ユウリは納得するまで戦うようです。   作:ザイエロー

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ユウリは初めてのポケモンを貰うようです。

 目的があると時間が流れるのは早いもので、兄がローズ委員長に連れられていってから三ヶ月が過ぎた。

 その間あたしはひたすらトレーナーについて調べたり、ホップに頼んで録画したダンデさんのバトルを何度も見返したりしていた。

 ホップは『ユウリもアニキを参考にしたいんだな!』だなんて言っていたけど、それもこれも全てはダンデさんを倒す為。そして兄を取り戻す為の準備である。

 

 まずは相手を知り、分析する事から始める。兄がいつもやっていた事だ。

 

 そして今日もまた、新たなデータが手に入りそうなのだ。

 先日行われたダンデさんとキバナさんのエキシビションマッチ。その試合の全容が、今日テレビやネットで配信された。

 情報は多ければ多いほどいいので、公式戦ではないといえど見逃したりはしない。スマホの画面に注視する。

 ローズ委員長の演説の後、キバナさんとダンデさんが入場し、一対一のバトルが始まる。

 キバナさんはジュラルドン、ダンデさんはリザードンを繰り出し、そしてダンデさんがリザードンをダイマックスさせた──。

 

「──ユーウーリー!」

 

「えひゃいっ!?」

 

 すぐ後ろからした声に、思わず変な素っ頓狂な声を出して飛び上がってしまう。

 危うく取り落としかけたスマホを抱きながら慌てて振り返ると、そこには黒のシャツにボア付きの緑のジャケットを羽織った、特徴的な髪型をした褐色肌の友人──ホップが立っていた。

 

「あっぶな……き、来てたんなら言ってよ! びっくりしたじゃん! というかなんでいるの!?」

 

「何度も声掛けたって……おばさんが入れてくれたんだぞ。アニキのエキシビションマッチ観てたのか?」

 

「あ、うん。これから観るところだったけど……あーあー始まっちゃってる……」

 

 画面を確認してみると、目を離した少しの間に試合が進んでしまっていたらしい。

 既に両者ともダイマックスを完了させており、ダイマックス技の応酬が始まっていた。

 

「もう……見逃しちゃった……」

 

「まあまあ、アニキの試合は全部録画してるからまた後で観に来いよ。それよりついに今日だぞ、今日!」

 

「ああうん、そうだね」

 

 最初の展開は見逃したし、どうせ後で見直すならいいかとスマホの電源を切ってホップに向き直る。

 時は四月。命が芽吹く始まりの季節。

 ホップが言うには、どうやら今日久し振りにダンデさんが家に帰って来るらしい。

 というのもホップがダンデさんにトレーナーになりたいと頼んだ事がきっかけのようで、それならばプレゼントを用意するから少し待ってほしいと言われ、その約束の日が今日というわけだ。

 

「ユウリも来るだろ? トレーナーになりたいって言ったもんな!」

 

「そうだけど……ホントにあたしも行っていいの? あたし、ダンデさんを倒そうとしてるんだよ?」

 

 ホップがダンデさんに憧れ、そしていつの日か勝とうとしているのは知っている。

 だけどあたしはそんなホップに、ダンデさんを倒すのは自分だと宣言した。

 言ってみればあたしはホップのライバルになるわけで、敵に塩を送るような事をしていいのだろうか。

 そんな思いを込めて聞いてみれば、ホップはニカッと笑って。

 

「未来のチャンピオンはそんな事気にしないんだぞ! それにユウリとバトル出来るならオレも嬉しいからな!」

 

「……そっか」

 

 やっぱりホップは真っ直ぐだ。こういうところは敵わないなぁと思う。それならお言葉に甘える事にしよう。

 少し待っててとホップに言ってから自分の部屋に戻り、緑のニットベレー帽と、母から貰ったお下がりのボストンバッグを取り出す。

 今の自分には少し大きいけど、旅をする中でこのバッグが似合うようになれればいいなと思った。

 軽く髪を整えてから部屋を出る。ホップの姿がなくなっていた。どうやら先に外に出て待っているらしい。

 あたしも母に行ってきますを言ってから外に出ると。

 

