ユウリは納得するまで戦うようです。 作:ザイエロー
ホップ宅に泊まったその日の夜はとても充実していた。
ヒバニーやサルノリはもちろん、ダンデさんの計らいでメッソンも一緒にいられる事になり、元々仲が良かったらしい三匹はとても楽しそうにしていた。
もちろんあたしやホップも一緒に遊んだし、つついてみたり、擽ったり、抱っこしたり、お話したりと、とにかく色んな事をしてパートナーと親交を深められたように思う。
そうしてホップが明日は一緒にポケモンバトルだぞ! だなんて太陽のようにニカッと笑うものだから、そんなホップにつられてあたしも笑いながら頷いた。
いつまででも話していられそうだったけど、夜更かしは良くないというダンデさんのあまりにも真っ当な指摘を受けてそこでお開きとなり、あたしはダンデさんの部屋で寝る事になった。
ダンデさんは『男の部屋で悪いな』だなんて言っていたけど、あまり帰ってこないというだけあって、部屋が使われた形跡はあまり感じられなかった。
それはつまり、ホップは大好きな兄に会える時間も少なかったという証拠でもあり。
「……ホップは、寂しかったのかな」
「ヒバ?」
「……ううん、なんでもないよ」
不思議そうに小首を傾げるヒバニーの頭を撫でる。
あたしが覚えている限りで、ホップがそんな姿を見せた事は無い。兄自慢をする時もいつも笑って話していたし、無理をしているようにも見えなかった。
それでも、心のどこかではやっぱり寂しさを感じていたのではないだろうか。
ダンデさんの部屋を見て少しだけそんな感傷に浸りながら、ほとんど新品のベッドに身体を潜り込ませる。
胸に抱いたヒバニーは『ほのお』タイプらしく暖かくて、その温度にあたしは微睡んでいく。
「あなたの名前、ね」
「ヒバ?」
少しずつ意識が落ちていく中、あたしはずっと考えていたそれをヒバニーに告げる。
「──ニーバ、っていうのはどうかな?」
「ニー?」
「そう。ニーバ」
ヒバニーを少しもじっただけのシンプルなニックネーム。だけど、呼ぶならこれがなんとなくしっくりきたから。
「──ヒバ!」
「……ふふ。ありがとう。それじゃああなたはこれからニーバだね」
にっこり笑ってぐいぐいと身体を寄せてくるヒバニー……改めニーバ。
受け入れてもらえた事に安堵しながら、重くなってきた瞼を閉じる。
「おやすみ、ニーバ。これからよろしくね」
そうして、あたしは穏やかな気持ちで意識を落とした。
* * *
次の日の朝。
朝だぞ! という大声にあたしは慌てて飛び起きる。
何事かと声のした方へと顔を向ければ、そこにはいつもの服を着たホップがいた。
スマホを確認する。昨日設定したアラームは鳴っていない。楽しみすぎて早く起きたんだろうとは思うけど。
「なっ……なっ……!」
「さあ、ユウリも早く準備するんだぞ! バトルする約束だったもんな!」
朝から元気なのはいい。それはホップの魅力の一つだから。
それはいい、いいんだけども。
「ん? どうしたユウリ?」
「お……女の子が寝てるのに勝手に入ってくるなぁ────っ!!」
「うわっ!? ご、ゴメン!?」
叫んでホップを部屋から追い出す。
楽しみなのはわかるし、少しばかり早い時間に起こしに来たのも目を瞑ろう。
だけど、如何に仲が良くとも乙女の寝姿を覗くなんて事は許されない。
髪もボサボサだし、寝起きの顔なんて見せられたものじゃない。女の子には準備が必要なのだ。
「なんだ!? 大声が聞こえたけど大丈夫か!?」
「だっ、大丈夫ですから! 来ないでください! ニーバ、手伝って!」
「ヒッ、ヒバッ!」
そしてあたしの叫びがダンデさんを呼び、ドンドンと叩かれる扉を必死に抑える。
優しさからの行動なんだろうけど、この兄弟はもう少し乙女心を勉強しないといけないと思う。
