晴@小説アカ
「何を恐れている?」
その言葉がリフレインして俺は目を覚ました。時刻は二十時を過ぎたあたりだ。ダールグリュン卿との会談と食事会を終えて帰宅した俺は、アルに休むことを伝えベットに倒れてから、泥のように眠っていた。
二重生活はこたえますな、とアルに言われたがまさにその通りだと思う。だから、あんな夢を見てしまうのだ。
起き上がった俺はサイドテーブルに置かれていたミネラルウォーターを口に含む。鼻を抜ける匂いがどこか鉄臭さを感じさせた。口の中など切ってはいないのに、鼻につく鉄の匂いはこびりついて離れなかった。
「ノア、君の恐怖の根源はなんだ?」
いつかの師が、そんなことを俺に問いかけてきた。
名を「ダインシーファ」と言う師。
古代ベルカの言葉で、「希望」と「絶望」を意味する矛盾した名だ。彼は力を求めていた俺を存分に鍛えてくれた。
出会いは、両親が死んでから数年後。
その時の俺には何もなかった。ただカレイドヴルフ家の御曹司という肩書きだけを背負った存在であり、惰性で生きているだけだった。
両親の魔力技術による〝事故〟は不運だったと誰もがいったが、あれは事故なんかではないと確信はあった。
新型魔力炉の起動実験の視察。
カレイドヴルフ社も新エネルギー事業に出資をしていたのだが、その魔力炉が暴走し、周囲と酸素を消失させたことで両親は瞬時に命を奪われることになった。俺はアルナージと共に両親の帰りを待っていたが、二人が帰ってくることは永遠になかった。
「……君の探しているものはここにはないぞ」
数年かけて俺はあの事故の真相を追っていた。若かりし日々は全てあの時間につぎ込んでいた。だが、結果は設計主任の誤操作による魔力炉のオーバーロードという結論ばかり。裁判記録にも設計主任がそれを認めることで判決が決定されていると記録が残っているが、不自然な点は多い。
事件当日から彼女は誤操作を認めていなかったのだ。管理局本部から派遣された技師の無理なスケジュールと安全管理によって引き起こされた人災だと彼女は訴えていたのに、裁判が進むに連れて設計主任は証言を覆して、自らの誤操作を認めたのだ。
設計主任……プレシア・テスタロッサのその後は、知る限りでは大規模な魔法実験を行おうとし、次元震直前まで事態を悪化させたあと、行方不明となっているようだ。
俺は様々な情報を金と時間をかけて集めた。最終的には中央図書館に保存された裁判の公的記録もひっくり返したのだが、探しても手がかりなど何もなかった。
それでも縋るように資料を読み漁っていたあるとき、ダインシーファは声をかけてきた。
「君の勘は鋭いようだな、ノア・カレイドヴルフ。……たしかにあの事故は偶然起こった産物ではない」
彼はある資料を俺に投げ渡した。それは動力炉の制御区画を示す図面。しかもひと目見るだけでわかってしまうほどの物だ。
「やっぱりだ……制御ユニットに二つの回路チップがあったんだ」
公的資料に記載されていた不可思議な動力変動。ブラックボックスに残されていたデータには、出力を上げるような操作は残されていない。となれば、あの事故は誰かが意図的に引き起こした……テロ事件だったのだ。
「両親の仇を討ちたいのか?」
彼の教えは過酷だった。肉体強化と武術。剣、飛び道具。あらゆる戦闘を彼から教えられた。古代ベルカの剣術をベースにした対人格闘技も。家にも帰らずに教えられるまま鍛錬に打ち込む日々の中で、ダインシーファは俺に問いかけた。
「……両親の仇は討ちたい。けれど、敵の姿がイメージできないんだ。あの動力炉の暴走事故も、一体誰がやろうとしたのかも」
「それが君の恐怖?」
「いや、怒りの方が強い。あんな理不尽な真似をして、罪を他人になすりつける奴らは許せないんだ」
あの事故で死んだ人も、両親も、裁判で不当に裁かれた設計主任も、全員が被害者だ。たが、その真犯人がいる場所はあまりにも深く、闇に包まれている。権力や金では及ばない場所に、俺が憎む本当の悪が根を張っているのだ。
「なら、君の恐怖は別にいるのだな、ノア」
「俺は怖さなど……」
