リリカルなのは The Dark Knight 作:紅乃 晴@小説アカ
「こちらの監房です」
「あぁ、ありがとう」
クラナガン首都。時空管理局地上本部からほど近い場所にある勾留施設に訪れたその人は、先日逮捕されたある人物……強いて言えば、港で違法デバイスを取り引きしていた元締めの男の元へ訪れていた。
名目は事件と今後の裁判に関する話と、彼を〝一時的〟に移動させる件についてだ。
ここまで案内してくれた係の監視員はにこやかにドアのロックを解除してくれる。それだけでも、訪れた人物が如何に身分のある者か知るには充分であった。
「なんだ……アンタか……」
「随分と酷い目にあったようだね?」
部屋に入ると簡素な椅子に座り、折りたたみ式のテーブルに両肘を乗せる被疑者がうんざりとした様子で〝協力者〟の到着を待っていた。顔はひどく痛めつけられていて、脱臼した股関節は治療を受けたもののまだ痛む。傍には松葉杖が立てかけられていた。
「酷いものなんて話じゃない。あれは悪夢だよ……コウモリの姿の化け物なんて正気の沙汰じゃない」
「正気じゃなきゃ、あんな真似はそもそも出来ないはずさ」
彼はうまくやってきたと思う。現にバットマンと呼ばれる黒い蝙蝠の男がクラナガンを飛び回るまで、その男は遺憾なく悪事に手を染め、さまざまなものをミッドチルダから外へと密輸してきた。金になるならなんでもだ。MMだろうが、デバイスだろうが、危険な魔法遺品であろうが。
彼はこう思ってる。今回は運悪く……あるいはしくじってあのイカれたコスプレ男に良いようにされたのだと。だが、世の中には暴力と法の拘束力ではどうにもならない力も存在する。
男の前に現れた段階で、それが証明されているようなものだった。悪びれる様子もなく頬杖をついて呟く。
「で?いつ外に出られるんだ?こんな茶番に付き合ってられるほど、俺は暇じゃないんだ」
やることは山のようにある。会社は持っている財力と権力、そして相手にとってバラされては困る弱みをちらつかせて解雇だの処分だのと宣っている有象無象を黙らせているし、運輸に必要な各世界とのパイプラインの実権も男が掌握していることも、紛れもない事実だ。
つまり、会社は社会的な批判、いわゆるモラルなんてもののために数億規模の資金源を投げ打って男を処分しなければならない。それをするくらいなら、うまく揉み消してほとぼりが冷めるまで男を庇うのが道理でもあろう。
「もう手続きは済んでいる。仮釈放の費用も支払い済みだ」
当然だな、と男は腕を組んだ。金で買えないモノを男は積み重ねてきた。それが相手を縛る鎖となると同時に、自らの命綱ともなる。それさえあれば何度だろうが這い上がることができる。たとえ目の前の協力者に無駄金を出させてしまったとしても、回収する場所も、方法も、いくらでもあるのだ。
「無駄な金を使わせてしまったが安心してくれ。新しいクライアントもいる。これからもっと儲け……」
「いや、その必要はない。君はやり過ぎた」
にこやかにそう告げた目の前の協力者に男は思わず間抜けな声を出してしまった。必要ない?そんな馬鹿げた話があるはずない。自分は必要とされるべき人間だ。いなくなれば誰が今まで牛耳ってきた輸送ラインを確保し続ける?穴が生まれればすぐに他の誰かが掻っ攫うのがこの世の常だ。
すると、協力者は持っていたカバンからファイルを出してわかりやすく男の前へと出した。それは、利権書であると男はすぐに理解できた。今まで自分が取り締まっていた輸送ラインの利権書。そして、その元締めの欄には自分の名前はなく、代わりに別の人物の名が刻まれていた。
次いで何枚かの写真を呆然とする男の前に放り出す。その写真には男が別の犯罪グループに薬品や物資を不正に横流ししている取引現場の証拠が映し出されている。にこやかだった協力者は、鋭い視線で男を見据えながら言葉を発した。
「簡単な話だ。我々の計画が外に漏れるのはまずい。どんな要因あれ、懸念すべき材料は排除するに限る。君の処遇はすでに決まっている」
欲をかかず、大人しくしていればよかったものを。協力者が手を挙げると部屋に二人の男性監視員が入ってくる。すぐにわかった。二人は正規の監視員ではないということ。そして、彼らに連れて行かれる先が自由が約束された場所ではないということも。
「お、おい……なんだってんだ!?俺に何をしようとしてるんだ!?」
「犯罪者は抵抗を続けてきた。敵が石を使えば投石機を。相手が武器を使えばより強力な武器を。そして……次の相手はケープを翻して空飛ぶ狂人」
なら、我々も狂人を用意すればいい。目には目を、歯には歯を。そして狂人には狂人を、化け物には化け物を。
それが人工的であれ。
自然的であれ。
そんなものは関係ない。イカれた誰かにはイカれた誰かを重ねればいい。
「なにを……言って……」
