ユウリは納得するまで戦うようです。 作:ザイエロー
狙い澄まされた水の弾丸がドサイドンを穿ち抜き、度重なるダメージにてついに限界を迎えたドサイドンがその場にダウンした。
それを皮切りに歓声が巻き起こり、会場のボルテージが際限無しに高まっていく。
場所はシュートスタジアム。現在行われているのは、チャンピオンカップの最終戦──つまりはチャンピオン戦だ。
チャンピオンとして迎え撃つのはもちろんダンデさん。
ここ十数年の公式戦ではただの一度も敗北せず、以来玉座を守り続けた絶対無敵の王者。
対する
去年のジムチャレンジを破竹の勢いで突破し、そのままチャンピオンカップをも勝ち抜いてダンデさんに挑んだ優秀なトレーナーで──あたしの兄でもある。
その時の結果としては、最後の一体まで追い込んだものの惜しくも敗退。だけど会場が例年以上の盛り上がりと感動で包まれたのを覚えている。
『さあ、マサル選手のインテレオンが王者ダンデのドサイドンを撃破! これでお互い残すところあと一体となりました!』
実況解説の声にも熱が入る。
今年の兄は絶好調だ。並み居る強豪を打ち倒し、ジムリーダーを超え、ダンデさんのライバルとも言われるあのキバナさんを相手に余力を残した状態で撃破してのけた。
今年こそ無敗神話が崩れるのではないか。そんな事を言い出したのは誰が最初だったか。
去年は負けてしまった。兄は仕方ないと笑っていたけど、その実悔しがっていたのがあたしにはわかっていた。
それから更に強くなろうと特訓に特訓を重ねていたのも知っている。
そしてその努力が実を結び、こうして再び同じ舞台に立った今、まさに王手をかけようとしていた。
「ああ、ああ! やはりキミとの勝負は心躍る! もっとだ! もっと楽しもう! チャンピオンタイムは終わらない! 終わらせない!」
ダンデさんがマントを外し、最後のボールを投げる。
出てくるのはもちろん──。
「──グオォォォォッ!!」
火炎の雄叫びを上げながら登場したのは、ダンデさんの相棒にして象徴。ガラル最強のエースたるリザードンだった。
エース同士の対決にスタジアムが割れんばかりの歓声を上げる。
『来たァァァ! ダンデのエース、リザードン! 去年の試合はタイプ相性を覆してダンデが勝利しましたが、今年は果たしてどうなるでしょうか!?』
実況の通り、去年とほぼ同じ構図。一つ違うのは、兄のインテレオンが無傷の状態で立っているという事。
祈るように組んだ手をきゅっと手を固く結ぶ。
あたしは、この一年間の兄の努力を知っている。悔しさに隠れて泣いていたのも知っている。
一心にダンデさんを見つめ、打倒するために研究を重ねていた姿を知っている。
だから、だから。
すうっと大きく息を吸い込む。溜めて、溜めて、溜めて──一気に吐き出す。
「──頑張れ──っ! お兄ちゃ──んっ!」
歓声に負けないように。スタジアムで戦う兄に届くように。目一杯の声援を送った。
こんなに大きな声を出したのはいつ以来だろう。軽い酸欠になったのか、少し頭がクラッとした。
「あらら、ユウリ大丈夫?」
「会場の熱気に充てられたのか? ほら、水」
「うん、ありがとう。大丈夫、ちょっとクラっとしただけ」
一緒に応援に来ていた母とホップが心配そうにあたしを見た。だけど本当に大した事はないから心配しないでと言うと、母が少し困ったような顔をして頭を撫でてくれた。
ホップの前だから少し恥ずかしいけど、とても安心する手つきだった。
「凄い声だったんだぞ。オレも負けてられないな! アニキも頑張れー!」
ホップも負けじと自分の兄に──ダンデさんに声援を送る。そんな姿を見て少し笑いながら、深呼吸をするといくらか気分が落ち着いた。
兄を見る。何やらダンデさんと話しているみたいだけど内容は聞き取れない。
何を話しているのかな、なんて思っていると、兄がこっちを見た。
声は聞こえない。だけどあたしにははっきりと『ありがとう』と言っているのが見えた。