もしもあたしが着替え中だったりしたらどうする気なんだろうか。そんな事になったとして、訴えればダンデさんを社会的に抹殺出来る気がする。
ガラル紳士なんていう言葉があるけど、この二人に関してはそれ程当てはまっていないと思った、そんな朝の小さな騒動。
その後はホップの母親から二人が色々と怒られたり、朝食を摂ったり準備をしたりで時間が進み。
「よし、色々あったが準備は出来たか?」
「もちろんだぞ! ユウリはどうだ?」
「あたしも大丈夫。いつでもいけるよ」
ホップの言葉に頷く。
昨日の約束通り、今日はダンデさんの立ち会いの元、ホップとポケモンバトルをする。
誰かがしているのは何度も見てきたけど、自分自身がバトルをするのは初めてだ。思わず身体が硬くなってしまう。
「緊張しているか?」
「えっ? まあ、その、はい……」
ダンデさんが言う。
さっきからずっと心臓が鳴りっぱなしで気持ちが落ち着かない。
上手く指示を出せるかとか、失敗したらどうしようとか、色んな考えが頭を巡る。
「気持ちはわかるぜ。俺も最初のバトルは緊張したからな」
「えっ、アニキでもそうだったのか?」
うんうんと頷くダンデさんにホップが意外そうな顔をする。
確かに、あたしもダンデさんなら初めてのバトルでも平気な顔をしてこなしていそうなイメージがあった。
「もちろんだ。だけどそれ以上に楽しみだった! こいつはどんな戦い方をするんだろう。どこまで強くなるんだろう。そして──俺たちは、どこまで行けるだろう。そんな事で頭がいっぱいだった!」
昔を懐かしむようにダンデさんが目を細めて。
「上手くやろうとしなくていい! まずは楽しめ! ポケモントレーナーに一番必要なのは、バトルの強さじゃなくて楽しむ心なんだぜ!」
「おお……おお! さすがアニキ! いい事言うんだぞ!」
ホップが感動に目を輝かせる。
ガラル最強のチャンピオンが、強さよりも楽しめと、そう言った。
心臓が跳ねる。だけどそれは先程までとは少し違って、心地良さすら感じるような高鳴り。
「ユウリ! オレもう我慢出来ないぞ!」
ホップが振り向く。
それは、あたしも全く同じ気持ちで。
「──うん! やろう、ポケモンバトル!」
二人でバトルコートに走り、両端に立ったところでボールを構える。
──人生で初めてのポケモンバトル。それを今日、ホップと──ニーバと一緒に!
「いけっ、ウールー!」
「頑張ろう、ニーバ!」
「メェ!」
「ヒバッ!」
ボールからポケモンを出したのは同時だった。
先に動いたのはホップ。
「“たいあたり"!」
「メェー!」
ホップの指示を受け、ウールーが可愛らしい鳴き声をあげながらニーバに“たいあたり"を仕掛けた。
もふもふの毛を持つウールーだけど、それでも全力でぶつかられればダメージを受けてしまう。
「避けてニーバ!」
「ヒバッ!」
だけど動きは直線的で、特別速いわけでもない。
ニーバが横に跳び、ウールーの攻撃を見事に避ける。
「反撃だよ! こっちも“たいあたり"!」
「ヒバッ!」
ウールーの手足は短く、決して機動力があるわけじゃない。対してヒバニーの運動能力はウールーと比べればとても高く、小回りが効く。
すれ違ったウールーの後を追い、後ろを取ってからの“たいあたり"が決まると、丸っこいウールーはころころと転がってしまった。
「ああっ、ウールー!」
「チャンス! ニーバ、“ひのこ"!」
「ヒ──バ──ッ!」
ニーバが口を膨らませ、そして中身を思いっきり吹き出す。
発射された“ひのこ"はウールー自慢の毛に命中し、慌てて火を消そうと転がっているうちにひっくり返って動けなくなってしまった。
「メッ、メェ〜!」
「これで決めるよ! もう一度“たいあたり"!」
