ユウリは納得するまで戦うようです。   作:ザイエロー

2 / 9
ユウリは相手を見定めたようです。

「お兄ちゃん!? トレーナー辞めるってどういう事!?」

 

 あまりにも予想外過ぎる兄の一言に、思わず乱暴に食器を置いて詰め寄る。こら! と母の叱責が飛んできたがそれどころではない。

 これからもずっとトレーナー業を続けていくのだと思っていた。そしていつの日かダンデさんを倒し、ガラルの新たなチャンピオンになるのだと信じて疑わなかった。

 なのに。そんな素振りはさっきまで見せてなかったのに、何故。

 

「お、落ち着いてよユウリ」

 

「落ち着いてなんかいられないよ! やっぱり本当は落ち込んでるの!? だったらあたしが慰めてあげるから!」

 

「だから落ち着いてって……どうどう」

 

 兄があたしを宥めようとする。

 だけどどうして落ち着いていられようか。兄のトレーナー人生の一大事だというのに。

 

「そうねぇ」

 

 母が呟く。

 

「ユウリは慌て過ぎだと思うけど、なんで辞めるだなんて言い出したのかはあたしも気になるわ。理由を話してくれない?」

 

「もちろん。最初からそのつもりだよ。だからほら、ユウリも……」

 

「うう〜……わかった……」

 

 促されて渋々ながら椅子に座り直す。

 一体どんな理由でトレーナーを辞めようと言うのか。

 

「今日の試合さ。僕の全力だったんだ。去年負けて、悔しくて、今年いっぱい鍛え直した。それで、今までのどんな時よりも調子がよかったんだ」

 

 兄がゆっくりと語る。

 

「ダンデさんとのバトルは凄く楽しかったよ。そりゃ負けちゃったのは悔しいけどさ、目一杯楽しんだんだ。僕も、ポケモンたちも」

 

 まるで思い出に浸るように、穏やかな顔で瞼を閉じる。

 

「自分でももうこれ以上は無いってくらい力を振り絞ってさ。全力でぶつかって、最後まで出し尽くして、それでも負けた。悔しいけど、それ以上に晴れやかな気分になったんだ」

 

「そんなのおかしいよ!」

 

 バンッ! と勢いよく机を叩く。食器ががしゃりと音を鳴らし、母がポカリとあたしの頭を叩いた。

 そのせいで少し気勢が削がれたけど、そんな程度じゃ止まらない。止まれない。

 

「だって今日すっごく惜しかったもん! もう少しで勝ててたよ! あれはダンデさんが対策してたからで、お兄ちゃんだってもっと──!」

 

「うん、だからね」

 

 あたしの言葉を遮り、兄は言う。

 

「あのダンデさんが僕専用に対策を立てたんだ。こんなに光栄な事は無いよ。ダンデさんは僕という一人のトレーナーに全力で向き合ってくれた。それだけで十分なんだ」

 

「でも……! でも、次は勝てるかもしれないじゃん! せっかくここまで頑張ってきたんだから勝とうよ! 最後まで頑張ろうよ! 勝ったらもっと楽しいよ!」

 

 あたしは必死に訴える。言葉の最後の方には涙が少し混ざっていた。

 けれど兄はゆっくりと首を横に振る。

 

「僕はもう満足したんだ。結局最後まで勝てなかったけど。憧れを超えることは出来なかったけど。ダンデさんならもっともっと高みへ行けると確信出来た。最後に最高の思い出を貰ったよ」

 

 満ち足りたような、全て出し切ったような、そんな顔。

 幸せそうに語る兄を、あたしは見ていられなくなった。

 

「なんで……! だって、お兄ちゃん、チャンピオンになるって……! だからあたし、応援して……!」

 

 兄はずっと夢を追いかけてて、努力して、もう少し先に手を伸ばせばそれに届きそうなのに、だというのに諦めるという。

 あたしには、兄がわからなくなった。

 

「ユウリ、僕は──」

 