戸惑いを隠せない男に、協力者は一つのジュラルミンケースを出した。そこには真っ赤な宝石状の結晶体が往々しく収められている。何気なく彼がそれを指先につまむと、結晶体は突如として蝕肢を生やし、ウゾウゾと蠢き出した。小さな悲鳴が上がったのを聞いて、協力者は微笑む。
「都合よく、程度のいいロストロギアを手に入れてね。名はファイア・フライと言う」
入手先は企業秘密だ。そう言いながら彼は席を立ち、怯える男の前へと歩み寄ってくる。すがるように男は部屋を監視するカメラに視線を向けたが、残念ながらその監視カメラは協力者が部屋に入った時から機能を放棄していた。
「これは酔狂な科学者が作り上げた狂気の産物だ。精神汚染型……というべきか。対象の人格を上書きし、肉体を乗っ取るものだ。中に入っている人格がどう言ったものかは知らないが、世界を焼き払う狂人であることは保証しよう。君という実験台に使うにはちょうどいい」
「やめ……やめてくれ……ごぇえっ」
慈悲を乞う男の口に、容赦なく蝕肢を蠢かせる結晶体をねじ込む。男のうめき声と苦痛に苦しむような、くぐもった声を聞きながら彼は笑みを浮かべて、こう呟いた。
「甘い蜜を存分に吸って、毒が回ったのだよ。最初に言ったはずだ。……私は希望と、それに等しい絶望を与える存在だとね」
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鼻先に絆創膏を貼り付けたフェイトは、項垂れた様子で八神はやての個人デスクに赴いていた。クラナガン郊外で起こった港の取引現場での出来事。その件について幾つかの情報が見つかり、はやて経由でフェイトもその情報を入手したのだった。
「完全に油断してた……」
バットマンにしてやられたと、フェイトは明らかに悔しさを滲ませるような顔をしていた。無様に足にワイヤーを引っ掛けられ、そのままコンテナクレーンの真上から落下。ワイヤーに吊り下げられ、顔を鉄骨に打ち付けた上に意識を失ったのだ。
目が覚めた頃には、フェイトは救助隊に回収されており、軽い打撲と脳震盪で治療を受けてる最中であった。
「まさか、あんなローカルなやり方で潜り抜けるなんて予想もしてないもんなぁ……」
状況を聞いていたはやても、まさかあんな真似をするとは考えていなかったらしい。魔力を使った痕跡もない空を飛ぶ怪人。聞こえはいいが実際に目にするとでは全くイメージは異なってくる。
親友であるフェイトは、決して弱い人物ではない。
優秀な魔道士であり、その気になれば多数対一人でも余裕で完勝できるほどの強さと実力を誇る人材だ。それをたった一本のワイヤーで無力化してしまうとは、魔法技術に傾倒しすぎたという反省も確かにあったはずだ。
「はやては、どう思う?」
フェイトの問いかけに、はやては見ていた人事のメールを閉じて、頭を悩ました。
「バットマンのこと?うぅーん。正義でも、悪でもないとは思うで?」
「正義でも悪でもない?」
はやての曖昧な言い方に、フェイトは首を傾げた。彼の行いは私刑。暴行罪だ。一般的に見れば私的目的で暴力と脅迫行為をしている以上、その行動は悪であると言わざる得ない。だが、はやての見解は違っていた。
「あそこまで、彼を駆り立てる何かがある。それが正義感ならもっと違うやり方をしてると思う。それこそ、管理局とかの治安組織に入って改革を志すとか。けど、彼はそうしなかった。自らの行動で何かをしようとしている。その行動原理が〝正義感〟でも〝悪意〟でもないから、彼は行動できてしまってる……てな」
「……じゃあ、何が彼の原動力なの?」
「それは、フェイトちゃんならわかるんじゃないかな?」
複雑そうな顔でそう言ったはやて。たしかに、フェイトの中に心当たりがないわけではなかった。母……プレシアに強いられていた時の記憶が蘇ってくる。
何か脅迫じみた思考に後ろから追われているような感覚。それがずっと付き纏っていて離れない。恐怖や恐れ、温もりを求める思い。そして復讐心。なぜ、自分はこんな目に合わなければならないかという理不尽に対する怒り。
複雑に絡み合った負の感情に突き動かされそうになる衝動を、フェイトは感じたことがあった。プレシアに自分がアリシアではない、偽りの存在だと告げられた瞬間。
あの衝動に呑まれなかったのは、自分を見つめてくれた親友がいてくれたおかげだった。もし、なのはがいなければ……自分もバットマンのような歪な存在になってしまっていたのだろうか。
「あんまり入れ込んだらアカンよ?なんか、嫌な予感がするしな」
そんなフェイトの心情を察してなのか、はやては心配そうな眼差しでそう言ってきた。無用な心配をかけさせてしまったようだ。フェイトは優しく微笑んで、はやての言葉に頷く。
「……ありがとう、はやて」
そう答えたフェイトの手には、あの港で回収された資料のコピーが握られていたのだった。