「ニーッ!」
足をじたばたさせてもがくウールーにとどめの一撃を指示。
横側からの攻撃は毛に邪魔されて届きにくいけど、お腹側なら毛量が少ないからしっかり攻撃が通る。
ニーバが高く飛び上がり、ウールーに飛び込みの“たいあたり"を繰り出して。
「メ、メェ〜……」
ウールーは目を回して戦闘不能。
ウールー対ニーバはニーバの勝ちだ。
「や、やった! ニーバすごいよ!」
「ヒバヒバ!」
ジャンプして喜びを表すニーバ。そんな姿を見てあたしも嬉しくなる。
これがポケモンバトル。トレーナーとポケモンが力を合わせる感覚。
──楽しい。
「くっそー、やるなユウリ! でもまだだぞ! オレにはもう一匹頼れる仲間が増えたんだぞ!! いけっ、サルノリ!」
「キキーッ!」
ウールーを戻して新たに現れたのは、ホップのもう一匹のパートナーであるサルノリ。
「“ひっかく"だ!」
「ルッキー!」
「避けてニーバ!」
「ヒバヒバ!」
サルノリが腕を振り回して攻撃してくるけど、それを苦にもせずにひょいひょいと避けるニーバ。
なんだか相手の動きがわかる。次はどうすればいいのか、どう動けばいいのかが自然と頭に浮かんでくる。
右、左、右、左。ワンテンポ置いて“えだづき"を挟んで──。
──ここ!
「足を狙って!」
「ヒバッ!」
“えだづき"の踏み込みに合わせてニーバがサルノリの足を払う。
バランスを崩されたサルノリが前につんのめり、そのまま地面に倒れた。
「今だよ! 全力で“ひのこ"!」
「ヒバ──ッ!」
「キッ……キキーッ!」
より大きく息を吸い込み、頬を目一杯膨らませたニーバが火の玉を吐き出し、それが隙だらけのサルノリに直撃する。
サルノリは『くさ』タイプのポケモンであり『ほのお』タイプの技に弱い。弱点タイプの技を受けたサルノリはその体力を大きく減らして。
「ル……キ〜……」
「一撃!? 嘘だろ!?」
ぱたり、と少し焦げたような臭いを発しながらサルノリが倒れた。
これでサルノリも戦闘不能。ホップの手持ちにはもう戦えるポケモンはいないはず。
つまり、これで──。
「くっそー……二匹連れてたのに負けたぞ……。でもいい勝負だったな!」
「──や……やった! 勝ったよ、ニーバ!」
「ニー!」
胸に飛び込んでくるニーバを抱き留め、くるくる回りながら笑い合う。
初めてのバトルで、初めての勝利。ポケモンバトルとはこんなにも楽しいものなんだと、自分がその場に立って初めて理解出来た気がした。
「さすがだぞ。タイプ相性の有利不利をばっちり理解してるんだもんな」
「ああ、どちらもナイスファイト、グッドファイトだったぜ! ……にしても──」
ちらりとダンデさんさんがこちらを向く。
「ユウリ。君の戦い、グッドだったぜ! もしかしてマサルにバトルのやり方を教えてもらってたか?」
「いえ、バトルを見たりはしてましたけど、兄に何か教えてもらったとかは特にないです」
兄はトレーナーになると言っていたけど、あたしは別にそういった目標を持っていたわけじゃない。
トレーナーの勉強を始めたのもここ最近の話だし、知識はそれなりにあるつもりだけど、実践となるとまだまだこれからだ。
「ふむ……となるとさっきのバトルが本当に初めてなのか。それなら将来が楽しみだ」
ダンデさんがニッと笑う。
こうして笑った顔を見ると、やっぱりホップそっくりだと思う。兄弟なんだから当たり前なんだけどね。
「なあアニキ! オレはもっともっと強くなりたい! ポケモンジムに挑ませてくれ!」
強くなって、今度こそユウリに勝つんだぞ! とホップが言う。
ジムチャレンジに参加するには誰かからの推薦状が必要になる。だからホップはダンデさんにそれを書いてもらおうとしているみたいだけど。