「うるさいっ! うるさいうるさいうるさい! お兄ちゃんは逃げたんだ! そんなのズルい! 卑怯者! 臆病者! お兄ちゃんなんて嫌いっ!」

 

 最早言葉の意味も理解しないままに、心の内から湧き上がる言葉をそのまま口に出す。

 自分でも何を言ったのかほとんどわからなかったけど、きっと酷い言葉を浴びせているんだろう事は、兄の悲しそうな表情から察する事が出来た。

 視界が滲む。もう涙を堪える事は出来そうになかった。

 これ以上ここにいたくなくて、あたしは逃げるように自分の部屋に引きこもった。

 

 

 * * *

 

 

「マサル」

 

 母が僕の名を呼ぶ。少しばかり怒気を孕んだそれを、僕はなるべく平静を装って受ける事にした。

 

「何?」

 

「ちゃんと理由があるなら止めないわ。トレーナー以外にも仕事はたくさんある──というか、安定性で言えばそっちの方が多いものね」

 

 トレーナーという職業は老若男女問わず誰もが憧れるような花形の職業であり、なろうと思えば誰でもなれるくらいには門戸が広いけど、その実それだけで食べていける程のレベルとなると途端に要求される水準が跳ね上がる。

 母が言っているのはつまりそういう事ではあるが。

 

「──でも、あたしは安定性なんかを求めるより、マサルのやりたい事をやってほしいわ。本当にトレーナー辞めちゃってもいいの?」

 

 やっぱり母は優しい。常に僕たち子どもの事を第一に考え、夢を追う事を許してくれる。

 だからこそ、夢を諦めたように思える僕の提案は受け入れ難いのだろう。

 

「もしマサルがダンデさんに負けて、もう勝てないって不貞腐れてトレーナーを辞めるって言ってるなら、さすがにちょっと怒るわよ?」

 

 本気で想うからこそ怒ってくれる。

 そんな母に感謝しつつ、話を続ける。

 

「うん……やっぱりそう思うよね。だからちゃんと話に来たんだけど……」

 

 ユウリにも最後まで聞いてほしかったなぁ、なんて思いながら。

 

「僕は──」

 

 

 * * *

 

 

「……で、家に居辛くなったから逃げてきたと」

 

「……お兄ちゃんが悪いんだもん」

 

 クッションを抱えて呻くように呟く。

 現在地点はホップ宅。

 部屋に引きこもって泣いた後、あたしはいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 気付いた時には既に陽は昇っており、昨日の事は全部夢だったんじゃないか、と思った。

 洗面所で一通りの身支度を済ませてリビングに向かえば、母と兄が朝食を用意しているのが見えた。

 おはよう、と兄が言う。

 あたしはあ、とかう、とか言うばかりでおはようを返せなかった。

 兄は困ったように笑って朝食の配膳に戻る。その姿を見て、ああ、やっぱり昨日の事は現実だったんだと、朧気に悟った。

 

 どうしようもなく居心地が悪くなり、朝食はいらないと言って衝動的に外に飛び出した。母が制止の声を上げていたかもしれないけど、あまりよく覚えていない。

 だけど飛び出したところで特に行く宛も無いわけで。

 自然に足が向かうまま、ホップの家まで来てしまったのが現状である。

 

「にしてもマサルがなぁ……。ほら、もう色んな記事になってるぞ」

 

「そんなの見たくないし聞きたくない。ロトムにもブロックさせてるし」

 

 兄は去年のジムチャレンジをストレートで突破した事によって注目を浴びていた人物であり、ダンデさんの再来だなんて呼ばれて期待されていた。

 将来有望。実力、人格共に申し分無し。見た目もまあ、身内の贔屓目を抜きにしても悪くはないだろう。人々はガラルに新たなスターが生まれたのだと声高に兄を持ち上げた。

 

 そんな兄が突然の引退宣言。これで騒ぐなという方が無理な話だ。

 