「いいや、あるとも。君の根源的な恐怖。それこそが君の強さにもなり、弱さにもなる」
そう言ってダインシーファは俺に言った。恐怖をまずコントロールすること。そして、その恐怖と向き合い、認識して、受け入れることだと。
怒りは人の原動力だ。俺は取り繕ってはいるが、本心は怒りの炎で焼かれ続けている。両親を殺し、その罪を他人になすりつけた上で堂々とのさばっている罪人を許すことはできない。
だから、俺は……始めるために戻ってきた。
奴らに思い知らせるために。悪を許さない正義という恐怖のシンボルになるために。
ダインシーファはこう言い残して去っていった。
〝振り上げた拳を納めるのも、また一つの正義である〟
俺は拳を振り上げた。もうおろすことはできない。俺と同じように理不尽に苛まれ、傷つき、恐怖している人々から犯罪者を隔離するため。
俺の中で燃え盛る炎を絶やさないために。
俺はケープとマスクをつける。
恐れを委ね、恐怖そのものになる。
闇に溶け込み、犯罪者を見張る。
それが俺の……使命だ。
▼
高町なのはは、己の未熟さにうんざりしていた。帰り道に複数の男に囲まれるとは、親友でいるフェイトにあれこれと言っておきながら、自分の危機管理能力の無さに呆れてしまう。
「おい、女。その鞄を渡してもらおうか」
リーダー格の男がデバイスを片手にそう要求してきた。相手は何も気づいていない。なのは自身が優秀な魔道士であるということに。
要求通りに鞄に手をやりながら、レイジングハートを起動する。魔力スフィアを即座に生成し、リーダー格の男を背後から強襲させた。非殺傷設定による凄まじい打撃音と共に男は吹き飛ばされて、意識を軽々と失っていた。
息を吐いて、背後にいる他の強盗犯にもなのは目を向けたが……そこには誰もいなかった。さっきまで四人ほどの息遣いを感じていたが、見る影もない。
《Master》
レイジングハートの声を聞き、なのは咄嗟に上を見上げた。ビルの壁面に宙吊りにされた四人の男と、なのはを見下ろす位置に立っている黒いケープとマスクを被った男……バットマンが立っていた。
「……貴方が……バットマンね」
「夜道を一人で歩かない方がいい。たとえ魔法を使えるとしてもだ」
思わずなのはは目を見開いた。まさか言葉が返ってくるとは思ってもいなかったからだ。男はケープをばさっと開き、四階相当の場所から飛び降りてくる。
なのはが思わず声を上げると、ヒラヒラと舞っていたケープは固形化し、グライダーの翼のように変質した。そのままなのはの元まで滑空するように降りてきたバットマンに、なのはは目を瞬かせながら怪訝な顔で見つめていた。
「高町なのはだな、管理局の優秀な空戦魔導士の」
「……随分と物知りなんだね」
「この街を隅々まで監視しているからな」
彼との距離は一定。近くもなく遠くもない。明らかに警戒している距離感だとなのはは感じていた。
「貴方は何でこんな真似をしているの?治安維持なら、私たち管理局に任せればいいでしょう?」
「お前たちじゃ無理だ。だから俺がいる」
「貴方の行為は歴とした犯罪行為よ」
「だろうな。だが、俺が成さなければこの街は救われない」
本気の目だ。なのははバットマンのマスクの奥にある眼を見つめてそう思った。彼は本気で管理局に頼らず、この街を平和な街にしようとしている。その狂気的な覚悟がその眼には宿っていた。
「けれど、私たちは貴方を容認も、放置もできない。だからお願い……なぜそうなったのか、お話を聞かせてほしいの」
その言葉にバットマンは何も答えなかった。しばらくの沈黙の後、彼は静かに口を開いた。
「お前たちには分からない。だが、すぐにわかる。その時になれば」
すると、バットマンはベルトから小さなボールを外すと地面へと投げつけた。眩い光と衝撃がなのはを襲い、レイジングハートのセンサーもその衝撃で使い物にならなくなった。視界が晴れると、僅かな煙を残して、バットマンは姿を消していた。
「……本当に、バットマンだったなぁ」
暗い夜空を見上げながらなのは一言呟くと、すぐに親友へ連絡を取るのだった。