リリカルなのは The Dark Knight 作:紅乃 晴@小説アカ
クラナガン郊外での違法デバイス取引。その首謀者の男が行方不明になってから、メディアはその事件を取り上げることをやめてしまった。外部からの圧力によるものらしいが、管理局であの取引に関わった捜査官の誰もが、犯人の行方を追うことも、取引の調査を続けることもしなかった。
はやてが深入りするなというのは、あの時点でなんらかの圧力が管理局の上から掛けられていたのだろう。誰もがあの事件に関わらないように過ごす中、フェイトは水面下ではやて……いや、バットマンが残していた資料の調査を進めていた。
幸いにもデータは紙媒体だ。電子データではない分、フェイトが持っている限り紛失することも、消滅することない。時間は十全に使うことができた。
残された資料は密輸品の帳簿だ。積荷の数、デバイスの種別、そしてその他の違法品の数々が載っている帳簿でさまざまなことを知ることができた。まずは資金についてだが、これは支出元を特定するのは不可能に近いことがわかった。ミッドチルダ内外関わらず、いくつもの国際金融機関を経由して痕跡を消し去った金が取引に使用されている。
だが、フェイトにとっては金の出所などどうでもよかった。問題はどこから違法デバイスや違法物が流れてくるか。その所在だけは何とか掴むことが叶った。
場所はクラナガンから北西に二時間ほど進んだ場所にある倉庫街だ。タクシーやリニアウェイを乗り継いでやってきたフェイトは、倉庫の管理会社に連絡をとって、帳簿に記載されていた番号が割り振られた保管エリアへと足を運んだのだった。
「これが彼の資料にあった倉庫ね?」
作業員に案内されて到着した倉庫は、簡素な作りだった。どこにでもある平凡な外見と簡易的なロック機構がついた手薄なセキュリティ。想像ではもっと豪勢な作りかと思っていたフェイトは、あまりな外観に思わず案内してくれた相手に聞き直した。
彼らは頷きながら困ったような表情をしてヘルメットのツバを仕切りに撫でるよう触っている。
「えぇ、しかし良いんですか?なんの許可もないのに」
作業員の静止も聞かず、フェイトはバルディッシュを取り出すとセキュリティパネルの解除を始めた。ミッドチルダ、特にクラナガンにある倉庫のキーナンバーは管理局を通して保安局に登録されている。パネルのシリアルナンバーを読み込めば、自動的に解除キーを入手できる仕組みになっていた。
外観的にも、中にあるのは粗悪な違法デバイスなどだろうと予想しながらも、フェイトはそれでも調べてみる価値はあると考え、倉庫のセキュリティを解除した。
スライドドアが開き、中へと踏み込む。壁一面につけられたラックにはさまざまな機材や箱、物資が保管されていて、目の前に乱雑に置かれた箱も、違法デバイスや薬物が満載されていた。
入手した帳簿に書かれている保管品目と照らし合わせながら倉庫を隈なく調べて行くと、フェイトはある違和感を覚えた。
帳簿の中に載っていない物資が倉庫の一角に保管されていたのだ。それも他のものとは違い、魔力遮断材と鎖で念入りに封印措置をされた箱だ。
「バルディッシュ」
《YES,Sir》
封印された箱の側面にバルディッシュを当て、壁越しにスキャニングを行う。封印措置はされているが、それはあくまで内部構造に対してだ。輸入確認の際に外部からスキャンをする場合もあるので、こう言った構造材は外側からの干渉を受けやすいように設計されている。
「これって……」
バルディッシュが測定したデータを分析していると、フェイトは思わず目を見開いた。箱の中は違法デバイスや薬品など、そんな生やさしいものではなかったからだ。
「彼が取引していたのはデバイスなんかじゃない。もっと危険な……」
《Sir!》
バルディッシュの警戒音と電子音声で、フェイトはすぐさま身を屈めた。すると、彼女が立っていた場所に光弾が降り注ぎ、近くにあったラックの支柱が吹き飛ばされた。
転がるように近くの遮蔽物に隠れる。支柱を吹き飛ばされたラックはギシギシと音を立てて崩れ落ち、載っていた荷物などが轟音を響かせた。
音が止むと、複数人の足音が倉庫内に響いているのがわかった。意識を集中する。部屋の中にはおおよそ六人。足音は硬いブーツで、さっきまで案内してくれた作業員たちのものと酷似していた。
顔を少し上げると、すぐに光弾の嵐がフェイトを襲ってきた。屈んだまま遮蔽物に沿って移動する。バルディッシュを待機状態からアックスフォームに展開し、近づいてきた相手に一閃。
相手を吹き飛ばし、同時にバリアジャケットを展開したが何発かの光弾がフェイトの背中に食らいついた。防護魔法で軽減されてはいるが痛みでフェイトの顔が歪む。
「貴方達!!」
「君のような勘のいい女は好きじゃなくてね」
振り向いた先には、想像した通り倉庫の作業員たちが違法デバイスを手にして立っていた。相手の数は五人。一人は戦闘不能にした。閉鎖的な倉庫内の戦いだが、バルディッシュのパワーがあれば問題なく潜り抜けられる。
そう考えていた矢先、一人の男がフェイトに見せつけるようスイッチを持ち上げ、それを押す。途端、フェイトの魔力をみなぎらせていたバルディッシュが音を立てて機能不全に陥った。
「バルディッシュ!?」
「なんだ、AMFは眉唾物だと思っていたが使えるじゃないか」
そう言ってスイッチを押した男はニヤリと笑みを浮かべた。