「おっ、来たな……ってなんだよそのバッグ、ユウリにはデカくないか?」

 

「いーの、これから大きくなるんだから。それより……あのウールーどうしたの?」

 

「さあ……さっきからああやってるんだぞ」

 

 ホップが連れているのとは別の野生のウールーが、微睡みの森へと続く道に作られた木の柵に“たいあたり"をしている。

 毛が守ってくれるお陰で痛くはないんだろうけど……どうしたんだろうか。ウールーはそこまで暴れるような気質じゃなかったはず。

 

「柵を超えちゃダメだぞ。微睡みの森には怖いポケモンがいるって話だからな」

 

「めぇ?」

 

 ホップがウールーにそう諭すも、ウールー本人はあまりよくわかっていない様子。まだ子どもなんだろうか。

 

「うーん……ちょっと気になるけどまあいいか。よし、ユウリ! オレの家まで競走だぞ! デカいカバンでついてこれるか?」

 

「えっ、あっ、待ってよホップ!」

 

 言うなりホップは家の方に向かって走り出して行ってしまった。

 当然というか、あたしはバッグが大きいのもあってその足についていく事が出来ない。というかそもそもホップの方が足が速い。

 

「……やっぱり自分でバッグ買うべきだったかなぁ……」

 

 ボスボスと音を鳴らすバッグを抱えて走りながら、そんな事を思った。

 

 

 * * *

 

 

 完全にホップの姿が見えなくなり、どうせもう追いつけないからいいやと開き直って歩く事数分。

 玄関先にホップとその母親の姿が見えた。何やら話しているようだ。

 

「だからもう少し待ちなさいって言ったでしょ。ほんとにあわてんぼうなんだから……」

 

「う〜……アニキ遅いぞ……」

 

「こんにちは、ホップのお母さん」

 

「あらこんにちは、ユウリちゃん」

 

 とりあえず先に挨拶をしておく。一体何を話していたんだろうか。

 

「ごめんね、うちの子が連れ出しちゃって。ダンデまだ帰ってないのよ。もうすぐブラッシータウンに着くと連絡はあったけど……」

 

「アニキの事だからまた迷うんだろうなぁ……どうやったらこの一本道で迷うんだぞ……」

 

 話を聞いている限り、どうやらダンデさんはまだ来ていないらしい。

 実際、ハロンタウン(ここ)とブラッシータウンを結ぶ1番道路は一応の分岐はあるものの、最終的には同じ道に繋がるほぼ一本道だ。ここで迷えるのは最早才能だと思う。

 

「仕方ない、迎えに行こう! その方が早くアニキに会えるし!」

 

「そうね。それが安心かも。ブラッシーに着いたらそこから動かないよう伝えておくわ」

 

 天下無敵の絶対王者。その最大の弱点は極度の方向音痴である事だった。

 

「ユウリはまだアニキに会ってないよな?」

 

「うん、テレビとか試合ではあるけど直接は」

 

「だったら一緒に行こうぜ! アニキを自慢したいんだ!」

 

「しょっちゅう聞いてるけど……」

 

「ユウリだってマサルの事ずっと自慢してきただろ! そのお返しだ!」

 

 確かにあたしは事ある毎に兄の話をしてきた。ホップもそれと同じくらいに張り合ってきたけど、あたしと違ってほとんど兄と会えていないホップとしてはやっぱりどこか不完全燃焼だったのだろう。

 実際に会わせて家族を自慢したい気持ちはあたしにもよくわかる。

 

「わかったよ。一緒に行こう、ホップ」

 

「おう!」

 

 ニッと笑うホップと二人──とウールー一匹で、牧草の匂いがする1番道路を歩いていく。

 ウールーの鳴き声が辺りから聞こえる。バタフリーやココガラが空を飛び、ホシガリスやクスネが走り去っていく。

 そんな様子を見ながらさして長くもない道のりを進んでいけば、ごく簡単にブラッシータウンへと辿り着いた。

 ……本当に、どうしてこの道で迷うのだろう。

 

「さて、この町にいるはずだけど……ん?」

 