 結果、ネットの話題は兄の事で持ち切りになった。

 そのほとんどは兄のトレーナー引退に関するものであり、やれ逃げだのやれ敗北者だのと好き放題書かれた見るに堪えない記事もいくつか存在していた為、『マサル』のワードが含まれる関連記事を全てシャットアウトしている。

 誰が好き好んで身内が馬鹿にされる記事を読もうと言うのか。

 

「みんな勝手な事ばかり。お兄ちゃんは本当ならダンデさんにだって勝てるんだから」

 

「うーん……オレとしてはイマイチその意見には賛同しかねるぞ……。でも確かにあんなにアニキを追い詰めたのはキバナさん以来だったな」

 

 ホップがうんうんと唸る。

 あと一手。その一手が決定的に足りなかった。

 兄の試合運びに悪い点は見当たらなかったはずだ。だからあれはダンデさんの作戦勝ちだと言える。

 

「あんなに強いしもったいないとは思うぞ。オレもアニキがトレーナー辞めるって言ったら全力で止めるだろうし」

 

「だよね!? ホップもそう思うよね!?」

 

「うわっ!?」

 

 ホップの共感に全力で飛びつく。

 そうだ。あたしは間違ってない。おかしいのは兄の方だ。

 

「ねえ、ホップからもお願いしてよ! トレーナー辞めるなんてもったいないって! ダンデさんを倒せるのはお兄ちゃんしかいないって!」

 

「いや、アニキを倒すのはオレだぞ! そこは譲れない!」

 

「そんなのどっちでもいいよ! とにかくお兄ちゃん説得するの手伝って!」

 

「うわっ、ちょっ、引っ張るなって!」

 

 ホップの手を引いて自宅に戻る。一人でダメなら二人で説得しよう。兄のトレーナー人生はこんなところで終わっていいはずが無いのだから。

 

 

 * * *

 

 

 ホップを連れて自宅に帰ると、見慣れない靴が二足増えていた。

 お客さんかな? と思いながらリビングの戸を開ける。

 

「ただいまー。誰か来てるの?」

 

「あっ、ユウリ……と、ホップくんも一緒か。こんにちは」

 

「こ、こんにちは。お邪魔します」

 

「おや、君は……」

 

 そこにいたのは一組の男女。

 女性の方は背が高く、綺麗な長い薄茶の髪と、赤い服の上に白のコートを羽織った、少しジトッとした目が特徴の人。

 男性の方は、髪をピシッと整えた、五十台くらいのスーツ姿の髭のおじさん。

 どちらもテレビでよく見る人だ。ガラルで知らない人はいないだろうというくらいの有名人。

 ある意味で、ダンデさんの上司とも言えるような人。

 

「お、オリーヴさんと……ローズ委員長!?」

 

「おや、よくご存知で。いかにも(わたくし)がローズです。急な訪問申しわけない」

 

 言って恭しく頭を下げるローズ委員長。慌ててあたしも頭を下げる。

 子どもであるあたしにもこの対応。これが大人というやつなのだろうか。ローズ委員長が支持されている理由がわかる気がする。

 

「ついさっき訪ねて来たのよ。マサルの件でお話があるからって」

 

「そうだ、お兄ちゃん! お兄ちゃんはどこ!?」

 

「お待たせしました、ローズ委員長──って、ユウリ? 帰ってたの? おかえり」

 

 兄が隣の部屋から出てくるのが見えた。何か荷物を持ってるけど出かけるところだったんだろうか。なら間に合ってよかった。

 

「ただいま──って、そうじゃなくて! ねえお兄ちゃん! やっぱりトレーナー辞めるのやめようよ! もったいないよ!」

 

「ええ……?」

 

「ほら、ホップも言ってやってよ!」

 

「いやー……これはもう遅いと思うぞ……」

 

 ホップが兄とローズ委員長を交互に見ながら言う。

 遅い、とは何がだろうか。むしろまだ間に合うという方が正しいと思うけど。

 