あたしの声援は、兄にしっかりと届いていた。
二人が同時にポケモンをボールに戻す。
交代──ではない。残り一体でそれをする理由なんてものは決まりきっている。
腕に装着されたダイマックスバンドからガラル粒子が吹き出し、ボールに注ぎ込まれて巨大化する。
「「
そうして巨大化したボールをスタジアムに投げ込み──エースが飛び出した。
ボールに注がれたガラル粒子の影響を受けてダイマックスしたインテレオンと、ただ巨大化するのみならず、翼が炎そのもので形成されたようなものに変化したキョダイマックスリザードンが相対する。
「“ダイストリーム"!」
「“ダイソウゲン"!」
超高圧かつ膨大な水の奔流と、超速度で発芽する巨大な種の弾丸が衝突する。
水流は拡散し、ガラル粒子による力の後押しを受けて天候に干渉し『あめ』を降らせる。
同時に種は地面に落ちるなりみるみるうちに成長して、フィールド全体を『グラスフィールド』に変えた。
「インテレオン“ダイジェット"だ!」
「こっちも行くぜ! “ダイジェット"!」
インテレオンの指先から、リザードンの炎の翼から大旋風が放たれ、ぶつかり合って嵐を巻き起こす。風がインテレオンたちを後押しし、その速度を更に引き上げた。
ダイマックス技を使えるのはあと一度。決着がすぐそこまで来ている。
先に動いたのは──兄だった。
「これで決めるんだ、インテレオン! “ダイストリーム"ッ!」
「レオォォォォォッ!!」
珍しい──本当に珍しく、兄が大声で叫んだ。
インテレオンが指を立てる。
銃口に見立てたそれの先に『みず』のエネルギーが充填されていき、先に放った水の力をも結集して解き放った。
一度目の“ダイストリーム"を遥かに超えた威力の水流がリザードンを呑み込む。
効果は抜群。インテレオンの『とくこう』はガラルのポケモン全体を見てもトップクラスに入る程に高く、カブさんのマルヤクデを一撃で倒した試合は記憶に新しい。
更に天候も利用して威力が増大したそれを受ければ『ほのお』タイプのポケモンでは耐える事はまず不可能だろう。
観客の中にどよめきが走る。リザードンは動かない。ダンデが負けたと誰かが呟いた。
少し遅れてあたしも理解する。
勝った──兄が勝ったのだと。
胸の中が歓喜で満たされる。今すぐにでも兄の元に駆け寄っておめでとうを言いたい。
いても立ってもいられず叫ぼうとした、その刹那だった。
「グ──オオオオォォォォ────ッ!!」
「なっ……!?」
兄の驚愕。あの凄まじい威力の攻撃を受けてなお、リザードンは『ひんし』になっていなかった。
熱が加速する。炎の翼が更に大きくなり、爆炎を迸らせながら咆哮する。
あれは、あの攻撃なら、いかに無敵のリザードンといえど倒せるはずの一撃だったはずだ。『ほのお』タイプのポケモンがあの一撃を耐えるだなんて事は有り得ない。
──まさか、ドーピング?
最低な思考が浮かんだ。もしも今の言葉を口に出してしまっていたら、ホップはどう思っただろうか。
自分の浅はかさが嫌になる。そんな事があるはずないのに。
ダンデさんは正々堂々と戦い、そして勝ってきた。あまりの強さに八百長を疑われた事も一度や二度ではない。
それでも、それら全ての疑惑を跳ね除けて今までチャンピオンの座を守り続けてきたのだ。今更そんなくだらない事をするはずがない。
では、一体どうして──?
ふと、リザードンを見る。よく見るともごもごと口元が動いていた。
何かを食べている? 木の実の類だろうか。だとすると『オボンのみ』や『フィラのみ』といった体力を回復するもの──。
否、と気付く。
あるではないか。一度だけ弱点タイプの技を軽減する木の実が。
「『イトケのみ』……!?」
攻撃を受ける直前に食べる事で、本来弱点であるはずのタイプに耐性を持たせる木の実の一種。『みず』タイプの技を半減させ、ダイマックスによる体力増加で強引に耐えた──!