 ホップが気にした方を見れば、そこには人だかりが出来ていた。

 衆目の視線はブラッシータウンの駅に注がれているようで、まるでアイドルの出待ちをやっているのかのようでもあり。

 

「おっ、来たぞ! ダンデだ!」

 

 民衆の一人が叫ぶ。その声が呼び水となり、一斉にわあっと歓声が上がった。

 おそらくあそこにダンデさんがいるのだろう。ホップと顔を見合わせ頷き、その方へ向けて歩みを進める。

 人が多くて奥がよく見えないけど、周りの反応を見る感じだとダンデさんが何かを言っているようだ。

 程なくして駅の近くまで辿り着くと、ダンデさんを称える声がそこら中から飛び交っていた。

 

「我らが無敵のチャンピオン! あんたとリザードンは最高だ!」

 

「サンキュー! みんなもポケモンを育ててどんどん勝負してくださいよ! そしてチャンピオンの俺に挑戦してくれ!」

 

 ダンデさんが言うと、集まっていた中の子どもがぼやく。

 

「でも、チャンピオンのリザードン強すぎるもん!」

 

「確かにリザードンは強い! 他のポケモンたちも強い! だからこそ最強のチャレンジャーと戦いたい! 俺の願いは、ガラル地方のポケモントレーナーみんなで強くなる事だからね!」

 

 ともすれば自信過剰だと批判されるかもしれない一言。それでもまるで悪感情を抱かないのは、偏にダンデさんの人徳と人柄あってこそのものだろう。

 火炎を吐くリザードンに盛り上がる民衆。握手やサインをねだられるダンデさん。

 そんな風に周りが沸き立つ中、あたしの胸中は少し曇っていた。

 

 ──トレーナーみんなで強くなる、か……。

 

 だったら、その中には兄もいたはずなのに。

 兄は間違いなく最強のチャレンジャーの一人だった。なのに今はダンデさんを補佐する立場にいる。ダンデさんと戦えない立場にいる。

 ダンデさんの求める戦いは、他ならぬダンデさん自身の手で一つ消えてしまっている。その事に気が付いているのだろうか。

 

「アニキー!」

 

「──ホップ! 世界一のチャンピオンファンがわざわざ迎えに来てくれたか!」

 

 ホップの呼び掛けでダンデさんがこちらに気付き、囲んでいた人が道を開ける。

 ホップに顎髭を生やして少し精悍にしたような顔立ち。背に届くようなロングヘアーにキャップを被り、ユニフォームの上にいくつものスポンサーのロゴを付けたチャンピオンマントを羽織った大人の男性。それがダンデという人の姿だった。

 

「おっ? もしかして背が伸びたか? そうだな……ズバリ、三センチ!」

 

「正解! さすがアニキ、無敵の洞察力だな!」

 

 久し振りに会った兄弟の仲睦まじい光景。

 少し前までは、あたしも持っていたもの。

 二人が軽い雑談を終え、ダンデさんがあたしを見る。

 

「君がユウリくんだね。弟やマサルからあれこれ聞いているぜ。俺はガラル地方最強、そしてリザードン大好きなポケモンチャンピオン、人呼んで無敵のダンデだ!」

 

「……初めまして。ユウリです」

 

 モヤモヤとした感情が沸き上がる。

 ダンデさんは悪くない。それはわかっている。だけど、実際に会ってしまうとどうしても気持ちが抑えられない。

 結果として、あたしは愛想の無い挨拶をしてしまった。

 ちくり。胸が痛む。

 

「アニキ! ユウリ!」

 

 暗い思考の海に沈みかけたその時、明るい声でホップが呼ぶ。

 

「家まで競走だ! アニキも迷わず来いよな! 行くぞウールー!」

 

「めぇ!」

 

 言って、ホップがウールーと共にハロンタウンへと走っていった。

 元気だなぁなんて思いながらその背を目で追う。なんだか毒気を抜かれた気分だ。

 でも──お陰で気持ちが楽になった。

 偶然だろうけど、ホップにありがとうと心の中でお礼を言って、あたしもハロンタウンを目指して歩く。

 