「ふむ……? どうやらまだ了承は得られていないようですね」

 

「ええ、まあ……この子だけ猛反発してるんですよ。だからユウリが外に出ていたタイミングで来ていただけたのは好都合だったんですけど……」

 

「それはいけない。ちゃんと話し合って皆が納得出来る形で送り出してもらわねば、マサルくんも気持ちよく出発出来ないでしょう」

 

「何? みんな何の話をしてるの?」

 

 周囲を見渡す。反応を見る限り、どうやらあたしの知らない話が進んでいたらしい。仲間外れはよくないと思う。

 

「君はマサルくんの妹のユウリくん……で、間違いないかな?」

 

「あっ、はい、そうです。あたしがユウリです」

 

 ローズ委員長に問われ、肯定する。

 

(わたくし)はローズ……と、いってももう知っているかな? マクロコスモスの社長であり、ガラルポケモンリーグの委員長をしているよ」

 

「は、はい。知ってます。有名ですから」

 

 うん、とローズ委員長が頷く。

 

「ここに来た理由というのはね。マサルくんに僕の仕事のお手伝いをしてもらおうと思ったからなんですよ。有り体に言えばスカウトだね」

 

「す、スカウト?」

 

「ええ。マサルくんの才能は素晴らしい。聞けば彼は二年前に初めてトレーナーになったというではありませんか。まさにかつてのダンデくんを思い起こさせます。そんな才能をもっと活かしたいとは思いませんか?」

 

「! お、思います!」

 

 ローズ委員長の言葉を全力で肯定する。

 兄の才能を、ガラルのトップと言ってもいいくらいの人が買ってくれている。これはきっと凄い事だ。

 やっぱりあたしは間違っていなかった。兄はこんなところで立ち止まるような人間ではなかったのだ。

 興奮するあたしにそうでしょう、と笑顔のローズ委員長。

 

「そこでスカウトです。実は以前から声を掛けていたんですが、ようやく首を縦に振ってくれまして。今年のチャンピオンカップの終了と同時にウチに来てくれると言ってくれたんです」

 

「へー! お兄ちゃん凄い! そんなに前からローズ委員長のお墨付きだったんだね!」

 

 あたしの知らなかった事実が次々と出てくる。

 それは兄の才能を評価するものばかりで、あたしはとても嬉しくなった。

 ローズ委員長の人を見る目は確かなのだとどこかで聞いた覚えがある。そんな人に兄が認められているというのは凄く誇らしい。

 うんうんと頷くローズ委員長が話を続ける。

 

「まだまだガラルは成長出来る。そのためにマサルくんには力を貸して欲しいのですよ。──ダンデくんのサポーターとして」

 

「…………え?」

 

 言葉の意味がわからなかった。

 サポーター? ライバルとか、トレーナーとしてではなく? 

 

「ダンデくんは今なお成長を続けていますが、その成長を正しく補佐出来る程の実力を持った者がいなかった。キバナくんなら条件に該当するのですが、彼が首を縦に振る事はないでしょう。そこでマサルくんに──」

 

「ま、待ってください!」

 

「ん? 何かな?」

 

 語りを続けるローズ委員長に待ったをかける。

 

「よ、要はトレーニングの相手って事ですよね? トレーナー活動の合間に兄を呼んで、たまに試合をするとかそんな感じの……」

 

「いいえ。彼には完全にサポーターに転向してもらいます。トレーニングの相手はもちろんですが、それ以外にもポケモンの世話や育成、戦術の開発、その他雑務の多くを請け負ってもらう事になるでしょう。少なくとも、トレーナーとして表舞台に出る事はもうありません」

 

「そ、そんなのダメです!」

 

 てっきり兄の支援をしてくれる、みたいな話かと思ったのにこれでは真逆だ。むしろトレーナーとしての人生を終わらせようとしているではないか。そんな話を受け入れる事は出来ない。

 

「か、帰ってください! 兄はトレーナーを続けるんです!」

 

「ユウリ! いい加減にしなさい!」

 