「悪いが対策させてもらったぜ! キミを相手に手を抜く事なんて出来ない!」
兄のエースはインテレオン。それは対戦相手であるダンデさんのみならず、この試合に関心を持つ人全てが知っている事だろう。
だけど、それ故に対策を取られてしまった。
リザードンに対して有利なタイプ。決め技として使うのならば必ず『みず』技。そんな当たり前のような帰結をダンデさんは当たり前のように理解し、そして対策していた。
三度目のダイマックス技を放った事により、体内のガラル粒子を全て使い切ったインテレオンのダイマックスが解除される。
対してリザードンの炎は更に激化し、雨雲を吹き飛ばして『はれ』へと転じさせた。
「これがチャンピオンタイム! さあ焼き尽くせリザードン! “キョダイゴクエン"だ!」
「グオオォォォォ──ッ!!」
天候を味方に付けたリザードンが大口を開く。
煌々と燃え盛る炎が吐き出され、巨大な鳥のような形を形成してインテレオンに直撃した。
天候によって強化されただけでなく、追い詰められた事でリザードンの闘争本能が更に激化し『ほのお』技の威力が増幅している。
インテレオンは攻めの力こそ目を見張るものがあるが、防御面に関してはその細い見た目通り決して高くない。
故に『ほのお』タイプの技を半減する『みず』タイプであっても──。
「くっ……インテレオン……!」
意地だったのか“キョダイゴクエン"を受けてなおその場に立つインテレオンだったが、炎の残り火が最後の体力を奪い去った。
インテレオンが、倒れる。
『け……決着──っ!! 激闘に次ぐ激闘! 最後の一体に追い詰められ、更に相性で不利を取ったにも関わらず見事逆転勝ち!! これが無敵のダンデ! チャンピオンの座を守り切りました──っ!!』
実況がダンデさんの勝利を宣言する。会場がどっと湧き上がる。
割れんばかりの拍手喝采が起こり、ダンデコールが鳴り響いた。
「皆ありがとう! まだまだ俺のチャンピオンタイムは続くぜ!」
勝利を収めたダンデさんが両足を軽く開き、左手の親指、人差し指、中指を突き立て腕を真っ直ぐ上に伸ばす。
恒例のリザードンポーズ。観客や隣のホップもそれに倣い、同じようにポーズを取った。
「いやー凄いバトルだったな、ユウリ! オレ感動しちゃったぞ!」
「そうねぇ。マサルも惜しかったわ」
「おう! アニキもスゲーけど、マサルも凄く強かったんだぞ!」
「うふふ、ありがとうホップくん」
そんな会話が隣であった。
だけどその内容のほとんどが耳に入らず、あたしの目はその場に立ち尽くしたままの兄に釘付けになっていた。
「……お兄ちゃん……」
表情は見えない。泣いているのか、悔しがっているのか、はたまた怒っているのか。
あたしからそれを窺い知る事は出来なかった。
* * *
その日の夜。
祝勝会──とは残念ながらならなかったけど、負けて落ち込んでいるのなら美味しいものを食べるのが一番という母の方針により、いつもより豪華な食べ物が食卓に並んでいた。
中でも目玉はハンバーグカレー。兄の大好物であり、あたしも作るのを手伝ったものである。ちなみに兄のハンバーグだけこっそりと少し大きめに作った。
その他にもサラダやポテト、デザートにはケーキも用意してある。これだけ用意すれば、落ち込んでいたとしてもきっと元気を出してくれるはずだ。
それでももし元気が出なかったらいっぱい慰めてあげよう。
愚痴だって聞くし、泣きたいのだったら胸だって貸そう。その後でたくさん褒めて、たくさん甘やかしてあげよう。
兄はずっと頑張ってきた。だから今日くらいは休んだっていいはずだ。
いや、今日だけじゃない。また歩けるようになるまで休んで、それからまた頑張ればいいだけの事。だからそれまではあたしが兄を支えてあげるのだ。
「お兄ちゃんまだかなー」
「そうねぇ。遅くなるとは言ってたけど」
バトルが終わってすぐに兄の元へ向かおうとしたけど係員さんに止められた。
曰く、誰も通さないでほしいと頼まれたそうで、あたしは引き下がるしかなかった。
代わりにスマホでメッセージを送ると『少し遅くなるから先に帰ってて』と返信が来たので、あたしはそれに従って母と共に夕食の準備をする事にしたのだ。
それにしても帰りが遅い。
少しだけ、嫌な予感がした。
「……あたし、ちょっと探してくるね!」
「あっ、待ちなさいユウリ!」
母の制止も振り切り外に出る。
外は既に日が落ち暗くなっていた。庭のスボミーたちが隅っこで眠っているのを見ながら、町の出口に向けて走る。
もしかしたら何かの事件に巻き込まれているのかも。そんな想像が頭を過ぎった。
この平和なガラルで事件が起きる事自体そうそうある事ではないとわかっているけど、一度芽生えた不安は中々消えてくれない。それどころかどんどん大きくなっている気さえする。
一瞬だけ、嫌な想像が浮かんだ。
ぶんぶんと頭を振ってそんな思考を追い出す。
走って、走って、走って。そうしてハロンタウンの出口近くまで来た。
息が乱れ、心臓が早鐘を打つ。