「なるほど、ジムチャレンジに参加したいのか。うーむ、だがしかし……」
「なんだよ、何が不満なんだよアニキ」
「いや、不満というわけではないんだが……まだ未熟なお前たちに推薦状を渡していいものかと……」
唇を尖らせるホップと、腕を組んでうんうんと唸るダンデさん。
あたしとしても、兄を取り戻す為に推薦状は欲しいところではあるんだけど……チャンピオンという立場からすると、おいそれと渡せるような代物ではないのかもしれない。
それなら──。
「ねえ、だったら博士は?」
「博士?」
「うん、ブラッシータウンのマグノリア博士。あの人なら推薦状を書いてくれるかも」
というか、確か兄はそのマグノリア博士に推薦状を貰ってジムチャレンジに参加していたはず。
あたしの元々の計画でも推薦状はマグノリア博士から貰う予定だったし、お願いすればなんとかなるかもしれない。
……まあ、さすがにポケモンもらってすぐとは考えていなかったけど。
「マグノリア博士か……よし、そうと決まればブラッシータウンに──」
そうしてジムチャレンジに参加するべく、推薦状を貰う為にブラッシータウンへ走り出そうとしたホップだったけど、バキッと木製の何かが壊れるような音が聞こえてきた。
「今の音……ユウリの家の近くからだよな?」
「うん……何かあったのかな」
まさか家に何かがぶつかったとか?
遠目から見える自宅には特に異常は無いけど、少し心配になってきた。
「あたし、ちょっと行ってくる」
「オレも行くぞ! アニキは博士に連絡しておいてくれ!」
「あっ、おい、待て!」
待てと言われて──というわけじゃないけど、心配の方が勝ったあたしはダンデさんの制止を振り切り、ホップと一緒に家の方へと走る。
そうして走り続ける事数分、家のすぐ近くまで来るとそれは見えた。
「あっ、柵が開いてるぞ!」
「ホントだ。あそこって確か昨日ウールーが“たいあたり"してた場所だよね?」
「ああ。まさか森の中に……?」
森の中には恐ろしいポケモンがいるとされており、少なくとも子どもだけで立ち入ってはいけないと言われている。
そんな中にあのウールーが入ってしまったとなると、その恐ろしいポケモンに食べられてしまうかもしれない。
「ど、どうする、ユウリ?」
物々しい雰囲気を察してか、ホップも及び腰になっている。
確かにこの中に入るのは怖い。怖い、けど……。
「……行こう。すぐに入ればそんなに遠くには行ってないはずだし」
「……そうだよな。ここはダメだと言われても行かなきゃいけないシーンだぞ。怒られたくはないけど……覚悟決めてビシッと行くぞ!」
「うん!」
これはウールーを助ける為だから、と気持ちを奮い立たせて森の中に入る。
辺りは薄暗く、はぐれないように気を付けながら、道が広くなっている場所を選んで歩いていく。
「にしてもウールーのやつ……どこに行ったんだろうな?」
「うん……あんな事するウールーは初めてだったし……」
元々人やポケモンが勝手に入らないようにする為の柵だったけと、それを壊してまで侵入しようとしたのは今回が初めてだった。
あのウールーはこの微睡みの森に何かを感じ取ったのか、それともただ好奇心旺盛なだけなのか。
それはわからないけど、とにかく早く連れ戻さないといけない。
「うわっ、霧まで出てきたな……早く見つけないとヤバいぞ!」
「そうだね。急ごう」
ただでさえ薄暗くて視界が悪いのに、そこに霧まで出るといよいよ危ない。
これ以上霧が深くなるとウールーを探すどころか、帰り道がわからなくなってしまうかもしれない。
童話のように、パンでも持ってきて落としておけばよかったかと少しだけ後悔して──どうせ野生のポケモンに食べられてしまうだろうと思い直した、その時だった。
──ウォォ──ン!