 ローズ委員長の背を押して追い出そうとすると、母からの叱責が飛んだ。

 怖いし、怒られるのは嫌だけど、兄がトレーナーを辞める方がもっと嫌だ。どうしてもこの人たちを追い出さないといけない。

 

「おっとと……。ふむ……困りましたねぇ……」

 

「昨日の今日で話を纏めようとするからですよ。もう少し時間を与えた方がよろしいかと」

 

「それもそうだ。仕方ない、今日のところは帰ると──」

 

「いいえ、ローズ委員長。僕は行きます」

 

 帰ってくれる。そう思った時、そんな希望を打ち砕いたのは、他ならぬ兄自身だった。

 

「……いいのかい? 妹さんは反対しているようだけど。話し合う時間はまだある」

 

「僕自身が望んだことですから」

 

「しかし……うーむ……。──そうだ」

 

 何かを思い付いたようなローズ委員長がこちらを振り向く。これ以上何をしようというのか。

 

「ユウリくんは、マサルくんにトレーナーのままでいてほしいんだね?」

 

「そ、そうですけど……」

 

 だって、あんなに強いのにもうトレーナーとして活動しないなんてもったいなさすぎる。

 ダンデさんを超える新しいチャンピオンになるかもしれないのに、そんなのはガラルの損失だ。

 

「実はね。マサルくんをサポーターにしてもいいと言ったのはダンデくんなんですよ。つまり、この話はダンデくんによって生まれたわけです」

 

「え? ちょっ、ローズ委員──」

 

 兄が一瞬話に入ろうとするも、ローズ委員長は口元に人差し指を立ててそれを封殺する。

 話が続く。

 

「ダンデくんはガラル最強のチャンピオンだ。その彼が望めば、大抵の事は思い通りになる。この意味がわかるかい?」

 

「…………!」

 

 それは、もしや、つまり。

 

「──さて、お話はこのくらいにしておきましょうか。帰りましょう、オリーヴ。マサルくんはどうしますか?」

 

「いや、でも──」

 

「──いいよ、お兄ちゃん」

 

「え?」

 

 ようやくわかった。兄がトレーナーを辞めるだなんて言い出した訳が。

 これもローズ委員長がヒントをくれたお陰だ。感謝してもしきれない。

 

「行っていいよ。大丈夫、あたしがなんとかするからね」

 

「……これ、マズイ時のユウリなんだぞ……」

 

「……そうだね……まあ落ち込んだり泣いたりするよりはいいかな……」

 

 そう。兄がトレーナーを辞める理由──否。()()()()()()()理由。それがはっきりと理解出来た。

 兄がローズ委員長の後を追い、そして家を出ていく。

 ごめんね、お兄ちゃん。いつか必ずなんとかするから。だから、今は──。

 

「……じゃあオレも帰ろうかな……。なんか解決したみたいだし……」

 

「うん、ありがとうホップ。()()()()()()()()()()

 

「お、おう……」

 

 言って、ホップもドアを開けて帰っていった。

 ああ、どうしてこんな簡単な事に気付かなかったのだろう。先入観とは恐ろしいものだ。

 

「……お母さん。あたし、トレーナーになる。トレーナーになって、ダンデさんを倒す」

 

「……そう。好きにしなさい」

 

 母からも快諾をもらえた。後はあたしが強くなるだけだ。

 何の事はない。ダンデさんは卑怯な事をしないという先入観。大まかな意味でそれは正しい。

 だけどダンデさんは良くも悪くも真っ直ぐな人だ。自分の可能性に先があると知れば、それを追求しようとするだろう。

 そこに白羽の矢が立ったのがあたしの兄(マサル)──つまり、才能あるトレーナーだ。

 きっとダンデさんは自分の強さを引き出したいあまりに、兄を強引に勧誘したのだ。そして兄もダンデさんへの憧れと優しさから、それを断り切る事が出来なかった。

 