「ほら、ダンデさんも行きましょう。あたしについてきてくれれば迷子になりませんから。リザードンも、ね?」

 

「──おう、頼むぜユウリ! それでは皆さん! これからもレッツチャンピオンタイム!」

 

「グオオッ!」

 

 最後にみんなに向けてポーズを決めるダンデさんとリザードン。そしてみんなもそれに倣い、同じように手を高く伸ばした。最後までファンサービスを欠かさない人だ。

 こういう人だからこそファンも多く、みんながついていくのだろう。それはあたしの兄には無い魅力で、少しだけホップが羨ましくなった。

 尤も、兄の魅力はもっと別にたくさん、数え切れないくらいにあるのだけど。

 

 

 * * *

 

 

「──アニキ! 約束のプレゼントは!? オレとユウリにポケモンをくれるんだろ!」

 

 ホップの家の近くにある簡易的なバトルコートで、ホップは待ち切れないといった様子でダンデさんに催促していた。

 ずっと楽しみにしていたし、嬉しくて堪らないのだろう。

 かく言うあたしも少しドキドキしている。

 家にもゴンベやスボミーがいるし、兄のポケモンと触れ合った事だって何度もある。

 それでも自分のポケモンを持った経験は無い。だからこれが初めてなのだ。

 

 ──あたしの、初めてのポケモン。

 

 ドクン、と心臓が跳ねる。

 

「ふっ、最高のチャンピオンから、最高の贈り物! 素敵なポケモンたちによるご機嫌なアピールタイムだ! どんなポケモンたちかよく見ろよ!」

 

 ダンデさんがボールを三つ投げる。

 空中でボールが開き、中からそれぞれポケモンが姿を現した。

 

「『くさ』のポケモン、サルノリ!」

 

 それは、やんちゃそうな緑のポケモン。

 耳と尻尾は茶色く、口と手足がオレンジ。目の周りが黄色くなっていて、頭頂部が双葉のように分かれており、その分かれ目に木の枝を刺していた。

 

「『ほのお』のポケモン、ヒバニー!」

 

 それは、元気いっぱいな白のポケモン。

 両頬の毛が跳ねたようになっており、長い耳や足の先は赤い。鼻の上にある黄色の四角い模様は、まるで絆創膏を貼っているかのように見える。

 

「『みず』のポケモン、メッソン!」

 

 そして、あたしもとてもよく知っている水色のポケモン。

 頭に黄色いヒレのような器官を持ち、尻尾は渦を巻いたように丸めている。手や足がかなり細く、少し臆病で泣き虫な子。

 

「わぁ……!」

 

「おおお!」

 

 感嘆の声をあげるあたしとホップ。

 三匹はボールから飛び出すやいなや、好きなように遊び始めた。

 サルノリは木に登り、メッソンは溜池に飛び込み、ヒバニーはコートの中を自由に走る。

 そうしてメッソンが池の中でリラックスしたように水をぴゅっと吐き出すと、その水がヒバニーの頭にかかってしまった。

 水が苦手らしいヒバニーは混乱したかのように辺りを跳ね回り、木の実を突いて遊んでいたサルノリが乗っている枝に頭をぶつけ、それをきっかけに落下した木の実に驚いたメッソンが水の中から飛び出して大泣き。

 あわや喧嘩の危機かと思いきや、すぐさまサルノリとヒバニーが駆けつけ、まるで『大丈夫だよ』と言っているかのように笑いかけると、メッソンもすぐに泣き止み笑顔になった。

 そんな様子にダンデさんが微笑んで。

 

「オーケー! 皆集まって!」

 

 掛け声一つ、三匹がお行儀よくあたしたちの前に並ぶ。

 

「うおおお! ほ、本当にこの中から選んでいいのか!? みんなかわいいぞ!」

 

「もちろんだ! さあ、誰を選ぶんだ?」

 

「アニキ太っ腹だぞ! よし、じゃあオレは──!」

 

 と、ずっと興奮しっぱなしのホップが三匹の中から選ぼうとして。

 

「──いや! ユウリ、先に選んでいいぞ!」

 

「え? い、いいの?」

 