「な、なんだ今の? ユウリも聞こえたよな?」
「う、うん。ポケモンの鳴き声かな……?」
何か遠吠えのようなものが遠くから聞こえた。
もしかしたら、この鳴き声の主がこの森に住むという恐ろしいポケモンかもしれない。
そう考えると、少し身体が震える。
「……ユウリ、頑張ろう。ウールーを見つけたらすぐに帰れるからさ」
「……うん、大丈夫。ちゃんと見つけて帰ろう」
怖いけど、ウールーも同じ思いをしているかもしれない。それなら早く助けてあげないと。
二人で頷き、さらに奥へと進んでいく。
少しずつ、少しずつ。お互いを見失わないように、帰り道も意識しながらウールーに呼び掛けつつ歩いていく。
「この森ってこんなに霧が深くなるんだな。入っちゃいけないのもわかるぞ……」
「だね。迷ったら出られなくなりそうだし……ダンデさん連れてこなくてよかったね」
「確かに。アニキが迷ったら一生出てこられなくなりそうだぞ」
あの人の方向音痴は筋金入りだ。
一本道でさえ迷うのに、こんな深い森の中なんて絶対にまともに歩けやしないだろう。
そんな姿を想像して笑い合うと、少しだけ気持ちが軽くなった。
「早く見つけてやらないとな。にしても、結構奥まで来たはずなんだぞ」
「そうだね。そんなに遠くには行ってないと思うけど……」
ここまでの道でウールーは見つかっていない。返事も無いし、もっと奥まで行ってしまったんだろうか。
キョロキョロと辺りを見回しながらウールーを呼ぶけど、やっぱり返事は無い。
これ以上奥に行くのはさすがに危険だと思う。けど、それはウールーも同じ事で。
覚悟を決めて先に進もうとした、その時。
さく、さく、と草を踏みしめる音が近付いてきた。
「ウールー……?」
名前を呼ぶ。返事は無い。
さく、さく、と音と影が近付く。
「な、なんだ……?」
さく、さく。
音が近付き、影が輪郭を帯び、やがてその姿を表していく。
そこにいたのは、あたしたちの身長くらいはありそうな、見た事の無い蒼い獣。
「なんだ……コイツ……!?」
──ウォォ──ン!!
一鳴きしただけでビリビリと肌が震える。
圧倒的な存在感を放つそのポケモンは、あたしたちを静かに見つめていた。
「くっ……サルノリ!」
「にっ、ニーバっ!」
ホップがサルノリを出したのを見て、あたしも咄嗟にニーバを出す。
でも……見ればわかる。勝ち目なんか無い。この不思議なポケモンは、あたしたちとはレベルが違う。
「“えだづき"だ!」
「キキーッ!」
ホップのサルノリが枝を振り回す。けれどその攻撃は何故かそのポケモンには届かず、幻影のようにすり抜けてしまった。
「えっ……? コイツ、技が効かないぞ……!?」
蒼いポケモンは動かない。ただ、じっとあたしたちを見つめている。
「ユウリ!」
「う、うん! ニーバ、“ひのこ"!」
「ヒバーッ!」
ニーバが小さな火の玉を吐き出す。
だけどその攻撃もやっぱりすり抜け、少しも効いている様子が無い。
突如、蒼いポケモンから白い霧が噴き出した。
辺りの霧が一層深くなり、近くにいるはずのホップまで見失ってしまう。
「ユウリ!? 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫! だけど、これは何……!?」
どんどん霧が濃くなっていき、それに比例するように目の前のポケモンの存在感も大きくなっていく。
──いや、違う。
これは、
最早景色どころか、地面や自分の姿までもが霧に包まれていく。
何も見えなくなった世界に、さく、さくと足音だけがすぐ近くで聞こえて。
「──あなたは、何──?」
そんなあたしの問いに答える者はいなかった。
* * *
「──おい、しっかりしろ! おい!」
誰かの声がする。男の人の声だ。
これは、あたしに呼びかけているのだろうか。
「ユウリ! 大丈夫か!?」
二つ目の声。こっちは聞き慣れた声だ。
いつも明るくて、太陽のように笑うあたしの大事な友だちの声。