AMF。アンチマギリンクフィールドと呼ばれるそれは、効果範囲内の魔力結合を解いて魔法を無効化するAAAランクの高位防御魔法だ。効果範囲内によっては、攻撃魔法どころか移動系魔法も妨害される代物で、魔法を使う者同士の戦闘で用いられる戦略性の高い代物だ。
この倉庫施設自体が罠だった。施設のあちこちにAMF発生装置が隠されており、男が押したスイッチによって、その機能が遺憾なく発揮されたのだ。
フェイト自身、この環境下でも魔法行使は可能ではある。だが、消耗が通常の比ではない。五人を退けても、施設内の相手と戦うと考えれば、全員を倒して脱出することは絶望的だった。
「さて、魔法が使えなくなった小娘よ。お前に何ができる?」
卑しい目をしてフェイトの体を舐め回すように見つめる男たち。その視線に嫌悪感を覚えたフェイトはなんとか形を保っているバルディッシュを構えて五人の男たちに向き合った。
五人の男たちは慢心していた。たとえ武器を持っていても年端もいかない女相手なら好き勝手にできると。
故に気づかなかった。
五人の背後に黒いケープを瞬かせて降りてきた存在に。
「お前を倒すことはできる」
地獄の底のような声が響くと同時、最後尾にいた男が吹き飛ばされた。AMFが有効な今、男たちの持つデバイスも機能不全に陥っている。だから、現れたバットマンは容赦なく硬いグローブに覆われた拳を食らわせた。
顔面を殴り抜き、さらにボディーにフック。蹴りを加えて五人の男たちを蹂躙してゆく。
「バットマンめぇ!!」
狂乱したような声を上げた男が落ちていた荷物を振り上げてバットマンに叩きつけようとしたが、それは叶わなかった。バルディッシュによって横っ腹を叩かれた男は、きり揉むように飛び、頭からラックの木箱に叩きつけられ意識を失ったのだった。
「見た目の割に、無茶をするんだな」
完全に伸びた男を放り捨てたバットマンが、呆れたように声でバルディッシュを握るフェイトに言った。対するフェイトも、四人の男をボロ雑巾のようにしたバットマンのバイオレンスさに顔をしかめていた。
「あ、貴方ほどじゃないけど……」
そんなフェイトの横を通り抜けて、バットマンは腕部に備わるリストブレードを展開して、厳重に施錠された鎖を引き裂くと封印されていた箱の蓋を乱雑に開けた。
フェイトも横から覗き込む。そこに入っていたのは、高純度の魔力結晶体……ロストロギアの一種だった。
「奴らの目的はデバイスじゃない。クラナガン……ひいてはミッドチルダの混乱だ」
バットマンの言葉に、フェイトは思わず首を傾げた。
「混乱?何のために……?」
「わからない。だが、取引されていたものが悪用されればタダじゃ済まない」
違法デバイスでもこの有様だ。もし、ロストロギア級の魔法具が世に解き放たれれば、これまでクラナガンを蝕んでいた犯罪率が優しく見えるほど、凶悪な犯罪とテロが蔓延することになる。そんな未来を想像して顔を青ざめるフェイト。
すると、外がやけに騒がしくなってきた。五人との連絡がつかなくなった敵が、ここに押し寄せてきていた。
「とにかく脱出しよう。奴らは君を生かして帰すつもりはないようだ」
「奴らって?」
「すぐにわかる」
そう言って、バットマンは腰から幾つかの球体状のガジェットを掴み、倉庫の入り口目掛けて投げた。同時に数人の男が入口から入ってくるが、こちらを見たと同時に足元にあったガジェットが爆発。男たちは催涙効果のある煙と爆風に吹き飛ばされていった。
呆気に取られるフェイトの横で、バットマンはグラップネル・ランチャーを天井に向けて放ち、フェイトに手を差し出した。
「捕まれ」
一瞬、フェイトは躊躇した。この黒いコウモリの男を信用していいのかと。だが、入口から怒声と共に入ってこようとする男たちの声を聞き、フェイトは差し出されたバットマンの手を握りしめた。
ハーネスがワイヤーを巻き上げる音と共に二人は倉庫の天井へと上がってゆく。天窓を突き破って外へと出て、倉庫裏の路地へと二人は降りた。
改めてバルディッシュを確認するが、まだAMFの影響を受けているのか、魔力の生成に時間がかかった。
「魔法も使えないんじゃ、通信も何もできない……どうやって逃げ切るつもりですか?」
「俺の車がある」
「車?」
振り返ると、フェイトを眩い光が照らした。同時に凄まじいエンジン音が響く。まるでロケットエンジンが噴射するかのような轟音と共に、一台の黒いMMがフェイトの真横へと到着する。スモーク仕様のオープンドアが解除されると、そこにはマスクを被ったまま運転席に座るバットマンがいた。
あんまりなシュールさに、フェイトは乗り込みながら思わず聞いた。
「……これって市販車?」
「残念ながら限定モデルだ。捕まってろ」
オープンウィンドウが閉じると、MMことバットモービルはギャリギャリとタイヤを軋ませて爆発的な速さで加速し、止めようとする敵を難なく引き離して、施設内を爆走。最終的に壁をぶち破って施設から脱出を果たした。
流れてゆく景色をぼんやりと見ながらフェイトは力のない声でつぶやく。
「お金もあるし、私も一台買おうかな」
その言葉に、隣で運転するバットマンは何も言わなかった。
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「私だ。……計画が早まった。プラン4Aに切り替える。あぁそうだ。奴らに知られた計画を囮に使うぞ」
男は端末を切りながらニヤリと笑みを浮かべた。
彼らが入手した情報。
その取引場所は、ミッドチルダ郊外に位置する臨海空港だった。