「ああ! オレにはウールーもいるし……ユウリもさっきから目がキラキラしてるからな!」

 

 先輩の余裕なんだぞ、とホップが自慢げに腕を組む。

 ホップだってまだトレーナーじゃないし、早く選びたいってウズウズしているくせに。

 ……だけど、その気持ちを抑えてでもあたしを先に行かせてくれた。だったらそれを無碍にするような事はせず、素直に厚意を受け取るべきだ。

 

「……ありがとう、ホップ」

 

 一言だけお礼を言って、三匹と向かい合う。

 さて、初めてガラルを巡るトレーナーは先達の人からポケモンを譲ってもらうのが通例となっており、その際に選ばれるのがこの三匹──いわゆる御三家と呼ばれたりするポケモンたちだ。

 地方によって選ばれるポケモンは様々だけど『ほのお』『みず』『くさ』の三タイプの中から選ぶ、というのは共通しているらしい。

 兄もこのような形で最初のポケモン(メッソン)を貰っていたのを覚えている。だからあたしは、選ぶのなら兄と同じメッソンだと漠然的に考えていた。

 

 ──そのつもり、だったんだけど……。

 

 どうしても目が惹かれる。一目見た時から、もうこの子しかないとすら思った。

 理屈や計算じゃない。何の根拠も無いただの直感。

 だけどきっと、こういうものは自分の心に従うべきなのだ。

 兄と同じポケモンを選んで、同じ道を歩きたい。そんな思いも確かにあるけど、ほんのちょっぴりならワガママも許されるのではないだろうか。

 

 それに──そう、もし兄と戦う事になったら兄の方が有利になるのだし。

 

 誰にでもなく心の中でそんな言い訳をして、そのポケモンと向き合って。

 

「ヒバニー……あなたがいいな」

 

 あたしが選ぶのは、うさぎポケモンのヒバニー。

 これといった大きな理由は無いけど、この子とならきっと素敵な旅が出来る。そんな風に思った。

 

「あたしと一緒に来てくれる?」

 

「──ヒバっ!」

 

 ぴょんと飛び跳ねて返事をするヒバニー。これは……了承したと受け取ってもいいのだろうか。

 ヒバニーが腕を差し出す。握手かなと思って手のひらを出せば首を振られた。

 一瞬、嫌われたとショックを受けかけ──またヒバニーが腕を伸ばす。よく見れば手の先が少し丸まっているようだ。

 

「……もしかして、こう?」

 

 拳を作って軽く突き出す。

 するとヒバニーは待ってましたと言わんばかりに、満面の笑みでそれに合わせてきた。

 触れた先が仄かに暖かい。小さな熱で、じんわりと心が安らぐような気がした。

 

「……ふふ、これからよろしくね、ヒバニー」

 

「ヒバ!」

 

 初めてのポケモン。初めてのパートナー。

 あたしの、パートナー。

 

「ふふ……ふふふっ」

 

 自然と笑みが溢れる。湧き上がるこの気持ちは、きっとどんな言葉にしても足りない。

 ああ、こんなにも嬉しい気持ちになったのはいつ以来だろう。もしかしたら、兄に褒められた時よりも嬉しいかもしれない。

 ヒバニーを抱き締めくるりと回り、ダンデさんとホップに向き合って。

 

「ありがとう、ダンデさん! ホップ!」

 

「──おっ、おう! よかったな、ユウリ!」

 

 言って、ホップが背を向けた。

 どうしたんだろうか。そっちには何も無いと思うけど。

 

……それは不意打ちなんだぞ、ユウリ……

 

 はっきりとじゃないけど、微かにそんな言葉が聞こえた気がする。はて、不意打ちとは。

 

「──ふっ、いい顔だ。君はきっといいトレーナーになる。俺にはわかるぜ!」

 

「そうですか? ……そうなれたらいいな」

 

「ヒバヒバ!」

 

 ヒバニーが同意するように腕の中で鳴く。

 この子にとっていいトレーナーになりたい。心からそう思う。

 

「じゃあ次はホップの番だね。……ホップ?」

 

「あ、ああ! オレはもう決めてるんだぞ!」

 