「……ホップ……?」
「よかった……心配したぞ!」
「ヒバヒバぁ〜!」
ゆっくりと目を開けると、安心したような表情で息を吐くホップの姿と、目に涙を溜めているニーバの姿が見えた。
飛び込んできたニーバを抱き留め、頭を撫でる。
頭がぼんやりとしている。いつの間にか眠っていたらしい。霧もさっきまでと比べれば随分と薄くなっていた。
あたしはどれくらい眠っていたのだろう。
「ううん……って、ダンデさんも? どうしてここに?」
「心配させておいて何を言っているんだ! いつまで待っても帰ってこないからお前たちを探しに来たんだぞ」
「うっ……ごめんなさい……」
起きるなり突然の叱責。ダンデさんが怒るのは初めて見たかもしれない。
でもそれも当然と言えば当然である。何せあたしたちは立ち入り禁止と言われている微睡みの森に、子どもだけで勝手に入ったのだから。
「でもアニキ! オレたちウールーを助けに来たんだ! この森に入っちゃったみたいでさ」
「ウールー? もしかしてこいつか?」
「メェ?」
「あっ、ウールー!」
ダンデさんが向いた方を見れば、リザードンの側にウールーがいた。
よかった、どうやらダンデさんが保護してくれていたらしい。
「なるほどな……事情はわかった。森に黙って入ったのはアウトだが、お前たちの勇気は認める! よくやったぞ!」
「あ、ありがとうございます……?」
お説教かと思ったらむしろ褒められて困惑してしまう。
これがダンデさんの教育方針……? 全肯定ダンデエデュケーション……?
「にしてもアニキ、方向音痴なのによくこんなところまで来れたな」
「ん? ああ、それなんだが……誰かに道案内されたような気がしてな……その声に従っていたらお前たちを見つけたんだ」
「道案内? こんな森でか? 不思議な事もあるんだな」
そこまで言って、そうだ、とホップが思い出したように言葉を続ける。
「ユウリ、覚えてるか!? あの不思議なポケモン!」
「あ、ホップも覚えてる? だったら夢じゃない……よね?」
いつの間にか眠っていたようだから、もしかしたら夢の出来事かと思ったけど、ホップも覚えているなら多分現実にあった事だ。
ニーバにも確認してみると、しきりに頷いている。それならきっとサルノリも覚えているだろう。それなら夢じゃないはず。
「不思議な……? 何を見たと言うんだ」
「凄い威厳があってさ、とんでもない存在感なのに技が効かなくて……というか、技がすり抜けていったみたいで」
「技がすり抜ける? 微睡みの森にいるといわれるポケモンは幻なのか……?」
ダンデさんが難しい顔をして腕を組む。
あのポケモンは幻だったのだろうか。それにしてはいやにリアルだったというか、幻とは思えない存在感があったような気がするけど……。
「まあいい。そういう話は俺より適任がいるだろう。それよりまずは微睡みの森から出よう。俺が一緒だ、安心しろ!」
「えー? でもアニキがここまで来たっていう道案内は多分もう無いぞ?」
「あー、そこはほら、俺の相棒であるリザードンがなんとかしてくれる!」
「……グォォ……」
俺任せかよ、とリザードンが呟いた気がした。
ともあれ、リザードンを先頭に踵を返すあたしたち一行。
「アニキには怒られたけど、凄い体験をしたよな! オレの伝説の一ページになるぞ!」
「もう……調子いいなぁ……」
ホップはすっかりいつも通りだ。確かにすごい経験だったとは思うけれども。
──伝説、かぁ……。
地方にはそれぞれ伝説が残されている。
それはあたしが引っ越して来る前のところでも同じで、そうするとガラルにも同じような伝説があるのかもしれない。
──もしかして、その伝説のポケモンがあの蒼いポケモンだったり?
後ろを振り向く。
あのポケモンはもういないし、濃密な気配は欠片も感じられなくなった。
あたしたちの前に姿を現したのは何か意味があったのか、それともただの気まぐれか。
今のあたしにはわからなかった。