 そう。ダンデさんは兄の優しさに無自覚につけ込んでしまったのだ。

 

 なんという事だろうか。この話に明確な悪意を持った者はいない。倒すべきような巨悪はいない。

 されど加害者(ダンデ)被害者(マサル)が出てしまった。ならば誰かが救ってやらねばなるまい。

 

 一体誰が? 決まっている。あたしだ。

 

 あたしが兄を救う。チャンピオンダンデを倒して、ガラルの王政に終止符を打つのだ。

 そうして兄をトレーナーの道に戻し、本来の輝きを取り戻した兄があたし(チャンピオン)を倒して、名実共に最強のトレーナーとなる。

 完璧だ。完璧なストーリーだ。

 

「ふ……ふふふ……待っててね、お兄ちゃん……」

 

「……育て方、間違えたかしらねぇ……」

 

 このストーリーを現実のものにすべく、まずはジムチャレンジの推薦をどう取るかというところから考え始めた。

 

 

 * * *

 

 

「……いいのですか、委員長? あの言い方だとチャンピオンが悪者に……」

 

「嘘は言っていないよ。ダンデくんにサポーターを付けたいという話は以前から持ち上がっていたし、彼もマサルくんならば喜んで受け入れると言っていた。それに実際、彼が望むならある程度の事はなんとでもなるしね」

 

 マクロコスモス社への道すがら、オリーヴさんとローズ委員長の会話。

 そう。あの会話の中でローズ委員長は何一つ嘘は言っていない。

 

 ただ、全てを話したわけでもない。

 

 そもそもダンデさんのサポーターを志願したのは僕自身からだ。ダンデさんから始まった話、というのもある意味嘘ではないけどニュアンスが違う。

 元はと言えば、ローズ委員長がダンデさんの潜在能力(ポテンシャル)を鑑みて提案したものなのだ。決してダンデさんから言い始めたものではない。

 というか、なんならダンデさんは僕がサポーターに付く事に反対した。

 猛反対した。それはもうユウリもかくやというくらいに。『マサルとはまだまだ戦っていたい。良きライバルでありたい』と。

 それでも僕が引かないものだから、仕方なく条件付きで受け入れたという話。間違ってもダンデさんに強制されたわけではない。

 

「……ユウリ、盛大に勘違いしてるだろうなぁ……。変な事しでかさないといいけど……」

 

 勘違いというか、今回はローズ委員長が意図的に誘導したようなものだけど。

 

「心配かい?」

 

「ええ、とても」

 

 昔からユウリは思い込みの激しいところがあるというか、一度決めたら最後までやり通す意志の強さを持っている。

 初志貫徹と言えば聞こえはいいけど、僕の経験則から言えばああなったユウリは大抵やり過ぎなくらいに突き抜ける。今頃ダンデさんを諸悪の根源に認定しててもおかしくない。

 

「尊敬してくれるのは嬉しいんですけどね……」

 

 ユウリが僕を英雄のような目で見るようになったのはいつからの事だったか。信頼の証ではあるのだろうけど、どうにも期待が重くなってきたと感じるようになったのも事実であり。

 そこに来てローズ委員長が持ってきた話は、僕にとっては渡りに船だった。

 逃げ……と、思わなくもない。世間の反応も決して芳しいものだけではないだろう。それでも、僕にとってはトレーナーを続ける以上にやり甲斐のある仕事だと思った。

 これは紛れもなく僕自身の意思で、夢なのだ。

 まあ、それはそれとして。

 

「それよりも、何故ユウリを焚き付けるような事を言ったんです? ローズ委員長なら、誤解を生まないようにも出来たはずですけど」

 

 そう。僕が気になっていたのはそこだ。

 あの時、ローズ委員長は僕に口止めまでして明らかにユウリを煽っていた。

 ダンデさんが悪く思われるのは、ローズ委員長にとっても本意ではないはず。なのにどうしてあんな事を言ったのか。

 

(わたくし)はね、人を見る目には自信があるんだ」

 