 言いながらメッソンとサルノリの方へと走っていくホップ。

 なんだかホップがさっきから若干挙動不審だ。さっき覗き込んで見えた顔も少し赤かった気がする。興奮のしすぎで熱を出してなければいいけど。

 

「──オレのパートナーはサルノリ! オマエだぞ! オレはチャンピオン目指してるから、オマエもビシビシ鍛えるぞ!」

 

「めぇ!」

 

「キキッ!」

 

 ホップが選んだのはサルノリ。ウールーもサルノリのすぐ近くまで寄って、二匹で挨拶をしていた。

 実のところ、ダンデさんを目標にするなら、リザードンに有利なメッソンを選ぶのが一番賢い選択なのだと思う。

 だけどホップにそういった打算的な考えは無いのだろう。その考えの根底はきっとあたしと同じで、自分のパートナーはこの子だという直感。

 どうせ旅をするのなら、自分と合った子と旅をする方がいいに決まっているのだから。

 

「二人とも、最高にいい顔をしているぜ! 俺もポケモンをプレゼントした甲斐があった! 共に競い合い、俺を目指して強くなれ!」

 

「おう! 一緒に頑張ろうぜ、ユウリ!」

 

「うん!」

 

 ホップと二人笑いあっていると、所在なさげにしているメッソンの方へとダンデさんが近付いていき。

 

「──これも運命かもな。君は俺と行こう。俺のリザードンは強く、優しく、そして厳しいぜ!」

 

「ガアッ!」

 

「メソっ!」

 

 最後に残ったメッソンはダンデさんが育てるようだった。

 兄のインテレオンにもあんな時期があったなと、ふと思い出した。

 

「今日一日はパートナーと過ごして友好を深めるといい。ポケモントレーナーの第一歩は、自分のパートナーと信頼関係を築く事から始まるんだぜ!」

 

「メっ!」

 

 そう言ったダンデさんはもう既にメッソンと仲良くなっていたようで、ダンデさんの頭の上に乗るメッソンは楽しそうに笑っていた。

 

「おう! オレもサルノリの事をもっと知りたいし、オレの事をもっと知ってほしいぞ!」

 

「キキーッ!」

 

 そしてホップも同様に、サルノリとの絆が芽生えているようだった。

 ポケモンと仲良くなる、という才能はダンデさん譲りのものなのかもしれない。

 

「あたしもヒバニーともっと仲良くなりたいな。これから一緒に旅するもんね」

 

「だったらニックネームを付けてやるのはどうだ? 特別な思いを込めた名前は、付けられた方も嬉しいものだぜ!」

 

「ニックネーム、か。……なるほど、考えてみます」

 

 ダンデさんの提案に頷く。

 兄もダンデさんもホップもそういった事はしていないけど、確かにそういうのもありかもしれない。

 一日一緒に過ごせば何かいい名前が思い浮かぶだろうか。まあ、思い浮かばなかったらその時はその時だ。

 仲良くなる為の方法はそれ以外にもたくさんあるのだから。

 

「だったらホップくんのお家に泊まれば?」

 

「え……って、お母さん? どうしてここに?」

 

 ふとした声に振り返れば、そこにはあたしの母とホップの母が並んでいた。

 いつの間に来ていたんだろう。

 

「ユウリもホップくんも、今日新しい一歩を踏み出したでしょ? だからお祝いしないかってホップくんのお母さんがね。その子たちも一緒に過ごした方がもっと仲良くなれそうじゃない?」

 

「それは……そうかもだけど……」

 

「まあ泊まるかどうかは後で決めればいいよ。それより今夜はバーベキューだよ! いっぱい食べて元気つけな!」

 

「うおお! かーちゃんナイスだぞ! ユウリも泊まってけよ! オレもヒバニーと話してみたいぞ!」

 

「え……えっと……どうしようかな……」

 

 確かにあたしとホップはお互いの家に行くくらい仲良しだけど、流石にお泊まりとなると少し話が違ってくる。

 

 つまりその、あたしもオトシゴロなわけで。

 

 どうしたって気になる部分が出てくる。

 例えばトイレだとか、寝る場所はどうするのだとか。

 