額に出来た汗を拭って深呼吸する。
どうしてこんなに不安になるのだろう。今までこんな事は無かったのに。
脳裏に浮かぶのはあの試合が終わった時の事。立ち尽くす兄の表情は見えず、人と会う事も拒否した。
何か、兄は自分の想像以上に思い詰めていたのではないかと思った。
もしそうなら、あるいは普段では絶対に取りえない選択肢を選ぶ可能性だってあるかもしれない。
心臓が跳ねる。最悪の未来を想像して血の気が引いた。
「──っ! お兄ちゃ──!」
「あれ? どうしたのユウリ? 散歩?」
いても立ってもいられず、思わずブラッシータウンに走り出そうとした時にそんな声。
バッと振り向く。聞き間違えるはずもない。
のんびり屋で、少し頼りないけど優しくて、強くて、憧れで、大好きな兄がそこにいた。
「うわ、汗だくだ。もしかして走ってたの? こんな時間に?」
いつもと変わらない様子な兄の声。それを聞くだけでさっきまでの不安が嘘のように晴れた。
「ダメだよユウリ。田舎とはいえ、夜に女の子が一人出歩くのは危ないんだから」
「──もう! 違うよ! お兄ちゃんが遅いから迎えに来たの!」
「ああ、ごめんごめん。思ったより話が長引いちゃってさ」
兄の言葉に力が抜ける。これ程までに杞憂という言葉を痛感した事はない。
照れを隠すために思わず八つ当たり気味な態度になってしまったけど、兄は気にする様子もなく優しく笑った。
「じゃあ帰ろうか。僕らの家に」
「……うん!」
手を繋ぎ、家路につく。
特に落ち込んだ様子も無いし、むしろ晴れ晴れとしているようだ。
これは慰めてあげる必要は無いかな、なんて少し残念に思いながら、兄と二人並んで帰る。
そうして家に戻ると母に怒られた。
こんな時間に外に出たら危ないだろう、とごもっともなお説教をくらって兄にフォローされる始末。不甲斐ない。
「うう……だって心配だったんだもん……」
「マサルはポケモンが一緒にいるんだから大丈夫でしょ!」
「まあまあ……落ち着いてよ母さん。それよりほら、せっかく作ってくれた料理が冷めちゃうよ」
そんな兄の言葉で母が渋々といった様子でお説教を中断する。
ありがとうお兄ちゃん、と心の中でお礼を言いつつ手を合わせて。
「いただきます」
兄がカレーに手を付ける。
ほとんどは母が作ったものだけど、あたしまでドキドキしてしまう。
ルーとご飯をスプーンに乗せて一口。
「うん、美味しい」
「ふふ、ありがとう。ほら、ユウリも食べちゃいなさい」
「えっ、あっ、うん、いただきます!」
言われてあたしもカレーを口に運ぶ。
美味しい。美味しいんだけど……それよりも兄の感想が気になる。
「……なんか僕のだけちょっと大きくない?」
「あら、どうしてかしらね」
ハンバーグを見ながら兄が言う。
にこやかに笑う母とは対称的にあたしの心臓はドキドキしっぱなしだ。
兄は少し怪訝そうな顔をしながらも一口大にハンバーグを切り分けパクりと食べる。
「……なんでそんなにじっと見るの、ユウリ。食べ辛いよ」
「へっ!? あっ、ごめんねお兄ちゃん!」
どうやら自分が思っていた以上に見つめていたらしい。
恥ずかしさから逃れるようにカレーを掻き込む。味なんてほとんどわからなくなった。
「ふふふ……そのハンバーグね、ユウリが作ったのよ。ちゃんと味見したから変じゃないと思うけど」
「え? そうなの? 珍しいね」
兄が少し驚いたような顔をする。
兄の言う通り、あたしは普段料理を手伝ったりはしない。
作れないってわけじゃないけど、母が作った方が普通に美味しく出来上がるからだ。
だからあたしの家事と言えば大抵の場合食器洗いや掃除といったものになる。
「……だって、今日は特別だし……」
それでも兄を想えばこそ、労ってやろうと頑張ったのだ。もし変な失敗をしていたらと思うと、感想が気になるのも仕方ないではないか。
そんな風に思いながら口を尖らせていると、ふわりと優しく頭に手が置かれた。
「ありがとう。美味しいよ」
「……うん……」
「あらあら、顔がにやけてるわね」
「っ、お母さんうるさいっ!」
……こんな言葉一つで絆されるのだから、あたしも大概チョロい女だと思う。
母が微笑み、兄が笑って、あたしもつられて笑顔になる。
そうして会話が弾んで、食卓に並べられたものも大半が胃の中に消えた。
兄の様子は変わりない。無理をしている感じも無い。あたしが心配しているような事は何も無かったのだ。
兄は強い人だから、あたしが心配する必要なんて最初から無かった。
きっと明日からまたポケモンと共に訓練に励み、次こそは王座を奪取する。そんな未来を想像した。
「──それでマサル、明日からはどうするの?」
「うん。その事でちょっと話があってね──」
母の質問。
愚問だなぁなんて思いながら席を立ち、空の食器を台所の流しに運ぶ。
「──トレーナー、辞めようと思うんだ」
音が、消えた。
ちょっと勘違いしてたのでバリコオルをドサイドンに修正しました。展開は1ミリも変わってないです。