 ローズ委員長が言う。

 それはそうだろう。何せ、ダンデさんを見出したのは他ならぬローズ委員長自身なのだから。

 

「君の妹さん──ユウリくんに、(わたくし)は可能性を見た。新たなガラルのスターとなる可能性を」

 

「ユウリが?」

 

 言われて、ユウリの事を少し考える。

 少し思い込みが激しいところはあるものの、それなりに賢く素直で明るい。容姿もまあ、贔屓目を抜きにしてもいい方だと思う。

 僕がトレーナーをやっていたからか、バトルに関する知識も相応にあるし、確かに人を惹きつける条件は揃っている……のだろうか? 

 

「でも、ユウリはポケモンを持った事もない、正真正銘の一般人ですよ?」

 

 幼い頃からトレーナーを目指し、トレーナーズスクールに通っていた僕と違って、ユウリは知識こそあれどポケモンバトルをした事はただの一度も無い。

 そんなドの付くような初心者に、ローズ委員長はどんな期待をしているんだろうか。

 

「経歴の長さは重要ではないよ、マサルくん。重要なのは、生まれ持った才能をどれだけ活かせるかと言う事さ」

 

 君のようにね、とローズ委員長。

 

「案外、あっさりとダンデくんを倒してしまうかも知れないよ?」

 

「はぁ……」

 

 片目を瞑ってみせるローズ委員長に、僕は曖昧な返事をする事しか出来なかった。

 ……まあ、ユウリが旅をする事に否は無い。

 旅をする中で色んな人やポケモンに触れ、成長してくれるのは兄として純粋に嬉しいし楽しみだ。

 そういう意味ではやり方こそやや首を傾げるものだったけど、ローズ委員長には感謝出来る。

 出来れば、旅の中で僕の夢を正しく理解してくれるようになるといいな、なんて考えた。




キャラ紹介

ユウリ
本作の主人公。13歳くらいを想定。
素直で明るいお兄ちゃん大好きっ子。マサルこそ未来のチャンピオンだと信じて疑わない。ちょっと……少し……かなり? 思い込みが激しいのが玉に瑕。
ダンデが悪いとは思ってないし一人の人間として尊敬もしてるけど、それとこれとは話は別。お兄ちゃんは返してもらう。

マサル
ユウリの兄。2歳くらい上の設定。
天才というよりは秀才の部類。ちょっと重いなぁとは思いつつ妹の事は可愛がっている。
トレーナーよりやりたい事が出来たのに妹からは猛反対された。ちょっとショック。
騙されてもいなければ強制されているわけでもない。
メタ的な事を言えばダンデを倒せなくて諦めたプレイヤーという見方も出来る。つまりプレイヤーがユウリに交代した。

ホップ
ユウリの良き隣人。マサルは歳上だけどダンデに比べると歳が近く、よく遊んでいたので呼び捨てにしている。
スマホで見てたのはバッシングではなくサポーターへの転向の記事だったので、実はローズが家にいた段階で薄々勘づいていた。
将来の夢はダンデを超える事。

ローズ
ご存知ガラルポケモンリーグの委員長。ユウリの才能を見抜いて発破をかけた。
新しいスターが生まれてくれればいいなーとやや楽観的に考えている。
話を拗らせた原因。確信犯。

ダンデ
知らない間に黒幕にされた人。
マサルがサポートに付くのはともかく、トレーナーを辞める事についてはめちゃくちゃに反対した。
とはいえもっと高みへ行きたいのも事実なので、いつでもトレーナーに戻っていいという条件付きで渋々受ける事に。
本作ユウリの最終目標。

サポーター
本作オリジナル設定。
トレーナーの手持ちの細かい調整をしたり、スパーリングの相手をしたりする、現実世界におけるコーチ等に近い存在。主にプロトレーナーが採用する。
ガラルのトレーナーってバトル以外にもかなり色々やってるだろうから、そういう存在がいてもおかしくないよなーって感じで作った。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。