 ──お風呂、とか……。

 

 一瞬、ほんの一瞬、ちょっぴりだけホップのそういう姿を想像して、頭がぼんっ、と爆発する。

 顔が熱い。まるで火が出ているみたいだ。鏡で自分の顔を見たら真っ赤になっているに違いない。

 

「ユウリ? どうしたんだ?」

 

「──っ! なんでもないっ! なんでもないよホップ!」

 

 こんな顔ホップには見せられない。もしあたしの考えている事がホップに知られたら、二度と顔を合わせられなくなってしまう。

 間違ってもえっちな子だなんて思われたくない。万が一にもそんな事になったら、おそらくあたしは恥ずかしさで死んでしまう。

 

「何ユウリ、今更恥ずかしがってるの? マサルと話し合いした日は、泣き寝入りしてそのままホップくんのところに行ったくせに」

 

「わぁぁ──っ!? なんで言うのお母さん!?」

 

「? 別に泣いたくらいじゃ何も思わないぞ?」

 

 母に詰め寄り、ホップが首を傾げる。

 そう。それは別にいい。ちょっと恥ずかしいけど、今更そんな事を気にするような仲でもない。

 問題はその後だ。泣き寝入りして、()()()()ホップの家に向かったというところ。

 

 ……つまり、お風呂に入っていない。

 

 だって仕方がないではないか。あの時はいっぱいいっぱいで余裕が無かったのだ。

 泣き寝入りしたのがお風呂の前か後かは文脈からわからないから、そこでバレるとは思わないけど、もしかしたらホップは気付いていたかもしれない。汗とかかいちゃっていたし。

 ホップは優しいから黙ってくれていただけかもしれないけど、もし気付いていないのならわざわざ知らせる必要なんてこれっぽっちも無いのだ。

 最悪だ。この話は墓まで持っていこうと思っていたのに。

 どうしてこのタイミングで暴露するのか。さてはあの時困らせた仕返しだろうか。我が母にしては趣味が悪すぎる。

 

「何かあったのか? 話なら聞くぞ?」

 

「なんでもないったら! 聞かないで!」

 

「お、おう……顔真っ赤だけど大丈夫か?」

 

「うるさいうるさいっ! こっち見ないでっ!」

 

 ふー、ふー、と息荒くホップを追い返す。視界の端が滲んだから少し涙ぐんでいたかもしれない。

 ……というか、どうしてホップはこんなにも冷静なのだろうか。あたしばかりが一人で勝手に空回って、まるでバカみたいじゃないか。

 面白くない。とても面白くない。不公平だ。

 

「……な、なんでそんな目でオレを見るんだ……?」

 

「べっつにー?」

 

 ジトっとした目をホップに向けると、たじろぐ様子が見れた。

 少し溜飲が下がる。いい気味だ。

 それにしても、ホップは異性とお泊まりというものがどういう事なのかちっともわかっていない。ただ遊んだりするだけとはわけが違うというのに。

 ……とはいえ、変に深く考えているのはおそらくあたしだけで。

 お風呂の件はともかく母が言った事も一理あるし、他の子と話してみたいのも事実。

 そう、これはあくまでも親睦を深める為のお泊まり会。決してやましい事は何も無いのだ。

 深呼吸する。

 吸って、吐いて、もう一度。

 気分もいくらか落ち着いた。今なら落ち着いて言えそうだ。

 最後にもう一度だけ息を吸って、ホップに告げる。

 

「──うん。じゃあ、泊まりに行ってもいい?」

 

「おう! 大歓迎だぞ!」

 

 ホップがニッと笑う。

 ……本当に全く邪な事を考えていなさそうだ。あたしの葛藤は本当になんだったのか。

 ともあれ、ホップがこんな調子ならあたしも変に意識する事はなさそうだ。そういう意味ではありがたい。

 異性として全く意識されていなさそうなのは思うところが無いでもないけど、とりあえずはこれでいい。

 ……でも、流石に寝室は分けてもらおう。そう思った。




剣盾主人公とホップの距離かなり近いですよね。
あれで幼馴染じゃないらしいですよ。狂ってますね。
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